雪山のお城は、前の私が最後に暮らしていた家。
だから当然、私の家族にとってもここは帰る場所になる。
でもまさかまだいるとは思わないよね。それも最後に別れたときよりもずっと大きな姿になって。
また会えた。この子は約束を守ってくれたんだ。
約束を守るためだけに、ここに縛りつけられちゃったんだ。
『……何故、だ』
それはあなたの動きを止めたことについて? それとも動きを止める術を私が持っていることについて?
はたまた、あなたの名前を知っていることについてかな。
全部答えてあげたい。今すぐ縛りを解いて、再会を喜びたい。この喜びを分かち合いたい。
あなたにぎゅっと抱き着いて、また会えたねって、待っててくれたんだねって。頭をわしわしと豪快に撫でて、褒めてあげたい。
でもどうやらそれは出来そうにないみたいだから、悲しい。
ならせめて、言葉を交わそう。時間が許す限り、思い出に花を咲かせたい。
だからまず誤解を解かないと。あなたにとって今の私達は主の家に侵入してきた不審者。
前の私の身体ではないけれど、私が帰って来たんだよって教えてあげなきゃね。
「私が、あなたの主だから」
『──ッ! 我が主を騙るか貴様ァッ!』
わぁ、忠犬具合が半端ない。動きを縛っていなければ、また体当たりされたかもしれない。さすが私の
さて、そんな忠犬……フェンリルだから忠狼? ……も、さすがに主が見た目も名前も種族も変えていたらわからないのは当然。
だから唯一変わっていない
そう思い、魔力を外へと一瞬だけ垂れ流す。あまり流すとその分消費するし、多分ラムちゃん達には重く感じるかもしれないから。
でもあなたならこれだけでも十分でしょう? だってあなたはこの魔力で契約したんだから。
『ッ!? 何故……何故だ。何故貴様からその匂いがする。まさか、本当に……?』
「雪のようにまっしろで、風のように速い。だから雪風ってつけた。ほら、名前の由来も覚えてる」
『ッ……!』
どうやらちゃんと信じてもらえたみたい。動きの縛りを解けば、そのまま『ふせ』、つまり平伏した。
『申し訳ありませんッ! あなた様がそのようなお姿へお変わりになられていたと知らなかったとはいえ、主に牙を向けてしまうなど……!』
「大丈夫。怒ってないよ」
めいっぱいの謝罪を示す態度に、本音でそう言ってるんだよと伝えたくて頭を撫でたいけれど、伸ばしかけた手を元に戻した。
それから放置気味だったラムちゃん達へ向く。といってもネプギアは私のすぐそばにいるけれど。
「はい。皆も武装解除してね。もうケンカはおしまい」
「いやケンカって……」
「と、とにかく、もう大丈夫ってことでいいのかな……?」
場を切り替えるようにぱんっと両手を叩いて、武器を納めるように言うけれど、二人はすぐには納得せず戸惑う。
3人にとって今の戦いは命のやり取りをしている感覚だったかもしれない。けれど多分雪風自身に命まで勘定に入れた戦いをしているつもりはなかっただろう。だからケンカって言葉でいい。
私の言葉選びに納得のいってないユニを、ネプギアは宥めつつ私へ確認。それに「大丈夫、友達だから」と頷くと、二人は私が言うならと武装を解除した。
けど唯一杖を持ったままのラムちゃんは納得がいかないようで、口を尖らせている。
「むぅ……」
「……ラムちゃんは、何が不満なの?」
「……だってそいつはさっきロムちゃんを突き飛ばして、傷つけたやつだし……」
不貞腐れたように言うラムちゃんの言葉を聞いて、自分の姿を頭を下げて見る。
傷つけたって、そんな大した怪我はしてないんだけど。……と思っていると服が薄く汚れていた。ニーソに至っては破けていて、生傷が見える。
といってもやっぱり全部擦り傷切り傷。女神の自己治癒力なら三日ぐらいで痕も残らないだろう程度。
と思っていたのだけど、ぽたっと赤い雫が頬から零れ落ちて服を汚す。どうやら頭の方から出血していたみたいで、慌てたネプギアがすみれ色のハンカチで頬に付いた血を拭いつつ、怪我の部分へ押し当てる。道理で頭痛が外側からもすると思った。
「ありがとう、ネプギアちゃん。でも大したことないから大丈夫」
「大丈夫じゃないよ!?」
でも頭部の切り傷って出血がひどく見えるだけで本当に大した怪我ではなかったりするんだよ。
そう思っても見た目が派手なせいで心配させるだけらしい。押し気味に言い切られてしまったので、自分でハンカチを持ってから、説明へ。
「雪風……くんは、わたしたちを傷つけたくて、傷つけたわけじゃないよ。ただちょっと、わたしたちがイヤなことしちゃったから、怒っちゃっただけ」
「……イヤなことって?」
全く身に覚えがないわよ、と言いたげな表情を見てから、雪風へ説明を求めようと視線を向ける。あ、でも前の私のことはぼかしてくれると嬉しいかなぁ……
そう思いながら「顔をあげていいよ」と許可すると姿勢を『おすわり』へと移行してから、説明をしてくれた。
『貴様は』
「む……」
『ッ……! ……キミがそちらに鎮座する椅子へ手を触れただろう。あれは我が主のみが触れることを許された特別なモノ。主の知り合いでもない、誰とも知れぬ輩が触れることなど、わたしはどうしても許せないのだ』
ラムちゃんをそんな呼称で呼んでほしくない。と僅かに不機嫌な声を出せばすぐに察し、二人称を変えた状態、さらに私の誤魔化したい気持ちを読んだのか、前の私の正体に触れない程度の言葉で説明してくれた。
それでなるほどって、雪風の説明を聞いて納得する。実のところ私もなんで怒ったのかわかってなかったんだよね。
ならこれは私が迂闊だったかも。いやまさかもうこの世にいないと思ってた子が帰って来てたなんて誰が予想するの。……って言う私も、そんな感じではあるんだよね……
ともかく、これで理由がわかったんだから。
「それならこっちが悪いよね。ラムちゃん、いっしょにごめんなさい、しよ?」
「ええ~……」
「人がイヤがることはしちゃダメって、ミナちゃんにも言われたことだよ……?」
「うぅ……わかった」
頷いてくれたラムちゃんと、ついでのネプギアとユニの全員で一緒に雪風へ頭を下げて謝る。他三人はともかく、私に頭を下げられた雪風は一瞬戸惑ったように唸ったけど、一応芝居みたいなこの状況に合わせて許してくれた。なんならいきなり吠えたり突き飛ばしたことを謝られた。
まあ仕方ないんだけどね。今の雪風の状況じゃ、吠えるか攻撃するかしか出来ないから。
……さて、じゃあ次は……
「それで結局、コイツは誰なわけ?」
うん、遅くなったけど、次はいわゆる紹介と事情説明のターンだよね。と同時に雪風への設定説明でもあったりしてね。
と、説明を求めるユニ達へ、どういう設定にするか大雑把に決めて説明する。
「えっとね……この子は
「最初ロムのことわからないようだったけれど」
「ここにいる間の服装が違ったから」
「……ふぅん」
訝しむような声なのは、理由のせいかな。でも実際人の言葉を喋れないモンスターや動物が使い魔となることで、契約主と同じ言語を話せるようになった、という事例はたくさんあるから。もっとも今は使い魔文化自体そもそも廃れてしまって、ゲームの要素にしかなっていないんだけどね。
あとは使い魔となる生き物は契約主より格上だと契約しにくい……という今じゃあんまり知られていないらしい知識を知っているかどうかだけど……魔法の知識に疎い二人が知っているとは思えないし、ラムちゃんもきっとそんなコアな部分までは知らないはず……
これは希望論にはなっちゃうけど、ひとまずこれ以上いろいろ突っ込まれる前に話題を本来の目的へ戻せばいいよね。
「それよりもゲイムキャラについて訊いてみよう?」
「露骨に話を逸らしたわね」
「ソンナコトナイヨ」
ユニのジト目につい目を逸らしながら棒読みで否定してしまう。でもそれ以上は突っ込まなかったのは三人の優しさか、本来の目的の方が大事だからか。多分両者だろう。
『ゲイムキャラ……?』
「はい。私達、お姉ちゃん達を助けるためにゲイムキャラを探していて……。雪風さんは何かご存じありませんか?」
『ふむ? ……いや、そのようなもの、わたしは知らぬ。そもそもわたしは今までの時間のほとんどをこの家と共にした者。外界の物事には疎いのでな』
「そうですか……」
『……、……だが』
質問者がネプギアだったということで強気な態度に戻りながら雪風は答える。その回答に自分が求めた情報を得られなかったことでネプギアは落胆していて……そんな態度に申し訳なさを感じたのか、私のためか。視線で私に許可を求めてから、その場所を口にした。
『もしかすると、奥の保管書庫になら何か残されているかもしれんな』
「保管書庫……?」
「昔の本がいっぱい残されてるお部屋のことだよ」
首を傾げるネプギアへ補足する。何故知っているのかと訊かれれば、前にこの場所へ来たときに案内してもらったからと答えた。だからここに何かあるかもと思って来たんだとも。
ちなみに正確には前の私や家族が後世へ残したい知識を記録した書物の保管部屋。ただし身内以外に自分の半生とも言える知識を渡したくはないので、正式な手順を知っているヒトしか入れないようになっている。
入り口は今も荒らされた形跡がないから、ほぼ当時のままになっているだろう。あの後家族が戻って来て、何かを残していないとは限らないけど。
「……お願いします。私達をそこへ案内していただけませんか?」
『絶対にキミたちが探している情報が見つかるとは限らん。徒労に終わるかもしれん。それでもいいのなら』
「構いません。今は少しでも望みがあるなら、どんなことも試してみたいんです」
『……よかろう。では、我が主』
「ん……」
ネプギアの意志を確認した雪風は私へ頭を下げる。雪風も扉を開けないわけじゃないけど、手順的に私の方が相応しいと考えたのか。
短く頷いて了承した私は、改めて青と白の玉座へと近付き、腰掛ける。
よく見れば通常の椅子よりも小さく作られたその玉座は今の私の身体にもぴったりで、懐かしさを覚える。昔はよくこうして無駄に背もたれの高いこの玉座に鎮座し、家族達の話を聞いたものだ。
と、懐かしさに浸っているときではないので、手順通りに玉座に魔力を流す。するとそれがスイッチとなり、玉座の背後、ただの壁のように見えたその箇所がゴゴゴォ……なんて音を出しながら沈んだ。その奥はまた螺旋階段になっている。
魔力を流せば開く。単純すぎて、魔力を持つ人間がうじゃうじゃいる今じゃ誰もが入れそうだけど、当時はこれが一番身内に合ってたから。
「わぁ……! ねぇねぇロムちゃん! どうやって開けたの?」
「んー……ないしょ」
「むぅ……」
ギミックに目を輝かせて訊いてくるラムちゃんにちょっと悩んでからそう言う。するとわかっていたことではあるけれど、機嫌が悪くなるラムちゃん。そういや元々そういう内緒事でケンカしてたんだっけね、私達。
でもいくら今の私の妹でも、前の私の家族でないなら教えるつもりはない。結果的にだけど部屋の存在を教えて、中へ招くだけでも私としては大サービスしているつもりなんだから。
『主、わたしはここで待っておりますので……』
「ん、わかった。じゃあみんな、行こ」
またケンカになるのではとハラハラしているネプギアとユニの様子に私は気付かないふりをして、奥へと足を進めた。
螺旋階段を下りて、重たい石の扉を開いた先にあるのは、数列だけの本棚と、古い本達。それと前の私が寝泊まりしていたベッドのみ。
今回用があるのは本だけなので、ネプギア達に「本、すごく古いから。丁寧に扱ってね」と注意を促してから、それぞれ本を適当に手に取った。のだけれど……
「よ、読めない……」
ネプギアは困り顔で、ユニはしかめっ面で、ラムちゃんは本を逆さまにしたりして、読もうとするけれど読めない。
別にインクがかすれてとか、汚れてとか、字が汚くてとかじゃない。むしろ割とはっきりしているので、昔の羊皮紙本としては大変読みやすくはある。
けれどそもそもの問題があって。
「何語よ、これ……」
前の私が生きていた時代と、現代。使われている文字がそもそも違うというね。
専門家なら解読出来るかもしれないけれど、さすがに昔の文字まで勉強しているネプギア達ではない。
だからこの場にある本は全て読めない。そもそも文字が変わってることを知らないだろう雪風はともかく、それを知っている上で招いた私はかなり意地悪な子だよね。そもそもこの山へ皆を連れて来ること自体、割と無理やりだったような記憶があるんだけど。
「ロムちゃんはわかる……?」
「ちょっとだけ」
嘘。前の知識は失われていないから、普通に読める。むしろ現代語の学習に苦労したくらいだ。
だから模様みたいに見える背表紙も字も読めるし、誰が保管した本かも書いてあるからわかる。
なのでせめて絵はないかと手当たり次第に手に取るネプギア達を放って、私は記憶にない本があるかどうか確認していく。
一冊一冊、家族の名前をなぞりながら。もういないだろう家族に想いを馳せながら。
「……ん?」
「ロムちゃん、どうかした?」
「うん、ちょっと気になる本があっただけ」
「もしかしてゲイムキャラの!?」
「ううん、多分ゲイムキャラは関係ないと思う」
期待に目を輝かせるネプギアへ首を振ってから、その本を手に取る。
著者名は、前の私の侍女、よく両脇で構えていた姉妹の姉側。
題名はない。皆それぞれ題名、もしくは何冊目とかを書いていたのに、これにはない。そんな本、私の記憶にはない。
表紙をめくる。1ページ目に書かれた言葉は、『親愛なる主へ』。
私宛だと判断して、さらにページを捲って、読んでいく。
そこに書かれていたのは当時起きた複数の事柄。前の私が生きている間に起きたこと。
そして、私が死んだ後のこと。
「ロムちゃん、なにか見つかった?」
「……ううん。ゲイムキャラについては何も」
「そっか……」
「ま、そう簡単に見つかるようなら、もうイストワールさんが見つけてるでしょ」
落胆するネプギアと慰めるユニ。
それを尻目に、読んでいた本をポーチへしまう。
「あれ? その本持ち帰っちゃうの?」
「うん。気になるから、がんばって読んでみる」
「じゃあ読めたらわたしにも何が書いてあるか教えて!」
特に隠す気もなかったけど、気付いてしまったラムちゃんへ頷くと、そう言われてしまった。
これはまた「ないしょ」とか言うと、ほんとにケンカすることになるのでは。こんな短期間に3度はあまりよろしくない。それに全部教える必要はない。
だから頷いて、ネプギアへもう帰るかどうか訊く。
これ以上ここに留まっても収穫はない。そうネプギアは判断したので、これで今回の冒険はおしまい。
戦利品は私が持ち帰った本のみで実質ない。
だけどみんなの心が暗くなりすぎていないのは、まだこれが最初だから。希望が無くなったわけではないから。
それぞれ国へ帰る二人を見送るとき、「また次のときに」と言いながら去っていく二人の姿に、ふと思うことがあったのは、あの本のせいか。
私にその『次』は訪れるのだろうか、なんて。思ったりしたんだ。