不意に思い出して、つい口を突いて出てしまった言葉がある。
「もし仲間の犠牲と引き換えに世界を救えるとしたら、あなたはそれを欲する?」
唐突な問いかけに彼女は怪訝な顔をして、それから首を振った。
「犯罪神のことを言っているのであれば、いりません。そんなのがなくても負けないくらい、強くなりますから」
「そっかぁ……」
だが時間制限があって、それも間近に迫っていたら。
そのときもあなたは同じ答えを出すのだろうか。
また、違う答えを出すときは、何が足りないときだろうか。
なんて次々浮かぶ疑問は飲み込む。今問いかけても意味のない質問だ。彼女も戦闘中にそんなことを問いかけられたら困るだろう。その困り方は私の望むところではない。
だから私は斬りかかってくる彼女を魔法壁で防ぎつつ、カウンター気味に顔面へ『アイスコフィン』を打ち込んだ。
さて一旦状況を確認しよう。
今の私は氷結の魔女を名乗る謎の不審者。対するはプラネテューヌの女神候補生ネプギア(とお付きのアイエフ)。
場所はリーンボックスの領土内。ダンジョン内に犯罪組織のアジトがあることを知った私が約束通りネプギアへ暗号の予告状を郵便受けに入れ、いざ殲滅しに行ったらネプギアも来ていた……わけでもなく。殲滅し終わって物色していたら来た。ちょっと遅かった。まあ人間共を処理する手間が省けたと思えばいいんだけどね。
そしてこれも約束通りか、ネプギアは私を力尽くで従わせようと、私はネプギアとの話し合いから逃れるために戦っている。
人間のために戦っているネプギアと、人間へ悪事を働く私。そんな構図も相まってなんだか昔を思い出しそうになる。が、今感傷に浸ってしまうと戦闘どころではなくなってしまうので意識から追い出して、この場から逃げる手段を画策する。
戦闘は既に終盤。私はほぼ無傷に対し、ネプギアはHPが赤色になりかけの黄色みたいな状態。この状態から逆転は不可能だし、あんまりラムちゃんの友達を傷つけ過ぎるのはラムちゃんの心を痛めることになるのでそろそろ退散したいんだけど……
と、意識をネプギアだけに向けていたから、もう一人いたことをすっかり忘れていて。
バンッ!
「ッ……!?」
乾いた音と共に発射された弾は身体には当たらずともローブの裾に焦げ跡を残す。
音に驚いて振り返っていなければ、そのわずかな動きが無ければ、弾は私の身体のどこかしらに当たっていたかもしれない。
「チッ……!」
「お、おぉ、怖い怖い」
次から次へと発射される弾を魔法壁で防ぎつつ、動揺していることを隠すためわざとおどけてみせる。
だがそれも少しの間で終わらせ、冷静さを取り戻すことに努める。
諜報部員のアイエフ。いつもカタールやクローのような短剣を使う人間とは思えない的中率には目を見張るものはあるが、やはり専門外か。撃つだけで手一杯の様子で、崩れた壁の向こうから銃を構えて引き金を引くぐらいしかしてこなくて──
「――今よ、ネプギア!」
「たぁあああああぁッ!!
動揺は続いていたらしい。見事人間の策略によりネプギアを視界から、そして意識からも外してしまった私は、背後から斬りかかって来るネプギアの攻撃への対処が遅れ、その刃はローブどころか中に着ていた服にまで届いた。肌に僅かな痛みを感じることから、少し切れてしまったかもしれない。
ちょっとばかりショックだ。戦闘中に着ていたら汚れるし、破けたりするのは当たり前なことではあるのだけど、焦げたり切れたり……服はともかく、ローブはまだ新しいといえば新しいのにな……これ自体は普通の布だからしょうがないのだけど……同じ色の布、どこかに売ってたりするかな。
……よし、予備も欲しいし。明日は買い物の日にしよう。ラムちゃんに話したら付いてきそうだけど、まあ布だけなら気付かれないよね。
というわけで明日も早いし……
「今の一撃は良かったけど、まだまだ私には勝てそうにないね。もっと鍛えてきてね」
「あっ、待ってッ!」
「待てと言われて待つ馬鹿はいないってね!」
『フラッシュ』を心の中で唱えながら両手を叩き、魔法の光で二人の視界を一瞬でも塞ぐ。その隙に出口へと駆け込み脱出。森の中へと姿を眩ませた。
魔女の両手から溢れた光は私達の視界を真っ白に染め上げ、再び夜の闇を認識するのには時間がかかった。当然視界を確保したときには既に魔女の姿はなく、私達と戦いの痕跡だけが後に残されていた。
「……っ」
悔しい。その気持ちが心の大部分を占め、思わず剣を握る手に力が入ってしまう。
プラネテューヌで彼女と対峙することになってから、既に片手では数えられないほど剣を交えてきたが、今のところ一回も勝っていない。その身に剣を当てることができたのも、今回が初めてだ。それもアイエフさんに手伝ってもらって成功した、意識外からの奇襲じみた攻撃。それも掠るだけの、一撃与えられたというには情けないもの。
(このままじゃ犯罪神どころか、お姉ちゃん達を助けることさえ……)
さっきはあんな威勢のいいことを魔女へ言ってしまったが、本当にそうなのだろうか。
このまま私が弱いままだったら。お姉ちゃん達を助け出せなかったら。今はまだ封印されている犯罪神が完全に復活してしまったら。
そのときの私は、同じことを言えるのだろうか。
「なーにしょぼくれた顔してんの……よっ!」
「わわぁっ!? あ、アイエフさん!? 急にどうして……」
「どうしても何も、アンタがそんな顔してるから、活を入れてあげようかとね」
思考に浸る私の背中をアイエフさんが叩く。その顔にはいつもの頼りがいのある微笑があり、声も明るいもの。落ち込んだ私を元気づけようとしている、その優しさが見て取れた。
「大方、あいつに勝てないこととか、このままじゃネプ子達を助けられないとか、そんなこと考えてたんでしょ?」
「ふえっ!? アイエフさん、実はエスパーなんですか!?」
「そんなのなくても、アンタの顔に書いてあるわよ」
「へっ!?」
そんなことを言われて思わず顔をぺたぺた触ってみるけど、特に変わったことはない。当然だ、文字通り書いてあるという意味じゃないのだから、と気付いたのはアイエフさんの呆れたような声を聞いてからだった。
「アンタねぇ……ったく、ネプギアはもうちょっと姉の能天気さを見習った方がいいわね。そういう現実を見て慎重に考えるところも、アンタの良いところといえば良いところではあるのだけど」
「うぅ……すみません」
「説教してるわけじゃないから。ほら、そろそろ気持ちを切り替えて、あいつがやらかしたことを片付けるわよ」
「あ、はいっ!」
その場から移動するアイエフさんへ、努めて元気よく返事をし、女神化を解く。
そうだ、魔女はこれで今日は終わったと思っているかもしれないけれど、私達はこれからが本番みたいなもの。魔女が気絶させた犯罪組織の構成員を拘束して、近くで待機してもらっている警備部隊に引き渡して、アジト内の資料から得られる情報を得られるだけ得て、それから……
と、これからの手順を頭で繰り返しながら踏み出そうとしたときだった。
「あとは……あっ!? っとと……」
「どうしたのネプギア、急に大声出して」
「あ、いえ、ちょっと気になるものが落ちていて」
アイエフさんにそう答えながらしゃがみこむ。
考え事で視線が下に向いていたおかげでそれを見つけ、踏みつけてしまう前に避けることができた。
岩ではなければ草でもない薄くて小さい何か。一瞬で踏んではいけないと判断はしたけれど、それが何かまでは認識していなくて、危険物にも見えないそれを手に取りじっくり見る。
水色の小さな御守り。最初は小さな巾着かと思ったけれど、それにしては手に収まるサイズで小さく、表には可愛らしい丸文字で『おまもり』と書かれているからそうなのだろう。
「なにそれ?」
「御守りみたいです。今ここに落ちていて」
「……こんなの最初から落ちてたかしら?」
近くまで来たアイエフさんが首を傾げて、記憶を辿る。私もどうだったか思い出そうとするけれど、それよりも魔女との戦いに気を取られていて詳細なことまでは覚えていなかった。
でもたぶん、無かったと思う。
「ちょっと見せて」
アイエフさんがそう手を差し出してきたので、上に乗せて渡す。するとアイエフさんは手早く紐の結び目を解くと袋の口を開いて逆さまにする。あまりに遠慮のない動きに止め損ねたけれど、中から二つ折りの紙が出てきて、そちらに注目する。
小さな御守りに入った小さな紙。そこには『ぶじでありますよーに!』と同じ筆跡で書かれていて、形が少し歪な袋も相まってこれが手作りであることが手に取るようにわかった。持ち主の安全を祈るものであることも。
「これだけ、ね。何か仕掛けがあるのかと思ったのだけど」
アイエフさんの言う通りそれだけ。何かのマジックアイテムというわけでも、シェアエネルギーを纏っているわけでもないそれを元の状態に戻して、私の手元に戻す。
これをどうするかは私に任せる、ということなのだろう。そう解釈して、思考する。
これはもしかしたら最初はこの場になかったかもしれないもので、魔女が立ち去った後に発見した。その順番が何か重要な手掛かりになっていると、私の勘のようなものが働いていた。
それこそもしかしたら、この御守りは氷結の魔女の持ち物かもしれない、と。
「それでいつも持ち歩いているってわけ?」
「うん。もし本当に魔女の物だったとしたら、次会ったときに返してあげたいなって」
魔女との戦いから早数日。場所はお姉ちゃんと私の部屋。そこで開かれたお茶会の場で、話の話題としてユニちゃんに御守りと、それを拾った経緯を話していた。
私達から見れば思いが籠っているだけの御守りだけど、魔女にとっては大切なものかもしれなくて、失くして困っているかもしれないから。
そう思っているとユニちゃんはやれやれとばかりにため息を吐いた。
「そう思うアンタの気持ちもわかるけど、相手は正体不明の敵でしょ? ただ返すだけじゃなくて、それを使って相手を捕まえようとか、考えないわけ?」
「うーん……それはアイエフさんにも言われたけど……」
確かに本当にこれが大切なものだとしたら、その価値が魔女にとって捕まってもいいほどであったら。そうじゃなくても交換条件で何か情報を得て、それが結果的に魔女の拘束へと繋がったら。
そんなたらればは、アイエフさんに言われてから色々と考えてはみたけれど。
「でもそれは卑怯だと思う。これは偶然魔女さんが落としちゃって、同じように偶然で私が拾っただけだし。もし本当に通用するようなら、それは相手の気持ちも、これを贈った人の気持ちを利用するような行為であって、女神として相応しくないんじゃないかなって。少なくとも、私はそんな方法を取りたくない」
「……そうね、それはアタシも同意。ま、そもそもの話、その御守りが魔女のものだとは限らないわよね」
少しだけ暗くなってしまった空気を元に戻すように、声色を明るく、そして軽くしてユニちゃんは言ってくれる。それから御守りをじっと見つめてから「そういえば」と思い出したように呟いた。
「確かラムが、手作りの御守りをロムに贈ったって言ってたわね」
「えっ!? そ、それ本当なの、ユニちゃん!?」
聞こえたその情報に、思わず身を乗り出してユニちゃんへ迫ってしまう。
ユニちゃんとしては雑談のつもりだったんだろう。思わぬ食いつきに驚きつつ「同じものかわからないから、ちょっと落ち着きなさい!」と私の肩を押した。
それで興奮しすぎたと反省しながら元の姿勢に戻る。私が落ち着いたのを見てほっとしたユニちゃんは、言葉の続きを語ってくれた。
「ラムが自慢してきたのよ。「しゅぎょーは危ないこともあるってミナちゃんが言ってたから、ロムちゃんが無事に帰ってきますようにってお願いを込めたのよ! これでロムちゃんの安全はほしょーされたようなものね!」って。その御守りの特徴がそれと似ているけど……まあ偶然よね」
「ほぇ、そうだったんだ……」
そのときのラムちゃんを真似るような言い方をユニちゃんがしていることに微笑ましさを感じて笑いそうになって、我慢する。きっと笑ってしまったらユニちゃんは恥ずかしがってしまうから。
しかしそのときのラムちゃんの表情はどうだったのだろう。ラムちゃんにとってロムちゃんはずっとそばにいた存在。最近は逆にずっとそばにいなくて、寂しがってたんじゃないだろうか。それとももしかしてその御守りはラムちゃんにとって一つの区切りだったのか。ロムちゃんのやりたいことを、もう止めないっていう……
あれ? そういえば……
「私はラムちゃんに自慢されてない……」
「あー……ほら、別に自慢話って誰にでもするもんじゃないんだから、そんな落ち込まないでも……」
「でもでも、それってラムちゃんが嬉しかった出来事ってことだよね。それをユニちゃんにはお話ししたのに、私にしてくれなかったんだね……」
「……まあ、ラムはネプギアのこと、少し警戒している節があるものね」
「やっぱり……!? もしかしてそうなんじゃないかなって時々思ったりもしたけど、気のせいだよねって自分に言い聞かせてて……」
この前皆で山に行こうと決めた時も、私が決めたってところに不満そうだった。他にもちょっとずつだけど思い当たる節はあって、けどなんでラムちゃんから警戒されるのかはわからなかった。
「私、ラムちゃんに嫌われるようなことしちゃったかな……」
「嫌われてはいないと思うわ。ただ……ほら、ロムがなんとなくアンタに懐いてるから。嫉妬とは言わないまでも、取られるんじゃないかって警戒してるのかもね」
「ロムちゃんが私に?」
そう言われて思わず首を傾げる。確かにロムちゃんとは遊んだりするけど、そのときはいつもラムちゃんも一緒。態度もユニちゃんと同じようなもので、特別好かれているとは思えない。
そう私は思うけど、ユニちゃんはそうじゃないみたいで呆れたように笑って、「ま、本人も気付いてないんでしょうけど」なんて付け足した。それがまた意味がわからなくて余計に頭に『
そんな私の様子を見て、ユニちゃんは話を逸らすように次の話題へ。そこからはころころと話が変わっていく。
なんでそんなに話題があるのか、自分達でも驚くくらいお喋りは続いて、気付けば夕食時。ユニちゃんは今日お泊りしていくので、夕食は一緒に。
この後は何をしようか。一緒にお風呂に入るのもいいかもしれない。ベッドはお姉ちゃんのをと思ったけど、同じベッドに入って……いや、さすがに狭いかな。ロムちゃんは小柄だったからいけたけど、ユニちゃんは私と同じくらいだもんね。
なんて、楽しみに心を躍らせて、実際に楽しかったからすっかり忘れていた。
魔女が落としただろう御守りと、ロムちゃんが持っているはずの御守り。そこに繋がりがあるかもしれないということを。