ロムに憑依しちゃった話。(仮)   作:ほのりん

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アリシア。

 カナリア孤児院。

 児童養護施設と呼ばなければならない、みたいな今時の風潮に流されず、かといって逆らっているわけでもないその呼び名の施設には、10人の子供たちと、1人の大人がいる。

 全員が余所から来た人間で、全員が何かを抱えている。

 私はそのうちの1人として、彼らと交流することにした。

 

 ――これは、彼らとの日々を残した手記である。

 

 

 

 

 


 それは日が天辺へ登る、少し前。ただそこにいるだけで汗を掻くような暑い日差しから逃れようと、畑仕事の休憩ついでに木陰へ入っているときのこと。

 

「ことりちゃん、これあげる!」

「……これは?」

「キュウリ!」

 

 地べたに座る私のもとへ駆け寄ったかと思えば、ペカーッと笑ってそれしか言わない相手に困惑が隠せない。だからっていつまでも眺めているわけにもいかず、女の子が押し付けるように手渡してきた野菜を受け取る。太くて長いそれは形こそ丸くなっているけど、鮮やかな濃い緑が綺麗で立派なキュウリと言えよう。けど……

 

「いや、野菜の種類を尋ねたんじゃなくて……なんで私にこれを?」

 

 疑問の言葉を短く発した自分が悪いと頭では理解しつつも、自分勝手な苛立ちを僅かに滲ませながら改めて疑問点を伝える。

 今度こそ私が知りたい疑問点を理解した女の子は、されど私の心情など察することなく、ついさっきとは別の笑顔で、声を潜めて言った。

 

「さっきそこで採れたの。すごくおいしそうだから、一緒に食べようとおもって」

 

 その笑顔はいたずらしているときのラムちゃんと同じ性質のもので、なるほど、これは内緒のお誘いか、とようやく彼女の意図を理解する。

 しかし疑問が解消されたわけじゃない。確かにそのまま収穫してしまえば、食卓に並ぶ頃には別の姿に変わり、けして少なくない子供たちの誰かの口に入ることになる。それが彼女の口とは限らないし、姿が変わってしまえば同じ物かどうかもわからなくなる。だったらそれとわかるうちに食べてしまおう、と考える思考回路は理解できるけど。

 

「あっ、塩はあるからね!」

 

 私が黙っているのを、どうやって食べようか悩んでいると勘違いした女の子は、少しボロい服のポケットから取り出した小袋の口を広げ、中身を見せてくる。そこには桃白色の石ころみたいな塊……岩塩が入っていた。

 「準備万端でえらいでしょー!」と得意げな表情に、それの入手経緯を想像して呆れる。想像が合っているかわからないけれど、大方そうだろうから。

 と、そこまで思考して、彼女の薄い銀色の髪が日差しで輝き続けていることに気付いて、一旦思考を止めた。

 気持ちを切り替え、落ち着かせるために一度ため息を吐いてから、私の隣をぽんぽんと叩く。それで私の意図を理解した女の子は嬉しいという感情を全面に出した満面の笑顔を浮かべ、木陰の、私の隣へ腰掛けた。

 

「で、アリシア。キュウリはこれだけ?」

「うんっ!」

 

 銀髪の女の子、アリシアは元気いっぱいに頷くと、キラキラと期待するような目をキュウリへ向ける。きっととびっきりおいしいよね、とでも思っているのだろう。ラムちゃんより少し幼い年齢の彼女が見せるその姿は、年相応だ。

 

 ……年相応に欲深く、年不相応に狡猾だ。

 

「……ことりちゃん?」

 

 いつまでも動かないことへ首を傾げるアリシアに、なんでもないと首を振る。そして手に持ったキュウリをどうするか……その答えを、行動に移す。

 ポキッ、と軽やかな音とともに折れたキュウリは、残念ながらちょうど半分にはできなかったけれど。そのうちの片方をアリシアへ手渡す。

 

「え、いいの?」

「いいよ」

 

 そんなお腹空いて(魔力使って)ないし。

 そんな余計な一言は喉から出さず、()()()()を囓る。収穫したてで瑞々しい食感は良いけれど、生ぬるいし、やっぱりそのままは私には無理かな。

 

「〜〜っ! ありがとっ!」

 

 本当に良いのだと、私の行動からもはっきり読み取った彼女は、改めて笑顔で礼を言って、大きな口で頬張る。そして微妙な顔をした。

 

「もぐもぐ……?」

 

 「あれ、おいしくない……?」と口の中に何もなければそう言っていそうな仕草と表情。どことなく私のツボを刺激して、思わずくすくすと笑ってしまう。

 そんな私を気にもせず、アリシアは口をもごもごと動かしながら手に持つキュウリを見つめ、首を傾げる。

 おかしいな。こんなに綺麗なのに。

 そう言いそうな彼女は、口の中の物を飲み込まない。不味いからと吐き出したらダメ、とマザーの教育が効いているのか。けれど不味いから飲み込みにくいのか。

 なら少し味を変化させてしまえばいい。そう考えたのは彼女も同じ。

 

「もぐ……」

「って、待って。そのまま食べる気?」

 

 小袋から取り出した岩塩を()()()()口へ入れようとする彼女を止める。「それがなにか?」とでも言いそうな彼女に「そのままじゃしょっぱ過ぎるよ」と手の中の岩塩を取った。小粒ではない、手のひらサイズの岩塩は、本来は専用の容器で粉砕してから使っているのだろう。

 小袋の中を改めて見る。岩塩が一つしか入っていなかったそれに他の物はなく、私の行動に首を傾げるアリシアに、これは一度粉にしなければならない、という着想もないだろう。

 少し考えて、岩塩を小袋へ入れて紐を閉じる。近くに手頃な石を見つけて、木陰を作り出している木を机に、袋へ石を打ち付けた。

 何度かゴンゴンと中身を砕いた後、小粒の物に石を擦り付けて、ようやく完成した。

 

あひひてーの(なにしてるの)?」

「粉にしたの。ほら、上向いて口開けて」

 

 口に入れたまま喋ったことなど気にしない。だって今からすることも行儀悪いだろうから。

 素直に指示に従ったアリシアの口へ、指で摘んだ塩を放り込む。「閉じていいよ」と言えば口を閉じて、動かした後、キラキラとした目が彼女に戻った。

 

「っ。おいしい!」

 

 さっきまで微妙な顔をしていたというのに、この笑顔。子供は単純で羨ましい。

 

「ねえねえ、もっと!」

「はいはい」

 

 大袈裟だ、呆れながらも塩を小袋ごと渡す。すると彼女は先程の動きを忠実に再現するように、何もかけていないキュウリを囓ってから、摘んだ塩を口の中へ振りかけた。

 行儀が悪い、と指摘はせず、私も自分の分に塩をかけて囓る。

 

「……うん。美味しいね」

「でっしょー!」

 

 得意げに胸を張るアリシア。そんな彼女に、悪意はない。

 チラリ、と後ろを振り返る。この木陰が伸びているのは、ちょうど畑の反対側。木に寄りかかって座れば、木が多少姿を遮ってくれる。こちらを見ている子供も大人もいないから、今の行動は見られていないだろう。

 最後の一口を噛り、端っこを捨てる。

 さて、これで共犯というわけだ。

 

「……アリシアは、これが悪いことだと思ってる?」

「……?」

 

 口を動かしながら首を傾げる彼女の目に、やはり悪意はない。「これは悪いことなの?」と逆に訊いてきそうだ。

 純粋過ぎるというのも、良いことばかりではない。

 

 岩塩は、孤児院の中ではマザーの管轄する台所にしかない。そして台所は刃物や火を扱っても良いと許可された、一部の13歳以上の子供のみが、手伝いの時間だけ入室できる。

 収穫物は、無断で食べてはいけない。必ず収穫籠に入れて、全員で分けなければならない。

 それぞれこの孤児院における規則だ。違反すれば、罰則があるらしい。

 かといってそれぞれ鍵もなければ監視もないのだけど。

 

「……アリシアは、どうして皆で分けずに、二人だけで分けようと思ったの?」

「んーとね……誰かと食べたかったけど、いっぱい食べたかったから!」

 

 いっぱい食べたい、けど一人は嫌。収穫籠に入れてしまえば皆で食べられるけど、少なくなってしまう。

 それぞれ妥協した結果が今の状況らしい。

 なるほど、ちょっと賢い。

 

「……一応言っとくけど、マザーに黙って勝手に台所の物を持ち出すのも、勝手に食べるのもダメなんだからね?」

「えー、どうして?」

「人間は自分勝手だから」

 

 間髪入れずに出した答えに、理解できないと首を傾げるアリシアを見て、説明を端折り過ぎたか、と反省する。

 さて、この子にどう伝えればわかりやすくなるだろうか、と考えていると、それを説教の気配と感じ取ったらしい。

 

「えとえとっ! じゃあそろそろおしごとに戻るね!」

「あぁ、うん」

 

 慌てた様子で立ち上がり、そのまま畑へ戻ろうと一歩踏み出す。

 そこで何か思い出したらしい、くるりと振り返り、一言。

 

「あっ、私のことはアリスでいいよ! 家族だもん!」

 

 それだけ言うと、返事も聞かずに戻っていく。ぴょこぴょこと跳ねるポニーテールの銀色が畑の緑に紛れたところまで見送ってから、ぼんやりと上を向く。

 まあ、不味くはなかったかな。

 なんて思いながら立ち上がり、畑の方に、暑い日差しの下へと踏み出した。

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