ロムに憑依しちゃった話。(仮)   作:ほのりん

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エルザ。

 アリシアをアリスと、そう呼ぶように言われた、その夜。夕食時にマザーから呼び出された私は、この孤児院の院長室……マザーの書斎のソファーに腰掛けていた。

 目の前の低い机にコン、と置かれたマグカップ。揺れる水面は琥珀色で、ゆらゆらと白い湯気が立ち上っている。

 

「ことりさんはミルクとお砂糖、使われますか?」

「……、いえ」

「そうですか? もし欲しくなりましたら、遠慮なく仰ってくださいね」

 

 にこやかな、相手を安心させるための笑顔は、私が申し出を断っても揺れることはなく。私の向かいに座り、自分のカップにミルクと砂糖をドバドバ入れてゆったりとスプーンで混ぜる、ちょっとふくよかな女性。

 マザー・エルザ。この孤児院の責任者であり、子供からマザー()と呼ばれる彼女は紅茶を一口飲んで息を吐くと、じっと自分を見つめる私のことを、緊張しているのだと思ったのか「飲んでも大丈夫ですよ」と笑みを向けてくる。

 そこまで言われて口をつけないほど空気が読まない私ではないので、「いただきます」と言ってから一口飲む。

 

(うん、美味しくはない)

 

 お金がないから茶葉は安物を大量買いで古い物だし、淹れた本人が技術を持ち合わせていないのは、以前リーンボックスの女神が淹れている所作を見ていたから何となくわかった。ミルクティーにする紅茶とストレートにする紅茶は、それぞれ蒸らし時間が違うってその女神が前に言ってたし。というか多分ミルクも砂糖も味を誤魔化すために入れてるんじゃ……

 

「……どうやら、あなたは紅茶の味がわかるようですね」

「っ……、まあ……はい」

「あぁ、いいんですよ。責めているわけではありません。ごめんなさいね、不味い物を出してしまって」

 

 僅かにでも顔に出してしまっていたか。目敏く表情の変化に気付いた彼女は申し訳なさそうに謝り、机に置かれたカップを回収しようとする。

 その手を遮り、先にカップを手に取って、また一口。

 

「……すみません、やっぱりミルクと砂糖、もらえますか」

「ええ、いいけれど……」

 

 「でも、いいの?」と言いたげな表情を無視して、彼女と同じくらい入れて混ぜながら答える。

 

「出された物を残すほど、無作法じゃないので」

 

 ……でもこれは甘過ぎる気がするね。

 

 

 

 琥珀色から蜂蜜色へと変化した紅茶をちびちびと飲みながら、マザーと他愛もない話をする。といってもマザーが子供の話をするか、私から聞きたがるか、の二択しかないけれど。

 そうしてカップの中身が半分になった頃、ようやくマザーは本題へと入った。

 

「ことりさん、昼間、アリシアさんとなにかしていませんでしたか?」

「……何か、と言いますと?」

「そうですね……例えば、これを使って何かを食べていた、とか」

 

 そう言って取り出したのは見覚えのある小袋。その中身は、見なくてもわかってしまう。

 そんな本気で隠そうってこそこそ動いてたわけじゃないからね。アリシア……アリスは怒られたくないからって隠そうとしていたけど、そんなに悪いことではないって行動していたみたいだし。

 

「これは今日、あなたたちが作業をした畑のすぐ近くにある、木のそばに落ちていました。そして今日、あなたたちお二人は畑のそばにある木で休憩していたそうですね?」

「……、そうですね」

 

 一瞬嘘を吐いて反応を見ようか、と思ったけれどやめた。ここで吐く嘘はマザーに対して効果はなさそうだし、なんとなく彼女には嘘を吐きにくい。見た目は全然似ていないのに、どことなくウチの教祖に似ているからだろうか。

 嘘を吐かず素直に頷いた私に、マザーは意外だと思う気持ちは一切なかったようで、まるで始めからそう判断するとわかっていたかのように頷き、改めて問いかけてきた。

 

「では改めて訊きます。あなたたちは今日、木陰で休憩しながら、この塩を使って収穫物を食べていましたね?」

「……はい」

 

 そこまで言い当てられると、まるで現場を見ていたか、見ていた者の証言を聞いたのかと思えてくる。もっとも、ただ塩を舐めていました、なんて可能性は低いからこその言葉なんだろうけど。

 さて、罪が証明されたわけだから罰を受けることになるんだろうけど、どんなものだろうか。正直に認めたのだから軽いものがいい。……というかなぜこの場にアリスはいないのか。別々で尋問する気だったのか。まさか私だけ罰を受けろと言うわけじゃないよね?

 なんて罰を受けることを前提とした思考回路だったから、次のマザーの言葉がすんなり頭に入らなかった。

 

「――ありがとう」

「……え?」

 

 相手は規則違反者だというのに、マザーは怒りを微塵も見せず、穏やかな笑顔で感謝を告げた。

 何故、どうして。そんな疑問が思考を止め、次のマザーの言葉を待つ。

 マザーは穏やかな笑みを浮かべたまま、その理由を告げる。

 

「あなたが正直に認めてくれたのが嬉しいのです。そして……」

 

 彼女の誰かを想う優しい眼差しが、私に向けられる。

 

「アリシアさんと仲良くしてくれたことにも、感謝を」

「仲良く、してた……? アリスと……?」

 

 一つ目の理由はわかる。余計な時間をかけなくて済んだから、みたいな理由でもなく、彼女の場合は本当に善意からの感謝なのだろう。でも二つ目がわからない。今日の出来事はアリスが勝手に私のところまで押し掛けてきて、流れのまま私に共犯者というレッテルを張ってきた。仲良くしたというよりも、ただその場を適当に流した、というのが私の認識。

 だというのに、マザーは疑問に首を傾げる私に微笑まし気な笑みを浮かべ、それは私が彼女の愛称を口にするとより深くなった。

 

「アリス……それは、彼女がそう呼ぶようにと言ったのですか?」

「はい。家族だからって」

 

 よくわからないけど、呼び方を変えるくらいならどうってことはない。と、私にとってはそれだけだったのだけど。

 

「そうですか……あなたを家族と……」

 

 アリスの理由に、マザーの笑顔は消え、思案顔に。少しの沈黙の後、小さく「やはり……」と呟くと、何かを決意したような顔で私の目をじっと見て話し始めた。

 

「ここの子供たちが皆、外から来た子たちというのは知っていますか?」

「……ええ、まあ」

 

 急な話題転換に思考が一瞬止まるも、すぐ該当する記憶が浮かび、頷く。会話の内容に村の外で暮らしていたことを前提としたものが混ざっていたからそうなのだろう、と。

 

「皆、様々な理由で両親を失くした者たちばかり。両親からの愛を受けられなかった子や、その愛が毒となってしまった子もいます。アリシアさんの場合は、両親がアリシアさんを犯罪へ巻き込んでしまったばかりに……」

 

 詳しくは語らないが、それはもう悲しくなるほどに。とでも言わんばかりに感情を乗せた語り口は、同情を誘っているようにも聞こえる。そう聞こえてしまうと、涙を目尻に溜め、それをハンカチで拭う仕草もそういう演技だって見えてくるのだから、白々しいものを見る目になってしまうのは仕方がないと思う。

 だからその目を逸らして「ふーん」と興味なさげに……というか本当に興味がないのを表に出しているのを見て、この方法は使えないと切り替えたのは良い判断だと評価しよう。

 

「きっとこれから先、アリシアさんはことりさんを様々なことに誘うことでしょう。ただの遊びから、この孤児院での規則違反。果ては犯罪まで。どこまでが許され、どこまで付き合ってくれるのか試すように」

「それは……面倒ですね」

 

 言い換えようか一瞬悩み、必要ないのではとそのまま口にする。

 そもそも親しくない誰かといるだけでもストレスなのに、何かをするのに付き合えと言ってくるかもしれないなんて。面倒臭い。犯罪自体は既に何度か経験済みといえばそうなので抵抗はないけれど。

 

「ははは……しかしどうか付き合ってあげてくれませんか? そしてどうか教えてあげてください。悪い事をしようとしたら、それはいけないのだと。アリシアさんだけでなく、他の子供達にも」

「……何故、私が?」

 

 むぅ、と不機嫌さと迷惑さを混ぜた表情を丸出しに、問いかける。

 子供に教えるのは大人の役目だし、人間の事情を人外(わたし)に押し付けないで欲しい。

 そんな気持ちを5割増量させた表情でじっと見つめても効果は薄く、優しく促すようにマザーは言う。

 

「他の子供たちはまだ外のルールを全て理解しているわけではありません。私が全て教えてあげたいのですが、付きっきりというわけにもいきません。それに──」

 

 一拍置いて、わざとらしい笑顔を浮かべて、

 

()()()()であれば、良いも悪いもよくご存じでしょう?」

 

 そう、口にした。

 

「……保護者が子供に様付けですか」

「あなた様を子供と言うには、少々大人びているように見えますけれど。実際、見た目通りのご年齢ではございませんよね。確か──」

 

 目の前の人間が口にした年数は、『ロム』が生まれてからのもので間違いない。

 警戒レベルが一気に高くなる。思考のスピードが速くなる。いつ、どこでバレた。どこまでバレた。周りにはもう言ったのか、自分だけか。こいつを処分すれば片付く話だろうか。

 

 そんな私を余所に、残り少なくなったミルクティーを飲み干した人間は、落ち着いた態度で、目に闘志を宿らせ、こちらを見据える。

 今までの優しい院長(はは)とは全く違う、院長(おさ)として初めて見せる姿。

 ……知っている。この目は、交渉事に挑む人間の目だ。絶対に自分の要望を通してみせる。そんな意志の宿る目。

 ……悪意は感じない。ならば話し合いには応じてやろう。

 

「……何が、望み?」

「先程似たようなことを言いましたが、子供たちへ外のルールを教えて頂きたく存じます。それぞれの国で異なるような細かな法律ではなく、例えば物はお金もしくは同等の物と引き換えに得られる物、お金は働かなければ貰えないもの、人の物を盗ってはいけない、人に暴力を振るってはいけない。そういった万国共通のルールやモラルを、犯していたときにだけでいいので注意してほしいのです」

「それはあなたでも教えられるんじゃない?」

「ええ。ですが、それはきっと学校の授業で聞いただけの、そのときしか覚えていられない知識となります。先程も言いましたが、(わたくし)がずっと見て、その都度注意するわけにもいきません。その授業が終われば、説教が終われば、孤児院を出れば、忘れ去ってしまうものになるかもしれない。

 しかしロ……いえ、ことりさま。実際はともかく、見た目は同じ子供であるあなたさまであれば……私以上に子供たちと接する時間を持ち、同じ立場にいる者として心を許しやすいあなたさまであれば、そのお言葉は残りやすいのではないでしょうか」

「それは……まぁ、わからなくもないけど」

 

 上から言われるだけならその場で「はーい」で済ませてしまう子もいる。けれど同じ立場から言われれば、心の壁が薄い分通じやすいし、何故そうなのか相談しやすい。それは前の私の経験に心当たりがあったから、素直に頷けた。

 私のことを『ロム』と呼びそうになり、睨まれた瞬間言い直したエルザは首を振る私を見て少しだけ安堵した表情を漏らす。けれどまだ取引は成立していない、と再び顔を引き締めた。

 

「ご理解いただけたこと、心より感謝申し上げます。それでことりさま、いかがでしょうか? お手伝いしていただけないでしょうか」

「ふむ……」

 

 エルザの態度は取引というよりも懇願だ。いや取引というのも私が勝手に解釈しただけで、彼女にとっては最初から女神様及びそれに準ずる慈悲深いだろう存在への懇願だったのかもしれないけど。

 けれど……だからこそ、気に食わない。これは今のところ私に何のメリットもないことだから。逆にメリットさえあれば心が揺らぐかもしれない、と思ってしまっているのも気に食わない理由なのだけども。

 ひとまずはメリット以外の要素を洗い出してみようか。

 

「それ、もし私が拒んだら、あなたはどうするの?」

「あなたさまのことを教祖様へ報告します」

「わ~脅しか~」

 

 即答するエルザへ、茶化しながらも目が笑っていない笑顔を向ける。少しは怯むかと思ったのに動じていない、あるいはその姿を表に出さない彼女は、言葉を続ける。

 

「あなたさまがどういった目的でここへ来たのかわかりませんが、孤児であると嘘を吐いていただけでなく、この村の信者にとって敵である女神だと知られれば、大変面倒なことになりますよね。最悪、命を狙われることでしょう」

「ふぅん?」

 

 それは初耳だ。けど理由自体は想像しやすい。かつて魔王と女神は争っていたのだから、その名残りだろう。

 

「逆に、あなたさまがもし私の要望を受け入れてくださるのであれば、私はあなたさまへの協力を惜しみません。あなたさまが目的を達するためのお手伝いができるのであれば、助力いたしましょう。……もっとも、時間があるときに限りますが……」

 

 最後のが言い辛そうなのは彼女には彼女で孤児院の運営があるから。子供たちのために私の助力を得ようというのに、孤児院の運営を放りだしては本末転倒ということか。

 しかし彼女がただ願いを乞うのではなく、対価を用意しているのならよかった。対価や代償は私たちとの取引で不可欠なものだから。

 ……()()()()? そもそも人間との取引は疎むべき行為では……?

 

「……ダメ、でしょうか?」

「あぁ……まあ、うん。……いいよ。ただし、条件を付け足してもいいなら」

 

 一瞬沸いた自分への疑問を頭の片隅に押しやり、不安そうな彼女に、悩んで出した答えを提示する。

 いくつか提示した条件は、要約すれば「この村限定で私にとって都合の良い駒となれ」って一つの意味になるのだけど、彼女はそれに気付いているのかどうか。

 静かに条件を聞き終えた彼女は「その条件を呑みましょう」と深く頷いた。

 ならこれで取引は成立する。……けど、このまま理由も聞かずにっていうのは、ちょっと納得がいかない。正直この孤児院で、そして村で生活する分には外のルールなんて知らなくても生きていけるのだから。その理由を聞くくらいの権利は持っているよね?

 そう伝えれば、彼女が素直に口を開く。そこから紡がれる言葉は彼らへの気持ちと、彼女自身の夢を語っていた。

 

「ここの子供たちは皆外から来た子ばかり。この村で生まれ育った子供たちよりもずっと、外へ出て行くという選択肢が近いのです。そんな子供たちが将来村を出て行きたいと、その選択肢を選び取ろうとしたとき、その障害となるものはできるだけ取り除いてあげたい。選択した先でつまづいて転んだとしても、そこで終わりではない、立ち上がれるのだと教えてあげたい。

 そう想い、願うだけでなく自ら行動するのが親という生き物であり、私は彼らにとっての親になりたいのです」

 

 そのための努力は惜しみません、と語る彼女の瞳は今の言葉に偽りの感情が一切ないことを表している。

 その態度と意志は好感が持てるし、共感できる部分もある。だから彼女の話に納得した、と今度はこちらが頷いて、右手を差し出す。

 

「なら、これからよろしくね、エルザ」

「……はい。子供たちのこと、よろしくお願いします、ことりさま」

 

 あくまでも子供たちを頼む、と言わんばかりの答えに彼らへの親心を感じ取りながら握ったその手はカサカサで痛いけど、力強い温かさに頬が緩むのは仕方ないよね?

 

 

 

「あぁそれはそれとして。規則違反の罰則はきちんと執行しますからね」

「えぇ……でもそこはほら、私はアリスに巻き込まれただけだし……」

「だとしても悪い事と認識しながらそれを止めず、共に違反することを選択したのはことりさん自身ですよ。アリシアさん共々反省してください」

「ちぇ……」

 

 そう言って科してきた『礼拝堂の大掃除』は思いのほか重労働で、何より逃げ出そうとするアリスを留めておくのが一番苦労すると知るのは、また別の話ということで。

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