マザー・エルザと取引を交わした次の日。私は一度ルウィーに戻ることにした。あやふやになりつつあるミナちゃんとの約束『土日は帰ってくること』を一応守ろうと思って。といっても約束通りではなく、わずか一日、それも昼間だけの実質半日の帰省。ミナちゃんは難しい顔、ラムちゃんには寂しそうな顔をさせてしまったけれど、一日ずっといないのは孤児院の子供だけでなく、村の大人に怪しまれてしまうから。昼間だけなら私だけ別の仕事を任されているって理由をでっち上げることができる。
そんなわけでまた一週間、カナリアでの日々を楽しもうとした私だったのだけど……
「……なに、これ」
一応協力者だから、とエルザへの報告を済ませて、一人遅れて教室に入った私の目に映る、カラフルな光景。
床、壁に限らず天井にまで飛び散った色とりどりの絵の具。机の上で散らばる紙や筆。その中を走り回る男女の双子と、憤怒一色に顔を染めた肌が灰色っぽい子。
他の子供は、片隅で震えていたり、下着一丁で転がっていたり、その場で困惑していたり。
まるで学級崩壊が起きたような光景に脳の処理が追い付かず、私は扉を開けた状態のままどう反応すればいいのか考え始めたとき、
――二人の目が、私を捉えた。
「――ナツ!」
「了解、メグ!」
双子のうち、妹が中身の入った小さなバケツを手に取って、私へ投げる。その中身が少しかかりながらも避け……たと思えばそれはダミーで、本命らしい兄が投げたバケツは避けられず、もろにバケツと中身の液体を食らわされた。それも狙ったのか鼻先にクリティカルヒット。痛みに鼻を押さえていると、横へと突き飛ばされ、液体で目が開けられないままの私はよろけ、机の角へと頭をぶつけた。
(水、じゃない……不味い、臭い……口入った……冷たいし痛いしなんなのもう……)
二人の足音が遠ざかっていくのを聞きながら、ぺっぺっと液体を吐く。けれど頭から垂れてきた液体が新しく口へ入って意味はなく。そのことに苛立っていると、一人の足音が近付いてきた。
「だ、大丈夫か?」
「~~ッ……!(ふるふる)」
大丈夫じゃない。痛いし、不味いし、目も口も開けられない。
その気持ちを込めて首を小さく振れば、察したらしい彼女は「ちょっと待ってろ!」と慌てて何かを探しに行って、そして私の顔へと布を押し付けてきた。
そのままごわごわとした肌触りの布で、ごしごしと拭かれる。これまた痛いから布を奪って自分で拭いて、ようやく目を開けられるようになって……すぐ閉じたくなった。
「……なんで雑巾なの」
「わ、悪りぃ。すぐそこにあったのがそれだったから……わぷっ⁉」
元から汚れている雑巾を衝動のままに投げつけ、立ち上がる。そして睨んでくる彼女……リンダへ睨み返した。
「人がせっかく心配してやったのに、その態度はねえんじゃネェか?」
「雑巾で顔拭かれても感謝できるほど真っ直ぐな性格じゃないからね」
「だからってな……!」
「はいはいそこまでです! お二人とも、一旦離れなさい!」
怒気が強まっていくリンダと睨み合い、一触即発の空気が間に漂う。そんな空気を蹴散らすようにパンパンッと手を叩き、開きっぱなしになっていた扉から入ってきたのはエルザ。強引に私たちの間に割り込んで引き離すと、教室の惨状を見て大きく溜息を吐いた。
「またあの子達ですか……」
(“また”なんだ)
思わず心の中で繰り返していると、エルザは溜息を吐きながら小さく頷いて、そして全体へ指示を出し始めた。
「何が起きたかは後で聞きます。まずはエリオット、あなたは服を着なさい。そのような格好でいてはいけません」
「えーっ! もっとベタベタして遊びたいよ!」
「ダメです。教室は学ぶところですから、遊んではいけませんし、汚してもいけません」
「ナツとメグは遊んでたよ?」
「あの二人にはあとできっちりとお仕置きを受けてもらいますよ。それともまさか、エリオットもお仕置きを受けたいのですか?」
「うぅっ……おしおきはやだ……」
「では服を着てください。マコトはエリオットの着替えを手伝ってもらえますか?」
「はーい」
「アリシア、あなたはナナのケアをお願いします」
「りょーかい! ほらほら、もう誰も怒ってないよー?」
「ぐずっ……ほんと……?」
「ミキ、それは食べ物ではありません。口に入れないで、片付けてください。カイン、あなたはミキが絵の具を食べないよう見つつ、横で手伝ってあげてください」
「う、うん。わかったよ、マザー」
「ぷぅ……おなかすいたー」
「昼食まで我慢です。リンダ、ことりさん。あなた達は全体を見て指示を出しつつ片付けを。教室全体の掃除はあの二人にやらせますので、絵の具や筆、バケツなど物だけを片付けてください」
「了解ッス、マザー!」
「えー……早く風呂に入りたいんだけど」
「それは片付いてから、皆さんと入ってください。ハイ、でははじめ!」
パンッと両手を叩いた音を合図に、その場の全員が動き出す。それぞれが言われた通り、誰かのフォローだったり、片付けだったり。
その中で私だけ、どうしても動く気になれなかった。
「おい、なんでおめぇは手伝わネェんだ」
「だって私何もやってないし。来た途端すぐバケツの水浴びせられて、ぶつけられてって……被害者なのになんでやらなきゃならないの」
「アタイたちだってそうだけどよ、それでもやんなきゃいけネェだろうが」
「あなたたちは二人を止められなかったのが悪いでしょ」
「アァ? テメェ、他人事みたいによォ?」
「はいはい、喧嘩しない! まったく……そんなに片付けが嫌なら、ことりさんは二人を探して捕まえてきてください」
「なっ、マザー! コイツをサボらせる気ッスか⁉」
「まさか。当然、ナツとメグを捕まえるまで、昼食はお預けですよ」
「はぁ⁉ マザー、私に死ねと言うの⁉」
「人間、一日食事を抜いた程度で死にません。それに
「ッ……わかったよ。二人を捕まえるだけでいいんでしょ? お昼の鐘もならないうちに済ませてくるから、ちゃんと用意しといてよ」
「ええ、そのつもりで臨んでください」
「ハッ、本当にそんな短時間で捕まるかっての」
「……?」
「それだけ手強い相手ということですよ、あの二人は」
その気になる発言からリンダを訝し気に見ても、向こうはやけにニヤニヤした顔で背を向ける。
これ以上の情報は得られない。エルザもこれ以上の情報を与えるつもりはないようで、この場を子供たちに任せて出て行ってしまった。
(まあでも、たかが人間の子供だし)
そう高を括って、教室を出る。まずは二人が走って行った方向へ行ってみよう。
(どうせ村から出ないだろうし、すぐ捕まえられるでしょ)
そう余裕をかます私自身がフラグを立てていることになど気付きもせず、私は外へと向かって歩き出した。
そして、ようやくそのことに気付いたときには、お日様は真上から下り始めた頃だった。
カラーン……コローン……
村の中心で、教会に設置された鐘が音を響かせる。昼間、3時間ごとに鳴らされる時刻を告げる鐘だ。
今時、例え時代遅れなこの村でも時計はある。が、それでも鐘を使って全体へ周知させるのは、それを村人たちは古き良き習慣と見ているからなのだとエルザは言っていた。
私もこの音は嫌いではない。前の私にとって聞き馴染みのある音だから。
けど今だけは私の心を苛立たせていた。
(今のは12時を告げる鐘。ってことは探し始めてもう3時間……それだけあって、この小さな村でたかだか子供二人見つけられないなんて……)
本当に小さな村。3時間もあれば隅から隅までくまなく探すことなんて容易い。
(気配探知能力が使えたら……いや使えないわけじゃないけど、私のはその人が持つ魔力とかシェアエネルギーとかを探知するだけで魔力を持ってないただの人間は探知対象外ってだけだし……)
と、誰にしてるのかわからない言い訳を心の中でぶつくさ言いながら、もう一度村を回らなきゃいけないのかと気を落としていたときだった。
「こんにちは。ことりちゃん……だったかしら。さっきからあちこち見てるみたいだけど、何か探し物?」
私の行動を見ていたのだろう、村人の女性が話しかけてきた。
「……こんにちは。ちょっと、悪戯小僧と小娘を探してて……二人を見かけませんでしたか?」
「イタズラってことは、ナツくんとメグちゃんね。あの双子ならあっちに行ったのを見たけれど……」
そんな都合よく求めている答えなんて出てこない。そう思った私の予想に反して、女性は森の方へを指した。
「そういえばまだ帰ってきてないわね……大丈夫かしら?」
「……探してきます」
大丈夫か、と口にする割には心配していないように見える。
そんな女性に一言告げて、私は女性が指した方角へと歩く。
もうこんな時間だ、昼食には間に合わない。昼抜きなら、せめて午後の仕事をサボるつもりでいよう。そう苛立つ心を落ち着かせながら。いざ見つけたらどう苛立ちをぶつけてやろうか考えながら。
女性が指をさした先、森の中をずんずんと歩いていく。木々に遮られて日が届かないからか、足元はすっきりしていて歩きやすい。だからこそ道という道がなくて、あの双子がどこを歩いて行ったのかわからない。
(というか、本当にこっちに来たんだよね? あの人間、嘘吐いたんじゃ……)
疑心暗鬼になりつつ歩いて、歩いて、歩いて……もう止めて帰ろうか。そう思ったときだった。
「――うわぁぁぁん! いだいよぉぉ!」
森に響く幼子の泣き声。さっきまで聞こえなかったのを考えると、今何かが起きたのか。
「放置……は、できないよね……」
泣き声は初めて聞くけど、これはあの双子のどっちかの声だ。なら今は仮でも家族。助けないわけにはいかない。
泣き声が聞こえる方角は、丁度あの村人(女)が指した方向で、嘘は吐かれていなかったらしい。駆け足で進めば、数分もしないうちに二人の姿を見つけることができた。
「っ、誰だ! ……って、お前か」
「はいはい、私だよ。あなたたちに絵の具が混ざった水ぶっかけられたことりさんだよ」
薄暗い森の中。人間の目では近づかないと見えないようで、足音に警戒を露わにした双子の兄ナツは、私だとわかった途端気を抜いた。そんな彼に恨み言を言いながら、今もまだぐすぐすと泣き続ける妹のメグを見る。
ナツが庇うように立つ、その後ろにメグは泣きながら寝転がっていた。泣く元気はある。が、起き上がれないのか。じっと見ていても起き上がろうとする気配はない。
「……落ちたんだ。木の上にいて、足を滑らせて……」
「……そう」
じっと観察している私に、ナツは何が起きたか簡単に説明した。滑らせて、体勢悪く背中から落ちたのだと。
幼い子供が、高いところから落ちて、怪我をした。
割とありがちなシチュエーションで、ありがちだからこそ昔の嫌な記憶が刺激される。
(前を走ってた子供が、目の前から消えて……崖で、転がり落ちてて。降りて見たら、赤くて、変な方に曲がってたから、この手で……)
「なあ……なあってば!」
「ぁ……なに?」
ナツの大声と揺さぶりが、暗い記憶にどっぷりと浸りそうになった思考を引き上げる。
ナツは先程までの私の様子に気付かなかったようで、そのまま用件を口にした。
「お前、メグを背負えるか?」
「……まあ、背負えるけど」
「ならメグを背負って、家へ連れてってくれ」
ナツは真っ直ぐに私を見て、まるでそうさせるのが当然とばかりに横暴な態度でそう言う。その態度に苛立ち、ふとエルザの言っていたことを思い出した。
(……なるほど。こういった態度を取らないよう矯正していけってね)
一応約束は約束。面倒でも、苛立ちをぶつけないよう冷静に……
「それは頼み事だよね。人に頼みごとをするときは相応の態度があるって、マザーに言われなかった?」
「け、けどお前は俺たちより後から来たやつだし……」
「例え来たばかりの新人相手でも、人生における後輩でも、誰かに何かを頼むならちゃんとした態度を取らなきゃ。誰も嫌がって助けてくれないよ? もちろん親や兄弟相手でもね」
「ぐっ……わかり、ました。生意気な態度を取ってすみません。けどお願いします。メグを家まで運んでください」
「あら、素直」
言われた直後こそ苦い顔をして言い訳していたけれど、少し諭しただけで頭を下げて口調も改めて頼んでくる。その素直な態度に、これ以上苛立たないようにと構えていた私は拍子抜けしてしまった。けれど彼が次に言った言葉から、その態度に納得がいった。
「メグ、さっきからずっと痛そうなんだ。家に帰れば……マザーに診せれば、どんな怪我も治してくれる。だから早く連れて帰りたいんだ……です」
「ふぅん、なるほど。……いいよ。けど、背負うの手伝ってね」
「っ、ああ!」
妹の痛みを早く取り除いてあげたい。その気持ちは、同じように妹を持つ身として共感できなくはない。その状況へ来た知り合いの誰かを頼りたくなる気持ちも。
ただ請け負ったのはいいものの、自分で担ぐことはできないのだろうか。そう思ったものの、メグへと駆け寄ろうとする彼の歩き方から無理なのだと察した。
「……なに、あなたも木から落ちたの?」
「っ、……落ちたわけじゃない。飛び降りようとして、足が変な感じに着いちまっただけだ」
「つまり捻ったのね」
意地っ張りな態度は気にせず、その事実だけを引き出す。
となると、怪我人は二人。妹の方は背中を強打しているのならあまり自分で歩かせないほうがいいし、兄も本当は歩かせないほうがいいのだろう。
(エルザに頼らずとも、私も治療魔法は使えるけど……、ッ!)
今この状況で治療魔法を使う。それは先ほど思い出してしまった出来事と類似していて、連鎖的にその時、その後の光景が頭をよぎる。
(……ダメ。同胞以外には絶対に使っちゃダメ)
今度は思考の海で溺れる前に自分で止めて、今へと意識を戻す。
「おい、どうしたんだ?」
「……なんでもないよ」
動こうとしない私へ、怪訝な顔を向けてくるナツに首を振って、改めてメグのそばへと近付く。
「うぅ~ぐずっ……! いだいよぉ~……!」
「ああそう。で、起き上がれる?」
「む゛り゛ぃぃ~!」
「わかった。ならナツ、私がしゃがむから、あなたがメグを持って私の背に乗せて。それくらいならその足でもできるでしょう?」
「おう! ほらメグ、もう大丈夫だから、泣きやめろよ。な?」
「うぐぅ……! ぐじゅっ……!」
「……お願いだから鼻水とか服に付けないでね」
一応そう言っておくけど、多分付けられそう。……まあ今の服はここで用意されたものだし、もうすでに汚れてるから気にしないでいいか。
さっさと風呂に入りたい。そう思いながら背を向けて待ち、その背にメグの身体が圧し掛かったとき、その衝撃の少なさに思わず眉を顰める。
まさか。そう思いながら彼女を背負って立ち上がると、やはり結果は想像していた通りだった。
(……一応、エルザに訊いておくか)
眉間の皺を濃くなっているのを自覚して、深呼吸でその感情を落ち着かせる。
そうしていると背負われた彼女は落ちないようにと身体を密着させ……すんすんと鼻を鳴らした。
「……なんか、くちゃい」
「そりゃ臭いでしょうねぇ? あなたたちがこんなとこまで逃げたせいで風呂にも入れずねぇ? 絵の具の水被ったままで来たからねぇ?」
「ぐっ……」
「むぎゅ……」
「……はぁ」
メグが漏らした文句に「誰のせいだ」と怒りの感情を込めて威圧すれば、二人は口を閉ざす。もし二人の顔を正面に見ていれば、顔を逸らされていただろう。だからって少し待っても謝罪の言葉は出てこないどころか、そう言おうとする気配さえ感じない辺り、悪いとは思ってないのか。謝罪自体を知らないということはないだろう。さっき謝ってきたし。
二人の態度に苛立つ気持ちを溜息で吐き出して、そのまま元来た道へと歩き出す。そのすぐ後ろを不規則な足音が付いてきた。
いくら自分より身体が小さかろうと、私の筋力があろうと、おんぶと抱っこを同時になんてできたとしてもやりたくない。だからもし言われても断るつもりだったけど、さすがにそこまでは求めないらしい。時折地面と擦る音が聞こえても、苦痛の声が漏れて聞こえても、彼が私を呼び止める声だけは聞こえなかった。
「……なんで、いたずらしたの」
だからこの疑問は怒りから来たものではなかった。
怒りから来たものではなかったが……聞き手からすれば、特に後ろめたい気持ちがある者からすれば、責められているように聞こえるのだろう。二人は僅かな呻き声だけ漏らし、それ以上は黙ったまま。少しの間、二つ分の足音が自然の音に紛れるだけの時間が流れる。
先にその時間を破ったのは、耳元で呟かれた声だった。
「怒ってる……?」
「当然。でもこれは怒りとは関係のない純粋な疑問。何故あなた達がそうするのか。何があなた達をそう駆り立てるのか。私はそれが疑問なんだよ」
「……別に。ただいたずらして遊びたかっただけだ」
不貞腐れたような口調でナツが答える。でもそれじゃ私の疑問は収まらない。
「だからその遊びに悪戯を選ぶ理由が知りたいんだよ」
「いいだろ別に! なんでんなこと余所モンのお前にいう必要あんのかよ!」
「あるよ。こっちは被害を受けてるんだから、理由を知る権利はある」
追及すると逆切れを起こすナツに、尚も冷静に、冷たく問い詰める。
何故悪戯なのか。他の遊びじゃダメなのか。悪戯じゃないとダメだとしても、どうしてあんなに大規模にするのか。わずかな悪戯じゃその心は満たされないのか。
疑問に思えば口からするすると言葉が出てくる。ラムちゃんたち相手の時と違い素のままでいていいからこそ、口の戸を閉めなきゃいけない理由もない。
そう、べらべらと疑問とそれに対する仮説と代案を口にしていると、耳元の声が私の口を閉ざした。
「……わかんないよ」
「……それは、私の疑問の意味がわからないってこと?」
「ううん。ことりちゃんが言いたい事、難しくて全部はわかんないけど、なんとなくわかる。でもなんでかなんて、わかんないよ」
「そう……ナツも、同じ答え?」
「……ああ」
「……そう」
二人の答えを聞いて、これ以上は訊かずに頷く。
「わからない」もまた答えの一つだし、子供がわからないならそれを見ている大人に訊けばいいのだから。
その後は何も話さず真っ直ぐ孤児院へ戻ると、玄関には10才以上組が勢ぞろい……三人しかいないけど、出かける格好をしてエルザの話を聞いているところだった。どうやら私に話しかけてきた村人(女)が、私が村の外へ行ったことをエルザへ伝えたらしい。捜索人数を増やそうとしていたのだとか。
けどその前に私が連れ帰ったので急遽予定変更。私より身体の大きいリンダがメグを背負い、12才の男子カインがナツに肩を貸すと、私は13才のナナに連れられて風呂場へ。そのまま一緒に入って私の身体を洗おうとするナナの行動を断ったり、断り方が悪かったのか泣きそうになりながら謝り続ける彼女をなだめたりと大変だったけど……それ以上は特に何かはなく。昼食も結局なく。
夕食までお腹に物足りなさを抱えたまま残りの日常を終えた、その夜。ようやく
「で、まだ終わらないの?」
その言葉を執務机で作業するエルザへかける。彼女は「もう少々お待ちください。あと少しで終わりますから」と私が押し掛けたにも関わらず、苛立つ態度を見せずに答え……本当にあと少しだったようで、一息吐くとペンを置いた。
「それで、どうかされましたか?」
「質問。何故あの二人は悪戯を繰り返すのか。理由、知ってるなら聞かせて」
「ええ、いいですよ。ただ話は長くなりますが……」
「いいよ。一日くらい、眠らなくても平気」
「さすがにそこまでかけないようにしたいですね。わかりました、少々お待ちください」
エルザーは席を立つと、手慣れた手つきでお湯を沸かし、自分と私の二人分の紅茶のおかわりを淹れた。
ふわり広がる紅茶の香り。白い湯気が立ち上るカップをお互いの前に置いて、向かい合った。
「さて、何故ナツとメグが悪戯を繰り返すのか、でしたね。結論を一言で申し上げるなら、私達の気を引きたいのだと、私はそう解釈しています」
「気を引きたい? 何故?」
「そうですね……ことりさまは、あの二人がどんな環境で育ったのか、ご存じで?」
「ううん。そこまで興味なかったし」
そもそもそんな気軽に話せるほど軽い過去でもないだろう、と。その思い込みは正しくて、エルザの口から語られた双子の過去に、自分の眉に力が入るのを実感していた。
双子の両親は共働き。それだけならよかったものの、どちらも仕事ばかりにかまけて、双子を放置気味だったらしい。孤児になった理由は、放置がネグレクトの領域まで達したから。ここへ流れてきた理由は、双子の悪戯が度を過ぎていたから。孤立していた双子をここの教祖が見つけて、連れて来たのだと。
「元々暮らしていた家庭でも、その後の児童保護施設でも、二人は誰にも見てもらえなかった。だから自分達を見て欲しくて、気にかけて欲しくて、自分達が知っている手段を用いて私達の気を引いているのでしょう」
「それが悪戯だった、か……」
双子は確か7才ぐらい。そんな幼い年齢なら他の方法なんてわかるほど人生経験積んでいないだろうし、積めるような家庭環境にもいなかったか。
どちらにしろ今回のような悪戯が今後もあるのだとすれば、気を引くどころか避けられるのは間違いない。今は双子の思惑にハマっているあの肌色灰色女がいるからいいけど、そのうち怒りを通り越して呆れ、忌避、無関心と進めばどうなるか。以前の二の舞なのは想像に容易い。
……なら、そうならないようベクトルを変えればいい。幸い、悪戯なら私も経験があるのだから。
「事情はわかった。なら次、食事量についてなんだけど」
改善策を思いついたから、と話題を次へ進める。その内容は食事量が足りていないんじゃないか、というもの。元々ルウィーで見かけていた子供たちと比較しても細いと思っていたが、今回背負ってみてやはりと確信した。軽すぎる、と。
そのことを伝えるとエルザは難しい顔をした。
「……申し訳ありません。その件に関してはどうしようもないのが現状ですね」
「……金がないならあげてもいいけど」
「お金の問題もありますが、それだけではありません。お金があったとしても、それを使う手段がないのです」
犯罪組織から盗んだ……ごほんごほん。活動費として頂いたお金の使い道として有りか、と発言したものの、問題はそれだけではないと。
お金もないが、お金があったとして村では基本物々交換なうえに全体的に食糧の余りがあるわけではない。最寄りの村へ買いに行くにも足がない。最悪徒歩で行くことも考えたが、最寄りの村でさえ往復に二日はかかること間違いなく、すでに初老に差し掛かっているエルザには体力的に無理だし、その数日間孤児院を任せられる人材がいない。かといって代わりに行ってくれる人もいない。
「お金を積んでもやってくれないの?」
「村の成り立ちからしてどうしても閉鎖的になってしまう村ですから、他の地へ赴くこと自体嫌う人が多く……この孤児院の皆が村人の方々に受け入れられていることさえ不思議なほどなのです」
一見困ったように笑うも、寂しそうな表情のエルザ。もしかしたら受け入れられていると言っても仲間としては見られていないのではないか。そんな想像が頭をよぎる。……が、それは今気にすることではないと頭の片隅にしまい込んだ。
「ほかの改善策……といっても、一通り考えたんだよね?」
「はい。私が思いつく限りでは全て検討しましたが、残念ながら……」
「ふ、む……できるなら自給自足の部分をもう少し拡大したいけど、今でも子供にやらせるにしては若干多い気がするし……食糧そのものを直接寄付するとしても、運送方法は? 運送できたとして、信者になるわけでもない余所者を村へ入れるのを村人は許すの? そもそも永続的に寄付できるわけでもないし……」
子供たちの食糧問題について改善策をエルザと話しているつもりが、自分の思考に沈んでいく。話しているつもりのままだからぶつぶつと独り言を呟き続けるし、思考に意識が沈んでるから目の焦点は合っていないだろう。そんな気味の悪い子供を目の前にしておきながら、エルザは笑い声を漏らした。
「――ふふっ」
「……なに」
「いえ。ただ、あなたさまはどんな態度を取っていても、女神候補生様であることに変わりはないのだな、と」
不意に聞こえた笑い声に意識を戻され、少しばかり不機嫌に問う。そして見た目相応のふんわりとした笑顔で嬉しそうに言うエルザに対し、しかめっ面になった。それは今まで何度も自分の中で否定してきた事実だから。
「……私は女神候補生じゃないよ」
「おや、そうなのですか? では既に守護女神様へとなられて……?」
「違う」
感情を隠した無表情で淡々と否定すると、エルザは戸惑いを見せる。目の前にいる
「まあとにかく、食糧に関してはこっちでも考えてみる。ナツとメグに関しても、行動はしてみるから。じゃ」
話をそう打ち切って、立ち上がって部屋を出ていこうとする私に、エルザは驚きはしても止めはせず「え、ええ。おやすみなさい」と寝る前の挨拶をかけてくる。それに適当に返してから、寝室へと足を踏み出す。
……さて、明日はラムちゃん風にいこうかな。
そして翌日。廊下を爆走する子供が、二組。
片方は鬼の形相で追いかけてくる、肌色灰色女……もといリンダ。
「ゴルァアアアアッ‼ テメェら待ちやがれェェエエ‼」
「ヘヘッ、だーれが待つもんかよ!」
「とっても可愛いメイクしてあげたんだから、褒めてくれてもいいんだよ? キャハハッ!」
もう片方は双子。……と、私。
メグの言った通りリンダには可愛い……とは決して言えない、マーカーで描かれた落書きが顔をびっしり埋め尽くしていた。正直、寝てる最中を襲ったとはいえよく途中で起きなかったもんだなと感心している。
「てかテメェも一緒になってやってんじゃネェ!」
「だって私は元からイタズラっ子だし」
ウソではない。お姉ちゃんへ仕掛けていたイタズラはラムちゃんに付き合ってではなく、自分からしていた部分も多少はあるし。
さて、このままリンダの体力が尽きるまで追いかけっこを楽しんでもいいが、私はともかく双子の体力が持たないだろう。どうするか……
と、考え始めるよりも先に、私の両手はそれぞれ掴まれ、引っ張られた。
『こっちだぜ(だよ)!』
「わっ」
双子ならではの息の合った動きで転ぶことなく走り、玄関、そして外へと抜けていく。途中、孤児院を出た時点でリンダの足が止まっていることには気づいていたけれど、双子は止まることなくそのまま村の外へ。どこか見たことのある木々を抜けて着いたのは、昨日も見たあの木の元。
「はぁっ、はぁっ、はぁ……あ、ははッ……!」
「えへ、へへ……!」
『あははははは――‼』
いくら子供のバカみたいな体力とはいえ、息を切らしていた双子。なのにその顔は苦しそうなものではなく、むしろ心の底から楽しそうに笑い出した。
「はははっ、なあ見たか⁉ リンダのあの顔! めっちゃ可笑しかったな⁉」
「うんっ! しかも鏡を見せたときのあの顔もめっっっちゃおもしろかったー‼」
目をキラキラと輝かせ感想を言い合う双子の姿は、内容はともかく微笑ましくなるもので、思わず表情が和らぐ。
そのまま双子は感想を言い合い、ひとしきり笑い終えると、両手を上げる。
何が始まるのか。じっと見ていた私へ、双子は笑いかける。
「ほら、お前も」
「ね?」
「う、うん」
ああ、もしかして、と。言われるがまま両手を上げ、高さを合わせる。すると双子はニッと笑って――
「「「いぇーいっ‼」」」
息の合った打音と、ほんの少しズレた打音が辺りに響いた。
なんだか楽しくなって、笑いが込み上げる。感情のままに笑えば双子もまた笑い出して、今度は笑い声が辺りに響く。
ひとしきり笑った後、ナツは「そうだっ!」と何かを思い出したように私達から離れ、あの木へと足をかけた。
「……また足捻っても知らないよ?」
「あれはたまたまだ!」
その言葉は嘘ではないようで、手慣れた様子でするすると登っていく。メグの様子といい、エルザの治療魔法はばっちり効いているらしい。怪我をしていた様子もなくナツは葉の陰へと入っていき、ガサガサと葉が揺れたかと思えば、ビデオを逆再生するようにまたするすると降りてきた。
何かを採ってきたのか。その予想は正しくて、ポケットから取り出されたのは三つの木の実。青々とした緑色で小ぶりなそれを、片手に二つ持ち、メグへと渡す。てっきり全部渡すと思っていたのに、渡ったのは一つだけ。不思議に見ていると、ナツはもう一つを持った手を私へ差し出した。
「ほら、お前もだ」
「……いいの?」
「ああっ!」
ニッと笑い、すぐには受け取らない私へ押し付けるように渡すと、ビシッと指差した。
「いいか? この木も、この木の実も、本当は俺たち兄妹だけの秘密なんだ。それをお前に教えたのは、お前も俺たちの仲間だと認めたからだ」
「……いいの?」
「うむ! だから今後、お前もイタズラの仲間に入れてやる! 今日みたいにお前が考えたのをやってもいいし、俺たちが考えたのを一緒にやらせてやってもいいぞ!」
「わあ、やったー」
腰に手を当てふんぞり返った、やけに上から目線で偉そうなのが気に障るけど、双子と仲良くなると一石二鳥どころか三鳥くらいになるので棒読みでも喜んでおく。ちなみに鳥の種類は、私への悪戯の被害がなくなる、エルザとの契約への遂行に繋がる、退屈しのぎになる、の三つ。
私の回答に満足したナツは大きく頷くと、残った実を掲げる。
「だからこれは仲間に入れてやる証だ! ありがたく食べろよ!」
その言葉を締めくくりとして、パクッと一口サイズの木の実を丸ごと口へ入れる。その仕草に躊躇いはなく、メグも躊躇わず……どころか待ちわびたとばかりにすぐ口に入れ、幸せそうに咀嚼する。
青々とした緑色の木の実。普通なら未成熟で美味しくないだろう。だが双子の様子を見るにそんな常識は当てはまらないのかもしれない。
恐る恐る木の実の端を齧り、舌の上に転がす。
「っ! ……あまい」
「でしょ! ふふんっ♪」
驚きで漏らした声に胸を張ったのはメグで、聞けば最初に木の実が甘いことに気付いたのは彼女らしい。そこから双子はここに来るようになったのだと。
なるほど。ただでさえ少ない食事、少ない甘味。飢えていた子供が自分達だけで独占しようと考えてもおかしくはない。
残りを口に入れ、もごもごと味わいながらそんなことを考える。
ふむ、まあ。こんな風に遊んだり、楽しい秘密を共有したりする程度なら。
人間が仲間ってのも、まあ、悪くはない、かな。
なんて、ね。