時:『うまれた。』『おひろめ。』の間。
それは私達が生まれてすぐ。
私がまだ二人を表面上でしか接していなかった頃の話。
「ロム、ラム。明日三人で出かけようと思うのだけど、どうかしら……?」
「お姉ちゃんとお出かけ!? うんっ、いくいく!」
「たのしみ」
「よかった。なら今日は早めに寝なさい。明日ちゃんと起きられるように」
「うんっ!」
「わかった」
その頃のお姉ちゃんは、急にできた妹という存在をどう扱うべきか悩んでいたそう。
のちに聞けば、このときのお出かけは、私とラムちゃんのことを知ろうと思ったお姉ちゃんがミナちゃんに相談し、ミナちゃんが提案したものだという。お姉ちゃんのスケジュール調節もミナちゃんがやってくれたので、お姉ちゃんは安心して快く休めたそうな。
そのことをこのときの私は知らず、ラムちゃんに合わせて喜ぶふりをしていた。
そしてのちに感謝する──
自分の気持ちを気付かせてくれたあの日に。
朝起きて朝食を摂り、部屋に戻って外へ出かける準備をする。
コートよし。帽子よし。ポーチよし。ハンカチよし。ティッシュよし。おサイフよし。隠しナイフよし。小さなビニール袋よし。手袋よし。毒薬よし。フタはしっかり閉まってる、よし。念のための解毒薬よし。ハンカチ(浸す用)よし。マッチよし。予備の毒薬よし。これの解毒薬は……なし。いらないよね。ほかにも……
うん、これでいいかな。
え? こんなの持ってどこに行くのかって?
お姉ちゃんとのお出かけですが何か。
「お姉ちゃんおまたせー!」
「待った……?」
「いいえ、そんなに待ってないわ」
なんて会話をしながら教会を出る。
何気に教会を出るのは、最初の頃以来かもしれない。いつも外に出ても、教会の敷地内だったから。
「ロムちゃんってば準備が遅かったの!」とラムちゃんが言えばすかさず私が「ラムちゃんは早かった……」と言う。お姉ちゃんは「ロムにもラムにも、それぞれのペースがあるの。あまり急かしてはいけないわ」とやんわりと言っていた。
……まあラムちゃんが用意したのってポーチぐらいだったから。中身詰めたの私だよ?
そんなことは言わず、ラムちゃんのどこに行くのかって問いに、お姉ちゃんは「そうね……ふたりはどこに行きたい?」と訊いてきた。
え、決めてないの? と生まれた時から被ってる猫が外れそうになったけど、すぐ抑え込んで年相応らしく訊けば、「今日はあなたたちが行きたいところに行こうと思ったの」と返してくる。
多分お姉ちゃんは私達の事を知るために申し出てくれたのだろうけど、それならそれで事前にどこへ行きたいか聞いて欲しかった。
だってこちとらこの国に生まれてまだそんなに経っていないのだ。この国のことなんて雪が年中降ってる。教会は城っぽい。街の建物はファンタジーゲームか。きのこ多め。夜にその辺に浮いてるの何? あ、魔力ですかそうですか。夜にあんなに照らされてよう寝れますね。あ、あの雪山昔からあった。などなど……
そういったことしか知らない。……あれ、結構知ってる?
いや、これらは教会の敷地内にいればわかるだけのこと。外の風景は知ってても、その中身は知らない。
だから私は「外のこと、あんまり知らない……」とちょっと落ち込んで言えば、「あ……」とちょっと間抜けな顔。どうやら今気付いたらしく、「だ、だいじょうぶよ。どういうところに行きたいか言ってくれればいいわ」と慌ててそう言っていた。
なるほど、それならばいろいろあるかもしれない。この国はどれだけの施設をかかえているのかわからないけど、子どもが遊ぶのに不自由しない程度にはあるのだろう。この国は子どもとお年寄りに優しい国だそうだし。
すぐにラムちゃんは「楽しいところがいい!」と曖昧な意見を言う。お姉ちゃんは「楽しいところ……? え、えっと、ロムはどこがいいのかしら……?」とラムちゃんの意見に悩み、私にも訊いてくる。多分私の意見も聞いて、その上で決めるのだろう。
私は「人があんまり多くないところがいい……」と言った。続けて「知らない人、ちょっとこわい……」とそれっぽい理由を言えば、お姉ちゃんは「ロムは人見知りなのね」と私を安心させるように頭を撫でる。ラムちゃんはそれを見て「あーっ! ロムちゃんだけずるい! わたしもわたしも!」とお姉ちゃんにねだる。お姉ちゃんはラムちゃんのそのおねだりに少し驚きながらも、すぐに空いた方の手でラムちゃんの頭を撫でる。
「えへへ……」ととっても嬉しそうな、幸せそうな笑みを見て、お姉ちゃんの表情はほころぶ。ちょっと、嬉しそうに。
それを見て「あぁ、この人は妹のことで一喜一憂できる人なんだなぁ」と思えた。
だからまあきっと、私が彼女の妹である限り、彼女は私に優しくしてくれるのだろうな、と思った。
妹でなくなったときのことは考えなかった。なぜか心臓がチクリと痛んだ気がしたのと、不快な気持ちになったから。
それからお姉ちゃんはラムちゃんと私の意見を合わせて考えて、そして私達をある場所まで連れてきた。
そこには鉄の棒を組み合わせて作られた四角がいっぱいのもの。地面から突き出た二本の棒の間に棒が挟まったものとその高さ違いのもの。地面から突き出た二本の棒の先をくっつけ三角にして、それをもう一組用意して間にまた棒を挟んで、さらにそこに鎖で板を水平にぶら下げたもの。逆さUの字になっている棒に長い板の真ん中がくっついていて、板の片方が地面についているもの。短い階段と斜めになった板を組み合わせたもの。長い棒と棒の間にいくつもの棒が挟まったもの。長い棒が地面から何本も突き出ているもの。斜めに張ったロープに大きなボールを繋げたロープを吊り下げたもの。などなど……
そこにはとってもカラフルに塗装された建築物がいくつも置いてあった。
そしてそれらに総じて言えるのは、私達と同じくらいかそれ以下の見た目の子ども達がそれらを使って遊んでいた。
うん、多分遊んでいるのだと思う。皆笑顔だから。楽しそうに登ったり回ったりぶらぶらしたり滑ったりしてる。
なるほど、これは遊ぶための建築物なのか。
そう訊くための意味を込めて「ここは遊ぶところ……?」とお姉ちゃんに訊けば「そうよ。公園っていうの。あそこにあるのは遊具。ここなら楽しめると思うわ」と私達に言った。
確かにその通りなのだろう。ラムちゃんがとっても目を輝かせて「ロムちゃん、おもしろそう! 早く行こっ!」と手を引っ張ったから。
私もそれに「うんっ」と引かれるままに遊具の一つへと近づく。
それを使っている子どもは棒の上に足を乗せ、両手で左右の棒を掴んで引っ張り、上へどんどん登っていく。どうやらこれはジャングルジムというらしい。
ラムちゃんもそれを見て棒に足を掛け、登っていく。私もそれを追いかけるように登る。
あ、これ、どことなく崖を登る感覚に似てる。
そう思いながらどんどん上へ登るラムちゃんを追いかける。
え、スカート? ……気にするな。ストッキング履いてるから。
そんなことは気にせず一番上まで登って、ラムちゃんと並ぶ。
先についたラムちゃんは「えっへへーん! わたしの勝ちー!」って胸を張っていた。
いつの間に勝負になっていたのか。きっと彼女の中で競争心が出てきたのだろう。
私は「ラムちゃんすごい」と褒めれば「ふっふーん! そーでしょー」と自慢気。
うんうん、単純だ。
なんて思いながらちょっと下を見ると、そこには私達を見上げるお姉ちゃんの姿。
ラムちゃんもお姉ちゃんが見ているのに気付いて「あっ、おねーちゃーん!」と大きく手を振る。お姉ちゃんもそれに返すように小さく手を振った。ちょっと微笑ましそうに。
もっともそれは見た目だけで、実際にはもっとほんわかしたような、楽しい気持ちがちゃんとお姉ちゃんにあるのだろう。お姉ちゃんはあまり感情を表に出さないから、“ちょっと”ってついちゃうけど。
私も少しだけ手を小さく振って、それから周りを見る。
ふっ、人がゴミのようだ。
……うん、昔の私が手を少し振ればゴミのように散るからさ。ついね。
あ、本当に振ったら散るんじゃなくて、力を込めて、だよ?
って、誰に言ってるのか。
そういえば公園の広さの割に人が少ない。ああ、そうか。今日は世間一般では平日という多くの人が仕事をする日だったか。子どもがやけに小さいのも、それ以上の年齢の子は学校という集団生活の場に身を置いてるからなのだろう。
私の希望もお姉ちゃんはできるだけ叶えてくれたのだな。と、感心したところでラムちゃんが次に行こうと言い出したから次に進む。
今度は棒に鎖で繋いだ板があるところ。ブランコだそう。
これはさっきと違い乗る物らしい。他の子どもは板に座って上半身や足を使って前へ後ろへ振られていた。
私達もやろうとしてみるけどなかなか上手くいかない。
見かねたお姉ちゃんが「背中を押してあげるから」と私達の後ろへ来た。それからラムちゃんの背中を押して、ラムちゃんを動かした。
私はそれをじーっと見て、それから他の子どものやり方を見て、何となくこうやるのだろうかと試してみる。
まず足が地面につく限界まで後ろに下がって、それから足を離して板に乗る。そこから身体が前に来るときは上半身を後ろに、足をまっすぐ伸ばして、後ろに下がるときは上半身を前にして、足を引っ込めて、後はその繰り返し……
あ、なんだかこれ、空中落下を仰向けとうつ伏せの2バージョンで繰り返し体験してるみたい。
でももう二度と空中落下はしたくないけど。地面にぶつかるのってすっごく痛いし、空中にいる間いつ地面とぶつかるかって考えたらすっごく怖いんだよ。
うっ……ちょっと思い出したら怖くなってきた。もうやめよう……
「あれ? ロムちゃんもうやめちゃうの?」
「うん……ちょっと怖くなっちゃったから……」
「そうなの? あんなにじょーずにできてたのに」
そう言うラムちゃんはまだお姉ちゃんに背中を押されてた。お姉ちゃんが「ロムはすぐにこげるようになってすごいわね」と褒めていた。
ああ、なるほど。あのやり方でいいんだ。と、わかると、ラムちゃんに教えようかと申し出た。ラムちゃんはすぐに「うんっ! 教えて、ロムちゃん!」と返事したから、私はちゃんと教えてあげる。ラムちゃんは私に言われたように身体を後ろへ前へと傾け、足を伸ばして縮めてを繰り返す。最初はちょっと動きがぎこちなかったけど、すぐにコツをつかんでお姉ちゃんのサポート無しでも自分でできるようになった。
さすが女神候補生。初めてでもすぐ上手くなる。
でもすぐラムちゃんはブランコから降りた。「ロムちゃんと一緒じゃなきゃ楽しくないから」、と。
続けてラムちゃんは「だから一緒に楽しめるもの探そう!」と言って、再び私の手を引っ張る。
ああ、彼女は私を引っ張るのが好きみたいだ。
なんて、見た目は自分と同じなのに中身が私より下な彼女の背中を微笑ましい気持ちで見ながら次へ、また次へと遊んでいく。
そしてそれらは全て昔の私が体験した何かを彷彿とさせた。
それは鉄棒のとき。
あ、これ空飛ぶ箒から落ちそうになったときに似てる。
滑り台で滑ったとき。
大型ドラゴンの背中から降りるときみたい。
雲梯。
森の中で木の枝を伝っていくときみたい。
登り棒。
木によじ登るときみたい。
ロープウェイ。
ああこれ大型鳥モンスターの足首にしがみついて空を飛んだ時みたいぃ!?
シーソー。
ああこれ誰かさんに投げ飛ばされたときの感覚! そのまま氷の張った湖に頭から落とされたときのだ!?
回転ジャングルジム。
ああこれあれだ!? 誰かさんにぐるぐる振り回された挙句その勢いのまま空へ飛ばされたときのやつだ! しかもそのまま弾丸みたいに大型鳥モンスターの身体を貫いたときのだうああああ!?!?
「ひぃっ……ふぅっ……はふぅ……」
「ロムちゃん……だいじょーぶ……?」
「だ、だいじょうぶ……だよ……」
うん、大丈夫……悲鳴をあげることだけは阻止したから……
「怖かったの……?」
「ちょっと、だけ……」
ごめんなさい最後の二つはトラウマを思い出させたのでもう二度と乗りたくないです。
「じゃあ、楽しくなかった……?」
そう訊くラムちゃんは落ち込んでいて、不安そうに私を見つめる。
その姿を見て、そしてあのときの言葉を思い出して、もしかして私が楽しめる遊具を探していてくれたのかな、という考えに至った。
なら何がどうであれ答えは決まっている。
「楽しかった」
「ほんと……?」
「ほんと。うそじゃない」
「でも怖かったって」
「ちょっとだけ怖かったけど、ラムちゃんと遊べて、とっても楽しかった」
それは本当。
ずっと楽しそうに遊ぶラムちゃんを見ていると、私まで楽しくなった。
最後の二つだって、あのトラウマがなければ楽しめたと思う。もしかしたら乗り続けていたらトラウマも似た感覚も薄れて、楽しめるようになるんじゃないかって、その可能性は感じた。
だからそんな顔しないで欲しい。そんなに落ち込んでると、私まで楽しくない気持ちになってしまう。
あなたには、笑顔が一番似合うと思うから。
周りにはまだ乗ってない遊具がたくさんある。
だからほら、と今度は私がラムちゃんの手を引っ張って、次の遊具へと行く。
だって今日は遊ぶって決めたんだもん。楽しまなきゃ損だよ。
そして私はあなたが楽しくなかったら楽しくないの。
だからほら、笑って。いっぱいいっぱい遊んで、楽しもうよ。
そうして私達はずっと、途中で昼食を摂ってからもずっと、それこそお姉ちゃんに知らされるまで日暮れが近づいているのに気付かないくらい夢中で遊んでた。
だってすっごく楽しかったのだ。ラムちゃんがわーわーきゃーきゃー言ってるのも、手を繋いでくるのも、同じことを一緒にやるのも、全部。
それで「あぁ、本当に彼女は私の妹なのだな」と、このときようやく実感できたと思う。
昔の私が周りから聞いて知ってた。本で読んで理解した。けれどそれは知識としてでしかなく、本当のところは理解できなかった、『姉妹』というもの。
知らぬ間に勝手にできあがっていたその関係性は私にとっては当たり前の事ではなく、ずっとひとりで生きてきた私には素直に受け入れづらいものでもあった。
それでも生きていくうえで必要で、一緒にいて特に悪いところが無いのなら、と共にいただけの今までは、姉だ妹だと言ってもそういう呼称として呼んでいただけ。
けど私の中ではちゃんと、ラムちゃんを『妹』だって。『家族』だって思い始めていたらしい。
今日の彼女に対する私の感情の浮き沈みがきっと、その影響なのだろう。
ならばきっと、お姉ちゃんのことも……
それは帰り道にしていた思考で、途中で中断された。
ラムちゃんが眠そうに目を擦っているのを見たお姉ちゃんが声をかけ、そして今にも寝そうなラムちゃんを背中に背負ったから。
それから私にも眠くないかとお姉ちゃんは訊いてくる。
正直言えば少し眠い。いっぱい身体を動かし過ぎたのかもしれない。
けれどここで眠いとは言わなかった。前の私の……つまり今の私以上に長く生きた私のプライドが「子どもっぽいから」という理由で拒否したのだ。
それに追加で言うなら、もしここで眠いと言えば、お姉ちゃんは困ってしまう。
なぜならすでにラムちゃんは夢の中だから。
お早い。
さすがのお姉ちゃんも二人も運ぶのはキツイはず。
だから私は大丈夫だよと答えれば、なら、と片手を差し出してきた。
「離れないように手を繋ぎましょうか」と、そう言う彼女はとても優しい瞳をしていた。
もしかしたら、この人の前では私は子どもに……『妹』になってもいいのかもしれない。
そう思えてしまったから。私は彼女の手を取った。
何の変哲もない、姉妹の姿。
これから何度も訪れる、日常の一コマ。
けれど私はこの日を忘れないだろう。
この日私は初めて、彼女達を『姉妹』だと思えたのだから。