時:『犯罪組織と彼女の話。』END後IF。
ばれんたいん。
わざわざ何故そうするのか、と疑問に思わなくもない。
わざわざ市販のものを買ってきて、わざわざ溶かして、また固める。
プロならともかく、そのイベントに参加する人間の大半がその質を落とし、味も落とすというのに。そうまでして何故それを作るのか。
けどそれらを落としてまでやるのには意味があって、それを私は貰うことで教えてもらったから。
今年は私達からあなたへ。だいすきな気持ちを込めて。
そのイベントの名は、『バレンタイン』。
バレンタイン。毎年この冬の時期にあるイベント。
基本的には人間が……特に女が好きな男にチョコレートを贈る日。もちろん男から好きな女でもいい。南の島国はどちらかというと男から女が主流らしい。
ルウィーでは女から男が主流。だけど近年では女から女もある。それは恋情からの好きからの場合もあるし、友情などの軽度の好きから贈られることもある。どちらにしろ女が渡すのが主流ということで。
それはルウィー教会でも当然のように認識されていることのようで、毎年職員(女)達から山ほどのお菓子を貰う。それは市販のお菓子であったり、手作りであったりいろいろと。大袋に入ってるうちの一つだったり、お店でディスプレイされているようなものを一箱だったり、丁寧にラッピングされた物だったり、それもいろいろ。そもそもチョコレート関係のお菓子でない物のときもある。だが大半はチョコ味。
別に嫌いじゃないので、むしろお菓子は好きなので嬉しいイベントだ。用意する側は大変だとか思ってるかもしれないが、所詮私は貰う側の存在なので。一か月後のお返しのイベントは、まあ年齢的にもお小遣い的にも立場的にも参加できない、しなくてよかったので。いろんな意味で美味しいイベントだ。その時期だけはおやつの量を増やしていいことになってたし。貰ったものは全部期限が切れる前に食べないとね、と気持ちをないがしろにしないためにって。
ちなみにお姉ちゃんもたくさん貰っていた。それは職員からであったり、国民から贈られたものであったり。年に五回ある、教会にお姉ちゃん宛ての段ボール箱が山ほど贈られてくる日の一つでもある。ちなみに他の四回は夏に二回、冬に二回ある。何が入ってるかはわからない。お姉ちゃんが頑なに見せてくれないから。
そして毎年私達はお姉ちゃんからチョコを貰う。お姉ちゃんもプロじゃないから市販のよりも美味しくは無いはずなんだけど……それでも毎年お姉ちゃんから貰うチョコが一番美味しい。
それが家族の愛情がたっぷり詰まった、愛情を形にしたものだからと知ったのは、初めて貰って食べたチョコの感想をミナちゃんに言った時。ミナちゃんが「それはブラン様のロムとラムを愛する真心が入っているからですね」と優しい笑顔で言ってた。
ちなみにそのときお姉ちゃんも傍にいて、それからは毎年この時期になると私達はキッチンへの出入りを禁止されて、キッチンからチョコレートの甘い匂いが漂うようになった。
キッチンへの出入りは禁止されたけど、その前までは行っていいから。毎年この時期に漂うチョコレートの香りで、今年は何のお菓子かな、とラムちゃんとクイズをしてみたり、ドキドキとワクワクを共有している。キッチンを覗くと怒られちゃうから、決して覗かずにね。
それが私達の今までのバレンタインだったんだけど、残念ながら今年は違う。
……いや、嬉しいことながら、かな。今年もまた貰えるだろうし。
だから残念なことなんて一つも無くて、嬉しいことは一つ増えて。
今年もドキドキワクワクのバレンタイン。けど私達がドキドキワクワクする要素はもう一つ増えて。
貰う側からあげる側に。
今年のバレンタインは、与え合うものになる。
きっかけはバレンタインが近付いていることにラムちゃんが気付いたことだった。
ラムちゃんが「今年のお姉ちゃんのチョコ、なんだと思う?」と私に訊いてきた。
もちろん正解なんてわからないし、お姉ちゃんはまだ作り始めてもいないからチョコレートの香りもしない。だから本当に何もわからない状態での予想だったけど今食べたいなと思って「ガトーショコラ……かな?」と答えた。ラムちゃんはチョコタルトが食べたいらしい。そう答えてた。
そういう話をしていると、まだチョコレートの香りもしてないのにドキドキワクワクしてくる。今年はどんなのかな。お姉ちゃんは何を想いながら作ってくれるのかな。またお姉ちゃんとラムちゃんと一緒に食べられるものだといいな。
そう完全に貰う側としての考えしかしてなかった私だったけど、ラムちゃんは違って。
「そうだっ!」と何か閃いたらしく、ラムちゃんは私に言った。
「今年はわたしたちも何か作ろう!」
「ラムちゃんと、わたしで?」
「そう! いつもお姉ちゃんからもらってるから、今年はわたしとロムちゃんのふたりで作って、お姉ちゃんに渡すのよ!」
「わたしってば名案ね!」と自慢げな顔で言うラムちゃん。その表情を微笑ましく思いながら、同時にラムちゃんが成長したなと感動する。今まではそんなこと一言も言わなかったのに。女神候補生もいつまでも成長しないわけじゃないようだ。
逆に今年も貰う事しか考えてなかった私自身が恥ずかしくなってくる。ごめんね、お姉ちゃん。今年も貰う気満々で。返すことは全く考えてなかった……
まあそんな自己嫌悪や罪悪感に浸るのは夜眠るときまでに先延ばしにするとして。
ラムちゃんの名案に私が反対するわけがないから、一緒にバレンタインチョコを作ることが決まった。
作ることは決まった。じゃあ次は作るものを決めよう。
場所を図書館に移動して、本棚からお菓子のレシピ本を数冊手に取り、机に広げる。実は初めてのお菓子作りなので、初心者向けと書かれている本を中心に選んだ。
ラムちゃんと一緒にレシピ本とにらめっこ。ラムちゃんはこれ作ろうとかあれ作ろうとかいっぱい作りたいもの……というか食べたいものを指さすけど……全部初心者向けは初心者向けでもガチの初心者向けではないものばかり。一見簡単そうに見えるものだって、温度の管理とか混ぜ方とかがあって難しそう。
そう考えていったら私達に作れるものがどれかわからなくなって。
けどこういうとき役に立つ人間が傍にいるのって便利だよね。
ということで。
「バレンタインのお菓子作り、ですか……?」
「うん! ロムちゃんといっしょに作って、お姉ちゃんに渡すの!」
「でもどれなら作れるか、わからなくなっちゃって……」
「なるほど……であればこれなんてどうでしょう」
執務室で仕事中だったミナちゃんだけど、私達の話を聞いて、私が持っていたレシピ本からあるページを見せた。
それは『クッキー』の作り方。シンプルなプレーンクッキーからココアクッキー。抹茶やいちごなど。いくつかの種類のクッキーの作り方が書いてあった。
ラムちゃんと一緒に作り方を見ていく。確かに簡単そうで、本にも「超初心者向け」の文字。作り方も文字にするなら材料を混ぜて焼くだけ。分量さえ間違えなければできそうだ。
それにミナちゃんが私達でも作れるもの、と考えて選んだものなのだから。多分本当に簡単なんだろう。
私はこれでいいと言うと、ラムちゃんもこれでいいって言ってくれた。本当はもっと手ごたえのある……というか難しいお菓子を作りたかったみたいだけど、それはまた経験値を積んでからね。お姉ちゃんに食べてもらう物だから、と言ったら諦めてくれた。
さて次はどうするか。そう考えようとしたら、ミナちゃんから「ですがお二人だけで作るのは危ないのでダメです。わたしか、誰か大人が傍にいるときに作ってください」と言われた。
確かに料理もしたことがない小さな子どもが台所に立つなど、不安でしかない。それも誰も見てないとなると余計に。私もラムちゃんが一人で、と考えると怪我をしたりしないか不安だ。
なのでそこは大人しくうなずく。ラムちゃんの、じゃあいつならミナちゃんは暇かという質問にミナちゃんのしばらくは忙しいという返答を聞いて、じゃあ彼がいるときならいいかと訊いたら、ミナちゃんもラムちゃんもOK。どうやらラムちゃんの彼への印象はマイナスではないらしい。多分他の男性職員と同じ感覚なのかな。
ちなみにお菓子作りはお姉ちゃんやミナちゃんが使うプライベートキッチンじゃなくて、食堂の広いキッチンを、使ってない時間帯にだけ、と決めて作ることになった。いつも使うキッチンはお姉ちゃんが出入り禁止にしちゃうもんね。
そして私達がクッキーを作ることは、お姉ちゃんには内緒。お姉ちゃんがどんなお菓子を作るのか内緒にするなら、こっちも作ること自体内緒にしちゃえって。それにサプライズのほうが喜んでもらえるかもしれないから。
作るお菓子を決めた。作る場所も決めた。じゃあ次は何か。
私達は材料の調達をすることにした。
いきなり前日に作って上手くいくとは限らない。事前に練習しよう。
ということで材料を買いに行くことにしたのだ。
さすがにレシピ本を一冊まるまる持っていくとかさばるので、必要な材料を紙に書き出して、商店街に向かう。もっと近いスーパーとかあるはずだけど、ラムちゃんが最初から商店街で買い物する気満々なのでそれでいっか、と思ってる。
袋を持って、コートを着て、手を繋いで教会を出る。
商店街に行ったらまた何かくれるかな、とラムちゃんは期待しているみたいだけど、私としてはもう木彫りシリーズは要らないかなって思いながら、何かもらえるといいねって言う。
正直そろそろその熱も落ち着いて欲しいな。そして落ち着いて買い物させてくれ。まあ貰えるものは貰おう、なんて貧乏くさいことを考えながら着いた商店街でいつも通りのやり取りをした話は省略。
材料は揃えた。器具は元々あるものを使うことにして、新たに買ったのはクッキーの型。ハートだったり星だったり。一枚の金属の板から作られてるシンプルな型もあれば、線を付けることでよりデザインが凝った形にできる雪だるまの型とかクマの型とかもあった。買った。
さすがに今日すぐに作るのは無理だった。もうそろそろ夕飯の時間で食堂のキッチンは今頃慌ただしくしているだろうし、お菓子作りは時間がかかるからって。それに彼はもう帰ったし。あ、明日も明後日も暇と言えば暇だってメールでの返答が来た。やっぱり教会で待機してなきゃいけないし、仕事もあるにはあるんだろうけど、どうやらまたサボっているらしい。まあ明日は私達のお守という仕事をしてもらうので、サボってないと言い張れるかもね。
朝が来た。いつも通りミナちゃんが呼びに来る前のトレーニングも終えた。朝食も食べた。片付けもした。特に時間は指定してなかったけど丁度いい時間に彼が来た。食堂も仕込みで使っていない場所を使わせてもらえることになった。
というわけで、
「クッキーを作る練習、始めるわよ!」
「おー!」
「おー」
ラムちゃんがめん棒を高く掲げて、そう宣言する。それに続いて元気よく右手をぐーにして突き上げたのは私で、腕を組んだまま壁に寄り掛かって声だけ出したのは彼。今回彼は見てるだけ。危ないと判断した時以外は手を出さないでって言ってある。失敗も成功への必要な要素ということで。
大丈夫。材料は多めに買ってあるから、いっぱい失敗してもいい。もしなくなっても彼に買いに行かせるからどんどん練習しちゃおう。試食も彼に任せた。
「女神候補生様の手作りクッキーの試食係、か。その肩書だけでどれだけの信者から妬まれるんだか」
きっと大勢の人間から羨まれるし妬まれるだろうね、とは返さない。ラムちゃんがそばにいなかったら言ってただろうけど。
さて、まずは事前に常温に戻しておいたバターを、必要な量に分けて……
「ロムちゃん。これってなんて読むの?」
「えーっとね……“よねつ”って読むんだよ」
「よねつってなに?」
「えっと……あらかじめ温めておくこと、だったと思う……」
目線で彼に正解かどうか訊くと、彼は黙って頷いた。正解のようだ。
「ってことはこの『オーブンを予熱』って、先にオーブンを温めればいいのね!」
「うん」
「……でもどうやって温めるの?」
「え? えーと……わからない……」
業務用のオーブンを前に、これはどう操作したら『予熱』とやらができるのか、私もわからなかった。そもそも料理の経験もお菓子作りの経験も今の私にはない。前の私ならあったけど、あれは今でいうサバイバル経験の一つになるから。焚火でなら得意だけど……こういう機械は経験外。
まあこういうときぐらいは彼に教えさせてもいいかなって。
「申し訳ありません。家庭用ならいざ知らず、業務用となりますと私も知識がなく……」
……役立たず。
「お役に立てず申し訳ありませんね、ロム様?」
くっ、声に出してないのに思考を読んだかこいつ。ますます従者スキルが上がりやがって……
オーブンの前で悩んでいたからだろう。困っていることに気付いた調理員の人間(女)が近付いてきて「もしかしてお困りかな」と訊いてきた。
素直にオーブンの使い方がわからないと言うと、その人間はどう操作したいのか聞いて、どのボタンを押したら予熱ができるのか答えた。
なるほど、次のためにも覚えておこう。
自分の仕事に戻る調理員の人間にお礼を言い、先ほど言われた通りにラムちゃんが操作する。するとオーブンが動き出したので、後は温まるまで置いておく、と。
その間に生地を作っていかないとね。
「わたしはたまごを混ぜるわね!」
「じゃあわたしはバターとおさとうを混ぜるね」
それぞれで役割分担して作業する。
えっと、バターと粉砂糖をすり混ぜる、と……どっちも液体じゃないから大変だな。
「よいしょっ、よいしょっ」
「ロムちゃん、たまごはこれぐらいでいーい?」
「……うん。じゃあここに入れて……」
「よく混ぜる!」
ラムちゃんの溶いてくれた卵を入れて、混ぜ合わせる。液体が加わったことで混ぜる力が少なくなった。
「えっと、次は小麦粉を……」
「もう計ったわ! これを、えいっ」
「えっ、わぷっ」
ラムちゃんが勢いよく小麦粉を入れたせいで粉が舞ってしまった。
うっ……息を吸っちゃって鼻に入った……むずむずする……
「わぁっ、ごめんねロムちゃん! だいじょーぶ……?」
「う、うん。だいじょうぶ」
けど鼻がむずむずするのは変わらないので、小麦粉と混ぜるのはラムちゃんに任せて鼻をかみに行く。残念ながらキッチンにキッチンペーパーはあってもティッシュはなかったので。
鼻をかみに行くついでに顔に付いた小麦粉を洗面台で洗い流してから戻ると、すでにラムちゃんは混ぜ終わってた。けど……
「なんかベタベタしてるわね」
「うん……写真のはそうじゃないみたいだけど……」
私達の目の前にあるボウルに入った生地は、手に取るとすごくくっつく。あとはこれを伸ばして型でくり抜いて、オーブンに入れて焼くだけだけど……これじゃ伸ばし棒にくっついて、うまく伸ばせそうにない。
器具にくっつかないよう別で用意した小麦粉をまぶしてからやるみたいだけど……それだけで本当にくっつかなくなるのかな。
「まあいいや! とにかくやってみよー!」
「……うん。そうだね」
ラムちゃんの言う通り、とりあえずやってみなくちゃね。
台にくっつかないようラップを敷いて、その上に小麦粉をまぶして、生地を乗せて、また小麦粉をまぶして伸ばし棒で伸ばす。
……うん。やっぱりすぐに小麦粉が生地の水分を吸収して意味が無くなっちゃうな。
「もしかしてもっと小麦粉がひつよーなんじゃない? はいっ」
「う、うん」
ラムちゃんに渡された袋を傾けて、小麦粉を更に振りかけて、また伸ばす。とりあえずくっつかなくなるまで、って伸ばそうとしては振りかけてって繰り返したけど……これ絶対そういう問題じゃないんじゃ……
「うーん……なんかもっと白くなっちゃったけど……いっか! ロムちゃん、はいこれ!」
「う、うん……」
渡された型を持って、それにも小麦粉を付けてくり抜いていく。……やっぱりベタベタする。ホントにこれで焼けるのかな……
そう思いながらもなんとかくり抜いてはクッキングシートを敷いたトレーに乗せて、いっぱい乗せてから、予熱が終わったオーブンに入れてタイマーをセットして焼きあがるのを待つ。
さて、その間に片付けをしようね、ラムちゃん。
二人でやれば洗い物もすぐに終わって、片付けはまた作るからしなくて。
時間が余ってどうしようか、と思ってたら「よければお召し上がりになりますか?」と彼がマグカップを一つずつ私達に差し出してきた。
どうやら温かい飲み物のようで、気が利くなと思いながらお礼を言って受け取る。匂いを嗅ぐとチョコレートの甘い香りがして、どうやらホットチョコのようだ。熱くもなくぬるくもない、タイミングを計ってほどよい熱さのときに差し出したのは高得点。おかげで特に冷ます必要もなく飲める。
ラムちゃんも美味しそうに飲んで、それからカップを持ったままオーブンの前に。オーブンは中が見えるようになってるから、クッキーの生地が焼きあがるのを観察したいんだと思う。
私はクッキーが焼きあがるまでの姿には興味ないから、椅子に座って、オーブンを眺めるラムちゃんを眺める人となった。
はぁ……楽しそうに眺めてるラムちゃん、可愛いなぁ。
「相変わらずラム様は可愛いよな」
「……思考でも読んだの?」
「いいや。たまたま、当然のように、同じ感想を抱いただけだぞ」
「当然って……まあ当然か」
可愛いラムちゃんを見て可愛いという感想が出るのは当然か。言葉の意味が矛盾しているのは置いとくとして。
なんてことを、ラムちゃんには聞こえない声量で話す。
ああ、そうそう。
「美味しかった」
「……そうか」
それから焼きあがるまでラムちゃんとお喋りしたり、ときどき彼も交えたり、またお姉ちゃんのお菓子の予想をしたりしていると、チーンッて高い音が私達に焼きあがったことを知らせる。
ずっと窓越しに見ていたはずなのに、それでもワクワクしていたのか音が鳴った途端開けてそのまま素手でトレーを持とうとするラムちゃんを慌てて止めて、その手に手袋を被せる。
改めてラムちゃんはトレーを持って、それを台の上へ置き、私達はクッキーがどうなったか見ると……そこには黒い塊がいくつも乗ってた。
はて? 今は練習一回目だからってことでココアパウダーは入れてなかったはずだけど……
……まあこれがどういう意味かなんて、すぐわかるんだけどね。
それでも味はどうなのか。もしかしたら、ひょっとしたら、万が一にでも美味しかったりするかもしれない。と、表面だけは白っぽい黒い塊(クッキーらしきもの)を口に入れる。
「……ロムちゃん、どう?」
「……ま……おいしくない……」
ついストレートに「まずい」と言ってしまいそうになったのを黒い塊と一緒に飲み込んんで言い直す。
しかも焦げて苦いだけじゃない。生地が混ざりきってないのか粉っぽいし、くっつかないようにと振りかけた小麦粉が多すぎて普通に小麦粉の味がする。口の中が凄い変な感じ。
え、ホットチョコのおかわり? ……いる。
時間が経ったのにまだ温かい……というか温めなおしたホットチョコを貰って、口の中にある苦みをチョコの甘さで上書きする。……というか口直し用の分が残ってたの、焼く前から焦げるってわかってたから?
「はい。材料を混ぜる時点でレシピと間違っているのに気付いていましたので」
「そこまでなら焼き方を変えるだけでよかったんですけどね」と補足する彼。
ならその時点で教えてくれても良かったのに。
そう思って、そういえば私が手を出すなと指示したんだったと思い出す。
じゃあ仕方ない。次は一つ一つ材料を確認しながら作っていこうね。
あ、その前に……
「試食、する?」
「いえ……さすがに女神候補生様の手作りとはいえ、丸焦げのクッキーはちょっと……」
熱狂的な信者なら喜びそうですね、と彼の補足を聞いて、これを一応ラッピングして売りに出したら金になるのだろうかと後で聞いてみようと思った。
ちなみに後で二人きりの時に訊いたら「オークションに出せば宝石ぐらい買える値段にはなるだろうが絶対にやめてくれ。せめて焦げてないのにしてやってくれ」と言われた。どうやら女神の面子に響くらしい。それなら仕方ないと諦めた。そもそもどうなるか気になっただけだし、やる気はない。
二回目の挑戦。今度は材料を一つ一つ確認していくと、どうやら先ほどの間違い一つ目は、卵を全部分使ってしまったことだった。レシピでは卵黄のみ。卵白はいらなかった。
卵を割って混ぜたラムちゃんが謝ってきたけど、これは私も確認してなかったことだ。私が最初から卵黄のみで渡すか、分けることを教えておくべきだった。道理で水分が多くベタベタしたわけだ。
次の間違いは小麦粉を計った後、玉にならないようふるいにかけるのを忘れていたこと。……これもラムちゃんの失敗だった。しかもその後よく混ぜてなかったらしい。
「ロムちゃん……ごめんね」
「だ、だいじょうぶ。次間違えなかったらいいから」
むしろラムちゃんの間違いだったら何度だって許すしカバーするから!
生地をよく混ぜ終わって、改めて生地の状態を確認。
ちゃんと混ざってて、小麦粉が玉にもなってなくて、一回目よりも生地がしっかりしてる。水分が多くてベタベタしてるってこともない。
これならレシピ通りに伸ばして型抜きできそう。
再びさっきと同じ手順で型抜きを始める。今度は少量の小麦粉をまぶすだけで済んだから、表面が妙に白っぽくなることは無いはず。
先ほどと同じく予熱を終えたオーブンに型抜きしたクッキーの乗ったトレーを入れ、焼き始める。
今度はちゃんと焼けるかな。
さっきは気持ち的に余裕だったのに、今度は心配でラムちゃんの後ろ姿を見ているのではなく、横で一緒に覗くことにした。
再びチーンッて音がして、二人で片方ずつ手袋をはめて、オーブンからトレーを出して、二人で確認する。
熱々のトレーの上に乗っていたクッキーの色は……薄いクリーム色をしていた。
さきほどの黒茶色とは全然違う、薄い色。そして漂う甘い匂い。
今度は多分……
「ロムちゃん、これ……!」
「うんっ。多分……!」
期待を胸に、トレーを台に置き、今度は二人で一つずつクッキーを手に取り、食べる。
「……美味しい」
「やったねロムちゃん!」
「うん!」
ホロホロとした食感のクッキーは市販品に比べれば劣るんだけど、それでも美味しいと素直に思える味だ。
よかった。この調子なら……
「どうやらうまくいったようで」
「……たべる?」
「是非」
そう言う彼にクッキーを差し出すと、彼はそれを手で掴み自分の口に放る。
そして噛んで飲み込んでから「……うん。確かに上出来のようですね。ただ次も同じように作るのであれば、もう少し生地を薄めにしてもいいかもしれません」とアドバイスをくれた。色が薄いのは、焼く時間が少しばかり足りないから。同じ焼き時間でやるなら、もう少し薄めの方が焼けるのだとか。ただ厚めにするとホロホロとした食感が増して、薄めにすると硬さが出るからってだけで結局好みの問題なんだとか。
なるほど……私としてはもう少し薄めにして硬さを出したいかな。ラムちゃんは……あ、厚めにする? じゃあ次は両方で作ってみよっか。
そうして同じレシピでも焼き方を変えたり、厚さを変えたり、ココアや抹茶を作ってみたり、いろんなクッキーを材料と時間が許す限り作ってみた。
三回目からは彼からの助言ももらって、その助言を元に作ってみて。
お昼が近付く頃には一旦片付けて昼食をとって、お昼の食堂の時間が終わればまた作り出して。
材料自体は少なめで作ってたから一回一回の量は少なくても数を重ねれば多くなっちゃって。
満足したころには山積みになっちゃったクッキーをどうするかラムちゃんと悩んでたら彼が「これ、少しもらっても良いですか? 教祖様に頼んで明日のおやつ作りに使おうと思いますので」と提案。最近ミナちゃんの代わりに彼がおやつを作ってくれることも多くなっていて、明日は彼が作ってくれるようだ。ミナちゃんは時間の都合で手作りではあまり凝ったものを作れなくて、凝ったものでも市販品になっちゃう。逆に彼は時間が余っているから時間のかかる様なものも作ってくれる。そういう意味では彼お手製のおやつは教会生活での楽しみの一つだ。
だからもちろん許可して、このクッキーをどう使うか訊くと「それは明日のおやつの時間まで内緒で」と教えてくれなかった。ワクワクがまた一つ増えたね。
しかし彼が貰ってもまだ残ってるクッキーの小山。私とラムちゃんで食べるのもいいけど、この量はお腹いっぱいになって夕飯が食べれなくなってしまう。かといって明日にすると彼のおやつが食べれない。
さあどうするか。そう悩んでいるとラムちゃんが「じゃあ皆に分けてあげよう!」と提案。それに賛同して、まず食堂の職員に配る。ラッピングも何もしてない皿に盛っただけの状態だったけど、皆喜んで受け取って食べていた。皆美味しいと口にしていて、ときどきその言葉が嘘な人もいたけど……それが優しさからだということを私は教えてもらったから。
いつの間にか彼が紅茶を淹れていて、料理長からの許可もあっていつの間にか食堂は小さなお茶会の場に。職員同士で楽しく談笑しながら、私達を交えたりしながらクッキーは消費されていく。皿に盛られたクッキーの小山が小さな欠片のみとなるまではそう時間はかからなかった。
それからまた職員は仕事に戻るんだけど……その前に私達と彼らとで約束した。
今日の事は、バレンタインが過ぎるまで絶対に内緒に、と。
どこでお姉ちゃんの耳に入るかわからないからね。
ちなみに次の日のおやつはクッキーを砕いて使ったミックスベリーのタルトだった。美味しかった。
そうして訪れたバレンタイン当日。
私とラムちゃんはこの日、クッキー作りに専念……していたわけではなく、クッキーは前日にちゃんと作っておいた。お姉ちゃんも毎回前日に籠って作っているから、私達も同じ時間に作ればお姉ちゃんにはバレないだろうって。
丁寧にラッピングもしてある。ただ袋は二つ用意していて、それぞれで焼いて冷ましたクッキーを入れてラッピングした。私は生地を薄めに焼いたクッキーを入れて、水色のリボンで。ラムちゃんは厚めに焼いたのをピンクのリボンで。
双子でもそれぞれの個性が出たバレンタインのお菓子。きっとお姉ちゃんは喜んで受け取ってくれるよね。
だから、はい。
『ハッピーバレンタイン、お姉ちゃん!』
今日はわたしたちからあなたへ。愛を込めた贈り物を。