ひとつのはじまり。
これはきっと、私達のいる次元だけじゃなくて、別の次元でも同じことは起こってる。
けどそこに至るまでの出来事と、その先の出来事が全く同じ次元っていうのは、実は無いんじゃないかと思う。
中央に通過点があって、端から端まで行くのに必ずそこを通らないといけなくても、そこへの行き方は無数にあるのだ。前後左右上下どこから行くか。ちょっと曲がったり、直線で行ったり、色々。
mmやμ単位でも違えば、それは全く違う道。点を通るのは同じでも、そこまでとそれからが違う。
だからきっと、これから起こるのはそれらと同じこと。一見同じ出来事が起こったように見えて、実は前と後が違うお話。
……いやもしかしたら、通過点さえも動いていたお話かもしれない。
私達が生まれてどれくらいが経ったんだろう……っていうほど、実はまだ経っていない。まだ両手で数えられるぐらいだったと思う。
最近街の様子がおかしい。以前から全くなかったとはいえないものの、件数は少なかった強盗や窃盗、詐欺を主に犯罪件数が増えているのだ。
いやルウィーの街だけじゃない。プラネテューヌ、ラステイション、リーンボックス。全ての国の犯罪件数が倍以上に増えている。
それでも殺人や誘拐といった人の命に直接かかわるような事件は増えておらず、逆にそういう犯罪が減った分だけ、そっちの犯罪が増えている状況。
正直街の治安が悪くなったところで私は、お姉ちゃんとラムちゃんに被害がいかないならどうでもいい、と思ってるんだけど、実際にはどうでもよくないのが現状。
治安が悪くなっていけばいくほど、少しずつだけどシェアが減っている。私には自分の身体に与えられるシェアの増減なんて感じ取れないんだけど、お姉ちゃんとラムちゃんはちゃんとシェアの低下を感じてるみたい。治安が悪くなる前と比べたら、二人の元気が減っているのは感じ取れた。
お姉ちゃんは普段から物静かな性格だからわかりにくいけど、怒らせたときのキレが鈍っているように感じる。普段だって、ため息が増えて、少し落ち込んでいるように見えるのは、私の気のせいじゃない。
逆にラムちゃんはすごくわかりやすくて、あのとびっきりの笑顔と元気の塊かと思うような行動力が日に日に少なくなっているように見える。お姉ちゃんへのイタズラも減ったし、いつもなら外で遊びたがっているのに、最近は外で遊ばず、部屋でおままごとやお絵かきをすることの方が多い。それはミナちゃんから「お外は今は危ないので、あまり外出しないように」って言われてるのもあるんだろうけど、天気が荒れてても外に出て遊びたがるアウトドア派のラムちゃんがここまで外に出なくなるのは、すごく嫌な変化だと思う。
お姉ちゃんとラムちゃんの元気がなくなるのは、すごく悲しい。私も私で、周りから見たらラムちゃんと同じく元気がなくなってるように見えるのかもしれない。
ただ私の場合は元気もないんだろうけど、感情の大半はシェア低下の原因である犯罪者共に対しての怒りと、二人の元気のない姿をみた悲しみが占めてるんだけどね。
それに治安が悪くなって減るのはシェアだけじゃない。お姉ちゃんと遊ぶ時間も減っている。
最近のお姉ちゃんは本当に忙しそうで、ラムちゃんが悲しそうな顔をするといつも「ごめんね」って謝ってくる。
その言葉を聞いて、ラムちゃんの悲しそうな顔を見たら私まで悲しくなっちゃって、部屋で二人で遊んでも、いつもより楽しさは半減しちゃう。
そういえば最近ミナちゃんとのお勉強もない。お姉ちゃんが忙しいんだもん。教祖のミナちゃんもまた、お姉ちゃんに負けないくらい忙しいんだと思う。だから私達のお勉強の時間も取れない。
だから最近はラムちゃん以外に遊び相手がいない。それはラムちゃんも同様で、一人か二人で遊べる遊びしかしてない。
だからってわざわざ公園にいって人間の子どもとなれ合う気は、私にはないんだけどね。
それに私も最近はよく図書館で史料を漁ってるから、ラムちゃんは一人で遊ぶことの方が多くなっちゃってる。遊んであげたいのはやまやまなんだけど、私は私で、前世の私が死んでから、今の私が目覚めるまでの空白の歴史、そのなかでも犯罪神に関して調べ上げないといけないから、遊べていない。こればかりは睡眠時間を減らすだけじゃ時間が足りないから。
ネプギアとユニも、それぞれの国で忙しいみたい。二人は生まれた日時はともかく、見た目や精神年齢ならラムちゃんより上で、少しは仕事を手伝うことができているみたい。それぞれの
……さすがに紫の女神も今は大人しく仕事をしてるんだって。この間ネプギアに近況確認で連絡したら、そう言っていた。……それはそれで寂しそうなネプギアだったんだけど、姉の世話が好きって姉妹の仲の良さを喜ぶべきか、妹に姉の世話を好きにさせてしまった女神を嘆くべきか。今はどうでもいいけど。
そんなことをしていたら、ある日からお姉ちゃんは頻繁に他国と連絡を取り合うようになった。そのほとんどが四女神全員でのビデオ通話によるネット会議。複数の人と同時に通話できるなんてハイテクー……なんて言ってる場合でもなく。
本当はやっちゃダメだし、きっとバレたら怒られるけど、お姉ちゃんの執務室に盗聴魔法を仕掛けて、左耳に届くようにした。
それでラムちゃんの遊び相手をしつつ盗聴し、史料を漁って調べ上げた情報と組み合わせてみると、どうやら治安が悪くなっていたのは、犯罪組織『マジェコンヌ』と名乗る人間共が集団で犯罪行為を行っているからであった。なかでも購入せずに無料でゲームがDLできたり、チート行為が行える違法ゲーム機『マジェコン』を配布しているのが、直接シェアに関わっているとのこと。
理由は簡単。そのゲーム機が欲しかったら信仰対象を女神から犯罪組織が信仰している犯罪神に変えないといけない。犯罪神を信仰していれば機械を手に入れるだけでゲームもチート行為もし放題やり放題。
で、そんな人間にとっては夢のようなゲーム機が欲しいがために、人間共は軽々と手のひらを反すように信仰対象を犯罪神に変えている。しかもそのペースは日々加速していってる。
それを止めなきゃならない。
何故止めなきゃならないかっていうと、女神は信仰心がなくなれば消滅、つまり死んでしまうから。
そして犯罪神っていうのは、大昔に生まれた負の感情を糧とする邪神で、復活すると必ず目的のために破壊活動を行う。その目的が、ゲイムギョウ界の崩壊。
邪神が生まれた当時は、当代の女神が倒そうとしたものの、邪神の力が強すぎて封印するしか他の方法がなかった。そのあとも封印が綻び邪神が復活するたびに当時の女神が封印していた。つまり倒せるほどの力を女神は持っておらず、また犯罪神も女神が倒せるような強さではなかったということ。
そんなわけでずっと昔からずるずると引きずっていた負の過去が、最近また復活し始めたということ。今はまだ封印が綻びかけているだけなんだけど、このまま信仰心が集まってしまえば完全復活してしまう。そうなればゲイムギョウ界の崩壊待ったなし。女神としてそれは阻止しなければならない。
さらにその話にはいくつかのタイムリミットがあった。
まず一つ目が、犯罪神への信仰心が、女神への信仰心より多くなる前。二つ目が犯罪神が復活する前。三つ目がゲイムギョウ界が崩壊する前。
一番良いのが、当たり前なんだけど一つ目のタイムリミットまでで、それまでに再封印を施すか、まだ力を出せないうちに完全に倒してしまう方法。
ただしこれらの方法には条件があって、その条件っていうのが、現段階での四女神全員の総戦力が、力を抑えられている犯罪神の戦力と同等か上回れるか、っていうもの。
封印なら同等でもできるだろうけど、完全に倒しきってしまうには上回らなければならない。それも1%の差とかじゃない。10%とか、50%とかの差を求められる。それがどれだけの差かは、わかる人はわかるものだ。
なら封印であれば、と思うだろうけど、これもまたリスクが生じる。複数の女神の力を全て出して、強い意志の下でようやく封印が可能となるのだ。ただし高確率で女神は命を落とす。何故なら女神の力を全て出す、ということはシェアを極限、あるいは全て使い果たすということ。生命力がなくなるのだから、死んで当然なのだ。
今までの犯罪神が復活しかけたり、復活してしまった時代の女神は、ほとんどがその戦いで命を落としている。生き残ったとしても、短命である。
そんなわけでお姉ちゃん達女神は選択に迫られていて、毎回その話が議題となっていたのだ。
自分達の命を使って封印するか、可能性にかけて戦いを挑むか。更なる可能性にかけてまだ行動に移さないか。
時間が経てば経つほど前者二つの成功確率は減っていく。後者はもはや不明。
そんな中でお姉ちゃん達はひとつの決断をした。それが昨日の会議の結果。
お姉ちゃん達が取った選択は──
「ロム、ラム、明日からしばらくの間、留守を頼めるかしら……?」
「おるすばん? お姉ちゃんどこかいくの?」
「ええ。お願いできる?」
「いいけど……お姉ちゃんはどこにいくの?」
「……二人とも、犯罪神は知ってるわね?」
「うん……。お姉ちゃんをこまらせてる、悪いやつのおやだま」
「そうよ。その犯罪神を、倒してくるわ」
「悪いやつをたおすの? だったらわたしも行きたい!」
「ダメよ。これは遊びじゃないの。ふたりはここでお留守番してて」
「むぅ……どーして連れてってくれないのよ! わたしだって戦えるわ!」
「相手は犯罪神。生半可な気持ちで勝てる相手じゃないの。わかって」
「でもでも!」
「うるせぇ! でももなにもねぇんだよ! まだ女神化もできないやつがワガママ言ってんじゃねぇ! ……っ」
「……ぅ……だ、だったらお姉ちゃんなんてしらない! いこっ、ロムちゃん!」
「あっ……ラムちゃん……!」
一人で走って行ってしまうラムちゃんを私は追いかけようとして、やめた。
ラムちゃんのことも心配だけど、お姉ちゃんのことも心配。
それに一つだけ確かめておきたいことがあった。
「……お姉ちゃん、犯罪神には勝てる?」
「……勝つわ、絶対に」
「……わかった」
その一言で、お姉ちゃん達がどの程度の意志で戦いに行くのかわかった気がした。
だったら私は私で行動をしよう。うん、手始めにどんなことをしようか。
そんなことを考えながら、ラムちゃんがいるだろうその場所へ駆けた。
ラムちゃんの後を追うように走った先は、中庭のガボゼ。その片隅に膝を抱え込んで縮こまるように座っていることは、見なくてもわかる。
誰かと喧嘩して落ち込んだときはいつもここで、同じ体勢。
だから私も、いつも通りに声をかける。
「……ラムちゃん」
「ぅ……だって……」
優しく、穏やかな声で名前を呼べば、今回もまた、ぽつりぽつりと言い訳のように。けれどラムちゃんが本当に伝えたかった言葉を教えてくれる。
「……お姉ちゃんがわたしたちを心配して戦わせてくれないの、わかってる……お姉ちゃんの言う通り、女神化だってまだできない……それでもわたしだって女神候補生で、お姉ちゃんの妹だもん。わたしたちの国で悪いことする人たちや、そのボスと戦うなら、わたしだって戦いたい。お姉ちゃんのお手伝いがしたいのに……」
「……うん。わたしも、お姉ちゃんのお手伝い、したい。お姉ちゃんの力になりたい」
「……どうしたらいいのかな、ロムちゃん」
「…………」
お姉ちゃんの言う通り、お留守番をしてお姉ちゃんの帰りを待ってあげればいい。私達は女神化もできない。お姉ちゃん達の足手まといにしかならないんだから、付いて行ったら迷惑になる。
そう言うのはすごく簡単で、悩む必要なんてないんだけど。
きっとそんな言葉で片付けちゃいけない問題だから。
少しだけ悩んで、いっぱい頭を働かせて、出した答えを私は口にする。
「……やっぱり、お姉ちゃんの言う通り、おるすばんしてた方が、いいと思う」
「っ……」
「でもね、ただおるすばんしてるだけじゃなくて、わたしたちにできることをするの」
「できること……?」
「うん。お姉ちゃんがいない間、ルウィーを守るの。ラムちゃんは女神候補生だから、国を守らなくちゃ」
「……うん。そーよね! わたしだってネプギアちゃんやユニちゃんと同じ、女神候補生だもの! お姉ちゃんがいない間国を守るくらい、ひるめしまえよ!」
「ラムちゃん……そこは朝飯前……」
「うっ……こ、こまかいことはいーの! とにかくわたしとロムちゃんがいればさいきょーよ!」
「うん。さいきょー!」
ふたりでおーって握りこぶしを空へ突き上げる。
やっぱり、ラムちゃんはそうやって元気な方が、私も嬉しいな。
「あっ……あとね、お姉ちゃんがお出かけする前に、やりたいことがあるの。ラムちゃんも手伝ってくれる?」
「いいわよ! でも、なにをするの?」
「うんとね、お守りを作って、お姉ちゃんにわたすの。お姉ちゃんがぶじ帰ってきますようにって、お願いをこめて」
「いいじゃない! さっそく作りましょ!」
「うん……!」
上手い具合に丸め込めた……なんて言い方は悪いけど、元気になってくれたラムちゃんを誘ったのは、お守り作り。
私一人で作っても良かったけど、それだとラムちゃんが仲間はずれにしたって怒って悲しむかもしれないから。それに私一人より、ラムちゃんと二人で作ったものの方が、お姉ちゃんは喜んでくれると思う。
……でも、ごめんなさい。ラムちゃんに言ったお守りを作る理由、嘘じゃないけど、建前でもあって、本当はある魔法陣を仕掛けて、それをお姉ちゃんに持ってほしかったから。
私達が作ったお守りなら、お姉ちゃんは絶対に持ち歩く。ラムちゃんとお姉ちゃんの気持ちを利用する方法だけど、今の私にはそうでもしないと、気持ちが落ち着かないから。
だからごめんね、ラムちゃん。お姉ちゃん。
今だけはその好意
作り方を調べて、お小遣いを使って急いで買ってきた材料で作った即席のお守りは、どうにか袋の形になった不格好なお守りで、けれどもラムちゃんの純粋な気持ちが沢山詰まった、ゲイムギョウ界に一つしかないお守りになった。……私の少し不純な気持ちも込めてあるけどね。
次の日、朝早くからお姉ちゃんは出発する。そのことを盗聴で聞いた私は、どうにかラムちゃんを起こして、お姉ちゃんが出てしまう前にお守りを渡した。
お姉ちゃんは涙ぐむくらいとても喜んでくれて、私達を力いっぱい抱きしめてくれた。抱きしめられた時、良心がチクりと痛んだけど、表面には出さずに精いっぱいの笑顔をお姉ちゃんへ向ける。
ラムちゃんはお守りを渡している間も何か言いたげで、お姉ちゃんが扉から外へ出かけたとき、教会にも外にも聞こえるくらい大きな声で誓った。
「絶対にお姉ちゃんが帰ってくるまで、ルウィーを守る」と。
その言葉を聞いたお姉ちゃんは振り返った。その顔は驚きに満ちていて、でも少ししてふっと柔らかい笑みを浮かべ、「ええ、まかせたわ」と返して、出て行った。
ラムちゃんはその後ろ姿を扉が閉じても見続け、やがて「まだ眠いからねるね」と言って部屋に戻っていった。
相手は犯罪神。いくらお姉ちゃんが強いって信じていても、不安になってしまう相手。これが一生の別れになってしまうことだって、絶対ないとは限らない。ラムちゃんも多分、そのことを薄々とわかってるんじゃないかな。
だから少しだけ一人にさせてあげる。今は私がいても、きっと素直になれないから。
それにお姉ちゃんが出かけたから、私も行動を起こさないといけない。
実はその場で一緒にお姉ちゃんを送り出していたミナちゃんに「少し出かけてくるね」と言うと、ミナちゃんは何かを察したように「はい。わかりました。ですがあまり教会から離れないようにしてくださいね」と送り出してくれた。
うん、その察した何かは絶対間違ってるから。ついでにその言うことはきけないから。その辺りは何とか察してね。
なんて思いながら教会を出て私の姿が向こうから見えないくらいの場所まで歩いて、そこから走り出した。
彼女は隠す。自分の思い通りに事を運ぶため。
でも何事も思い通りにいかないことは、彼女も自覚しているのだ。