主人公の前に初期で現れて圧倒的な強さを見せつけて終盤で味方になってすごくかっこよくなる悪役になります『リメイク』 作:??????
第7話
夜気にうなだれた枝垂れ桜が夢のようにほの白く咲く。春というには少々寒すぎるが冬というには暖かい季節の変わり目。龍禅寺と呼ばれる寺の山門で緋色はその何とも言えない気温を肌で感じながら、桜を肴に杯を傾けていた。
「やあ、やあ、家出少年。お酒は二十過ぎてからって親に教わらなかったのかな?」
夜の何とも言えぬ静けさをあざ笑う声が一つ。翡翠色の髪をたなびかせ、幼子のような汚れのなさと魔性のような怪しさを同居させた美しい琥珀色の瞳。紺色のセーラー服とフリルをあしらった改造スカートに身を包んだその少女。その姿を確認するまでもなく緋色は、彼女が誰であるのか分かっていた。
「心は青年だから問題ない」
「え~、君、昔は自分のことを『童心を忘れない少年』って言ってなかったけ?」
「大は小を兼ねるんだ。青年の心は童子の心も兼ねてるんだよ」
「ひどい暴論だ……」
ひどい屁理屈をこねる緋色をジト目でにらみつける千歌は、ハァ~っとため息をつくと山門への階段を静かに上がり始める。山門まで上がりった千歌は、緋色の隣に座って緋色の杯を奪う。
「あ、おい!」
呆気なく杯を奪われた緋色は、取り返そうと手を伸ばすがそれよりも早く杯の中身を千歌は飲み込んだ。
「うわっ!?なにこれ!?果実水?すごい甘いんだけど…あ、でも後味すっきり」
「…傍若無人っぷりは変わってないな。ほんと風情のかけらもないな」
文句を言いながらも、杯を緋色に向かって差し出す千歌を見てため息をつく緋色。毒気を抜かれたように緋色はわずかに纏っていた緊張感を解き、徳利を掴み空になった杯に果実水を注ぐ。薄ピンク色の液体が杯を満たす。
「サクランボの果実水か~。まだ時期には早くない?」
「国産じゃないからな」
「うわぁ、風情とか言ってる人がよりにもよって輸入品かよぉ~」
「嫌なら飲むな」
「あ~ごめん。ごめんって」
杯を取り上げようとする緋色に平謝りを繰り返す千歌。
「しっかし相変わらず器用だね~。その徳利の中身、魔法で温度保ってるんでしょ?」
千歌は適切な温度に保たれた果実水を口に含んで、緋色の器用さと魔法の無駄遣い加減に舌を巻く。
「慣れれば誰でもできる。逆に言えばこの程度の魔力制御ができないやつは、いくら高度な魔法を覚えてもそう簡単には使いこなせない」
「ん~、雪花ちゃんには耳が痛い話だろうね」
「…俺がどうしてここにいるってわかった?」
「心外だな。ボクほど君を理解してる人間はいないんだぜ?」
軽くウインクをしながらそんなセリフを告げてくる千歌に緋色はため息をついた。
「…ハァ~」
「え~、こんな美少女が赤面必須なセリフを言ってあげてるのにその反応はつまんなぃ~」
「わッ、ちょっ!お前酔ってるだろ!これ果実水だからなッ!?いい加減離れろって!?」
緋色は、杯を持ったまま抱き着いてくる千歌をどうにか支えながら叫ぶ。
「ッ!?」
しかし、限界を迎えバランスを崩して倒れる緋色の上に馬乗りになるような形で千歌も倒れる。かすかに頬を赤く染め、涙ぐんだその瞳に見つめられ、緋色は視線をそらさざるをえなかった。
「名前…会ってからずっと呼んでくれてない」
「……千歌」
「昔……みたいにセンとは呼んでくれないんだ?」
「……俺は死人だ。公式見解でも柊緋色は死んでる。藤風千歌の婚約者『柊緋色』もあの日に死んだんだ。父親を殺し、使用人を殺し、数々の罪を重ねた」
「死んでない!あれは君の正当防衛だッ!」
「やっぱり、翁はお前には話したんだな」
「…うん」
「そうか」
フワリ———。千歌はその身を襲う強烈な睡魔に体の制御を奪われる…。
「ひ…いろ」
「悪いな。まだやるべきことが残ってるんだ」
追加で飲んだ果実水に何かを混ぜられたのだと気が付いたころには、千歌の体は全く動かなくなっていた。
「まってよ…ひーくん、ボクは…君の、ことが…」
「ごめん。———セン」
その一言を最後に千歌の意識は暗転した。
「翁。そこにいるのは分かってる。出て来い」
「…お久しぶりです。ぼっちゃん」
桜の木々の陰から見慣れた顔が現れた。魔力探知で分かってはいたが、いったい何時から居たのやら。千歌の前だからって完全に油断していたな。
「約2年ぶりか。柊家の当主代理が板についてきたらしいな。このまま分家の復権まで頑張ってみたらどうだ?」
「お戯れを」
「……雪花にはばれてないんだろうな?」
「ええ、もちろんです」
翁が柊家の当主代理を命じられた数週間後、俺は翁を呼び出し協力者になってくれるように説得した。協力者と言っても、全部を話すわけにはいかないので軽くこれからの見通しを説明した後に、半年に一度七星と雪花の動向を俺に伝えてもらうことを約束させてもらった。
最初は猛反対されたが、父の所業や雪花の立場に思うところがあったのか最後には俺に咎をすべて背負わせることはできないと言い、しぶしぶ了承してくれた。
「なんで千歌に教えたんだ?」
「お言葉ですが、千歌様は緋色坊ちゃんが柊だから婚約を了承したわけではないのですよ」
それは知っている。千歌のことは前世の知識を思い出す前から知っていた。最初にあったのはパーティ会場。二回目は夜の公園。元々波長があっていたのだと思う。彼女といる時は心地よかったし、悪くなかった。なんとなくだが、前世の記憶なんかを使わなくても千歌とは長い時間をかけて今と同じような関係になっていたと思う。だが、俺は使ったのだ。前世の知識を使い、彼女の弱い部分に付け込んで心に土足で侵入した。だから――
「坊ちゃんが、昔から千歌様に罪悪感のようなものを感じていたのは
「知ったような口をきくな」
「いいえ、私は知っています。生まれた時から貴方を見てきた私は知っているのです」
あくまで諭すように淡々と冷静に翁は俺に言葉を投げかける。謎の圧力に負けそうになり、なんとなくそれが癪で、俺は無理やりこの話を切った。
「計画は前回伝えた通りだ。千歌のこと頼むぞ」
「…緋色ぼっちゃん。これだけは覚えておいてください。あなたは優秀ですがご自分を騙せるほど器用ではないのですよ」
無理やり背を向けた俺に投げかけた言葉は、とげのように俺の心に引っかかっていた。