菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。   作:繭原杏(繭原安理)

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注意:視点がころころ変わります。


現れては過ぎ去る嵐のように

 「だって、全員此処で死ぬんだもの」

 

 登場したのは殺人鬼、腸狩りのエルザ。

 その冷たくも怪しい美貌は背筋が凍るほど美しい。

 その手に持つククリ刀は、大型猛獣の牙のように恐ろしく、そして雄々しい。

 わざわざ重そうなコートを着ているのは目くらましか、血避けか、それとも何かしらの魔術、いや、魔法がかかっているのか。

 ラインハルトを見つけて紅の差された唇が吊り上がったところを見るに、バトルジャンキーなのだろうか。それとも破滅主義者か。

 彼女の視線に相対してラインハルトが立ち上がり、俺達を庇う様に前に出る。

 部屋の一番奥に居るのは俺とエミリアで、それからフェルト、ロム爺、ラインハルトの順に入り口のエルザに近くなる。テーブルが酒場のカウンターみたいに配置されているせいだろう。

 

 ラインハルトは腰から剣を抜いて、いやいや、鞘ごと抜いた。それじゃあ鈍器だろ。なに? 剣を鈍器として扱うの? それが剣聖なの?

 訳が分からないが、とりあえず強いということは分かるので何か事情があるのだろう。

 二者の間には火花が散るような緊張が漂う……訳ではなく、意外にも穏やかなものだった。まるで知人と会ったかのように、今にも笑顔で話しだしそうな雰囲気だ。それでもどちらとも隙を窺いあっているのが、足の動きからわかる。

 一センチ、一ミリを進んで、或いは引いて、右に左に重心をぶらしたり、或いは構えを下げて隙を見せたりして相手の攻撃を誘う。

 エルザの速度で飛び込まれたら抵抗する間もなく殺されるだろうと思うが、本人があそこまで躊躇している以上、対応される危険があるのだろう。出会い頭に躊躇なく腹を掻っ捌かれた俺とは大いに違う。

 

 硬い空気に溢れる盗品蔵で、唯一人、ラインハルトだけは自然体だ。なんといえばいいのだろうか。緊張しすぎず、気も抜きすぎず。正しく見極めるために余分な力を入れないような。そんな感じがする。

 一方のエルザと言えば、軽い前傾姿勢でククリを構えている。「く」の字に曲がった刀身の内側をラインハルトに向け、視線をちらちら動かしてフェイントをかけている。

 力量が対等、ではないのだろう。それならば足手まとい(俺やフェルト、ロム爺)がいるこっちが不利だ。だから、恐らく素の実力はラインハルトが上。

 

 これならばラインハルトには外で待機させた方が良かったか? 認識外から奇襲をかければエルザを倒せただろう。もし次があったら、そっちを試そう。

 

 雑念の混じりつつある思考を振り払い、場の状況を見定める。

 力量、地形、守るべき者の存在。それらが絡み合い、拮抗を生み出す。

 しかし、何時までもこうしていられる訳ではないだろう。何れ均衡は崩れる。

 俺がするべきなのは、その崩れ方をラインハルトに有利にすることだ。

 

 どうすればいい? 考えろ。どんな手がある?

 魔術? 良い手だ。今使えそうなのは……ガンドくらいか。これで気を引いて、その隙にラインハルトがエルザを倒してくれれば良い。

 携帯もいい。これはエルザからしてみたら未知の道具。昔、「写真を撮られると魂が抜かれる」といううわさが流れたように、見知らない物に対する恐怖は自身の想像力によって増幅される。問題は、それをする余裕があるか。

 そも、今は五メートル近く離れているが、この程度の距離はエルザにとっては大した距離ではない筈だ。おそらく、ラインハルトにも。

 なら逆に自身の守りを固めるべきか? 駄目だ。俺に防壁を張る術なんてない。いや、待てよ?

 

 俺は左に目を向け、そこで冷や汗を流して目を白黒させているエミリアを見る。

 そう。エミリアの扱う精霊魔術。それによる氷なら、なんとか防壁になるんじゃないか? 案に入れておこう。

 

 フェルトたちに視線を移す。ラインハルトの性格からして、こいつらを肉壁にするのは嫌がるだろう。一瞬で思い上がった手段を却下する。

 そういえば、さっきの反応。フェルトの言っていた「依頼人」って、まさかエルザか? ならこれは三陣営の対決じゃなく、ただ単にエミリアの敵対組織対エミリアって感じだぞ? それ何て無理ゲー?

 

 まあ、それは置いておこう。今考えるべきことじゃない。

 

 ああ、思考が逸れる。考えた手段の中で有効そうなのは二つのみ。問題は、どちらを使うか。

 「ガンド」か、「氷の防壁」か。

 ガンドは俺ができるし、まずエミリアに氷の防壁を張れるか聞いてからでも遅くない筈だ。

 

 「なあ、アンタ、防壁張れるか?」

 

 「えっ? は、張れる……って、私の名前は「アンタ」じゃなくてむぐっ」

 

 エミリアを名前で呼べないのは単に俺の意地だ。しかし手の平に幸福が。

 ん゛ん゛っ! んっ! 違うそうじゃなくて。

 ……静かになったようなので、手を放す。

 

 「じゃあ俺たちを覆うように防壁を張ってくれ。フェルトたちも含めてな」

 

 「……ぷはっ。はいはい、言いたい事はいーっぱいあるけど、今は置いておくわ」

 

 そう言うのを聞いたのか、エルザは焦ったかのように表情を乱した。しかしそれも一瞬の事。すぐさま取り繕い直し、しかし焦りはあるのか、今にも飛び出してきそうだ。

 俺がするべきはそれの牽制。だとしたら、携帯は体の良いはったりにならないか?

 凶器を持つ気持ちで携帯を握り、視線はまっすぐエルザの方へ。

 するべきははったりのみ、故に身体能力はいらない。ただ、何かあるかもしれないと迷わせればそれで充分。その隙を突き、エミリアが精霊を呼び出した。

 

 「お願い! パック――――――!」

 

 「はいはい。全く、なんでこんなことになったんだか」

 

 その声と全く同時に冷気が吹き、瞬きするほどの時間で氷の壁が現れた。

 分厚く、しかしそれで居て透明な氷壁。表面に結露してきた水滴のせいで曇ってきたが、それはエルザの突進を阻むくらいの働き話すだろう。

 

 「今だっ! ラインハルト!」

 

 「ああ、よくやってくれた!」

 

 ドン、という、大砲でも撃ち込まれたかのような音が響いた。

 氷壁の向こう側は盛大に塗れ、直後にさらに大きな金属音が響く。

 片方は折れてんじゃないだろうか、というぐらいの大きな音。しかしその後の連撃の音を聞く限り、ずいぶん頑丈らしい。伊達に刀身が広くはないな。

 ガンガンガンガン! と武器を打ち鳴らしているが、その火花は安全壁に阻まれて見えない。爆発音染みた大音量で、本当にこの壁で防げるのかと怪しくなる。視線を上げてみると意外とこの壁は高いことが分かった。ラインハルトを気にしながらこれを突破するのは、無理があるだろうことがあることが分かる。

 そこでようやく、俺は気を抜けた。

 

 「すげぇな、これ。幅どんだけあんだ?」

 

 「そうだね。君の肩幅くらいかな? 張りきったからね、そう簡単には破られないと自負しているよ。ところでさっき家の子にしでかしたことへの弁明はあるかい?」

 

 「……えーと、唇柔らかかったです」

 

 「えいさっ!」

 

 「うをぉ!? あ、足がっ! 足がぁ!?」

 

 「ちょっとパック!?」

 

 「……何してんだよアンタら」

 

 「あー、フェルト」

 

 「なんだよロム爺」

 

 「修理代はつけとくぞ」

 

 「なんであたしが払うんだよっ!?」

 

 「いやだって、あいつはお前さんの客だろう? ならその客の粗相はお前さんの責だろう? 儂はお前に仕事に対する真摯な姿勢を学んで欲しくてだな……」

 

 「嘘つけ! あいつらから取り立てる度胸がないだけだろっ!」

 

 一気に緊張した糸が解れ、弛緩した空気が包み込む。

 未だに戦闘の音は聞こえるが、テレビ越しのような感じで恐怖心は無い。これは氷壁のお陰だろうか。

 その内凄い音が聞こえた。具体的には木材が吹き飛んだような音。多分入り口辺りは改装が必要だな。

 それから更に戦闘音は断続的になり、やがて聞こえなくなった。

 

 「これでいいだろ。流石に負けないよな?」

 

 「大丈夫だろ。なんでここに居んのか知らねぇけど、あの赤毛のあんちゃんは「剣聖」様だぜ? 負けるわけがねぇよ」

 

 「そうか?」

 

 ロム爺と言い争っていたフェルトが、俺のボヤキに答えた。

 いまいち釈然としない俺の不安は、きっとエルザの実力を知っていて、その上でラインハルトの力を知らないからだ。

 まあ、これで一件落着。

 運良く依頼人もいなくなったし、後はもう徽章を返すしかなくなるだろ。

 そう考えながら、さっきさり気なく回収した携帯をポケットに戻す。

 そういや、俺の推理殆ど外れてたな。頓珍漢って正に俺の事じゃねぇか。

 

 俺は自分の頭の悪さに、軽く落ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 エルザは剣聖と戦っていた。そこらじゅうの壁や屋根を足場にして、三次元的な軌道を描く。

 剣聖は未だに鞘を抜かない。それを疑問に思い、問いかける。

 

 「その腰の剣は使わないのかしら。伝説の切れ味、味わってみたいのだけれど」

 

 紛れもない本心。エルザは戦闘中毒者の気があるのだ。

 何故だろうか。死の淵に居る時に充足を覚える? それとも単純に力を振るうのが楽しい?

 或いは、彼女に宿るそれが彼女を暴力的な性格にしているのか。

 

 「この剣は抜くべきとき以外は抜けないようになっている。鞘から刀身が出ていないということは、そのときではないということです」

 

 一見、挑発ともとれる返しをするラインハルト。しかしそれは紛れもない事実であり、それを察したエルザはすねたような口調で揶揄う。

 

 「安く見られてしまったものだわ」

 

 「僕個人としては困らされる判断ですよ。全く」

 

 使いたいときに使えない武器。そんなものに何の意味があるのだろうか。

 そうぼやきながら、改めて構えなおす。辺りに代わりとなりそうなものはない。故に、これで叩くしかない。

 なぁに、握り慣れた剣だ。斬撃ができなくとも、それを補って余りある技術がある。

 勝利を疑わない、というより自身の勝利の可能性を見据えるような揺ぎ無い目には一筋の慢心もない。

 これは厄介だ。せめて油断してくれたら一太刀でも入れられたものを、と思ったエルザは別の手段を思いつく。

 目的は王選候補の排除――――――()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()である。

 

 ならこういう手段だっていいだろう?

 

 高速でラインハルトの背中に回り込もうとする。ラインハルトは軸足を中心に回転し、一手遅れて気づく。

 

 しまった!

 エルザの目的は、盗品蔵内のエミリア様だ!

 

 それに気付き、急いで駆けつけるがもう遅い。

 木材の破裂音を聞き、その先の光景を見たとき――――――

 

 「――――――っ!」

 

 迷うことなく、その脇腹に聖剣を叩きつけた。

 一応の警戒として吹き飛んだ先を見る。しかし良い一撃(クリーンヒット)だったので、そう簡単に復帰したりはしないだろう。

 

 巻き上がった砂塵の向こう側で、ふらりと立ち上がった影を見て、ラインハルトは前言を撤回した。

 ああ、あれは、()()()()()()()だと――――――!

 

 

 

 これで良い。

 本当に? 本当に、そうか?

 俺がエルザだったらどうする? こんな状況だったら、どんな手段をとる?

 頭に引っかかる。何か、見落としているような。

 

 「しまっ!」

 

 それに思い至ったとき、背筋がゾクリとした。その悪寒に任せてエミリアをフェルトの方に投げ飛ばし、飛びずさりながら盗品蔵の壁を向く。

 外から内側に木片が吹き飛ぶ。一方的な圧力を受けたそれらは至近距離に居たスバルの肌を傷つけ、無数の傷をつくる。

 辛うじて顔は庇ったものの、所々には傷がある。しかし目に入らなかっただけましだ。

 

 未だに残像くらいしか見えないエルザの姿を察し、スバルは身体強化をしなかったことを後悔するよりも先に、行動をする。すなわち、肉壁。

 守るべき存在は誰だ? エミリアだ。

 彼女を狙うかもしれないなら、守らなければいけない。いや、彼女だけではない。フェルトもロム爺も守らなければいけない。

 それが今までの生き方だから。

 

 体に染みついた行動原理は脳の指令より素早く四肢に届き、ラインハルトが来るまでという、殺人鬼に許された僅かな時間を乗り切る。形にすら成らない思考が、自らの体を呈して凶刃を受けるという行動を下し、何の偶然か、奇跡的に、いや、運命的にその行動は間に合った。

 

 

 

 

 

 

 右から死が迫る。走馬灯のようにスローになる世界。スバルにとっては三度目の開腹。エルザにとっては、宝箱を開ける至福の一時。

 スバルの思考は既に肉体を超え、今更動くことなどできない。引き延ばされた世界で、その苦痛を受け止めることしかできない。

 

 

 ククリが撫でるように腹を切り裂き、さほどの抵抗もなく滑らかに切り終える。メスで切り開かれたが如くきれいにパックリ横一文字に開いた腹に見えるのは、額縁のような黄色い脂肪と背景として()()を引き立てるピンクの筋肉と風に舞う桜の花弁のように添えられた赤黒い血滴と、そしてどのような宝石にも勝る輝きを纏った腸が収まっていた。

 

 エルザにとって、腹とは即ち宝石箱である。十人十色のその色合いはパパラチャサファイヤ、コンクパール、ピンクダイアモンドとも比べようがない。正しく無上の輝きを放つ「価値在る物」であった。

 命の燃え尽きる間際にのみ見えるその輝きは、エルザを捉えて離すことが無い。故に彼女は憑りつかれる様にそれを求めた。その果てに殺人鬼と呼ばれようとも、それで良かった。寧ろ沢山の腸が向こうから飛び込んでくれるのだ。これ以上都合のいい事は無い。

 

 その心境は、この場の誰もが知る術のないことだが、死に魅入られた芸術殺人家のそれと似通ったものであった。そんな彼女が辿り着いた答え(至高の逸品)とは何か?

 そも、腸とは切り裂かねば見えぬもの。何が美しく、何が醜いかなど主観一つ。故に答えなど無い。

 そう思っていた。今、この瞬間までは。

 だが、ああ、彼女の「至高」とは、今定まった。

 

 切り返しの一刀で、内圧で飛び出てくる腸を、傷つけぬように掬い上げる。軽い重み。しかし何故だろう。手が震えてしまう。

 凡夫にしか見えないその者の腸は健康的に彩られ、されど他の凡夫のような軽薄さの無い、何処か空恐ろしい「死」というものを内包しているような重みがあった。

 ああ、これぞ至高。これぞ究極の逸品。

 恥ずかしいことに、エルザは内心馬鹿にし続けてきていた、信じなかった「一目惚れ」というものに陥っていた。

 もっと見ていたい。だから死なせたくない。腐らせたくない。

 この輝きを永遠に。なんて美しいのだろう。

 

 ああ、

 

 

 

 今、時が止まってしまえばいいのに。

 

 

 

 まるで時が止まってしまったかのように微動だにしなくなったエルザは、しかし血行が良くなったのか頬を薄紅に染める。

 それを隙と見取って、ラインハルトが切りかかる。雑菌が入らぬよう、腸に砂や埃が付かないように、慎重に軌道に気を付けながら。

 そしてそれはエルザも同じであった。腸を盾にすれば離脱分の数瞬は稼げただろうに。しかしそんなことでこの輝きを汚すことは、恋する乙女のエルザにはできようもなかった。

 間一髪のところでその攻撃に気づいたエルザは名残惜し気に、しかし一瞬の躊躇なく手を動かす。宝石箱に宝石を収めるように丁寧にその腸を腹に詰め直し、そこでラインハルトの攻撃に吹き飛ばされた。

 左の肋骨が全て砕ける。剣ではなく鉄槌に殴られたかのような衝撃は、しかし剣であるからこそ一点に威力が集中される。口から漏れ出た血液には内臓が混じり、如何に致命的な負傷であるかを知らせる。いかに吸血鬼のような再生能力を持つエルザとて、これは致命傷になりかねない負傷だった。

 逆を言えば、今引けば死なない可能性もあるのだ。

 

 外に逆戻りとなったエルザは、痛みに耐えて状況を俯瞰する。

 この負傷で戦えば間違いなく死ぬ。今なら盗賊の小娘にも殺されるだろう。

 そうなればもうあの腸を拝むことはできなくなる。それは嫌だ。

 死ぬのは嫌だ。これもまた、エルザの初めて知った感情。死への恐怖である。

 自身の内に潜むその感情を自覚しているのか、エルザはすぐさま撤退という選択を選ぶ。

 幸い、ラインハルトはあの腸の持ち主の事が気に成っているようだ。追ってはこないだろう。

 

 言葉を残す余裕もなく、何か賛辞でも宣言でも良いから残したく、されど留まることは叶わない。

 最後に意味ありげな流し目のみを残し、後ろ髪を引かれながらもエルザは去って行った。

 

 痛みに藻掻くスバルにその視線は届かず、剣聖のみがそれを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斯くして剣聖と殺人鬼の戦闘は然程の時間も要らずに終わり、両者共に実力を出さない内にこの騒動の幕引きはなされた。被害など貧民街の家屋が少々半壊したのみ。

 それは幸いだったのだろう。このまま続けば、確実に、殺人鬼は死んだだろうが……スバルもまた、死んでいた。

 少し強いだけの凡人の危機によって終着した、戦争染みた打ち合い。命があるだけ儲け物、というべきか。

 

 守るべき者を守り切れなかった剣聖。

 打ち負けたものの、答え(求めるモノ)を見つけた殺人鬼。

 故に此度の戦場――――――引き分けとする。

 

 続くは月下の夜。始まりの夜。運命と出会う幕間。

 些細な会話でも。何れ輝く宝石になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 ラインハルトの治療(魔法らしい)を受けながら遠くを見る。

 見上げた夜空には月が輝いていて、月光が暗い貧民街を照らす。

 その光を浴びて、エミリアが俺に問いかけた。

 

 「――――――ねぇ、どうして私を助けてくれたの?」

 

 簡単なことだ。

 

 「君に助けられたから」

 

 そう、それだけの事。

 

 「何度も言ってるけど、私、そんな覚えは」

 

 「それでも、俺が覚えてる」

 

 君が忘れても、俺が覚えていればいい。

 それでいいんだ。

 

 「……そう」

 

 弱々しい返しは明らかに納得していないことをありありと教えてくれる。

 だから納得させるためにもう一言紡ぐ。

 

 「そうだ。だからこれは、唯の恩返しだ」

 

 「でも、それじゃあ私が納得できないわ。何か、欲しいものは無い? 私にできることならなんでも……」

 

 案の定だ。

 

 「いやいや、女の子が何でも何て言っちゃあいけません。でも、そうだな、じゃあ――――――」

 

 でもそうだな。ここで何も願わなければ、心優しい彼女は何かと空回りつつ面倒を見てくるだろう。それで彼女の目的が達成できなくなるというのなら、それは本意ではない。

 強いて言うなら、今欲しいものは、

 

 

 

 ――――――君の名前は?

 

 「わたし? 私の名前は、()()()()。唯のエミリアよ」

 

 「そうか」

 

 

 

 

 

 

 「いい名前だ」

 

 

 

 薄い笑みを浮かべ、満足感に包まれて、俺は寝ることにした。

 何回も死んで得た報酬が、名前一つか。

 ――――――でも、今度は偽名じゃない。

 ならいっか。これ以上の報酬なんてないな。

 

 でも、更に望んでいいのなら。

 願わくば、その隣に立てん事を。

 そう願いながら、俺の意識は薄れていった。

 最後に残ったのは夜空から差し込む天使の梯子のような月光。いや、あれは……

 

 ああ、エミリア。いや、エミリア()()。いつか絶対。君を守れる男になる。

 そう誓ったのは、果たして夢か現か。

 どちらにせよ誓いはなされた。月の煌めく夜空の下の、銀の乙女のその傍で。

 

 

 

 ふと、感じた。

 この誓いは、決して色褪せる事の無い白銀の誓いだと。

 その優しい輝きは、俺の辿る道行を祝福してくれるだろうということを。

 

 「……あ、ありがとう……って寝ちゃったのね」

 

 




 その笑顔を、俺は忘れ無いだろう。
 たとえこの先に幾ど死ぬことになっても、どれほどの地獄が待っていても。
 この笑顔の為に、俺は地獄を歩んでいける。
 これこそが俺の「運命(Fate)」であり、俺が何よりも欲した報酬なのだから。

 だから、

 この先にどんな地獄が待ち受けていようが、俺は頑張れる。




 そして運命の歯車は噛み合い、物語は動き出す。
 たとえこの先が地獄でも、きっとその歩は止まらないだろう。

 さあ、とある男の話をしようか。

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