菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
それから数日。今回はロズワールの客分として、村をほっつき歩いたりして過ごした。
相変わらず、クロイヌは俺の撫でテクが気に入らないようだった。骨っこか何かのように、会うたびに齧り付いてくる。
先日、散歩途中に、買い出ししているレムにも出くわした。案の定、カジカジされていた。きっとあの犬はショタコンかつロリコンなのだろう。でなければ俺の撫でテクに惚れないわけがない。
明日こそ堕としてやる。そう奮起する。
平穏だ。平穏だったのだ。
前週でレムが襲撃を仕掛けた、悪夢の夜の日だ。
夜が来た。月を見上げて思い出す。
今日は、レムが襲撃する日だ。
俺はまだ眠れずにいる。
理由は明白だった。襲撃に対して警戒しているのだ。
ベットに横に成ろうが、目を閉じて呼吸を整えようが、意識は冴えるばかりだ。視覚が封印されて、エミリアの寝息すら聞こえるほど聴覚が鋭敏になるくらいしか変化はなかった。
俺は寝ることを諦めた。代わりに、あの物騒なモーニングスターを振り回されても落ち着いて対処できるよう、体を温めることにした。
軽いステップで部屋中を駆け巡る。ダンスと武道は、似通ったところがある。何故か唐突にそう思った。
その場で二、三度跳ねる。体調は万全だ。寝れないという点を除けば、だが。
殺されるかもしれないのに寝れるわけもないので、これは正常なのだろう。万全ではないだろうが。
寝たいときに寝れないのは、あまりいいことではない。持論だが、寝たいときに寝れる人は強いと思う。
何に?
……引き篭もりに?
ま、まぁ、それはともかく。
おどけた思考を逸らす為に窓を仰ぐ。夜空は凍えるほど澄み切っていて、氷のように美しく星の光を映していた。ここから見える中庭は、月明りに照らされて明るい……というほどでは無いが、歩けないこともない。まあ、流石に森の中は無理だろうな。
……まだか?
俺は振り返って扉を見る。今にもそこが軋みを上げながら開き、殺意に満ち溢れた少女が現れるのではないかとびくびくしている。
耳を澄ませど、鎖の音はしない。それがかえって恐怖を煽る。いつ来るのかわからないからだ。
張り詰めた緊張は、不必要なほどに厳重な警戒を強いてくる。それを続けているうちに神経はすり減り、さほど動いてもいないのに汗が出てくる。
息が荒くなる。はぁはぁと苦しいのは疲れか、それとも恐怖か。扉の先に俯いた殺人鬼を思い描き、視線が釘付けになる。
レムが俺の部屋に来るなら、きっと鎖の音を立てる。それは知っている。
あんなに文字を教えてくれたレムが、今更俺を殺すわけない。な訳ない。
もしかしたら、レムはもう何らかの要因で俺を殺せない。希望は脆いぞ。
ああ、楽観と悲観が渦を巻き、口は不均等に緩み、引き攣る。
「く、来るなら、来いよ……なぁ、お願い、だから、さぁ……」
情けない。俺は何に怯えているのか。戦力的な意味なら、俺はレムを超えている。
恐れているのは、虐殺の事だろう。ああ、それだと、まるで、レムが死ぬのはどうでもいいみたいじゃないか。
おかしいなぁ。おかしいなぁ。
「おかしくない。おかしくないんだ。俺は正しい。そのはずだ。俺は菜月だ。もう、菜月なんだ」
正常だ。正常だ。俺は正常だ。
恐怖する。恐慌する。それは正しい。
だから俺はおかしくない。
長い時間を前に、俺の感情はごった煮になる。
もはや何に体を震わせているのかもわからない。
恐怖? 怯え? 歓喜? 興奮? 分からない。混ざりすぎた心が、醜い黒を生んでいる。
ああ、頼むから。
早く、来てしまえよ。
月が傾く。館の真上へ昇る。
レムは、まだ来ない。
「……どうなってんだ? 今日じゃなかった? 記憶違いか? でも、今回の週はロズワールの指示で文字の教育がある。俺を殺すにせよ、殺さないにせよ、もう来ていなければおかしい……」
既に恐怖は麻痺している。張り詰めた糸は弛緩している。決めた覚悟は霧散している。
それは、レムの到来が遅すぎるが故である。
ここまで遅ければ、自身の行動によって何かしらの変化が起こったとみるべきだ。問題は、自分が執事に成らなかった程度で、何故レムが襲ってこなくなるのかという事だ。
「毒殺に切り替えるつもりか? いや、仮にも主の客にそれはまずいんじゃないか?」
ロズワールはいない。故に、万が一でもロズワールを巻き込むことは無い。
だが、ロズワールが招いた客と、王選候補者であるエミリアがいるのだ。俺はともかくとして、エミリアは殺してはいけないだろう。何か恨みがあるならばともかく、いや、恨みがあっても王候補に毒殺は問題になる。
そもそも、なぜレムは俺を殺そうとした? 俺が「魔女教」とやらの信者だからと判断したためだ。執事ではなくなり、判断材料が不足した? 前週では、臭いで分かるようなことを言っていたが……そんな変な臭いがするのか? 風呂に入ったから洗い流されでもしたのだろうか。
分からない。
とりあえず、俺は、殺されないのか?
「なんなんだよ、一体……」
悪態をつくのとは裏腹に、筋肉はほっと緩んでいく。気付かぬ内に強張っていたようだ。
ぽふんとベットに倒れこむ。仰向けに天井を見る。
「……眠れねぇ」
神経の高揚か、臓腑から滾るような熱が、熱々のスープを飲み干したような熱が、眠気を彼方に追いやる。
このままでは眠れない。少し、庭で運動でもしてみようか。
ベットから起き上がり、部屋を出ることを決める。
立つだけで、戦闘状態のような構えになる。どうにも元気が有り余っている。型でもなぞるか。汗を流せば、この昂ぶりも収まるだろう。
そう思って扉を開けようとすると、他の部屋が開く音がする。
「レムか……?」
思わず身構える。しかし、鎖の音はしない。
「――あ、スバル」
「おお、エミリアたん。どうしたん? こんな夜更けに。俺は何か昂って寝れないんで、散歩行くつもりなんだが……エミリアたんも来る?」
「ううん、私はちょっと、胸騒ぎがして……でも、そうね。私も散歩するわ。ついでに、あったかいミルクも頂に行こうかしら」
「おっ、じゃあ厨房行くか」
「ううん、その前に散歩しましょう。寝る前に体が冷えてるといけないから、ミルクを飲むのは帰ってからよ」
月明かりのみを光源として、いつものように言葉を交わす。
足並みをそろえ、階下へ降りる。
「そういえば、レムはどうしたんだろうな。寝てんのかな?」
「え? レム、今日は来てないの?」
「ああ。レムはまじめだし、さぼりではないと思うが……今日の仕事って、そんなにきつそうだったか? いや、もしかしたら連日の疲れ……?」
「そうね。そうかもしれないわ」
二人して些細な疑問に首をひねる。
そして、
「……ん? ということは……レムの寝顔を拝見するチャンス? 学びに行くという名目で、レムの寝顔を拝見できる?」
「ち、ちょっとスバル! 女の子の寝顔を覗くのはいけません!」
「エミリアたん、声下げて声下げて」
「あ、ご、ごめんなさい……でも、女の子の寝顔を覗くのはいけないことよ?」
「それはそうだけどさ……気に成るじゃねーか、レムの寝顔。エミリアたんも気に成るだろ」
「う……そう、だけど。でも」
「良いじゃん良いじゃん。完璧超人なレムの寝顔、見て見ようぜ? さて、レムの寝室は―っと」
「あっ、スバル! ……もう」
慌てて止めようとしたエミリアが、自身の大声にハッとして口を抑える。
すると
鍵はかかっていない。
「不用心だなぁ……あ、エミリアたん。開けるぞ」
「まったく。レムに怒られちゃうんだからね? こんなこと」
「その時は一緒に怒られよーぜ?」
ゆっくり、くっくりと。1cm、2cmと広がる隙間から、二人は室内を覗き込む。
「え……」
「ん? なんだ、こりゃ」
中央のベットに、膨らみがない?
レムは寝てないのか? 部屋にいない?
その考えは少し勢いづいて開いたドアによって否定される。
中ほどまで開いたところで、何かにぶつかるような音が響く。
ビクリと震える二人は、それを扉の向こうに立っていたレムの靴だと思った。
二人の悪戯は気付かれており、これからお叱りがあるのと。
ああ、それならばどんなにいいことか。
「レム……?」
「床で寝てる、のか」
床に、うつ伏せに倒れ伏す青髪の少女。
弱々しい細腕は片方を上へ伸ばしている。
それはまるで、扉を開けようとして力絶えたように。
「レムさんレムさん、こんなところで寝てると風邪ひきますよーっと」
肩をゆすって起こそうとする。
だが、起きる気配はない。
「随分疲れてんのか?」
それでも、床で寝るだろうか。
レムをベットに運ぶために、その状態を起こしたところで異変に気付く。
「ヒッ……」
「ん? エミリアたん、どうしっ……!」
黒ずんだ顔面は、もはや人のそれではない。描かれた線は生者のそれでは無く、物となった死体のそれで。
奇麗に整っていた
「なに、これ……」
魔術回路を作成した際につけたスイッチ。まさか本当に使うとは思わなかった。
心の中で、リボルバーの撃鉄を落とす。振り下ろされた槌が心を強打する。
そして、魔の理たる臓器が駆動する。
「
エメラルドグリーンの直線が電子回路の様に肌を伝う。妙に魔力の通りがいいことと、魔術回路を使用する異物感に顔をしかめながら、原因を調査する。
結果はすぐに出た。
「これは、呪い……!」
自身の専門でもある、呪術の被害。
その感染経路は――右手? 感染呪術と分類し、次は効果を解析する。
しようと、した。
「スバルっ! 外っ!」
いつの間にか窓際にいたエミリアが、外を指し示す。
何の異常もない――否、目を凝らせば、森の隙間に煌めく無数の赤が見える。
それは目だ。木々の隙間から獲物をうかがう、獣の目だ。
「に、逃げないとっ」
「だめよスバル村のみんながっ!」
腰を浮かせ、部屋から転がり出る
「……ああっ、もう!」
少しの躊躇を挟んで、
――そこは空になった食糧庫であった。
場違いにも、そんな一文が思い浮かぶ。
手を食い千切られた肢体、腹を食い破られた死体、助けを求め、手を伸ばして果てた屍体。
村中を巡り、得られた結論は全滅したという事のみ。老若男女、区別なく平等に、全てが殺されていた。
捕食を目的としているのではないのだろう。
その死はいっそ人類への憎しみというより、決まった事をして居るかのように丁寧に、そして平等に冒涜されていた。
「ひどい……」
「……エミリアたん、逃げよう」
「逃げるって、何処に……!」
「何処かだ。少なくとも、此処は危険すぎるだろ」
エミリアは歯痒そうに、こんな状況で逃げ出そうとする
「逃げよう」
「……」
エミリアは弱々しく頭を振った。
舗装されていない土の道は、それでもそこを通る者たちの足によって固められている。
村のそれと違うのは、此方は主にトカゲの往復が多いからか、より硬く踏み固められていることだろう。
アルファストの上での使用を目的としたスニーカーは、その本領をいかんなく発揮してくれる。
エミリアを、置き去りにしてしまうほどに。
「……っ、エミリアたん、早くっ!」
その場で立ち止まり、エミリアを待つ。
決してエミリアが遅いのではない。
しかし、焦りに焦る
遠く、遠く、遠くへ。
魔の手が届かない、邪な牙が届かない、禍の爪が届かない所へ。
早く、早く、早く、行かなければ。
――何処へ?
疑問を囁く思考を、頭を振って払いのける。
そうして懸命に走る。命を燃やすように、走る。
だが、獣と人は違う。
それに気づいたのは、
「追い、着かれた」
呟くような呟くような言葉に、エミリアがはっとする。その場に立ち止まり、振り返った。
道の上には何もない。だけれど、注意を向けるべきは両脇の森だ。
獣の本来の領域は、自然なのだから。
「エミリアたん。先行っててくれ」
「スバルはどうするの! 一人じゃ、私」
「一人じゃない。朝が来れば、パックも起きる。それまで生き延びれば勝ちだろ?」
「でも」
「でもじゃない」
エミリアは案外弱いようで、こんな時に新しい一面を知った。
これまではロズワールの存在に救われたのだろうか。エミリアは、何処か他人に依存する癖があるのではないのだろうか。
もし、そうなら、それはいけない。
だからエミリアに決断させるために、俺は言う。
「一度言ってみたかったんだよ」
不思議と怯えは無い。
「ここは俺に任せて、先に行け。ってね」
体調は、万全だった。
構えを取り、駆けてくる獣を知覚する。
武器は無い。それでどこまでやれるのか。それは不明だが、なるようになるはずだ。
何せ、自身には死に戻りがあるのだから。
ああ、後があるというだけで、なんと安心できることか。
エミリアは逃げずに、口を開いた。
しかし意外にも、放たれたのは
「……スバルは、なんで、此処までしてくれるの?」
唐突な質問に、しかし妥当だという納得を覚えた。
そして
当然な質問に、当然な答えを。
「エミリアたんを愛してるからなっ!」
自信満々に、
「……それは、すこーし違うと思う」
しかし、エミリアは目を逸らして否定する。
「え。な、なんでだよ」
すると、エミリアは躊躇いながらも向き合い、切り捨てるように真摯に言った。
「――だって、スバルは薄っぺらいもの」
すとんと表情が抜け落ちる。
それは、精霊術師としての無垢な感性が導き出した、
「……」
黙り込ん
血の気の通わないその者に、人間味を思い出させるためか。
エミリアは、出合頭は生き生きとしていたなどというフォローを口にしようとする。
しかし、それよりも早く、
「なわけね―じゃねぇか! 良いから早くパックを呼べるようになるまで逃げてくれ!」
「……わかったわ、スバル。死なないでね」
「……おう!」
最後の最後で、真摯に瞳を覗き込んでくるエミリアから逃げるように、スバルは獣の方へと視線を逸らした。
そして、エミリアの姿が消えるのと同時に、黒い犬の様な獣が森の影から姿を現す。
一、ニ、三飛んで四。
十を超え、二十を超え、森の中は赤い相貌に塗れ、村への道は泥の様な体毛を持つ犬に埋め尽くされる。
それはブルドックの様な、獰猛な唸りを上げて
「……っ!」
知らず知らずのうちに足が後退し、片手を首筋に添えてしまう。崩れた構えに、しかし獣は飛び掛からず。
食われる……っ!
その言葉を喉元に押しとどめ、代わりに戯言を零す。
「さぁーて、俺がどんだけやれるか」
足に力を入れる。そこで気付いた。力みすぎている体躯に。
緊張しているのか、怯んでいるのか。まさか、怯えているのか?
それはあり得ない。あり得てはならない。
俺が狩る側で、向こうが狩られる側でないといけないのだ。狩る側が怯えてはならないのだから。
一つ、息を吸う。
一つ、息を吐く。
そして
「来いよ、犬っころ!」
その声が引き金となり、戦端は開かれた。
この後に語るべき結末など無い。
聖剣を持たぬ勇者は魔王を倒せず、ましてや、素手の少年が、魔眼だけで大軍を圧倒できるものか。
ああそうだ、その魔眼は圧倒的だ。彼が身体強化すれば、魔獣などチリ紙の如く屠れるだろう。
だが、それでも、手数が足りない。リーチが足りない。
とびかかる魔獣を、瀬戸際で始末できるリーチが。懐に入り込もうとする魔獣を押しとどめる手数が。
右手の次は左腕。動きが止まり、脇腹に食いつかれる。右腕を貪られながら、首元に痒みを感じた。体の熱は遠く、気づけば痛みすらなくなっていた。
敗因は簡単である。
勝つ為の要素が足りなかった。
英雄でもない少年が、英雄になる道を捨てた少年が、万全でない戦いをした。
そんな様で、魔獣の群れを止められる道理はない。
少年は黒い波に呑まれ、少女も朝を待たずしてその命を散らす。
視界は黒に覆われて、肉体は取り上げられる。
魔女は笑い、月明りの様な銀髪が揺れる。
まあ大丈夫。
次があるからさ。
黒い乙女が微笑み、銀はいつの間にか消え失せた。
意識は肉体に打ち込まれ、瞼の裏まで光が届く。
そして、再び朝が来る。
『寝たいときに寝れる人』
某○び太君。
『黒ずんだ顔面』
呪いによる症状。
この呪いは、とある恐怖の集積に手を加えた魔術である。
その症状は、まるで敗血性ペストのようである。
『だって、スバルは薄っぺらいもの』
何気ない一言は、真実を突く。
彼はまだ、
『次があるからさ』
チュートリアルはいずれ終わるよ?
気を付けるんだね。