菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
死に戻る。
振り出しに戻る。
水泡に帰す。
無為になる。
死ぬということは失うということで、それを覆す反則が「死に戻り」という舞台装置。
だが、それでもこの「死に戻り」という能力の便利さには舌を巻く程度に感心しているし、もはやずぶずぶに頼り切っている。
不都合なことがあった。
イベントフラグを立て忘れた。
ボス戦直前でアイテムが不足した。
諸々の不都合を解消するためのリセットボタンは、きっと中高生辺りから望まれ始める夢想の産物だ。
現実は
それが、どうしたことか。
この世界なら、まるでゲームの主人公のように振舞えてしまうのだ。
或いはそれは慣れともいえるのか、それとも諦めというものか。
死ぬことができない。死ぬ運命を覆さないといけない。
生あるものが最後に受け取る、最上の休息を取り上げられる呪いの様な、主人公足らしめる舞台装置。
無想する。
もし、此処にスバル以外の――極々普通の高校生がいたとして、それならばどうなっただろうか。
死ぬことに怯えて、逃げ出すか。
恐怖に壊れて、発狂するか。
或いは蛮勇を奮い、子供染みた
自分がいない世界を想像する。
その世界で、エミリアは助かるのだろうか。
その世界で、エルザは撃退されるのだろうか。
その世界で、
自分がしたことを振り返る。自分のしたことは、誰にでもできたことだと確認する。
この眼の特異性も、体に染みついた経験も、魔術回路も怪異への対処法も呪術の知識も何もかも。
言うならば少し自己陶酔の過ぎる高校生だ、
そんな自分がいなかったところで、きっと誰かが自分と同じことをしたかもしれない。
そう思うと、胸に寂しさが去来した。
いや、それは寂しさというものではない。胸に大きな空洞が開くような、締め付けたくなるほどの虚しさだった。
自分がいなかったところで、世界は変わらない。
それはどこでも変わらないことで、だからスバルは特別で在ろうとしたのだろうか。
正義の味方になったと謳って、自己陶酔に励んでいたのだろうか。
仮にも自分を卑下したくはなかった。
だから、
ちゅんちゅん、という小鳥の声は聞こえないが、朝だ。
それも、単なる朝では無い。一週間前の朝だ。
「う、あぁ……」
粘ついた口内を顫動させ、パサついた唇を開く。
体の怠さは、血液がすべて鉛に代わってしまったと錯覚するほどだ。
目を開ければ眩しい日光と赤髪のメイドだけが椅子に座っているのがわかる。
スバルの起床に気づいたラムが挨拶をする前に、視界の端で太陽の高さを調べた。なんてことはない。窓枠の影の長さを確かめるだけだ。
影はもはや棒をか形どっているように、細長かった。言われるまでもなく、太陽が中天に差し掛かっているのを察した。
「おそようございます、お客様。随分と遅いお目覚めで」
「あぁ……うん、おは、おそようございます」
ラムの客人を客人と思わないセリフにも食いつかず、無気力のままに
「ところで、おそようついでにここ何処か教えて貰っても?」
当たり障りのない会話で口を動かしていると、次第に脳が回ってきた。眠気は消えたが、倦怠感は残っている。寝すぎによるものだろう。或いは、魔獣に全身を貪られたからか。
あれはきつかった。思い出したくないほどに。
この先に進もうとすればあんな目に合うのかもしれないと思うと、憂鬱になるほどに。
「なるほど、つまり、此処はエミリアたんの後見人の、ロズワールっていうやつの屋敷なのか。よくわからんがわかった」
知っている知識と寸分の狂いが無いことに、「まあ、だろうな」と思った。
ベットから降りて、さて。
ラムはそろそろ仕事に戻るらしい。あんた、確か妹に能力全般で追い越されてなかったっけ?
「それでは、どうぞ惰眠を貪りつくしてください、お客様」
「おー、そーするわー」
ラムの言葉に、ベットの淵に倒れこみたくなってしまう。
異様な倦怠感は過睡眠によるものだけではない。心が少し疲れているのだ。ならば睡眠は良い手ではあるが……この
エミリアである。
「おー、エミリアたん! おっはー!」
「お、おっはぁ……? スバル、起きたのね」
歩いている内に眠気も取れた。足取りは軽く、正確に。
そしてエミリアの姿を見たらば、無気力さを振り払うために大きな声で挨拶をする。
戸惑いながらも乗ってくれる辺り、エミリアは人が良いのだろう。ノリがいいというのだろうか?
言わないか? そうかな。
うん、そうだな。言わないな。
そして会談を交わす内に、
この娘の笑顔を見続けたい。その顔を曇らせたくない。
この穏やかな時間を、もっと与えたい。
これはきっと、俺の本心だ。
そう頷いた
「俺を、此処で雇ってくれ」
まず
その効果は掴めていたものの、術者は分からなかった。そして、その呪いを見立てただろう概念も。
呪いというのは、病と似ている。
感染源が分かれば予防できる。その全貌が明らかになれば特効薬を創れる。それ専用のワクチンだって作れるし、なんならば呪いを活用して別の呪いを解除することもできる。
だが、手遅れになったならば死に至る。
呪いの厄介な点は、それが「魔術」であるということだ。
それぞれが類似する呪いでも、見立てたものが違えばそれぞれ別の解呪法が必要になる。病は科学で分析し、統計を取り、対策できるが、呪いはその都度その都度対応するしかない。
呪いとは、前例のない病のようなものである。
専門家ならばある程度死を先送りにできる。素人でも運よく解呪できる。
だが、専門家でもそれを完全に解呪できる者はいないし、素人が手を出せば巻き添えになる可能性の方が大きい。
呪いとは、理解を以てのみ立ち向かえる病なのだ。
では、その呪いを解明するために何をしたらいいのだろうか。
正確には、
呪いとは能動的なもので、自然に発生するようなものではない。ならば必ず術者が存在し、最初の週でレムにかけられなかったということは、その週ではレムにかける方法が無かったか、理由が無かったのだと推察できる。
そして、
それが何なのかを見極めるために、
……は、良いものの。
一日目、窓拭き。まるで小姑の様に不備を指摘される。
いや、だって新聞紙見つかんねーもん。仕方ないじゃん。
二日目、床拭き。まさかの雑巾である。
いやいやいや、モップとか使うだろ普通。
目の前で雑巾がけするレムを見て、
三日目、彫像磨き。ロズワールの私物である芸術品、その陶芸品や像の手入れである。
やたら数があんな。つか、此処の掃除用具だけすげぇ金掛かってない?
妙に質のいい磨き粉や布を見て、
四日目、調理補佐。只管にジャガイモの皮むきをさせられた。
なぜそんなに作るのか、ラムの蒸かし芋が異様に旨くないか、そんな疑問を飲み込んで手を動かす。
ふと気づけば、
五日目、
ぶっちゃけ特筆することが無いくらいに普通であった。紅茶の入れ方が下手だったことに気づいたぐらいしか収穫が無かった。
レムは案外公私を分けていることを知った。渋々ながら、料理技術の腕は認めたからだ。
――そして、六日目の朝。
「……どうすっかなぁ……これ」
今日は買い出しである。
無論特に何もなく――ということは無い。
レムが犬に噛まれた。
普通の事だ。
最初の週では
そして、屋敷に帰る。
何気なく
触れ合う手と手、訝しげに見るレムを誤魔化しながら、
レムに、
今日の一日でレムに接触したのは、数少ない。必然、術者足りえる人物も絞り込める。
八百屋の店主、行商人のおっさん、井戸端の主婦に、群がる餓鬼に――
――そして、
「見つけたぞ、その尻尾……!」
術者は獣。恐らくは前週で退治したあの獣の同族である、黒い子犬。
そこに至り、
呪いの、その全貌を。
「黒ずむ体、獣の媒介。成程、この呪いは――」
では、攻勢に打って出ようか。
七日目の夜が来た。陽が沈んだ空は、彼方にその残滓を残すのみとなる。
ロズワールはいない。何時ものように、今日はいない。
お守り、ペンダント、携帯。全部装備完了。
……携帯はいらねーか。いや、でも何かに使えるかもしれないしなぁ。フラッシュとか。
シューズを履き、足音を殺して玄関まで歩く。そう決めた
そのまま廊下を歩き、階段を降り、玄関扉を開けようとした。
「スバル?」
鈴の鳴るような声が、引き留める。
鈴の鳴る、とはよく聞く比喩だが、この声はむしろ硝子を打ち合わせたような声ではないだろうか。鈴の音色に比べて軽く、穏やかな音だからだ。
まあ、些細なことなのだけれど。
思った通り、先ほど降りた階段の中ほどに、エミリアがいた。
「よぉ、エミリアたん、エミリアたんも散歩?」
「うーん、今日はすこーし胸騒ぎがして、眠れなくって。ちょっと厨房にミルクでも飲みに来たの。スバルは?」
「ミルクってかわいらしいな。俺は夜の散歩だよ」
「もう、子ども扱いしないの。私、これでもスバルよりすごーく年上なのよ?」
「ははっ、そりゃあ悪い。ごめんごめん」
「うんうん、それでよし」
「じゃ、それで。エミリアたん、おやすみ」
扉を開けようと取っ手に手を掛け、外に出ようとする
それを止めたのは、エミリアの言葉だった。
「おやすみなさい、スバル。あ、でもすこーしいい?」
「はいはい、なんですかっと」
扉に掛けた手を下ろし、エミリアと向き合う。
「スバル、ほんとは何しに行くの?」
「ん? だから、散歩に――」
「それ、嘘でしょ?」
まるで水が上から下に流れるように、当然のように嘘を見破られた。
「……なんで、そう思ったんだ?」
それは、ある意味で嘘を吐いたことを肯定していた。
だけれどエミリアはそれを指摘せず、ただ純粋に思ったことを告げる。
「――だって、スバルの言葉は嘘くさいもの」
二度目だった。
だから、俺は落ち着いてその言葉を受け入れられたのかもしれない。
噛んで含めるように聞き入れて、咀嚼して吟味して飲み込んで。
それでも、俺はその言葉の意味が理解できなかった。
「フェルトちゃんがいる蔵で最初に出会ったときに言われてたら、私はきっとその言葉を信じてたと思う。でも、あの時のスバルと、今のスバルは違う気がするの」
「……本当にエミリアたんの事が好きなんだけどなー」
拗ねた風に言ってみるが、エミリアは動じない。
「うん、それは別に嘘じゃないと思うの。スバルが私をすごーく大事に思ってくれてるのは、なんとなくわかるわ。なんでかは分からないけど」
思わぬ返しに、目を白黒とさせた。
舌の根も乾かぬうちに、前言撤回だろうか。いや、違う。
根拠は無いが、
自分でも気づかなかった。いや、気付いても意識しなかったほんの少しの差異。
繰り返される死への代償か。それとも、死ぬことによって精神に変化がきたしていたのか。
謂われてみれば、そう。
少し深く探ればわかる。この感情は恋心じゃない。恋というには不純すぎて、異質すぎて、どろどろしすぎた感情だ。
そうして、
「……ははっ、何でもお見通しなのか? すげぇな」
「だって、精霊術師だもの」
「女の感とかじゃ、ないんだな」
「女の感って大人っぽくて、かっこいいわね。今度からそう言ってみるわ」
「なんか大人っぽいって言ってる時点で子供っぽいな」
「あっ、ひどーい」
「はっはっはー、可愛い可愛い」
他愛のない会話を交わし、暫く笑いあった後、俺は後ずさった。
扉に手を掛け、言い残す気でエミリアの質問に答える。
「正義の味方だから、ほっとけないんだ」
「……なにが?」
「いや、さっきの質問の答えだよ。俺はやらなきゃいけないことがあるんだ。正義の味方だからな」
困惑したエミリアを置き去りにしながら、全てを言い切った。
最後に、エミリアに向けて笑顔で言う。
「行ってきます」
エミリアはやがて傾げた小首を戻し、納得した様子で――或いは、無理やりなっとくしたことにしたのか――頷く。
そして、背を向けた
「――行ってらっしゃい。スバル」
そこに籠ったそれ以外の心を読み解き、
その笑顔は、驚くほど自然に沸き上がった。
【レムに掛かった呪い】
その原点は恐怖にある。
その原典は脅威にある。
嘗て掃われた、死の象徴。
その名を、■■■という。
『行ってらっしゃい』
おかえりなさいと言う為に、ただいまを言わせる為に。
故に、別れはにこやかに。
それが少しの遠出であるという祈りを込めて。
『行ってきます』
本当に、不備はないか?
見落としは無いか?
忘れ物は?
……では、行こう。