菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。   作:繭原杏(繭原安理)

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手を伸ばした先に

 夜の森は、酷く暗い。

 月明りさえも遮られて、まるで鉛のように空気が重い。

 纏わりつく闇は振り払えず、足元から蝕むように不安という毒を流し込む。

 

 じわり、じわりと。

 

 歩く。歩く。歩く。

 不安も顧みず、(スバル)は歩く。

 耳を研ぎ澄まし、風を聞く。

 

 その耳に、一つ。枝を踏み折る音が聞こえた。

 

 「――っ」

 

 目を向ける。何もない。

 生い茂る木々と、合間の闇。

 吹き抜ける風が木々を擦れさせ、潮騒の様に騒めく。

 

 何も、ない。

 

 だが、(スバル)はその感覚をこそ疑う。

 目を凝らせ、耳を澄ませ。

 きっと、何かが居る筈だと。

 

 それでも見つからず、(スバル)は断念する。

 先に終わらせるべきは、獣の事だ。今はただ、自分の導くままに行けばいい。

 

 その場から立ち去り、更に森の奥深くを目指した。

 

 

 

 「……」

 

 明らかに、誰かがついてきてるよなぁ……

 背後から総毛立つ圧を感じて、冷や汗を流しながらそう考えた。

 しばしば感じることのある、つい最近では体感時間十五日ぐらい前に感じた圧だ。

 

 ……言い切ろう。これは殺気である。

 別に俺がこういうのを感知するのが得意でなくても感じられるだろう程に肥大化したそれは、もう、質量を得たら五回ぐらい殺されていてもおかしくないものだ。

 土を踏みしめる足音が鮮明に聞こえる。もう隠れる気すらなくなったのだろうか。

 

 しっかし……なんで、今?

 何故さっきまで足音を隠していたのか。森の中深くまで来たから?

 この殺気の正体がレムだと仮定すれば、俺は「魔女教徒」と疑われているために、その仲間の所へ案内させているのだと解釈できる。

 一方、これが獣たちのものだとすれば――それにしては重い足取りだが――今更殺意をむき出しにして、しかし襲い掛からない理由が分からない。

 そして、それ以外のパターンも思い浮かばない以上、答えはレムなのだろう。

 

 レムには俺を殺そうとする動機がある。

 だから、この足跡の正体がレムであることは自然で、だけれどすぐに俺を殺そうとしないことだけが不自然だった。 

 あの時の形相からすれば、まず殴ってから吐かせるだろうと思える。それほどにに鬼気迫っていた。

 

 ……不可解だ。

 何か見落としがあるような気がする。

 何だっけ?

 

 ……あ、そうだ。

 俺、レムの呪い解呪してねぇや。

 

 

 

 ……。

 どうしようか。

 思わず足を止めてしまう。

 ついてきた足跡も、数拍置いた後に鳴り止む。

 思えば、その雑な足音は、ふらついているが故のものだったのだろう。

 

 考えてみよう。

 ここで馬鹿正直に解呪しようとすれば、どうなる?

 

 考えるまでもなかった。

 絶対、疑われて頭にあの鉄球ぶち込まれる。

 

 だからと言って、体調不良の物を放っておけるほど、俺も非道ではない。非道で在りたくない。

 ならば俺は解呪するしかないのだ。

 ……いったん気絶させるか?

 いや、あの獣がいるこの森で足手まといを増やすのは避けたい。

 

 だけれど、それ以外に手もないのだ。

 

 「……あー」

 

 迷う。

 迷いに迷い、堂々巡りの思考に脳がショートする未来が見えた。

 だから、俺は――

 

 「レム、呪いは大丈夫か?」

 

 ――とりあえず、かんがえるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 何をしているのだろう。

 俺自身、そう思う。

 

 何が目的なのか。

 きっと、レムはそう思っている。

 

 「……っ、いつから」

 

 木の陰から出てくるレム。その手にモーニングスターは無い。

 ほっと一安心し、しかし野々肌に浮かび上がる無数の線を見て、呪いの進行がかなり進んでいることを推し量る。

 死んでしまう前に解呪するため、話を進めて敵意を解くために、レムの問いに答えを返す。

 

 「逆に、あそこまで足音立てて気づかれないと思ったか?」

 

 あ、しくった。

 これ敵側のセリフじゃん。敵認定されんじゃん。

 目に見えてわかるほどに、レムの敵意が高まる。具体的には、前屈みになりながら拳を腰だめにしている。

 本当にやめてほしい。肉弾戦は得意ではないのだ、俺は。

 特に近距離戦だ。遠距離は何とかなるし、中距離の間合いでもなんとかなるが、近距離は無理だ。

 やたらめったらナイフを振り回すしかできない。線をなぞれもしない。正しく鬼門である。

 

 「そう、ですか……っ! なら、もう、隠れ、る必要は、ないっ!」

 

 既に姿を現したのに、隠れる必要が無いとは。

 それは姿を現すときのセリフではなかろうか。

 冷や汗を流しつつも、俺の思考はお茶らけていた。理由は単純で、レムが弱体化しているからだ。

 肉弾戦では俺に不利である。きっと、あのモーニングスターを軽々と振り回せる腕力は、俺をはるかに上回る。

 だが、それも呪いで集中力が削がれている状況ならば、避ける隙が大きい。筈だ。

 

 ああそうだ。それは希望的な観測だ。楽観思考だ。

 だけれど、よほどの達人でもない限りはここまで消耗した奴に負けない――少なくとも、攻撃に当たらないことだけはできる。

 

 「姉さまの、仇っ!」

 

 え、ラム死んだの?

 

 レムの拳が、弾丸のように飛んできた。

 俺はそれを横に飛びのいて躱す。生憎と、皮一重で避ける技術が無い為だ。

 着地してレムを見直すと、レムは拳が空ぶってよろけている。全体重をかけていたのだろうか。それにしても、立ち方がなっていない。おそらくだが、武道の技術は素人だとみていいだろう。

 たたらを踏むレムの後ろに、警戒しながら回り込む。視界が狭まっているのだろう。レムは今にも蹲りそうになりながらも立っていた。だが、言い換えれば、今にも蹲りそうなほどに体勢が崩れていた。

 重心が前に傾きすぎている。崩すのは簡単。俺は地面にほぼ水平なほどに前に倒れたその背中を、こするように押してやる。

 

 「あっ……」

 

 どさりと地面に倒れ伏すレム。顔を庇って、両腕は顔の下にある。あの感じでは、鼻を打っただろうな。

 レムの左腕が震える。起き上がるために、その腕を支えとするつもりだろう。それをさせまいと、俺はその背にまたがり、仰向けになった瞬間にその腹の上に乗る。その胴体はがっしりと足で固め、右手と左肘で肩を抑える。

 

 確保完了。簡単だったな。

 次は呪いの解呪だが……問題が一つ。

 俺は少し他者に魔術を掛けるのが苦手で、解呪するならばパスを繋がなければいけないのだ。

 簡易的なものなら、血を飲んでもらえればいい。だが、警戒心満々なレムに素直に血を差し出したところで、飲んでくれるだろうか呑まない。

 言い切る前に答えを出せるほどに、明快だ。

 

 「くっ、はな、れろ……!」

 

 左右に身をよじるが、やはり体力が落ちているようだ。拘束を振りほどける様子は無い。

 でも体力がなくなってここまでの力を出せるって……やっぱレム、ホムンクルスかなんかなのだろうか。或いは常時魔力で身体強化でもしてるのだろうか。

 ……うーん、混血だからって可能性もあるか。混血である根拠は無いけど、俺の感が、レムに魔の血が入っていることを教えてくれている。

 詳しく調査しなければ断定できないけど、たぶんレムは混血だろうな。

 

 「こっ、のっ!」

 

 おっと、話がそれた。

 それでは、答えといこう。

 

 クエスチョン。

 警戒心バリバリの相手に、血を飲ませるにはどうすればいいか?

 

 「よいしょっと」

 

 「――っ!」

 

 アンサー。

 

 「あ゛、あ゛ぁっ!」

 

 ぐしゃり。

 

 ――相手から噛みつかせれば良い。

 

 

 

 左手で懐から物を取り出すようなふりをした。すると、警戒心バリバリのレムはそれを止めようとする。

 だが、両手は塞がれている。

 

 だから、口を使う。

 その刃を突き立て、噛みつくのだ。

 

 「が、ああっ!! いっ、つ!」

 

 初めに感じたのは熱だった。口の熱か、それとも、痛みから生じたモノか。判断しきる前に、痛みが手首に纏わりつく。

 噛み砕かんばかりの咬筋力。骨がミシミシと軋みを上げ、手首の傷口はにちょにちょと抉られる。首を振られ、左肘での拘束を解かれようそしている。

 だけれど、この程度の痛みならばまだいい。流石にナイフで手首を掻っ切るよりはるかに痛いが、日課であった魔術回路の作成よりはましだ。

 

 ……そういえば、今回の週でも魔術回路の作成はかなり難しかったな。

 スランプだろうか。

 

 「解析開始(トレース・オン)っ」

 

 あらかじめ作っておいたスイッチを入れて、呪いの感染具合を確認する。

 

 ――右手中心に血管に乗じて拡散。

 ――感染部位、右腕、右肺、心臓、その他毛細血管多数っ!

 ――左手首から、呪いが対象同一視を開始。レムの解釈が拡大。

 

 呪いがあらかじめ定められていたように感染を始める。左手首が口に含まれていることから、レム=俺だyという拡大解釈をして、その魔力を流し込もうとしてくる。

 

 ああ、上等だ。生憎、こちとら呪いが効かねぇ体質でな。

 

 血液の循環の様に流れ込んだ呪いが、その端から死滅していく。いや、俺の血液と、同化していく。

 血が呪いを飲み、熱を増す。理性を焼いて、本能を猛らせる。

 

 今すぐにでも、この首をへし折りたい。切って切って切り刻んで、肉塊にしてやりたい。

 

 本能の衝動を抑え込みながら、俺は取り込まれていく呪いにさらに詳細な解析を掛ける。

 とは言え、手当たり次第に種類を判別していく時間は無い。だから、先んじて予想しておいた情報からその全貌の輪郭を推し量る。

 

 「黒ずむ肌。それで有名なのは、彼のペスト、それも敗血症ペストの症状だ」

 

 確認するために、その情報を舌で転がす。

 

 「黒い犬はイギリスの方で空想される『ブラックドック』。別名でヘルハウンド。だいぶ改造されているが、その思想は日本にも伝播している」

 

 まずは、感染源の正体の推定。

 

 「ヘルハウンドとは、本来は死の先触れ、冥界の女神ヘカテーの死者。これと混同される存在に、バーゲストという妖精がいるっ。こいつもまた、ヘカテーの使者と信じられ、角と鉤爪のある赤い目の黒犬の姿を好む。あの獣の正体は、それだっ。その役目は、死を前もって知らせること。転じて死を運ぶことだ!」

 

 ――感染源の確認完了。

 ――感染経路より、種類の推定。

 ――続いて、呪いの骨子を詳細解析。

 

 「噛みついて感染するこれは、血に触れるという点が肝要だ。黒死病は細菌感染。だが、即効性の無いそれでは、呪いとして都合が悪い。だからこの呪いはあらかじめ感染源の中で濃縮され、牙からそれを流し込まれる。ここで重要なのが、血に触れているということ。濃縮された呪いは拡散しようと反発するために、対外ではすぐに霧散してしまうからだ」

 

 ――呪いの骨子:衰弱症。

 ――呪いの性質:拡散型、血液媒介。

 解析完了。

 

 「ふ、ぅ」

 

 脂汗を流しながら、俺は一息ついた。

 ここから先は流れ作業だ。細かい輪郭を詰め、接続している呪いからレムの体内に干渉し、その全てを取り込む。

 呪いに強い俺ならではの、強引な解呪法だ。

 

 ……だからと言って、痛みに慣れているわけではないが。

 

 「ぐ、があっ!」

 

 集中が途切れたことで、気付かないでいた痛みがダイレクトに脳髄に突き刺さる。もう左腕しか体に無いように、他の神経の感覚が朧になっていく。

 

 だけれど、呪いは解除できた。

 

 「ふっ!」

 

 「あがっ」

 

 噛まれているところを押し込み、隙間を作る。その隙間ができた瞬間に勢い良く手を引き戻し、勢い良く立ち上がって飛びのく。

 

 「~っ、ずいぶんと、強く噛んだもんだな」

 

 手首は血塗れだ。噛み痕からは骨が露呈している。

 ピンクの肉がまた生々しく、ずきんずきんと痛みを訴える。

 

 「で、体調はどうだ?」

 

 だけれど、その痛みを努めて無視する。そして、解呪が目的だったように――ようにというか、実際その通りなのだが――振る舞う。

 

 「殺すっ! ころ……うっ、血? これは……」

 

 ……まさか、さっきまでの記憶が無いのか?

 折角治したのに、その努力が水の泡になるのはやめてもらいたい。頼むから、俺が治したことぐらいは分かってくれ。

 というか俺を殺そうとしてたのは殆ど無意識の産物なんだな。

 

 「ここは……ああ、そうですか」

 

 再び敵意を向けだしたレム。

 俺は慌てて弁明する。

 

 「わー、待て待て待て! 俺は敵対する気は無い! ほら、呪いだって解呪しただろ?」

 

 左手は動かしたくないので、右手だけを振って敵意の無さをアピール。

 レムは俺の左手に視線を移し、そのあと少しだけ思案する。

 

 「そういえば、体のだるさが……」

 

 一応話は聞いてくれるみたいだ。

 よし。ならばこの隙に説明を仕切ろう。

 

 「いいか? 俺が森に入ってきた、レム先輩が俺の後をつけて、此処で襲ってきた。で、ふらっと倒れたもんだからなんだと思ったら、呪いがかかってた。だから治した。オーケー?」

 

 倒したのは俺であるとか、そういう都合の悪いところは省く。無駄に敵意を煽る必要は無いからな。

 レムからは依然として警戒が消えない。当然だな。何故俺がこの森に入ってきたのか不明だからな。

 

 「……百歩譲って、此処で敵対する意思が無いのは分かりました。では、何故この森の中に?」

 

 ナイス質問。これ幸いと、俺は経緯を言ってやる。

 

 「この森の中の怪異を殺すためだ。おそらく、レム先輩に呪いをかけたやつもその一部だぞ」

 

 「怪異……?」

 

 「……あー、人でないもの、世の理から外れた存在、生有るものが忌むべきもの、って感じのやつらだ」

 

 「魔獣、でしょうか」

 

 お、敵意が消えた。警戒はまだあるけれど、すぐさまどうこうというわけではなくなったな。

 

 「魔獣、ってのが何を指してんのかわかんないけど、たぶんニュアンス的におんなじようなもんだろうな」

 

 「では、もう一ついいですか?」

 

 ん?

 何かふつふつと危機感が湧いてくる。

 

 「()()()()()()()()()()()()()は、何ですか?」

 

 ……敵意、消えてませんね。

 

 「魔女の臭いが何なのかは分からないが――」

 

 「ぬかせっ! 襤褸を――」

 

 「――分からないがっ!」

 

 莫大に膨れ上がった敵意を押し戻すように、俺は声を張り上げる。

 レムは口を止める。今の内に言いきらないと殺される。その恐怖に突き動かされて、早口言葉で鍛えた呂律がフル回転する。

 

 「()()()()()()()()っ!」

 

 「っ!?」

 

 驚いてる驚いてる。

 

 「理由は分からないし、いつからかも覚えてない。だけれど、俺はこれを何とかするために怪異を殺して回っている。きっと、俺にこの呪いをかけたのが怪異だからだ」

 

 大嘘である。

 嘘も方便である。

 

 「成程。筋は、通っていますね」

 

 「そりゃ、真実だからな……」

 

 嘘を混ぜておいてぬけぬけと。自分で自分を嘲笑する。

 裂けれど納得を得られた。これならすぐさま殺されるということは無いだろう。

 

 「そこで提案なんだが……」

 

 「なんでしょう」

 

 「良かったら、俺と怪異を退治しないか?」

 

 戦力は多い方が良いからな。

 

 

 

 

 

 

 森の奥へ進む俺ら二人。

 編成は古良き勇者一行スタイル。索敵は俺。背後からの襲撃を防ぐのは後ろのレム。

 つまり、レムは俺の背中を取っている。

 

 まだ疑われているのだろうか。当然だ。あれほどの信頼を一気に解いて、横並びで森の中を行けるようになれるほどの口の上手さを俺は持っていない。

 だから、これでいい。

 

 進み始めてからだいぶ経つ。左手首の傷は、シャツを引き裂いて止血している。レムも魔法もどきで傷口を塞いでくれたし、ひとまず失血死の危険は消えた。

 そろそろだ。既に獣どもの索敵網に掛かっている。それは既にレムにも伝えており、二人して中腰になりながらゆっくりと歩いている。

 

 がさり。

 

 「っ!?」

 

 前方右斜め。茂みが揺れ、黒い獣が姿を現す。

 気を張り詰めれば、四方に獣がばらけているのが分かった。

 

 「来たぞ」

 

 「分かっています」

 

 戦闘を始めよう。

 

 

 

 ――戦闘を、始めるべきだった。

 

 「がっ!」

 

 「スバルくん!?」

 

 急に背中からとびかかられ、姿勢を崩す。

 後ろはレムに任せたはずだが……いや、もしかすれば、レムには乱戦の経験が無いのかもしれない。

 背中を任せるのは早計だったか。そう思いながら、背中に爪を引き立てている獣を前に投げ飛ばす。

 同時に左と右からとびかかってくる獣の腹の線を――

 

 「しまっ」

 

 左手が僅かに遅れ、なぞるべき線を外れる。力を込めていないため、左手はつっかえ棒にすらならずに獣の噛み付きを許した。

 

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!」

 

 悲鳴を上げる。声帯はまだあるのだろう。

 痒みの様な怖気、首に刺さる牙の感触が妙に鮮明で、一層恐怖を増す。

 もはや痛みは無い。自分の悲鳴すら他人事で、首の左には火を近づけたような熱しか感じない。

 

 胡乱な瞳でとびかかる獣を見る。右手でその線をなぞる。同時に、首に噛み付いている獣を左手で振り払う。

 ぶちゅり、という音すら聞こえない。世界で音が飽和して、意識が白く染まっていく。

 

 

 

 ――そして、気付けば俺は倒れていた。

 

 背後からの体当たりだろうか。

 顔を上げれば、目の前では地面に落ちたホワイトプリムと、白い布の切れ端と、青い髪の見える獣の塊。そして森だけだ。

 どうなったのだろう。それすらも分からないまま、俺は呆ける。

 左側から爪が振るわれる。防ぐには遅すぎた。視界の三分の二がつぶれ、尚且つ遠近感が狂う。

 「――ッ!」

 

 なんとかして反撃するために口を開くと、喉を咬み千切られ、ひょうひょう息が漏れ出ていく。 

 残った右目が、左側に獣の頭をとらえる。獣は、まるでキスでもするかのように頭を近づけていた。

 

 頬が熱い。

 噛み千切られた。

 

 ああ、俺、死ぬな。

 

 体中から力が抜ける。

 せめてレムに手を伸ばそうとして、それができないことに気づいた。

 今更だが、両腕の感覚がもうないようだ。どうにも使えなくなったようだ。まだくっついているかどうかさえ定かではないというのは、笑うところだろうか。

 成程、詰みか。敗因は……やっぱ左手だよなぁ……

 

 既に思考は次の週に向いていた。

 

 

 

 あ。

 

 そもそも、なぜレムはあれ程までに俺を憎むのか。

 

 

 

 

 

 

 ――齧り貪られ、片目となった瞳に菖蒲の火が咲く。




【解呪工程】
スバル版
まず呪いの全容をはっきりと把握し、それを何とかして自身の体内にすべて引き込む。
言ってみればそれだけの事。

【魔眼】
この魔眼は直死の魔眼である。
しかし、これは決して浄眼から変質したモノではない。


『非道で在りたくない』
正確に言えば、『弱いものを虐げたくない』である。

『――齧り貪られ、片目となった瞳に菖蒲の火が咲く』
これは本来の機能の、その一端である。


今回の敗因:
・武器の不足
・負傷

・そもそもの前提条件を間違えている。

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