菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
――それは地獄の中。煌々と燃ゆる炎の熱。舞う煤は天高く、曇天に濁していく。
いつぞやの火の海に似た、悉くの命を絶えさせる地獄を見た。
それは人為的なもので、そして支えは「姉様」一人だった。
姉様は私を背に戦った。私を守ってくれた。
――なのに、だというのに。
その角が折れたとき、私は喜んでしまったのだ。
地獄を見た。
自分の醜悪さに吐き気がする、生き地獄を見た。
レムは「鬼族」という亜人族に生まれた双子の妹である。
姉の「ラム」を背を追いかけながら、草原を、森を、村中を駆け巡った。
鬼族では双子は忌み子とされていた。本来二本有るべき角を、双子の姉妹で分け合ってしまうからである。
それでもラムは強かった。それこそ、伝統を覆し、自身の我儘を通せるほどの力があった。
レムは何時もラムの背に居た。レムは何時もラムに守られていた。
レムはラムの背を見て育ち、誰よりもラムに近く生きた。
それは、依存関係といってもいいのかもしれない。
妹は自身を守る姉のを愛し、姉は愛する妹を他者から守った。
いつしかその関係が染みついたころ、妹は一抹の嫉妬心を抱いた。
自分より強い姉に。
自分より優れた、姉に。
ああ、その気持ちはかき消される。
抱いてはいけないと、心の奥底に沈められた。
箱に押し込め蓋をして、鎖を巻いて南京錠を掛けて。
でも、それは押し込められただけなのだ。
見て見ぬふりをしたその感情。
露呈したのは、火の海が広がる地獄でだった。
その日は朝から胸騒ぎがあった。
言葉にしがたい、不吉な予感が、もどかしさが私を苛んでいた。
姉さまはそれを笑って、「何があってもラムが助けるから、レムは気にしなくていいわ」といった。
それに少しだけ黒い感情を抱いて頼もしさを覚えて、レムは笑顔を浮かべた。
そしていつも通り、近くの丘で二人きり。駆けまわって花を摘んで、遊んで。
帰った時、村は滅んでいた。
そこからの記憶は断続的にしかない。
覚えているのは、自分と姉以外の鬼族の死亡と、肉団子のような塊。
地のように赤い舌の揺らめきに、宙を舞う水と風の魔法。なお赤く染まる姉様の髪に、キラキラ輝く角。
ほんの少しの呻き声と、宙を舞う角。
ソレを見て、安堵と喜びを覚えた惨めで醜い反吐の出る無価値で無意味な塵屑よりも尚唾棄すべき、自分。
ああ、
「――いま、のは?」
「「おはようございます、お客様」」
目を開き、そこに天井があることに困惑する。
聞き覚えのある声に目を向けると、混乱が加速する。
まず
鏡でいつも見る
あれ?
ああ、そうだ。
俺は「スバル」だ。
「レム」じゃない。
右頬を涙が流れたので、それを手の甲で拭った。右目が開かずに、視界が狭まる。
そのことに不便さを感じつつ、限界まで釣り上げた笑顔で挨拶を放る。
「おはよう! えーっと、メイドのお二人さん!」
流れるように笑顔を浮かべて、ラムに言った。
彼女らは、気持ち悪いものを見る目で息を呑んだ。
……あれ?
右目、潰れてる?
頬を流れていた物が血だと気づいて、俺は呆けた。
「――バルっ!?」
「あ、エミリアたん。おっはー!」
「お、おっはぁ? って、そうじゃないの! 訳の分からないこと言ってないで、早く右目見せて! ラインハルトほどじゃないけど、私も治癒はできるんだから!」
そう言ってエミリアが俺の右目に触れる。
うーん、ひんやりとした手が心地いい。すっげぇ役得。これなら右目が潰れた甲斐があったな。
「……あれ? スバル、ちょっと目を開けるわね?」
「ほいほい、どうぞ」
エミリアが右目の瞼をこじ開けた。視神経が死んでいることが感覚でわかる眼球は、どうもグロい様だ。息を呑んだことが手に取るようにわかる。
「何、これ……目は潰れてるのに、異常が無い……? パック。パックなら何かわかる?」
「ん? これは……不思議だね。元からこうだったみたいに、まるで異常が無い」
……何を言っているのだろうか。
現に目が潰れている以上、異常が無いのはおかしいだろう。
解析の魔術を自分にかけようとして、まだ魔術回路を作成していないことを思いだす。
前々週は何故か失敗したが、今週はたぶんいける。そんな予感がする。
精神の不調とでもいうべきあれは、きっと死亡を繰り返すストレスによるものだったのだろう。
「……
ぼそっと小声で呟き、痛みを感じに行くように受け入れる。
ソレが愛おしいものだというように、それが快楽であるように、自ら飛び込む。それが痛みを、率いては恐怖を克服する方法。
何故それができなかったのだろう。首を捻っても分からない。
ただ、テスト中の凡ミスに気付いていないような、そんな不安さだけが返答であった。
自分で自分の精神の変化を認識できないというのは、自身の変化を分析できないというのは、深く考えてみれば怖いことだ。自分の知らない自分がいるという事なのだから。
っと、焼け串であちこちをぐちゃぐちゃにされるような感覚が終わる。ちゃんとスイッチを取り付け、エミリアに気づかれていないか確かめる。
ぶつぶつ呟くエミリアは自分の思考に没頭しているようで、肩のパックはエミリアの髪の上で寝転んで――羨ましい――いて、俺が魔術回路を作成した違和感には気付かれなかったようだ。ただの勘ではあるが、世界の異常には敏感そうに見えるが……自分の担当する領域以外には疎いのか、それとも内的世界の異常は感知できないのか。
まあいい。何故かは知らないけど、魔術の秘匿は守れたので良しだ。
「
続いて、体内の精査を始める。
とはいっても眼の情報以外はいらないので、不必要な分は破棄する。
「……ああ、そういう事か」
結論から言えば、肉体に異常はなかった。というよりは、視神経が原因で失明したわけではなかった。
毛細血管が破れているが、これは魔力の漏れに耐えられなかっただけだ。
魔眼との付き合いは長くは無いので、こういうこともあるのだと、今理解した。
もう少し、ちゃんと先生の講義を聞いておくべきだった。軽い後悔を切り捨てて、原因を整理する。
魔眼から魔力が漏れた原因は、十中八九前週のあれだろう。起きる前に見ていた夢、あれは魔眼が見せたレムの記憶――過去なのかもしれない。
そんなことが俺如きにできるわけがない。当然、前週の俺の体の魔術回路はズタズタになったはずだ。
でもそれでは済まなかった。最も負担のかかった眼は、その影響を魂まで及ぼしたのだろう。
……要するに、心因性の不調だ。精神がそこに傷があると錯覚して目が潰れ、前週の感覚を引きずってしまった結果で魔眼から魔力が漏れた。
そんなところだろう。
自分の納得ができる答えを組み上げて、一人満足げに頷く。
魔術に明確な答えなど求められない。だから、自分が納得できればそれでいい。
駄目なのは、納得できずに自身へ不安と不信を抱くこと。魔術回路の運用に、大きな影響を及ぼすからである。
「あー、エミリアたん?」
「な、なに? スバル。大丈夫、王都に良い魔法使いがいるから……」
「いや、これ持病みたいなもんだから心配しないでいいぞ」
「……え? 持病?」
「そんな感じの何か」
「ふーん。あの蔵に居た時は普通に空いてた気がするんだけど……持病、ねぇ」
「ああ、持病だよ。定期的に血涙が出るんだ。ヒリアジェラシィシンドロームってね」
嘘は言っていない。ああいや、シンドローム云々は嘘だが。持病ということはあながち間違いではない。
魔術回路の暴走も身体の不調の一種で、大別すれば持病と同じ「病」のカテゴリに入る……はずだ。
嘘ではない。ごまかしはあるが嘘では無い。
我ながら苦しい理論だが、嘘ではないのだ。である以上、やましいところは無い。
だから自信満々に言い張ると、エミリアは訝しげに見ながらも納得してくれた。
「そう、なのかしら……? スバルがそう言うなら、きっとそうなのかもしれないけど……」
ちょろい。将来が心配になる。
そんなんで王に成れるのだろうか。何なら代わりになってやろうか。
国籍もないのに成れるわけねーか。馬鹿なこと考えた。
てかパックも少しぐらいフォローしてやればいいのに。嘘だって事ぐらい、気付いてそうだけどなぁ。
過大評価だったか?
「……でも、一応は様子を見るべきよ。暫くこの屋敷でゆっくりしてて。っていっても、私のお屋敷じゃないんだけどね」
「いやいやいや、大丈夫だって、ほんとに……っとと」
ベットを下りて軽い運動でもしようかと思ったら、遠近感が狂って上手く床に足を付けられなかった。
「ほら、ふらついてるじゃない。どこが大丈夫なのよ」
「いや、これは片目だから遠近感が掴めないだけで」
「言い訳はいりません! ほら、怪我人は寝てるの」
ぷくーっと頬を膨らませてぐいぐいベットに押してくる。
かわいい。可愛い。
仕方なく押し切られ、立ち上がった直後にベットに押し戻された。別に押し倒されたわけではないので、勘違いはしないように。
……押し倒してもよかったのにな。
いやいやいや、何考えてんだ俺は。煩悩退散煩悩退散。般若心経波羅蜜何とか。
「スバルはちゃんと寝てること! いい?」
「はいはい。エミリアたん、なんかお母さんみてぇだな」
「むっ、わたし、これでもスバルよりずーっと年上なのよ」
「そうは見えないな」
「もう、そういうのをきっとでりかしぃ? が無いっていうのね」
「……おお、なんか割とダメージがでかい。ちなみにエミリアたん。エミリアたんにそれ教えたの、誰?」
「ロズワールだけど? あっ、ロズワールっていうのはね……」
何やってんだあの変態。
俺はパックと見合って、エミリアに気づかれない程度に肩をすくめた。
夜である。澄み渡った星空である。
暖房が無くとも、断熱性が抜群なこの屋敷は夜になっても寒くない。寒い風土での工夫とかがあるのだろうか。
まあ、廊下はひんやりしているが、それは仕方のないことだろう。部屋が暖かいだけでも十分ありがたい。
別に「夜の廊下。足元を漂う冷気……雰囲気がある!」とかは思っていない。というかレムがいれば物理的にヒヤリとできるから要らない。ヒヤリどころじゃすまないが。
……さて、何をしようか。
昼は散々寝たせいで、どうにも目が冴える。
魔術の練習でもしよう。
ここ最近してなかったような感覚だし、一週間後に朝日を拝むためにもできる鍛錬はしておくべきだ。
と、なるとあの犬たちに有効そうな魔術……
対霊魔術はいらないだろうな。生身だし。
となると身体強化……は、動き回れないからパス。呪術……呪詛返しぐらいにしか使えないだろう。そもそも対象が無いから練習しようがない。
解析……何を解析するのやら。置換魔術も、俺程度じゃあ大した事は出来ねぇし……
「おとなしく寝てろ、ってことかね」
気落ちしたところに、一つ思い出す。
「や、あれがあったか。……魔術、つっていいのかわかんねぇけど」
――試運転、問題なし。
これで今できることは大体終わった。暇つぶしにベットに只管解析をかけまくるが、体が怠くなるだけで眠気は無い。
なんてこった。もう、やることがねぇ。
誰でもいい。話し相手がいないものか。
そう願った時だった。
「……足音?」
コツコツと、寝静まった館の中で廊下を行く足音を聞く。
階段方向から聞こえるそれは、段々と距離を縮めてくる。
エミリアというのはあり得ない。方向が違うから。ロズワールが挨拶に来たか? こんな普通な感じの足音してるわけねぇか。
じゃあ、ラムかレムだが……ラムだとは考えづらい。
やっぱりレムか。もう殺しにでも来たのか? 一周回って恐怖すら感じねぇ。どんな死に方でも、全身丸かじりよりはましだってしか思わねぇ。
事実か。あれは気持ち悪かった。気持ち悪いというか、泣きたくなってきたな。
足音が止まる。扉の前で。
目的は俺か。やっぱな。
律儀な三回ノックを聞いて、諦観に似た覚悟を決めた。
「起きてるぞ。鍵は掛かってない筈だ」
「では、失礼します」
入ってきたレムの、その腕に抱えるはモーニングスター……ではなく、見覚えの有りすぎる
「……あれ?」
「ロズワール様から、お客様へ文字を教えるようにことつかりました。失礼ながら、
「え、あ、ああ……」
なんだ?
何が起こってる。
この週では、俺は
でも、なんで此処にいるんだ?
それになぜ、ロ文字から始める?
それではまるで、
「ではお客様、此方へ」
布団の枕元では、無表情のレムがランプに照らされながら手招きしている。
観念するしかなかった。情報を集めるためにも、話を続けるべきだったから。
でも、これなら文字を教わりながら詮索できる。そういう判断だ。
……あれ? でもそれって授業妨が――
【レムの記憶?】
ただ「知りたいと望む」だけで、その過去を覗ける?
ああ、それよりも納得のいく説明がある。
親しい過去を持つものが、極めて近距離で死んだ。それによって「死」に近い知覚器官が触発され、記憶を読んだ。
そっちの方があり得そうな話でしょう?
ま、本当かどうかは知らないけど。
【潰れた右目】
そら(フルに使っても行使できない能力使ったら代償として)そう(なる)よ。