菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
何故かすんなりレムが心を開いた日から、数えて六日。
即ち魔獣襲撃の日だ。
それまでの猶予で何とか魔獣相手に罠を仕掛けたり、先手を打てないかと試行錯誤したものの、森に妙な結界があってできなかった。無理にやろうとすれば、確実に結界に異変が起こる。細部までは分からないが、どうやら森の生命――いうならば風水的な概念を基にしたものだからだ。魔獣に効くような罠を仕掛ければ、結界に乱れが生じる。
……それで感じた疑問は、あの魔獣をこれほどの結界で防げなかった理由だ。前週。前々週。その前も共に、森の中に結界は無かったはずだ。そして、あの魔獣
低級の格の怪異ではそれを遥かに上回る神秘に対抗できない。対結界特攻の性質を持つならともかく、貪られた俺自身があいつらにそんな性質は無いと断言できる。
ならば、あの魔獣たちが結滞を破ったわけではないだろう。そして、真正面からあの結界を破れる怪異がいたのなら流石にわかる。よって、それもない。
結界破りの特性を持つ怪異がいて、結界を破ると同時に退散した。その説もある。だが、それよりも可能性の高い説が俺にはあった。
結界は堅固で破り難いが、
つまり俺は内部から結界を破った者がいると思っている。それは恐らく、魔獣を誘導するか、或いはその生態に詳しい者。或いは、魔術で魔獣を使い魔にしている可能性のある者である。
今しがた思い出したことだが、魔獣が攻めてきたとき、村には子供たちの姿が無かった。二周目でも、あの村の惨状の中に子供の死体らしきものは無かった。
それは彼らが攫われたということ。そして俺はそういうことをするような人種に心当たりがある。
それは、魔術師。彼らの研究には、間々子供たちの生き血や亡骸、魂などが使われる。
勿論の事、村を滅ぼす予定だったが子供に罪は無いということで事前に逃がしたテロリストの仕業であるとか、身バレを恐れる幼児性愛者の犯行だとか、こじ付けは幾らでもできる。でも、紙に書き出して見返せば、どうにも最初に挙げた選択の方が強く思えるのだ。レムを呪い殺した仔犬も村の内側に入っていたことだし、結界には穴があるのかもしれない。
それで俺は、村に出るときに怪しい人物を探すことにした。首謀者を取り押さえられれば、そもそも事件が起こらないからだ。
ま、見つからなかったのだが。そもそも最近旅人とか来てないらしいし。
取れる手段は撃退一択。右目が潰れた今、戦闘力は少し衰えたが、この視界にも慣れてきた。少し視界が狭い程度で、戦闘に支障はない。腕を潰されるより遥かにましだ。
更に、今回はレムが最初っから味方に加わってくれる。それも、前回は持っていなかった
だけれど更に万全を期する必要がある。それは攻撃範囲だ。俺はできうる限り、遠間で攻撃したい。しかし、あまりに長すぎると扱いづらい。更に森の中で振り回しづらい。結論として、バターナイフを装備することにした。
……別になぞれればいいのだから、多少見栄えが悪かろうと、ね?
「あれ? スバル、どこか行くの? レムまで一緒に……」
「あ、エミリアたん。一寸用事があるんだ」
「そういうことですので、エミリア様。暫く屋敷は空けます」
「それは良いんだけど……最近、レム、明るくなったわね」
「そうでしょうか?」
「そうよ。ぜーったい、そう!」
あははうふふと笑う仲睦まじい姿は、最初の週では見られなかったものだ。
確かあの頃は、レムはエミリアに対してあくまで目上として接していた。それが今は、友人とでもいえるような関係にまで縮んだ。
この光景は、
「――う、っえ」
二人の姿を見ていると頭が痛む。二人が笑い合うと吐き気がする。彼女らがこんなにも能天気に笑っているのは、気持ち悪い。
なんでだ。良いものじゃないか、この光景は。どこに嫌悪すべき要素があるんだ。
答えは見つからない。
ただ、反吐が出そうな嫌悪感が、この幸せに向けられているのだけは分かった。
「――それでは、エミリア、さま。これで」
「もう、呼び捨てでいいのに」
「すいません。どうにもこっちの方が呼びやすくって……」
「でも、スバルは『くん』なんでしょ?」
「それは、その……」
話が終わる。
ああ、さっさと切り上げて、屠殺に向かおう。そうすればこんなキモチワルさ、消える筈だ。
甘ったるい空気に酔うように、都合のいい現状に惑う。
俺は、本当に――
「スバルくん。じゃあ、行きましょうか」
「……あ、ああ、そうだな」
終始、エミリアはレムの手に持ったモーニングスターについて質問しなかった。
ザク、ザク、ザクと森の中を歩く。それは夕刻。空が完熟したトマトの色に染まり、森は一層不気味になる。
微かに沸き立つ衝動から、魔獣たちの存在はまだ遠いと分かる。それでも、既に結界は破られていた。なら、いつ魔獣が動いてもおかしくは無い。
村にまだ子供たちがいるということを思い出して、少し気を落ち着かせる。どうにも、緊張しているようだ。
緊張を紛らわせるために考えるのは、どうでもいいことだ。
――主人公とは何か。
俺は、この世界に初めに来た時、混乱しながらもこの世界が「物語の舞台」だという仮説を打ち立てた。
まだ拉致られた時の記憶を覚えて――思い出していなかった時の事だ。
その時の例えで、俺は自分の事を主人公だと思い込んだ。死に戻りは、主人公特権。物語を進めるための舞台装置だと。
ご都合主義、世界の中心、作者の願望。
そんな表現で表されるのが主人公だ。
何故かこの例えはいやにしっくりくる。夢があるからだろうか。気が付けば、俺は何時でもこの世界が何なのかについて考えている。
答えは未だに出ない。情報が足りないのだ。
それでも、分かることはある。
この世界は、どうにも都合がよすぎると。
まるで物語の様に。死に戻りなんて、その最たるものだ。
俺を強くするため、度胸を付けるため。その目的ならば、繰り返す事件も分かる。
けれど、いずれ追い落とすべき敵に、何故そうも肩を入れる?
それとも既に体内に何らかの呪詛を――いや、俺は大抵の呪いを受け付けない。俺を縛れるのは契約、それも、呪いに属さない、つまり「
何がしたいのか。
動機。
俺を何度も蘇らせ、問題を解決させる理由が分からない。
――分からない。けれど、それでもいいんじゃないか?
どうせならこれに甘んじて、救えるものを救えばいい。だって俺は、正義の味方なんだから。
そうあらねばいけないのだから。
ちがう。
「……ん」
「どうしたんですか、スバルくん」
「んー、ああ、そろそろ魔獣の感知網に引っ掛かりそうだな、って」
この言葉に根拠は無い。過去二回食い殺されて、魔獣が急に襲い掛かる速度を速めた地点から逆算したものだからだ。
でも魔獣に動きは無い。外敵を屠ろうという動きが無い。なら、それは正解なのだろう。
「じゃ、レム。五分後に」
「はい、スバルくん。それでは、また」
俺は身体強化を施してから、一息に駆け抜けた。
音もなく歩くためには、どうすればいいか。
忍び足、とか言って爪先から足を下ろすことがままある。
だが、それだけが音をたてないように歩くコツではない。そもそも、踵から降ろした方が音は立たないってよく言われるし。
俺は、走っている。さしたる音もたてずに、森を駆けている。
それは木の根の上のみを行くからである。木の葉は踏まず、土に足を付けず、木の根に最大限衝撃を与えないようにして、跳ねるように駆ける。
ゴム製のシューズも一役買って、俺の走りにはびっくりするほど音がたたない。むしろ俺自身もびっくりしているくらいだ。
俺は走っている。魔獣の感知網に引っかからないぎりぎりを見極めて、レムが襲撃する予定のそれとは別方向に回り込んでいる。
「……ここらへんでいいか」
体は良い感じに温まっていた。少し跳ねてみると、近くの樹の枝と同じくらいの高さまで飛び上がる。
好調である。何時になく魔術の通りがいい。
ここまで駆けるのに約四分。そろそろレムが襲撃を掛ける頃合いだ。
俺は目を閉じ、深く息を吸って昂った心を抑え込む。
吸って、吐いて。吸って吐いて。深呼吸。
暗幕が上がり、明瞭な視界が広がる。
立ち並ぶ木々の皴、風に揺れる枯葉の揺らぎ、行き交う虫たちの形状まで事細かに視認できる。
脈絡もない折れ方をする線。糸のように細い線。川の流れのように太い線。それらが集まり、創り出す点。
魔眼の動きも問題なし。視界は狭いが、むしろいつもより
四分と、三十秒。
手に持ったバターナイフを握り直す。決して手に馴染まないそれは、元から凶器として製作されたためではないから。振り心地に違和感があるのは、それが切る物ではないから。けれど不備なく使えるのは、それが刃物であるから。
一振り。逆袈裟に振り抜く。
右手に握り締めたそれは、リーチを伸ばすのに十分役立っている。
ソレを確認して、身構える。
見据えるのは木々の彼方の魔性。
目指すのは木々の向こうの魔窟。
ただ、ただ。気配を希薄に。
息は深く、けれど空気の流れすら生じないほど浅く。
心は静かに、ただ打ち鍛えられた鋼の様に先鋭化する。
じゃ、殺そうか。
――七夜とは退魔の家系である。両儀、浅神、巫浄と並ぶ日本の退魔組織で、壊滅した混血殺しの一族だ。
一説によればかの四家は偉大なる陰陽師、安倍晴明の血を継ぐと言われている。その言の真偽は不明だが、彼らは代々魔を滅するために研鑽を積み重ねた「超能力者」の一族。ありえざるものを見る目と、超人的な身体能力を得る体術を受け継ぐ。
七夜とは、本来の意味では生後七日目に行う祝事であるが、彼らは混血の生誕七日後まで待たずに彼らを
即ち、生粋の殺戮者なのである。
故に、彼は出来損ないの七夜。
弟である志貴とは比べるべくもないほどに無能であり、しかし父を憧れとして研鑽を積んだ正当な七夜である。
七夜本来のそれとは異なり、
明らかさまな敵意に埋もれて、
そう、
であるから、前々週の殿や、前週の抗戦は鬼門もいいところ。むしろ奇襲をかける立場の
けれどけれども、今回は全く違う。
相手への調査――戦力に総数、個体性能の熟知も済み、奇襲の為の
負ける道理は、ない。
――。
音も立たせず、線をなぞられた獣は崩れ落ちる。
それに目を向けもしない
つまり、これで六分の一。これを六回繰り返せば、
「――?」
違う、勝ちではない。そもそも、退魔に勝ちなど無い。あるのは生死のみで――なんでそんなこと忘れていた?
まただ。また、思考にノイズを感じる。元が精密な分、それによる動きの濁りはひどい。それでも、後十体を探し出して殺すのは容易かった。
けれど奇襲もここまで。残る十五体はレムのところであり、そこに行くからには乱戦になる。出会い頭に何体かは殺せようが、全ては無理だ。
ここから先は、苦手である正面戦闘。僅かな鈍りが負傷を招く。
だから、
走る。走る。走る。
然程の時もなく、死を見る眼は少女に群がる畜生と、振り回される鉄球と、そして
鮮血の舞う、鉄火場の事である。
それを見た
白兵戦となる。それも、レムから離れた数体しか
スゥ。息を吸う。
ハァ。息を吐く。
鋭化した集中を、純化した殺意に集約する。
戦場で名乗る武士の様に、自分らしく参戦を表す。
思えば、これまでは後手に回ってばかりだった。
漸く先手を取れることに、
名乗りは明快。
この身は唯の殺戮者成れば、告げるは殺害宣告のみ。
ようこそ狩場へ。
この麗しき血化粧舞台。高みに座す夜に奉じよう。
沸き立つ血は、躯体を鼓舞する感情を分泌する。
昂揚する心は、先鋭化した意識の中で撃鉄を引く。
死を見る眼は、喜び勇んで脈打ち、死線を捉える。
準備万端。意気揚々。機能正常。
そして、軽やかに、囁くように――
「そら、魔性ども――
――七夜に
――殺戮を宣言する。
【七夜】
退魔の為の殺戮技術を継ぎ、血を持って「見えないものを見る目」を発現させる家系。
特に浄眼を持つ七夜黄理は、死の具現として混血達に畏れられたが――
――その最後は、紅赤朱の鬼の手で。
呆気なく、成果なく、無残に潰えた。
生き残りは唯二人。
片や七夜の才覚も技術も持たない出来損ない。
片や七夜であることを忘れた極死の規格外品。
そのどちらにも家を継ぐこと叶わず。
故にその家系は、断絶した。
【退魔四家】
彼の陰陽師、
その為かはわからないが、かの四家には魔術以外の特異能力の継承がされている。
七夜であれは「ありえざるものを見る目」。
両儀であれば「二重人格」。
浅神ならば「鬼子」。
巫浄なら、「特異能力の技術」。
その目的は、偶然の内に救いを求めるために。