菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
「さぁ! 殺しなさい! 肉を食んで血を飲んで、脳髄を啜って骨を噛み砕いて腸を抉って、踊りなさい!」
腸。
その言葉を聞いて、ふと思い返す。
眼前の景色は止まっているように鈍い。これは走馬灯なのだろうか。
――俺が初めてエミリアと出会った路地裏。
――眼前を横切る氷の塊。
――付きまとった時のエミリアの表情。
――二人と一体で行った貧民街。
――行き着く先は一つ。盗品蔵。
――切られて死んだ。殴られて死んだ。喉を突いて死んで、訳も分からず死んだ。
一番多かった死因は。何度だっただろう。
「――それはダメよ。だって、この腸は私のだもの」
幻聴か。聞こえる筈の無い声を聴く。
ギロチンの落ちる鈍い音がする。
首の落ちる湿った音がする。
眼前に映るのは鈍色の刃で、決して獣の下劣な牙などではなく。
その刃が消えて、暫く。
ふと、体へ掛かっていた重みが消える。
「そんな、なんで。なんで貴女が――」
ああ、そうだ。
「――なんでよっ!
三回だったな。
「こ、れで。四回目か」
「あら、盗品蔵よりも前に会ったこと、あったかしら?」
「なんでも、ない。こっちの話だ」
全く。以前の敵が助けに来るとか。ここは漫画の世界か?
似たようなもんか。
腕を突いて立ち上がる。胸に腹に、というか全体に着いた土を叩きながら、俺はギロチンの刃の持ち主を見上げた。
それは、くの字に折れた歪なナイフ。
鈍重で、鉈の様に凶暴な狩猟道具。
それを二振り携え、狙った腸に陶酔する異常性癖者。
「その性癖が無けりゃ、唯の美人で済むんだけれどなぁ」
「美人だなんて、嬉しいわ」
「こいつ、都合のいいところしか聞いてねぇ……」
「腸狩り」のエルザ。
王都で撃退した、殺人鬼である。
「なんで、俺を助けた?」
「――なんで、そいつを助けるの? エルザ。これは依頼よ」
その言葉を意識の隅に置きながらも、俺はエルザの答えを待つ。
今ここで必要なのは、エルザが味方かどうかという事なのだから。
「さっきも言ったじゃない。この腸は、先約があるの」
そう言って、俺の腹を愛おしげに撫で始めた。
その手付きは優しく、その顔は妖しげに蕩ける。彼女に二度も腸を狩られていなければ、もう少し興奮できたのだろう。俺が感じるのは恐怖だけだ。
というか、その、こいつの加勢の理由って……
「え? こいつは私の獲物だー、ってこと?」
「そうよ」
あっさりと返された。
全く嬉しくない参戦理由である。
けど、ま。
「助かる」
「ふふ、どういたしまして」
「エルザ。エルザは……そっちに着くの?」
「ええ、そうよ。だからメィリィ、あなたも遠慮せずにかかってきていいわ」
「……そう。じゃあ、もう何も言わないわ。貴女の腸、私が存分に楽しんであげる」
「それは困るわねぇ。私の腸はあげられないわ」
「知らない。行って、みんなっ! エルザを噛み殺しちゃえっ!」
それを引き金に、今まで唸っていただけの魔獣がエルザに飛び掛かった。
この隙にレムの元に駆け付ければよかったとか、メィリィを拘束すればよかったなどと思うも後の祭り。俺はまた先ほどのような劣勢に立つ。
けど、さっきとは違う点が一つ。
隣にエルザがいることだ。
「あらあら。可愛いわね、そんなに吠えちゃって」
そのククリ刀は間違いなくバターナイフより重い。けれども俺がバターナイフを振るよりも滑らかに、その煌めきは魔獣の胴を通り抜ける。
とびかかる勢いを残してバラバラ死体がぶつかってくる。エルザはそれを軽く避けたが、呆けていた俺はもろにぶつかり、たたらを踏んだ上に血塗れ臓物塗れになった。
鉄錆の臭いに臓物腐臭、排泄物か? 兎に角臭い。
その不快感で我に返って、慌ててナイフを振るう。まだ俺を狙っていた一体の死の線をなぞり、殺す。
ぐちゃぐちゃぼとぼと。そんな音がひっきりなしに背後から聞こえる。原因は明白で、あの腸女が魔獣を虐殺しているのだ。
振り返っても見えるのは死骸のみで、いずれも胴が裂かれている。腸なら獣でもいいのか……その節操の無さに呆れを抱く。
呆れを抱ける余裕ができたのは、紛れもなくその節操なしのお陰だ。釈然とせずにブラブラとナイフを振ると、呻き声が聞こえた。
はっ、と思い出す。レムの事を忘れていた。
恐らくこの場で最も重症だろう彼女だ。掠り傷だろうがあれほど負えば数時間もせずに失血死する。現に、彼女の下の土は、血溜まりで湿っている。
俺はその下に駆け付け、容体を見た。
きめ細やかな白い肌。刺青の様に覆う死の線に、その上を走る
ああ、舐めとってしまいたいくらいに惹きつけられる。きっとそれは年代物のワインの様に豊潤で、甘美だろうから。
――って、なんだ俺は。俺に食人趣味は無い。
目はその傷から離れなかった。
「大丈夫か、レム」
「大丈夫、です。それより先ほどの方は……?」
「ああ、あいつはエルザっつって……まあ、多分仲間だ」
暫くすれば、レムは自身の傷口に手を当てた。青い光が漏れていることから、圧迫止血ではなく、魔術的な治癒をしているのだと分かる。傷は大体塞がっているようで、失血死の危険はもう無いはずだ。
その「魔法」が失った血まで補填してくれるのかは分からない。いや、それは俺にもできないけど。まだ何かできる事は無いかと、俺はレムに解析魔術を掛けようとした。
「傷だらけになったな。あー、その……ちょっと触るぞ」
「はい、良いですよ」
レムはすくっと立ち上がると、目を閉じて両手を広げた。
まあ、肩でいいだろう。そこに手を置き、解析魔術を起動する。
「出血部分、なし。欠損軽微。破損なし。動作には支障なし……ん」
出てきた結果を意識せずに読み上げる。不調な部分だけに目を付けて情報を流していると、俺にも解決できそうな問題を見つけた。
先ほど戦っていたのは魔獣であり、当然ながら受けた傷はそいつらにつけられたものだ。
そして、その傷口から異物を入れるのはあいつらの特性である。何が言いたいかというと、レムは呪いを受けているということだ。
それに気付き、呪いを摘出し易くするためにパスを結ぼうとして……あれ?
何か行ける気がする。
「……よいしょっと」
「んっ」
レムの皮膚の、その外側から魔術を行使する。
その効果は
当然、俺とレムは別人で、だからレムの呪いはパスでも結ばないと呑めない筈なのだが……。
「できた、な」
何故か。呑み込めてしまった。
念の為にもう一度レムに解析を掛けるが、もうレムに呪いは無い。
正常状態だ。
「……なんでだ?」
どうにも、自分の魔術が変化している気がしてならない。
何故か……。
「んー、俺が強くなった……からといって魔術の腕は上がらないし、効果が変わるほど神秘が濃かったら俺でも分かるだろうし……なんでだ?」
魔術の発動に必要なのは術式と回路。それだけ……いや、違うな。
もう一つあったような……なんだっけ?
ああ。
「
「ど、どうしたんですか?」
「魔術は魔術基盤によって成り立つ」って、先生は言っていた。なら、魔術基盤が変容している場所なら魔術がおかしな挙動を見せてもおかしくない。
「いや、おかしい。そもそも魔術基盤が違ったら魔術そのものが失敗するか、それか減衰するだけの筈。というか、それならなんで俺は魔術を使えるんだ? こっちに日本のような信仰があるとでも?」
そう、問題はそこだ。
言葉が通じるということで忘れそうになるが、此処は異世界だ。下手したら大気中の構成密度が違ってもおかしくない、秘境よりもとんでもなく、未開地よりも遠い筈の場所なのだ。日本だけでも数々な信仰があることを思えば、単にこの異世界で同じ信仰ができているのだとは思えない。
というか有り得ない。信仰というのは生活レベルに大きく影響されるのだ。中世と現代では怪異に対する見方は違うし、日本なんか此処百年で別物の様に変貌している。メリーさんとか、如月駅とか、そんなものが主流になる時代の魔術基盤が、この世界に築かれるわけがない。
だってこの世界、生活様式からして和風からほど遠いし。
「となると、言葉が通じるのもおかしいんだよなぁ……」
「あ、あの、スバルくん?」
頭を抱えて蹲る。魔獣の事なんてもう意識の隅にすら置いてない。
言葉。何故か日本語として聞こえる、
異世界なら異世界語でも使われているはずだが、それが日本語として聞こえるとは如何なることか。異国同士のファーストコンタクトでの意思疎通の苦労がまるまる消え去っている。ご都合主義にもほどがあるだろう。
それに、何か外国語を日本語に吹き替えているような違和感も感じない。俺が話しているのは紛れもなく日本語だし、レムが喋っているのも日本語。俺に読唇術はできないが、大体を見極めるのは誰でもできる。
レム達との会話に、「吹き替え映画の様な違和感がない」。
つまり、レム達は日本語を話しているという事であり、異世界には日本語が根付いている……?
ありえん。どんな奇跡だ。
いや、むしろ日本語が根付いているからこそ……か?
確率論からすると奇跡だが、魔術的な視点からすれば「言語の一致」は大きな縁だ。類感的に、俺が異界に落ちた俺がこの世界に来た……あり得なくもない。
でも、俺は確か異界に居なかったはずだ。怪異の気配がするわけでもないし……聖杯戦争の歪か?
「でも、うーん、それでもなぁ」
直前の記憶がコンビニを出た直後だったのは、遠坂に記憶操作されたから。今それが解けたのは……あれ? なんでだ?
あーっと、それでも、異界の気配なんて……本当になかった。
ならやはり、此処は魔術師の用意した土地……それこそ有り得ない。こんな広大な土地、魔術協会の手が入らないわけがない。
「うーん」
「スバルくん?」
「あ、ああ、レム。どうした?」
考え込みすぎて、レムの呼びかけにも気づかなかったみたいだ。それを恥じながら立ち上がり、レムの言葉の続きを聞く。
「魔獣が、その……全滅しちゃったんですけど……」
「え? ……は?」
レムの言葉にまず驚き、周囲を見回してククリを振り回しながらメィリィを抱えて微笑むエルザと魔獣の死骸を見てさらに驚く。
というかククリがくるりと回る度に血が飛び散る。やめてほしい。
「え、ええぇ……」
あんなに苦しめられたのに、少し考察に耽っている間に、全滅?
先の折もそうだったし、やっぱり俺、そう強くないんじゃ……?
お、俺には魔眼があるし! てか、俺に強さなんて関係ないし! 必要もないし!
……でも男としては憧れる。
「釈然としない」
「あはは……」
こうして、俺を二度食い殺した魔獣群は、それらを上回る
「お、太陽だ」
「ほんとですね。もう、夜明けですか」
「あら、もうそんな時間? じゃあ、私はここで帰るわね」
「あ、メィリィ置いて……もういねぇ!?」
結局、主犯には逃げられた。
けれどペトラの体には――逃げる時に負ったもの以外――傷は無く、まあまあといった結果だ。
仕方ない。逃がしてしまったものは。
報告だけして、丸投げとしよう。
そんなことで、肩の荷も下りた。
今の気分は上々。
何故なら隣に可愛い女の子がいるから。
森の中、清浄な空気に満ちて、心地よく陽の光も浴びて。
いうなら森林デートか? そんなロケーションともなれば、嬉しく思わない男はいまい。
足取りは弾み、隣からくすくす笑う声が聞こえる。
そして横を向き、レムと目が合って。
そしてまた笑いあうのだ。
くすくす、クスクスと。
もうそろそろ村だろう。
ペトラはまだ起きない。気絶から熟睡に移行していた。
こいつはどうするべきか。そう思案していると、右手に引っ張られるような抵抗を感じた。見ると、レムがジャージの裾を摘まんでいた。
「その、スバルくん。少し、良いですか?」
「構わないけど、どうしたんだ」
頬を赤らめてる。可愛い。
もうそれしか言えない。
血塗れ土塗れになった昨晩の事が嘘のようだ。
「その、こんなことを思ったのは初めてで、だからどうしていいのかわからなかったんですけど」
うん。
レムの足が止まる。俺もそれに合わせて足が止まる。ただし、心臓の鼓動は早足になる。
スーハーと息を整えて、真正面にレムが立つ。
「スバルくん。レムは、スバルくんのことが――」
風が吹く。
木を擦り、森にざわめきを生む程度の、微風が。
「――大好きです」
けれども、その言葉は聞こえた。
ドクンと心臓が鳴った。顔が急速に熱を帯びた。
満開に咲いたその笑顔に答えるように、俺も言葉を返す。
思い返すのは、先程までの戦闘。
戦乙女の様なその戦いぶり、豹変した時から柔らかくなった態度。
先ほども、この世界の代表としてエミリアでなくレムを上げた。
そのことから考えて、自分の気持ちに気付く。
体温が上がる。
きっと、それはこれから言う言葉が照れ臭いから。
でも偽れない。こんな真剣な瞳が、好きだから。
ああ、俺は、きっと――
「レム」
手を差し出し、その目を見据える。視界は死の線に満ち、それ以上に俺らは傷跡に塗れている。血みどろのあり様は、それ程の苦難を乗り越えた証。
泥に塗れても、血に塗れても、蠅が集ろうが蛆が湧こうが、心には汚れない。
死闘を共に抜けたからこそ得た思い。特別な相手に向ける、熱い想い。
思い返せば、この世界で一番長く一緒に居たのはレムだった。
――。
殺し殺され、最後は共闘。血腥い思い出しかないけれど、その人格は誰よりも深く理解できる自負がある。
それは、俺とレムが同類だから。
――。
柔らかに微笑み、胸を張る。この思いに偽りは無いと。この想いに悔いはないと。
正面に立つ。
その青い瞳が奇麗だから。俺は誤魔化しも、装飾もする気には成れない。
だからありのままの言葉で言う。
飾らずに、格好つけずに。
「俺も、お前の事を
――レムを、好きになってしまったのだろう、と。
レムが、笑う。
花開くように、可愛らしく綻ぶ。
そして、口を開け。
「かふっ」
ぐしゃり。
風が吹き、赤い桜吹雪が舞う。
次に見たのは、口を赤いもので汚しながら倒れる、笑顔のレムだった。
「……は?」
【強化魔術】
強化とは、ある特定の機能を増幅・補強すること。
元からない機能は増幅できない。
【異世界の魔術基盤と
この世界において、彼は
それは、彼が特別な存在だからである。
【ぐしゃり】
とまとつぶれた。
昴、スバル、
君は、定められた五人以外と結ばれてはならない。