菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
今年も一年、よろしく致します。
魔術師の語り合い
そこは暗い一室。光も届かぬ深海の様な、重苦しい暗室。
字列の形をしたエメラルドの魔力光が
一人の魔女と、石板が向かい合っていた。
「――ふぅ。中々面倒だったわね」
――笑止。私が与えた役目は監視のみ。それも、使い魔を放てば済むことだろう。
「ええ、私もそう思ってたのだけれど……彼、仮にも七夜じゃない? 万全を期さないと、いつの間にか私達の存在が割れるわ」
――それで、あの回りくどい監視法か。痕跡から行動の逆算、確かに面倒な仕事だろう。
「そうよ。大変だったわ」
――その配慮に感謝を示そう。
「別に構わないわ」
――では、本題に入ろう。
「……そうしましょうか」
――彼への肉体改造はどうなっている? こちらで確認している段階と変わりはないか?
「大丈夫よ。計画は順調。でも、わざわざ死なせるなんて……大胆な計画もあったものね」
――正確には死んでいない。限りなく死に近い、仮死状態だ。
「肉体もなくなって、魂だけになるなら。それはもう、死んでいるような物じゃない。まあいいけど。貴方と生死の観念について語り合うほど生産性の無い議論も中々ないわ」
――ふむ、では予定通りに魔術回路の本格増強と……それと心象風景の改造に移るか。何か聞きたいことはあるか? 観察の中で必要な情報もあるだろう。
「別に、大抵の情報は貰っているわ。今はそれで充分……ああ、そうよ、一つあったわ」
――なんだ?
「あの子を殺して環境をリセットしないのは、違和感を抱かせないためと言っていたわね」
――ああ、彼奴は死について、少し敏感だ。私たちが殺そうとすれば、必ずそれに気付く。気付かれてしまえば足掻かれ、痕跡を残し、積み重なれば計画に支障をきたす恐れがあるからだ。
「なら、その周りの人物を変えるのもいかがなものだと思うわよ。だって、ええ、今回の四週目の途中、あなた、介入したでしょう?」
――……ああ、あのことか。
「傍から見てても違和感だらけよ、あの態度の急変は。違和感というなら、そっちの方が……」
――ふん、くだらない。
「それは、どういう意味かしら?」
――アレは一見、正義の味方のように振舞っていれど、その本質はどこまでも自己愛に過ぎない。自身への影響ならば兎も角、他者の違和感なぞには気付きもせんよ。
――ほれ、現に
「……」
――要するに、アレは人を見ない。他者などどうでもいい。ただ「救った」という行為が重要なのであって、そのあとには
――少なくとも、今はそういう存在だ。箍が外れて
「……偽善主義者。いえ、それよりも
――当然だ。アレの特異性に気づいた日から、私はアレを観察し続けた。このぐらいは容易いことよ。
「特異性……どれの事かしら?」
――
「そう」
――しかし、思いの外、変わらないものだな。
「神秘は十全に取り込んでいるし、内的世界への改造も順調じゃない。何がいけないのかしら?」
――さほど重要ではない。
「いいから言ってごらんなさい。些細なことが、思わぬ打開策を生むのよ」
――計画は順調だが……まあいい。私が言っているのは、気質とでも言うべきところだ。或いは性格、上辺、人格とでもいおうか。
「確かにさほど関係ない話だけど……それがどうかしたのかしら?」
――ああ。何度も死んで、地獄を見て。それでも生温い自尊心と薄っぺらい理想を捨てないのだな、ということだ。よもや、現段階の試練では聊か温すぎるのではなかろうか。
「そうねぇ。確かに温いかもしれないけど……やりすぎて壊れてしまったら元も子もないわよ? だって、彼が最後の希望なんでしょ?」
――それも、そうだな。
「生ぬるい自尊心。薄っぺらい理想。現実を見ない反吐の出るような正義感。確かに
――それでも、構わん。
「彼に求めるのは
――既に、その素質は示されている。後は気付かせないように器を整えるのみ。
「それは良いのだけれど……彼、安っぽい
――それも、想定の内だ。既に道は舗装した。暴れたりないというのなら、試練の一つに加えてやればいい。
「はいはい。道理で人三人、それも元貴族を含んだ破落戸が不審死しても話題に一切上がらないわけだわ。ガストン、ラチンス、カンバリー。あの三人、割と有名だったのよ? それも、外傷が一切なく死亡だなんて。話題に上がらないわけがない」
――先も言った筈だ。あの男は、倒した者の末路まで気にかけん。同じように、救った者の末路も、な。
「……それは、皮肉かしら」
――貴様がそう取れば、そうなのだろうよ。
「へぇ……ああ、そうそう。ちゃんと
――わかっている。今、干渉が無いのは、彼の者の目零しがあるからに過ぎないと。
「ええ、ええ。分かっているならいいわ。にしても、彼女も中々に捻くれてるわね。『私と会う前に、存分に
――それが奴の性質だ。
「ふふふ、流石は拝火教の神、といったところかしら? いえ、その人柱だったわね。『遊び』だなんて……暗に苦しんでほしい、と言っているような物じゃない」
――それが、奴の愛だ。
「重々承知の上よ。この世界に入る前に会話を交わした時の悪寒、今でも忘れないわ。今だってこの様子を見られているものね」
――……。
「気づいてない。いいえ、
――計画に支障はない。
「ええ。ええ。そうね。計画に支障はないものね」
――全ては、世界を救うため。人類の存続の為である。誉れ高き祖先、晴明様の願いの為だ。
「名前も失った子孫が、良く言――」
――
「――っ! 重力加圧……そんなこともできたのね」
――仮にも、最後の安部だからな。努々忘れるなかれ、魔女。私の、
「そ、以後気を付けるわ」
――……ふん、次は無い。
「わかっているわよ。じゃあ、ここらでお開きとしましょう。そろそろ朝になるわ」
――では、私も
「おやすみなさい、管理人さん」
――励めよ、魔術師。
女が消え、石板から字が消える。
暗室は、黒よりなお深い闇に満ちた深海に戻る。
その刹那。
石板から光が消える残光で、石板に刻まれた文様が垣間見えた。
それは、先程まで石板の光に掻き消されていた、血のように赤い
「鞘に収まる剣」をモチーフにした、手の平大の令印だった。
フフ。
フフフ。
ああ、ああ。
――私の、愛しい貴方。
そして、朝日が昇って街が起きて、血が巡るように道は人に溢れ、喧騒に満ちる。
その大動脈、大通り。
でも。
これまでの観察、総合すれば――――――
銀髪の女が一人、街を行く。
人気の多い大通りを行く女は、ただ沈思黙考に耽っている。
忌避される銀髪を視界に入れ、しかし人々は何の反応も返さない。まるで
されど人波は彼女の為に裂かれ、通った後は何事もなく埋まる。それが当然だというように、全てのものが彼女に道を譲る。
そのことを当然のものとして受け入れ、意識することもなく、女は漫然として歩む。
思案するのは、一つの議題。
石碑との対話では上げなかった、観察対象への違和感。
――――――
もし、彼が本当に記憶の持越しなんてことができるのだとしたら。
感情の受け継ぎなどではなく、
「厄介な問題ね……」
厄介だ。そう、厄介だ。
けれどそんなイレギュラー、困るのは雇い主のみ。
だから、問題は無かった。
でも万が一、あの石板の計画が崩れたら。
「ふふ、それも――」
後に続く一言は飲み込む。
そして、魔女は笑い、姿を煙のように消し去った。
予め宣言しておきます。
この小説のスバルくんがスカッとするような展開を見せることはほぼありません。