菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
図書館は見つかった。
だが、入れなかった。
休館日とかではなく、身分の問題らしい。
平民に知恵がつくと政治が~なんてお題目ではないと思う。看板とかにも文字はよく使われているし、本も売っているところがあった。知識を付けさせないためではないはずだ。
では、何故か?
……何故だろうか?
その理由は分からない。興味も無いから、それでも構わなかった。
但し、その代わりになるような場所は追い返されるときに教えて貰った。
それは教会だ。
王都の教会はこの国でも一際素晴らしく、また、様々な情報が信者たちを通じて集まるのだそうだ。
そこの目玉はやはり説教で、特に大司祭とシスターの言葉は臓腑のそこにまで染み渡るような重みがある……と言っていた。
更に、その説教場所である聖堂は昼を少し過ぎた……つまり今ぐらいの時間の聖堂が美しいらしい。
暗く広い聖堂の中で、色取り取りのステンドグラスが光を落とす。
息の音すら五月蠅く聞こえる、静かで厳かな空間。
自然と身が引き締まり、心が洗われる……とのことだ。
「いや、ぶっちゃけ俺、無宗教なんだけどな」
強いて言えば、キリスト教かゾロアスター教だろうか。あの二つの宗教は、なんかこう、格好良いのだ。
聖書だとか、火とか、もう、中二病には堪らない。
「……っと、此処か。確かにすげぇな。周りの建物の三倍ぐらい高ぇ」
それはキリスト教の教会の様な、尖塔そびえる大聖堂だった。
周りが木の混じった石造りの中、これだけ質感の違う石で作られている。それが一目でわかるほどにはっきりしているのに、意識していなければ見落としそうな主張のなさ。
変な建物だった。
門は不用心にも開いている。というか、そもそもついていない。
これでは門というより、アーチ状の穴だ。入り口というべきか。
仰げる高さの入り口に感心した後、俺はその中に踏み込んでいった。
「おお……」
これは凄い。
入った瞬間に、空気が変わった。
先程まで聞こえていた雑踏が分厚い板で遮られたように遠くになる。
空気は質量と冷気を持ち、吸い込むと舌が痺れ心臓が早まる。
厳か。
その言葉が最も相応しい空気だ。
そこは、とても静かだった。
とても静かで、だが空気が張り詰めている。
人がいないわけではない。
むしろ、先程いた道の上よりも、人口密度は高いくらいである。
いうなれば、静かで冷たい熱気に満ちた空間だ。
その大多数が統一された規格の
その服を着ていないものは、端の方の席に座っていた。何か決まりがあるわけではないようだ。暫く見ていると、目立たない扉が開き、中から人が出てきた。
すると席に座っていたものが一人、席を立ってその扉の奥に消えていった。どうやら、懺悔室のような物らしい。
教会の中には扉が二つ、正面にある竜の絡まった人の石造の両脇にある。
それ以外に、目立たぬように扉が一つある。右の壁際だ。
絨毯が引かれ、長椅子があり、肖像があり、像がある。
上を見上げればレリーフがあり、採光窓があり、その光に照らされる装飾がある。
キリスト風の教会ではなく、けれども西洋風な建造物。
翼廊が無いように見受けられるのは、恐らく、事実としてないのだろう。
であれば、正面の二つの扉は件の聖堂に続く扉だろうか。
それに、この像は何なのだろうか。蛇のような竜ではなく、蜥蜴の様な竜がローブを被った男に纏わりついているこの像は。
……いや、先は「絡まったような」、という印象を受けた。
だが、間近に来て下から見上げると、その印象はがらり変わる。
これは、
或いは庇護を受けているのだろうか。
石像の男は、背中を竜に守られているように見えた。俯いたその顔は、フードの落とす陰で隠されて見えない。
手には小さな片刃のナイフを順手に持ち、口は堅く結ばれている。
見上げていると首が痛くなるが、それよりもその像から感じる圧迫感の方が大きく、気に成らなかった。
この圧迫感は、きっと神聖さというのだろう。
「どうです、アースゲート教の教祖様と、ルグニカの神竜様の像は」
静かな世界に突如響いた老人の声。不思議と驚くことなく、スッと心に染み入る感覚を覚えたのは、その声がここの空気のような静けさを帯びていたからだろうか。
振り向くと、そこには柔和な微笑みを浮かべた僧衣姿の老人が立っていた。
胸元には分厚い革表紙の本を抱えており、また、その僧衣も他と比べて重めかしい。
――どうでもいいことだが、先程気付かなかった入り口の脇の壁には無数の文字が刻まれている。
丁度入り口を背負う形で前に現れたその老人は、まるで後光を背負う聖人のようにも見えた。
「ああ、驚いたぜ。アレが教祖様なんだな」
「そうです。かつて飢え苦しまれた我らが祖先に、神竜様の嘆きに応えて救いを齎して下さった、あの
む。
何か語りだしそうな雰囲気を感じる。
まずいな。ちょっとした散歩のつもりだったのに、下手したら夕方まで引き止められかねない。宗教家はそういうところがある。
更に言うなら、話の途中で異常に辛い麻婆豆腐と熱いお茶を差し出してきそうだ。
宗教家はそうゆうところがある。
これは、逃げよう。というか逃げないと。
こっちまで麻婆豆腐があるとは思えないが……でも夕方まで話し合うのも嫌だからなぁ。
「あー、うん。爺さん。始祖様の話はまぁ、一旦置いておこう。それより、俺此処で調べ物ができるって聞いたんだけど……」
「曰く始まりの飢饉に……おや、そうですか。それでは仕方ありませんな……して、調べもの、ですか」
「あれ、此処に本とかってないのか?」
「書物となりますと……経典くらいしかありませんかね」
あー、うん。そっかー。
デマでもつかまされたのだろうか。
まぁ、これで退散する言い訳にはなったな。
「ですが、この老骨の知恵でよろしければ、いくらでも」
「んー、じゃあ聞きたいんだけど、そもそもおたくらの宗教って何なんだ?」
「始祖様の物語は読まれましたか?」
「ああ、読んだよ。でもさ、なんで始祖様じゃなくて神竜が祀られてるんだ?」
「童話の最後では、始祖様は石になられたでしょう? そのことからなのですが、我々の先祖は神竜の地が交わっているのだと考えられているのですよ。
そも、神竜様が嘆かれる前の我々には魔法が扱えなかったとのことで。そこに特殊な血が交わったことで、魔法の力を授かったのだと言われています。
もともと、始祖様は空の向こうから来られたと語られていますからね。その前に子を成していたという考えは少し苦しいのです」
「いやいや、神竜って……竜がどうやって」
「確か、それは始祖様のご祝福があったからだと……」
石になったやつがどう祝福するのか……まぁ、そんなとこに突っ込んでいても仕方がない。
にしても、あっさり答えが出たな。流石、といったところか?
「じゃあ、ゲートっていうのも神竜様の血の賜物ってか?」
「ええ、古来より『竜の心臓には青い血が流れている』と申されるでしょう? その血が、我々に『魔法』という恵みを授けて下さっているのです」
青い血……貴族の揶揄か?
「じゃあ、やっぱ貴族とかの方が魔法使いが多いのか?」
「ええ、身分が高い人ほど血は濃いと、そう言われています。ただ、濃すぎるのも問題でして、王族とかだと
「それはなんでだ? 魔法が強くなるなら、血は濃い方が良いじゃないか」
「我々は人です。地に生きるものが空を行かれるお方に近づこうものならば、その不敬は災いとなって我々に降り注ぐでしょう。そういうことで、王族より血の濃い貴族もいないわけではないのですよ。今は、まぁ……ご逝去されてしまわれましたが」
「それは……ん?」
何代かに一度、外の血を取り込む?
さらっと聞き流したけど、それってつまり、近親相姦故の遺伝病の線が……いや、何代かに、だぞ? 十分血が濃くなる原因になる。
いやいや、でも、感覚的に血が濃くなりすぎるとよくないことが起こるのは分かっているはずだ。警戒ぐらいはするだろう。
だいたいそこまで警戒するなら、一斉に王族が死去するような事態何て起こさせない筈だ。
一斉、ってことは老若男女の区別なく、ってことだろ?
……なんかきな臭いな。ほんとに王選なんて参加して大丈夫なのか?
「どうかされましたか? もしや、お悩み事でも?」
「……ああ、いやいや。ちょっと考え事してただけだよ。気にすんなって」
「そうですか。それならばいいのですが……もし悩みがあるのであれば、懺悔室へお越しください。懺悔室、何て言いますが……些細な悩みでも、我々は相談に乗りますよ」
「ああ、ありがとうな。覚えとく。んじゃ、俺はこれで退散~っとさせていただくぜ」
「ええ、我々の門は身分種族の隔てなく、広く開かれています。また話でもしに来てください」
案外早く話が終わったな。
ていうか普通に良い人だったな。
しかも割と人も多いし……こんなところもあるんだな。
俺、宗教とか教会ってだけで差別意識持ってたかもしんない。
外に出るといつも通りの熱気と、寂しさ交じりの解放感が俺を包んだ。
特に用があるわけでもないし、暫く歩きまわったら王城に帰るか。
別に何時何時までに帰ってこい、とは言われてねぇけど……多分飯時ってのもあるだろうからなぁ。
あ、そういや俺、飯どうすんだろ。
流石に食事会に混ざるのとかは無いよな。でも、王選候補者とその付き添い全員合わせてワイワイ……ってのもないだろうし……。
やっぱ外食なんかな?
俺は道の綺麗な方に進んでいくと行き当たった、上品な趣のある通りを行きながら思った。
ここら辺なら、貴族向けの料理も出せそうだし。そうじゃねーかなぁ……。
てか、さっきからチラチラチラチラと、視線が鬱陶しいな。
さしずめ、「薄汚い鼠が迷い込んできましたわよ」「あら、何を勘違いしてるのやら」といった感じの。
……何か負けたような気がするけど、大通りに戻るか。
王城に戻ると、朝より人が増えているのがわかった。
適当なやつに聞いてみると、有名人が入城しているらしい。
一体、どんな奴らなのだろうか。もしかすれば、彼らが例の王選候補者とその御一行なのか。
その推測は正しく、人垣の後ろの方から見ているとその姿が見えてきた。
先ずは女王様って感じのお姫様に、野性味たっぷりの鉄兜+半裸のほぼマッチョ。
名付けて、「美女と野獣」。まさにそんな感じで、ちょっと笑った。
次に見えたのは賢そうな緑髪の女に、猫耳の美少女。
なんというか……異世界してるな。文官とアイドルって感じたが、関係性が分からない。なんだ、あの組み合わせ。
紫髪なんて髪の少女も居た。
白いペレー帽を着け、同じ髪色のイケメンを侍らている。ロズワールと違って、その髪色は明るい。だからこそ、どこか雰囲気が緩く――親しみが持てる。
ロズワールより親しみやすそうだ。
すげぇ、見た目だけでも割とキャラが濃い。
暫く門のそばで人混みに紛れてみていると、意外な姿を見つけた。
ちっこくて、でも快活そうなドレス姿の少女、そして炎の様に赤い、騎士。
「なんであいつらが……? というか、なにが……!?」
黄色い歓声を引き連れて歩く赤髪の騎士はラインハルト。
そして、そのラインハルトにエスコートされている不機嫌そうな少女は……紛う事なく、エミリアの徽章を盗んだ盗賊、フェルトだ。
その姿、その光景の中で何よりもおかしかったもの。
それは、罪人であるはずのフェルトがそこにいる事ではなく、また、余人が気付けることでも無い。
異常なのは、ラインハルトである。
死の線。
それは、全ての終わりの具現。
特に、今の
実際、ラインハルトも死の線が無いわけではない。
だが、ラインハルトの死の線は、
前見た時から、明確に
ありえないことである。如何なる神秘を用いれば斯様なことができようか。
結果として、
もう一つの疑問に、無理やりに意識をそらして。
――なんだ、これ。
何がどうなってんだ?
ああ、この組み合わせの方が、関係性が読めなかった。
俺が気絶したあと、何があったんだ……?
あいつらが王城の中に入り、歓声が消えるまで、俺は呆然としていた。
俺は気付かない。気付こうとしない。
ラインハルトには、人としてあり得ないほどの神秘が渦巻いている。
王城に入るラインハルトには王族のような風格があり、手を引くフェルトがまったく目立っていない。
まるで、王選に立候補するのがラインハルトであるかのように、その歩みは威厳を伴っていた。
【強化内容】
ラインハルトは■■・■■■■■■である。