菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。   作:繭原杏(繭原安理)

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押し寄せる津波

 その日は、朝からずいぶんと胸騒ぎがしていた。

 いつぞやの魔獣騒動――あの時の様な原因不明の歯痒さ、腹の内側を羽ペンでくすぐられるような、奇妙な気持ち悪さを感じていた。

 

 ああ、きっと魔獣が近くに居るのだろう。怪異に類似する者たちがいるのだろう。

 そう思って、王城から飛び出そうとした。

 

 けど、辺りには何の異変もなく。

 まさに平和そのものだった。

 ここ数日散歩してた時と同じ様子で賑わい、人で栄える。

 魔獣の姿など欠片もなく、ああ、俺は勘違いだって思ったんだ。

 

 そのまま散歩に移った。

 スラムは……まぁ、色々嫌な思い出があるから行ってないけど、それ以外の所は大体行った。

 貴族街は住人の目線がきつかったけれども、一通り回ってみた。何故住宅地に商店なんかがあるんだろうな。

 

 大通りは何時も出店で賑わっているが、その配置は日々違う。肉串にサンドイッチ、ナンっぽいのに包まれたタコスのような物。果物やジュース。

 それだけにとどまらず、得体のしれない壺に装飾品、今日は絨毯なんかも売ってる。

 それを冷やかすだけで、だいぶ暇は潰せていた。

 入れ替わり立ち代わりで店の様相が異なるのだ。どうやら、新入りはあまり長く場を取れないみたいで、年の若い人がいる露天程入れ替わる速度が速いように感じた。

 その点、リンゴ……リンガのおっさんの屋台はいつ見てもあった。ああ見えて中々のやり手なのかもしれない。

 この前見たら美人なおねーさんが店番してたけど、娘さんだろうか?

 

 まぁいいや。

 

 朝一番から城を飛び出して、でも肩透かしを食らって。

 気の抜けた顔で街をぶらついていた。

 そうする間にも焦燥感は強まって、今にも駆けだして叫びたくなるような気持ちをこらえた。抑えていないと、手当たり次第に手を振り回しそうだった。

 

 ……ああ、駄目だ。少し道を逸れよう。

 

 適当に選んだ小道から出たのは、あの、教会がある道だった。

 そこも大通りと変わらず人通りもあり、辟易としながら次の道を探した。

 

 「――おい、聞いたか? 今日はシシィさんが懺悔室に居るんだって」

 

 それは、同じ方向に歩く二人組の男の会話であった。

 

 「へー、でも声しか聞こえないだろ、懺悔室って。知らないけど、その人ってそんなに声が良いのか?」

 

 「いやいや、あの人はな、こう……母性があるって言うか、包み込むような優しさの中にちょっと混じる影……そう、あの人なんか未亡人感がするんだよ。すげぇ話してて癒されるぜ」

 

 「……お前、懺悔室の『懺悔』って意味、分かるか?」

 

 「ああ! つーことで、今から懺悔してくる!」

 

 ……懺悔室ってお悩み相談所みたいなことじゃなかったっけ。

 なんでお話会みたいな場所になってんだろう。暇なのかな。暇なんだろうな。

 

 うん、仕事しろよ。俺も人のこと言えないけど。

 

 突然走り出した相方を見送り、手に持った紙袋を抱えなおす。

 フランスパンが飛び出てる。腹減ってきたわ。フランスパン切ったやつコンソメスープに浸しながら食いたいなぁ。

 

 

 

 丁度、(スバル)がそんなことを考えていた時の事だった。

 最初の異変は貧民街で。暖かな日差しの下で暖を取っていた宿無しの老人が、それを見た。

 

 薄く罅が入り、なだらかに中央が持ち上がる。

 ごぼっ、と湧き上がる土。アスファルトの様な舗装がなされていなくとも、人の良く通り道とは踏み固められている。

 ここもその一角で、だから老人はその膨らみに興味を抱き、近づいた。

 どうやら、そこから何かがはい出てこようとしているようだった。老人の矮小な体躯では覆えないほどに大きい盛り上がり。それは到底人の力では作れないだろう。

 土の山はだんだんと高くなり、やがては老人が見上げる必要があるほどになった。

 

 眩しい逆光に目を細め、その黒い輪郭をはっきりさせようとする。

 土の山はだんだんと大きく――いや、こっちに覆いかぶさろうとして。

 

 「ぎゅぽ」

 

 ぐちゅり。

 

 潰された肉の塊が最後に口にしたのは、そうとしか形容できない末期の悲鳴。

 いや、悲鳴ですらなかった。押しつぶされた肺から空気が抜け出た音。言葉ですらなく、唯の音。

 盛り上がった土の山、それは既に土の山ではなく、土に塗れた異形となっていた。

 

 (スバル)がそれを見れば、それは馬の様な存在だと断定しただろう。

 その首から下は、まるっきりこの世界に存在しえない「馬」という生物だった。

 

 「――」

 

 身動ぎをして、土塊が払われる。

 (スバル)はこれをなんと形容するだろうか。

 

 本来の馬の首がある部分には、人の上半身があった。ローマの彫像の様な、鍛えられた戦士の裸体画晒されていた。

 その腹には、縦に裂けた隙間。外周に沿うように痰のように黄色い歯が生えているのを見ると、恐らくそれは口なのだろう。

 そしてその割れた胸筋を見上げ、くっきりとした首の筋肉を追い、顔――には、辿り着けない。

 

 何故なら、そこに顔など無いからだ。

 捻じりくねった巨大な犀の角、それを首の断面に縫い付ければこうなるだろう。

 土に塗れたその角には、明確な殺傷力と、そして異質さがあった。

 

 その胴体だけ見れば人とも見えなくない。輪郭だけ見れば、人と見えなくもない。

 けれど、鬣の代わりに背中に走る炎が、それを許さない。

 

 「――――」

 

 異形は悲鳴を上げた。

 異形は嬌声を上げた。

 

 火に炙られる罪人のように、肉にありついた餓狼のように。

 血の滴る新鮮な肉を想って、人の外見を一部持つ獣が歓喜と苦痛に咽び泣く。

 

 ああ、いや。それは本当に咽び泣いているのか。それは本当に肉に思いを馳せているのか。

 人の理解できる存在でなく、見る者に無条件の不快感と恐怖を抱かせる害悪。

 

 それが、魔獣と呼ばれる存在。

 ソレが、彼()である。

 

 「――――――!」

 

 声なき豪音が空気を震わせ、馬は湿った足を前に進めた。

 目の前の土の壁を蹴り砕き、鬱陶しい音を上げる肉を踏みつぶし、邪魔な板を叩き壊し。

 人が「家」と呼ぶ安息地を破壊しながら、進む。

 

 

 

 同時刻。王城、人気のない書庫の片隅で。

 埃の積もった本棚。黴臭い空気。日の差さない暗室。

 ここにある本には一体いかほどの価値があるのだろうか。ラムにはそんなことは理解できない。

 顔を横に動かしてみれば、「魔法の属性に関する例外事象」と銘の打たれた革張りの本が目に入った。それ以外の表紙は読めない字であったり、訳の分からない後の並びであって読めなかったりしたからだ。

 

 例えば、この本。

 魔法の属性――火、水、土、風、闇、光の六種類――に関しての説明ならわかる。

 だが、例外事象とは何なのだろうか。そもそも魔法の属性の基本事象とは何なのか。そんなことが何の役に立つのか。

 

 そんなことは、ラムには一切分からなかった。

 何の役に立つのか分からない。けれども、誰かの役には立つのだろう。

 そういうことにして、再び前を向いた。

 

 「……遅いわね」

 

 「いーぃや、すまないねぇえ」

 

 「――いえ、お帰りなさいませ、ロズワール様。失言、失礼いたしました」

 

 「いーぃよ、そんなことは……それよりも」

 

 ラムは目の前の本棚を通り抜けるように現れた自らの主へ、挨拶と謝罪をした。

 当の主というと、そのことを気にしたそぶりもなくラムの方へと歩み寄る。

 そしてぴたりと止まり、辺りを見渡した。

 この書庫内の本を探す風でなく、その向こう――部屋の外、城の外に目を向けるように。

 

 「スバルくんは、どうだったかぁな?」

 

 「はい。バル……ナツキ・スバルはいつも通り。日が昇った後に起き、そして散歩に出かけました」

 

 「ふーぅんむ。()()もいつも通りかね?」

 

 「はい。レムとエミリア様は、今日は見えないようでした。取り合えず、レムは城の給仕へ研修に行ったと言っておきました」

 

 「よろしい」

 

 何が良かったのかロズワールは頷きを返す。そのままラムの横を通り、書庫の扉を開けて外に出た。

 

 「御用事は、よろしいのですか?」

 

 「ああ。それとラム、ついてきなさい」

 

 「はい」

 

 その桃色の髪より少し深みのある赤い瞳に疑念を浮かべながら、ラムは歩き出した。

 ここ最近の例に則ると、この後少しして訪れるラインハルトという騎士と共に、先ほどの本棚の奥に消える筈だ。

 今日は別の用事があるのだろうか。

 

 廊下で赤毛の人物とすれ違い、ラムは混乱し始めた。

 その人物は紛れもなくラインハルトであり、此処数日ロズワールと書庫で待ち合わせをしていた人物だからだ。

 ソレが、今日に限ってはロズワールなど見えていないかのようにすれ違い、あの書庫へ向かっていた。

 

 いつも通りの険しい顔つきを見るに、まだあの書庫に用があるのかもしれない。けど、何故ロズワール様に声を掛けず、目も向けないのだろうと。

 

 そんなことに思考を取られている内に、ラムはロズワールに連れられて階段を上へ上へと上がっていた。

 普段使うことのある二階を越え、貴族たちの溜まる三回を越え、文官たちの仕事場の四階を越え、気づけば王族たちにしか立ち入りを許されない五階まで来ていた。

 

 「あの、ロズワール様。此処は――」

 

 「――わかっていーぃるさ。此処は本来、私ですら立ち入ってはいけない場所だ―ーぁってね」

 

 「でしたら」

 

 「でーぇも、それは一旦忘れなさい」

 

 「え?」

 

 見たことのない五階。その更に上の六階に続く階段に足を掛け、ロズワールがラムに振り向く。

 

 「取り合えず、一番高いところに」

 

 それだけ言って、ラムの主は再び階段を上がり始めた。

 

 「……」

 

 ラムもそれを追って、少し駆け足気味に階段を上った。

 

 

 

 「……はぁ、はぁ」

 

 ラムの息が荒れているのは、肉体の疲労によるものではない。

 窓から見える景色から、自分が今までにないほど高い場所にいると分かり、恐怖を抱く。本来立ち入ったら首が飛ぶ――許されないことをしていることの恐ろしさ。そういった感情が心臓に早鐘を打たせ、呼吸を加速させている。

 

 「――ふむ、始まってるね」

 

 辿り着いたのは、物見櫓の様な尖塔の頭の部分。

 石壁に空いた窓から身を僅かに乗り出し、ロズワールが街の景色を確認していた。

 

 ラムもその隣に並び立って下を見る。

 方向は……貧民街の方を見ていると分かって、北西だと判断する。

 流石は王都ということもあって、丁寧な区画整理と自然豊かな光景を見て息を呑む。

 

 それから頭を振って、主が何に注目したのかを探り始めた。

 

 すると、とんでもないものを見つけた。

 

 「……あれは、まさかっ!?」

 

 「うん、魔獣だーぁよ」

 

 事も無げに言うロズワールの声を聴いて、ラムはへたり込んだ。

 

 「何故……何故っ!?」

 

 「だいじょーうだよ、ラム。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだぁからね」

 

 普段から主の思考は理解できなかったが、この時ばかりは言葉すら理解できなかった。

 故に、ラムは主の言葉をよそに言葉を紡ぐ。

 

 「あれは、あれはっ――」

 

 

 

 

 

 

 最初に気づいたのは老人、見届けたのは青年。

 では、次は少年が遭遇するべきだろう。その惨事に。

 

 

 

 先日訪れた教会を通り過ぎながら、(スバル)は一向に静まらない疼きに不快感を抱いていた。

 暴力衝動とは少し違うそれが――ある時点を境目に、急激に強まった。

 

 「――ッ!? これはっ」

 

 そこで漸く疼きの正体を理解する。

 

 それは退魔衝動。殺人衝動。

 人ならざるものを殺したい。殺さなければならないという使命感。

 それに突き動かされて、(スバル)は自身の無意識に支配される。

 駆けだした方向は貧民街。勢いよく飛び出し、路地を駆け、両脇の壁を蹴り上げて屋根に上る。

 

 そこで、動きが止まる。

 

 「……なんだ? 方向が、分からない? こんなに反応が強いのに、か?」

 

 そう。どこに行けばいいのかが分からないのだ。

 先ほど前は貧民街の方向を目指していた。けど、今は貴族街の方に向かうべきだと感じた。

 いやむしろ大通りに、詰所に、王城に、住宅街に、関所に、広場に、そして――此処に。

 そこかしこ、全ての場所に向かうべきだと本能が告げ、しかし一つしかない体が処理しきれずに動きが止まった。

 

 その時、何処からかぴちゃぴちゃと音がした。

 ガムを噛んでいる不良のよな、あれよりも湿っぽい音だ。

 方向は……下である。

 

 俺は、恐る恐る屋根の下を覗くいた。

 

 そこには、頭の代わりに角が首から生えたケンタウロスが、自身の腹に()()()()人の上半身を押し付けていた。

 

 

 

 「「――魔獣」」

 

 

 

 (スバル)は屋根から飛び降りた。

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