菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
落下する。魔獣が振り向く。
着地するまでの束の間に腰を捩じり、腕をしならせ、鞭を振り抜くように指先で線をなぞる。
縦に腕を切り取るような軌道だったお陰で、万が一にも外すことはしなかった。無事に魔獣の腕は刈り取られ、魔獣には死が与えられる。
着地からやや遅れて、どさりという音が二つ。
半人半馬の異形と人の死体、それを見ても何も感じない。
……ああ、どうやら、あの森で遭遇したのと同じような事態が起きているようだ。
こういう時の正答は、原因を叩くこと。前回から学んで、するべきことを速やかに決められた。
だが生憎と、その為の手段が無い。原因を探る為の妙案が無いのだ。
なら次善の策としてこいつらを根絶やしにする……のは難しいかもしれない。
「ふぅ……」
息を吐いて、目を閉じて、ざわつく衝動に意識を傾ける。
魔獣の数は分からない。方向も、距離も。
あらゆる場所に居すぎて、数が多すぎて、処理が追い付かない――知覚が及ばないのだ。
それでも、端的に言えば付近にいる数はさほど多くない。大体十数体といったところだ。
けれど、この王都はどれだけ広いか。もし全域にこんな密度で広がっているなら、総数は百を下らないかもしれない。
間違いなく、あの森の魔獣よりも多い。
ばらけている、というのはこっちに都合がいい。一体一体不意打ちして仕留められれば、無傷で終わらせられるからだ。大体、正面切って戦う方がちゃんちゃら可笑しいのだ。
だが、問題はそれまでに出る犠牲だ。そもそも、全滅させるまで体力と集中が続く保証もない。
それに、最終的に目指すべき目標は「原因の究明」及び、「死に戻りによってそれを解決する」ことである。
……この週は、捨て回と思って行動しようか?
少し躊躇しながらも、
既に王都の各地で犠牲者が出ている以上、全てを救うことは不可能だ。全てを救うことが不可能なら、今更犠牲者の多い少ないにさほどの意味は無い。
「……うん、そうしよう」
自身の出した結論と、それに至るまでの論理。そこに一切の綻びが無いのを確認して、では次の段階に移る。
それは、どう行動するかということだ。情報を集めるために、どう行動するか。
ぱっと思いつくのは、情報のある所に行くこと。情報のあるところとは何なのか。
この状況に関しての情報なら、当事者が一番多くの情報を持っているだろう。
即ち、元凶や被害者だ。
元凶を見つけることが目的な以上、まずその居場所は分からない。というか、分かれば苦労しないという話だ。
では被害者から話を聞くのが道理だ。そこから進展させて、被害者の多くいる場所――つまり、逃げ場を見つけることが第一に取るべき行動だろう。
火災訓練の時を思い返す。災害に遭遇した際、対処する手段が無ければどうにかできるだろう所に人は向かう。対処法を所持する者も、保護する相手が一か所に居た方がやり易いだろう。故に、王都に居る民はどこかに集まっているとみていいだろう。
それはどこか。当然、魔獣なんてものに対処できる者なのだから、駆け込む先は武力の保持者――騎士達の詰めどころであろう。
「……っとと」
そういえば。
何故この魔獣は腹に死体を押し付けていたのだろう?
そんな疑問が好奇心を刺激したわけでは無いだろうが、
完膚なきまでに死んでいるため、不意打たれる危険は無い。けどもそれ以前の問題として、筋肉質な魔獣の体は、その上半身だけでも相当の重さだった。
「なるほど、腹に口があんのか」
十二指腸に直接届けてやると言わんばかりに開いている、口のような何か。涎を垂らすように値を垂らし、閉じる力もなく空いている。
鋸の様な歯が立ち並ぶ奥には、果たしてどんな構造か、腸の存在は見えず、普通の口と同じような構造に思える――その大きさと、向きを除けば。
チラリと人の死体を見る。中年男性の死体だ。
唾を飲み込んで、その有様をまじまじと見つめる。
家族を逃がすために立ち上がったのか、手には死んでなおきつく握りしめられている箒がある。
虚空へ向く瞳と裏腹に、奥歯をかみ砕こうかというほどに口元は力み、口端から血が垂れているのが分かる。
魔獣に食われていた断面からは千々に千切れた臓物が零れ、排泄物や血の臭いと混じって異臭を放とうとしていた。
ああ、彼はきっと勇士だった。
万夫不当の英雄でなくとも、愛すべき妻と子を守る。その為に立ち上がれた、一人の勇士であったのだろう。
果たして、その一歩がいかに重いのか。押して計ることも憚られるそれは――
「そろそろ行くか」
――しかし、
どうせ死ねば巻き戻り、その決意すらもなかったことになる。
故に、
強いて、何か一つ感想を送るのなら。
愚かだな。力もないのに。
きっと、そんな感じの言葉しか送れないだろう。
それから時間は少し経ち、
向かう先は、つい先程訪れた詰所。ラインハルトはいない筈だが、それでもあのラインハルトと同じ騎士だ。期待が持てる。きっと多くの住民が避難して、情報が集まっている事だろう。
まぁ、情報を聞かせてもらえるかは別なのだが――。
そんな、フラグ染みたことを考えていたためだろうか。
やはりというべきだろう、
「――え」
辿り着いたのは騎士団詰め所のまえ、その広場。周囲に立ち並ぶ家々の屋根の、その落ちるギリギリのところで足を止めた。
何故か。
広場に、
「――おい、陣形を崩すな!」
「つったってよぉ! ふっ、てめぇが合わせればいい、だろ!」
「ざけんな! それで……嬲り殺されるつもりか!」
目視で見える魔獣の数は六体。
多いと言えば多いが、殺しきれない数ではない。そも、このくらいなら一体一体殺して回れるのでむしろ余裕ですらある。いやさ、隠れまわれるという条件付きでだが。
だが、それはあくまで
ケンタウロスの下半身である馬の体躯も、簡単に人を殺し得る力を持つ。人の頭を蹴り砕ける蹄には、既に幾らかの異物がこびり付いている。辺りに脳漿を散らして倒れていた死体は、それによって死んだのだろう。鉄兜すら凹ませている。
何もかもが人を超えている怪物。更に、人を殺すことへの執着による死兵化。
ただの凡人ですら死兵と化せば軍人をも殺すという。人を超えた怪物の死兵、その集団というのだから力量差はとてつもない。
今この場にはざっと三十名近くの騎士――いや、武装戦力がいるが、場所がいけない。
囲むには場所が足りず、かといって魔獣の回避を制限する障害物は無い。
少数対多数、或いは格下が格上に勝つための簡単な策を取れない。
絶望といって、差し支えない。
数の有利? そんなもの、たいして意味は無い。
ほれ、今だって。
「くそっ、こいつ、かてぇ――くぺっ」
「なっ、おい! 起きろ、踏み潰されるぞぉ!」
ぐしゃり。
一人戦力が減り、魔獣一体に当たる人数が減る。
その分だけ魔獣は楽になり、そして騎士たちの形勢は暗くなる。
この場の趨勢は、間違いなく魔獣の側に傾いていた。
「うわぁ……」
目も当てられない。
別に、騎士の腕が悪いわけではない。
ただそう、力が足りないのだ。
決定打となり得る一撃、或いは消耗戦で相手を上回れる数。
ソレが足りないから押されて、圧し潰されて、磨り潰されている。
「さてと……居るとすれば、建物内部か」
避難者の姿は見えない。少なくとも、外にはいないのだろう。
だが、魔獣の蔓延る街を逃げ回りながら王都の外に出る度胸があるとも思えない。こんなにも街に人気が無いのだから、どこかしらに集まるなりなんなりしているのだろう。
話を聞くには、あの魔獣たちは邪魔だ。片付けないと。では、何処からどうやって?
魔獣はその全個体がこちらに背を向けている。騎士たちと向き合っている。
詰所を半円状で囲むように散開している姿からは、明確な戦術は読み取れない。人を襲っていたら、たまさか魔獣に都合のいい布陣ができた。そんな感じだ。
連携する様子が無いことから、仲間を気遣うことは無いと分かる。いや、協力する知性が無いのだろうか。
だが、好都合だ。
真正面に居る二体を殺した後、右側の二体を殺す。左側の二体まで勢いで行ければいいが、流石に気付かれるだろう。
正面から相対したら、あの振り回している両腕や前足でミンチになる。先程石壁のぶつけたところに明確な罅が入ってる。攻城槌かよ。アレには当たりたくない。
だから、不意を打って数を減らし、その後は騎士たちに任せよう。流石に三十体二、三なら勝てるだろう。
「うし、行くか」
立ち上がって数歩後ろに下がり、助走をつける。
「なっ、民間人!?」
騎士の一人が、
そんな余裕があるなら魔獣の動きに気を付けろ、何て思いながら屋根から飛び出し、そのまま真正面の二体――その片方の元に着地する。
距離が少し足りず、死の線はなぞれない。体躯が高いから、上半身には届かない。
だから
「ふっ――!」
貫き手を差し込まれた馬の体躯の脇腹。そこには死の線の集合した、死の点が滲みあがっていた。
豆腐に指を埋めるように抵抗なく、筋肉の蠢動と熱い熱を手の全体で感じた直後、振り返りながら手を抜き出す。
後を追うように噴出した血は赤く、血霧となって石畳を濡らした。
それは
目指す先は――足。もう一頭の足に走る、少し曲がった死の線。
突然の事でこちらの認識ができていないのか、そもそもこいつらの感覚器官はどうなっているのか。それは分からないが、特に抵抗もなく二体の魔獣は死んだ。
残るは四体。もう一体ならいけるだろうか、そう思って
「あ、おい! お前は誰だ――何者だ!?」
突然現れて自身が苦戦していた相手を素手で、しかも二体屠った相手だ。謎にもほどがある。その疑問は当然で、口にした騎士に非は無い。
それに
そんな理由で、
「いぃ――よいしょっとぉ!」
三体目。まっすぐな死の線が丁度いいところにない。どれも捻じくれ曲がっていたり、手の届きにくい場所にあったり。死の点は見えない。反対側にあるのだろうか。
仕方ないので、
強化魔術の恩恵か、それとも魔獣が意識していないせいか、体勢が崩れ、体に瞬間的な硬直が入った魔獣の体表を、
ぷしゅりと噴霧する血液。先程のより勢いは小さく、しかし量はそれ以上だった。
瞬く間に濡れ鼠血みどろダルマになった
他の魔獣に存在が気付かれたのだ。
「それじゃあ、後は頼みます」
「へ、あ、おい。ちょっと待て! 貴様は一体――ああもう!」
再度問を投げかけられた
別に答える必要もないが――と、
「……」
「……」
まだ救援に向かわず、むしろこっちに槍やら剣やらを突き付けてくる。
……当然であった。
敵対するつもりもないことだし、敵意を向けられることが好きなわけでもない。
「あー」
しかし、言葉が見つからずに呻き声が漏れる。
あー、とか、うーとか。そんな感じの呻きだ。
戦闘の怒号をバックにそれを暫く繰り返し、返り血の熱が冷めてきた頃合いで漸く言葉を見つけた。
「――『俺の名前は菜月昴。右も左もわからない上に天衣無縫の無一文! ヨロシク!』」
思い浮かべたのは、いつぞやの記憶だった。