菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。   作:繭原杏(繭原安理)

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滑り込みセーフ?
日常回()です。


とある日の教会

 2月14日。

 三世紀頃に殉教した、聖ヴァレンティヌスに由来する記念日。

 更に言えば、彼のヴァレンティヌスの処刑日はローマの女神の一柱の祝日で在り、それが起源といっても差し支えないだろう。当然、男女の仲を推し進めるような女神である。更に言えば翌日は「はい男女でペア(カップル)作ってー」的な悍ましい祭りを執り行っていたという。何故広まらなかった。

 

 違う、そうじゃない。

 

 バレンタイン。ヴァレンタインデー。少し巻き舌にした意味は無い。

 明確にいつごろから発祥したのかは不明だが……かのローマ帝国の時代から存在していたのだ。かなり古くからあると言ってしまっていいだろう。

 ならば、此処から導き出される結論は、人は古来よりバレンタインに支配されてきたということだ。

 世の男どもは季節が巡る旅に女子を思い、普段の趣と様相を変える。

 

 何が言いたいのか。

 

 例にもれず、昴もそうであるということだ。

 

 

 

 

 

 

 粉雪も降りださんばかりに冷たい外気が、欠伸をした口から入り込む。

 気中で結露した白い吐息が世界に溶けて消える。

 冷たさを感じた口内に驚き、首元に巻いたマフラーへ顔をうずめた。

 

 「あー、さむ。寒い寒い」

 

 くぐもった独り言は、当然聞くものなどいない。

 誰に言うまでもなく、手に降り積もる雪のように淡く、言葉は静かな空気に吸い込まれる。

 本来、冬は炬燵に潜って蜜柑を食べるか、さもなければ友人を呼んで人生ゲームをするくらいしかするべきではない。

 それがなぜ、今日に限ってこんなにもアウトドアなのか。

 

 パトロールである。やはり怪異はいつ何時も現れる災害で、「正義の味方」である以上、それらを排斥し、巻き込まれた者たちを助けなければならない。如何に寒かろうと、怠ってはならないのだ。

 

 と、言うのは建前で。

 

 実のところ、知っている女子に偶然出くわし、義理でいいからチョコを貰おうと目論んでいるのである。

 家にいたところで家族からしか貰えないし、こんな寒い日に家まで届けに来るもの好きもいない。そもそも町で出くわす友人などいない気もするが、そのことは意識の範疇にない。

 

 「……寒いな」

 

 ポッケに手を突っ込み、当て所なく彷徨う。

 さて、何処に行こうか。冬木の屋敷なら、藤ねぇがいるかもしれない。こうして歩いてたら、あのバカな友人たちと出くわすかもしれない。

 あのバカで能天気な友人と駄弁るのはきっと楽しいだろう。藤ねぇに振り回されるのも、気が晴れるに違いない。

 

 「……」

 

 俺は足を止めて、傍の路地裏に曲がった。

 

 

 

 

 

 

 「この裏道を通って、ビール箱乗ってよっ、と」

 

 誰のものとも知れない家の石垣に立って、右へ。

 暫く進み、目の前の小道に飛び降り、また歩く。

 ここらの道はだいぶ詳しい。子供の頃、親父に連れられてきたからだ。

 

 さっきの家の事も、俺は何も知らない。ただ、親父がここら一帯で有名な悪坊主で、大人になってそんなことをしても笑って許されるくらいに人望があった。だから、俺は子供のころからこういう近道を覚えてきた。

 親父は、何と言うか、普通の人だ。普通に明るくて、馬鹿で、底抜けに正義漢だった。

 そんな親父はみんなに好かれていた。近すぎる距離感でぐいぐい距離を詰めて、いつの間にか仲良くなって。

 最後はみんな不思議そうにしながらも言うのだ。「菜月賢一は最高の友人だ」と。

 

 最高の父親だった。人間としても、男としても、父親としても、最高の人だった。

 あの馴れ馴れしさには戸惑ったが、それがかえって良かったんだと思う。養子で向かい入れられた俺をがあの家に馴染んだのは、あの馴れ馴れしさのお陰だった。

 

 ――俺にとって、父親とは“目指すべき背中”である。

 

 俺は自分が「ファザコン」と呼ばれる人種であろうとはわかっている。父親に必要以上執着している自覚がある。

 でも、改めるつもりはない。これでいいと思うし、これ以外の生き方が分からないからだ。

 

 ――菜月健一は、()()()()()()()

 

 だから、俺も正義の味方(ヒーロー)になる。背中を追いかける俺には、それ以外の選択肢が全く見えなかった。

 ああ、視野が狭いというならそう言ってくれよ。でもさ、憧れなんだ。

 きっと、この思いは憧れだ。「ああなりたい」「そうでありたい」。父親に見るのは偉大な背中で、きっと大小の差異あれ、息子というのはそれを追いかける生き物だ。意識せずにはいられない生態なのだ。

 

 「ああぁ……」

 

 空を見上げて、溜息を吐いてみる。

 白い吐息だけが空に昇って消えて、胸の中の蟠りはちっとも軽くならない。

 

 「――あら、菜月さんちのー、そうそう、()くんじゃない!」

 

 「はいはい、菜月さんちの昴ですよぉーっと。ああ、樋田さんじゃん、どしたん? こんなところで」

 

 「こんなところでって、やぁーねぇ。ここ私んちのま、え」

 

 「ん、ああ、此処樋田さんちだったんだ。へぇ、でっけぇな。良い家じゃん」

 

 「でしょー!」

 

 突然声をかけてきたのは、四十代後半くらいのおばさん。多分、親父の同級生か何かで、前も二、三回顔を合わせたことがある。

 その名前も、顔と結び付けて覚えた。振り返ってしばらくして思い出し、口に出して確認した。間違えてはなかったようだ。

 あの親父は異様に顔が広い。もしかしたら、藤ねぇよりも人脈が広いんじゃないかと思うほどに。

 その親父の友人たちを覚えるのは、中々に大変だった。でも、頑張ったのだ。

 

 例えばこの人、樋田さん。下の名前は知らないが、職場でのあだ名が「山脈さん」であることは知っている。今年で四十代後半ぐらいのOLだ。

 実家が農家か何かで、時折農作物のお裾分けにきてくれる。リンゴとか、ミカンとか。

 勝手な推測で、親父に片思いしていたんじゃないかと思っている。

 

 「ちょうどいいわ、ちょっと待ってなさい」

 

 「え、ああ、なになに。もしかしてチョコー?」

 

 「ふふふ、そのまさか、よ」

 

 「やったー! 流石樋田さんだぜ! 俺っちの好感度爆上がり中……っ!」

 

 家の中に消えてった樋田さんを見ながら、俺は息を吐いた。

 

 「ふぅー。ああ、そうだ。俺は菜月昴だ。菜月、昴だ」

 

 陽気すぎる口調は、慣れていても体力を使う。こんなテンションを四六時中、良く続けられたものだと、そう思う。

 

 ……俺は、まだどこかでこの名前に慣れていないのかもしれない。「菜月昴」に、成れていないのかもしれない。

 自慢ではないが、俺の経歴は余りに特異なものだと自負している。こんな経歴は世界広しといえど、確実に俺だけだろう。

 だから環境に馴染むように努力はしているが、こうもころころ変わると温度差が酷すぎて風邪でも引いてしまいそうだ。

 今回幸いだったのは、もう、一人暮らしできるという点。

 もう、誰かに引き取られる必要はない。

 

 樋田さんはそれから数分して、家から出てきた。手には綺麗に包装された小包が一つ。

 バレンタインのチョコだろう。

 

 「お待たせー、はい、これ。バレンタインのチョコ」

 

 「やー、ありがとー、樋田さん。俺今年は一個も貰えないもんだと思ってたぜ」

 

 「やぁねぇ、賢一さんに似てるんだから、きっとそのうちモテモテよぉ」

 

 「ふふふー、実は俺、大器晩成型? 何なら樋田さんの事、貰ってもいいぜ?」

 

 「『プレゼントはア・タ・シ』っていうの? あれはもういいかなぁって……」

 

 「あり? やったことあんの?」

 

 「っ! ううん、何でもないわ。うん、ほんとに。聞かなかったことにしなさい? おねぇさんとの約束よ

?」

 

 「お、おう……いい女は秘密をアクセサリーにするもんだからな、うん」

 

 なんかすごく物騒な雰囲気になったので、後ずさりしながら分かれる。

 てかしたのか。誰に……って、親父にか?

 いやいやいや、まさかまさかまさか。

 

 「……ふむ」

 

 あの親父の交友関係、広いだけでなく深いな。

 

 

 

 そこから歩を進めて、隣町まで来た。冬木市だ。

 途中、何回も声を掛けられて、義理チョコだの友チョコだのを貰ったせいで、両手にいっぱいのチョコが手に入った。

 途中で紙袋まで貰って、それでも抱えきれないくらいの量だ。これら全部が親父の友人からの贈り物なんだから、つくづくあの親父は……と呆れもしてくる。

 こんな量のチョコ、何日がかりなら食べきれるのだろうか。溶かして手を加えて、三食チョコで乗り切れそうな料理とかないだろうか。

 チョコを使った料理ならあるが、大量の、それも加工済みチョコを使う料理は……の生憎と、今まで聞いたことが無い。

 というかきっとない。確実にない。やろうとするやつだっていないと思う。

 俺もチョコをおかずに白米は食べたくない。パンも、だ。マヨネーズならいざ知らず、チョコだからな。

 

 だが、それができないと大体全部が生ごみに……

 

 「日持ちしなさそうなやつから食べ……開けないと分かんねぇよ」

 

 当然だが、チョコは全部ラッピングされている。

 つまり、中身が分からないのだ。その状態で日持ちするかどうかを調べるには、一度開けて確かめるしかない。

 面倒にもほどがある。こうなれば、誰か人を呼んで消費を手伝わせるしかない。

 

 「いつもはこんな多くないんだけどなぁ……」

 

 そう、例年のバレンタインでは、此処まで多くは貰わない。せいぜい十桁行くか行かないか、程度。親の貯お子、友チョコ含めてだ。

 そりゃあ、街をぶらつけば当たり前のようにチョコが集まる親父に嫉妬ぐらいはしたけど、いざその立場になってみると少しきついものがある。

 親父はこういう時、どうしていたのだろうか。親父は、家にこれほど多くを持って帰ることはなかった。

 

 「ま、どうにもなんないんだけどな」

 

 親父のやり方なんてわからない。だから、自分で考えてやるしかない。

 とりあえず、友人を呼んでチョコパーティを開こう。親父ならそうするはずだ。

 

 

 

 「『――じゃ、家で待ってるZE☆』っと。これでいいか」

 

 今いる場所は、冬木市の屋敷。爺さんから譲られた、日本屋敷だ。

 広さなら十分ある此処は、十人ぐらい集まっても問題ない。どうせなら、とあの人見知りな後輩も呼んで、友人たちに紹介してやろうと思った。

 桜は可愛いから、きっと気に入られるだろう。あの変態どもが暴走しそうだが……きっと親父は、それに笑いながら混じる。

 

 これなら桜の交友の輪も広がる。親父が俺にそうしたように、俺も桜にそうしている。

 桜は引っ込み思案だから、引っ張らないと全然出てきてくれないのだ。

 

 「さて、飾りつけでもするか」

 

 今日は珍しく、この家には俺以外の人がいない。

 野生の虎が住処にしているここは、何故か今日は静かだ。

 何故だろうか。

 

 ピロン、とメールが届いた。

 

 「――お、早速返信か」

 

 ピロピロ、と。次々にメールが届いてくる。

 ははっ、大人気だな、俺。

 

 「はいはい、今出ますよっ」

 

 開けてみれば、それは友人達からのメールだった。

 内容は、「先約があるから無理」、というものだった。

 

 うん。

 だろうな。

 

 あいつらは毎年、「リア充撲滅会議」だの「寒中漢祭り~チョコレイト編~」だの。「ストッキングで作ったチョコ賞味会」だのと……まぁ、そんな予定が詰まっている。

 何度も誘われてるし、今回のメールでも誘われているが……行くわけがない。

 

 「リア充撲滅会議」に行けば、俺は間違いなく袋叩きに会うだろう。だって可愛い後輩がいるのだから。同校じゃないけど。

 

 「寒中漢祭り~チョコレイト編~」に参加するのは、純粋に寒そうだからいやだ。去年送られてきたメールに添付された、褌一丁の男たちのむさくるしい画像には背筋を震わせた。

 

 「ストッキングで作ったチョコ賞味会」は心の底から嫌だ。なんでそんな変態チック……いや、まごうことなき変態行為をしないといけないのだ。

 

 だが、これで今年はバレンタインを一人で過ごさなければいけないと決まってしまった。

 憂鬱だ。

 

 

 

 「それで、私のところに来た、と」

 

 「ああ、そうだ。チョコ食うの手伝ってくれよ」

 

 「生憎と、私は麻婆豆腐以外は口にしない主義でね」

 

 「嘘つけ。大嘘つけ」

 

 やってきたのは教会。言峰教会、とか言われているところだ。

 神聖な割に淀んだ空気。それを吸いながら、俺は友人である言峰綺礼にチョコを差し出した。

 

 こいつとは、割と長い付き合いだ。

 菜月昴に改名する前だから、もうかれこれ七年くらいか。

 爺さんの知り合いらしいが、爺さんは頑なにこいつの事を嫌っていた。

 こいつも爺さんに興味はなかったようだし、犬猿の仲、といえばいいのだろうか。そこまでピリピリしては無かったけど。

 

 「だいたい、君にはまだ彼の後輩くんがいるじゃないか」

 

 「あー、桜の事か? 桜も多分無理だよ。例年そうだから。なんでも、家の用事があるんだってさ」

 

 「ほぉ、それはそれは……つまり君は例年、一人寂しくバレンタインを過ごしていた、と」

 

 「……親父と母さんもいたさ、例年はな」

 

 「おっと、これは失礼をした」

 

 「ちっともそう思ってねぇくせに、よく言うよ」

 

 俺は嫌なことを思い出し、その原因である綺礼を睨みつけた。

 

 「ふむ、ではお詫びとして少し説法でも語ろうかね?」

 

 「……いいや、いいよ。どうせここに来た時点で蒸し返されるとは思ってたし、お前の説法なんぞ聞いてたら頭が可笑しくなりそうだ。なまじ声と語り方が良いから、聞き入るんだよ」

 

 こいつは、此処で神父をしている。()()教会、という名前から分かる通りにに、こいつの一族はこの教会の管理人をしている。

 そのせいか、妙に説法なんかが上手く、興味が無くても聞き入ってしまう。

 だが聖職者にあるまじき心のひねくれ方をしているからか、時折変な話を持ってきたりする。人殺しがなぜ悪いのだとか、近親相姦の許容とか、罪を勧めるようなことを言う。

 それを聞いていると自然と「あれ、人を殺してもいいんじゃね?」とか思うようになりそうだから、俺はこいつの説法があまり好きではないのだ。

 

 「あー、なんで俺はせっかくのバレンタインにこんなとこきてんだろーなぁ」

 

 「神の家に向かってこんなところ、とは言い草だな」

 

 「はいはい、悪ぅございました」

 

 俺は適当な長椅子に腰掛け、背もたれに両腕を預けて広々と使っている。

 そんなだらしのない姿勢であるというのに、此処には触れないというのだから、こいつの基準も訳が分からない。

 前の椅子に足を乗っけても注意しかしないんじゃなかろうか、こいつは。

 

 「いいかね? 足りない、ということは幸福になる権利なのだ。

 空腹を知るのは満たされる喜びを得ることだ。夕食のおかずが足らないときは、明日に期待を抱くだろう? 買いたいものを小遣いで買えないならば、買えた時の喜びも一入(ひとしお)というものだ。

 さて、このような祝日に一人寂しく教会に訪れた君に、この言葉を贈ろう。『こころの貧しい人たちは――」

 

 マタイによる福音書、第五章だったか。

 ソレを引用して語りだすのは、欠落しているからこその幸福。

 要するに、『ボッチは寂しくないYO☆』という、慰めのような皮肉である。

 

 それを右から左に聞き流して、俺は窓の外を覗いた。

 

 「……あ、雪だ」

 

 2004年、今年のバレンタインは、ホワイトバレンタインだ。

 

 俺の予定も、まっさら(ホワイト)だ。

 

 来年は誰かと遊びてぇなぁ。いっそあいつらの集まりに顔出すか?

 でも、ま。

 

 「――と、神の子は。ふむ、しっかり聞きなさい」

 

 「あいて。はいはい」

 

 友人と二人きりで、教会で過ごすバレンタインも悪くない。

 今年はこれで満足しよう。




作成時間:約五時間
本編の約一年前の事。
このスバルくんに、もうバレンタインは訪れないっ!
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