菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。   作:繭原杏(繭原安理)

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この場に置いての無能は、(スバル)ではありません。


無能は誰か

 「――『俺の名前は菜月昴。右も左もわからない上に天衣無縫の無一文! ヨロシク!』」

 

 そんな挨拶は、怪訝そうな顔で返される。

 むしろ思いっきり怪しまれてる。なんか視線に敵意とかが良いとか、そんな感じのエッセンスが籠った。

 まぁ、当然だ。突然現れて膠着状態を崩して、瞬く間に苦戦した魔獣を三体も殺したのだから。

 そんな奴に武器を向けて、でもこんなふざけた自己紹介をされれば余裕があるとでも勘違いするだろう。

 敵とは断定しないだろうけど、黒よりの灰とか、そんな感じになるのだろう。

 

 うん。

 なんでこんな挨拶した、俺。

 

 「あー、オーケーオーケー、ハンドアップオーケー。ワタシ、テキジャナイ、オーケー?」

 

 ガチャリと鎧が擦れた。

 うん、ふざけてる場合じゃないみたいだな。

 

 「もう一度だけ聞く。貴様は、何者だ? 答えない、もしくはふざけた答えを返したならば――」

 

 ……さて、どうするべきか。

 

 

 

 

 

 

 彼は兵士だった。

 兵士とは国に仕える戦力で、騎士の下位互換などと見下される存在だ。

 剣聖なんてとんでもない存在がいるせいで、民は「騎士」という存在に対して実際以上の過剰な夢を見る。

 だが、忘れてはいけないのだ。王都の治安を守っているのは騎士ではなく、衛兵であり、兵士であるのだと。

 

 彼は兵士である。

 平時有事の区別なく帯刀し、しかし無断での使用許可は出されることのないオモチャの兵隊の一因だ。

 近頃では目零していた盗賊の巣窟を剣聖に潰されたこともあって、評判は下がる一方だ。

 纏まりを持たなくなった貧民街の住民による被害が散発し、より一層忙しくなってきた。その発生にバラつきがあるから、手を掛けるべき範囲が増えたのだ。

 

 面倒を増やしてくれた。それが、あの若い剣聖に対する正直な思いである。

 確かに賞金首をとらえるためという名目があれば、このくらいの不利益には目を瞑ろう。だが、その肝心の賞金首――エリザ・グランヒルデに逃げられては、被り損である。

 違うのだ。怠慢ではない。纏まりが無くなった多数の犯罪は、協定を結んだ大規模な犯罪よりも手に負えない。それだけの話だ。

 人手が足りない。人手が足りないのだ。

 

 だが、それも盗品蔵の主が彼らを取りまとめれば済む話である。それも大体の目途はついて、事態は収束へ向かっていく。

 それでも被害が完全になくなるわけではないから、見回りの数だけは減らない。

 

 その日は、見回りが特に少ない日であった。

 詰め所で仲間と交代時間まで駄弁ろうと、時間を潰していた時だった。

 

 「きゃああああ!」

 

 「AAaa!」

 

 突然、悲鳴と咆哮が聞こえた。

 悲鳴は女性のもので間違いない。男は、悲鳴を上げるより先に逃げだすことが多いからだ。

 だけれど、咆哮を上げるような奴には心当たりがない。そもそも人にこんな声が出せるというのだろうか。悲しくも憎たらしい、まるで世界全てを憎んでいるような、腹の底に響く重低音。

 外に飛び出てみれば、そこには予想だにしない光景が広がっていた。

 

 腰を抜かした女性、蜘蛛の子を散らすように逃げる群衆と、出店の影で成り行きを伺う真正の野次馬。

 それらの視線の先には、()()()()()()()が存在していた。

 

 「魔、獣……?」

 

 細長く、屈強な四本足の下半身に鍛えられた成人男性のような上半身を縫い合わせ、首の先には頭の代わりに魔獣の角。

 背中には炎のように揺れる赤い鬣が――いや、あれは炎だ。燃えている。背中が燃えている。

 

 「何故、此処に……っ!」

 

 つい先ほどまでは平穏な街だった。

 露店で売り買いし、にぎやかな雑踏と共に人があふれる、そんな穏やかな日々。

 その、筈だったのに。

 

 「aaaaAAA!」

 

 その平和を、脈絡もなく打ち壊された。

 

 

 

 「くそっ、このっ」

 

 「おい、大丈夫か!」

 

 「手を貸してくれっ! 一人じゃ……きつい!」

 

 魔獣は絶望の象徴である。魔女教が憎悪すべき存在であるのと同じように、その絶大な力は恐れるべきものだ。

 武器を持っただけの凡人では餌で、武装した騎士なら肉壁代わりになる程度。本当に倒したいならば、生態を調べ罠を張り、人を集めて討伐隊を編成する。

 力ではどうしても敵わない為に、その差を覆す数が必要なのだ。

 

 そして、これまではそれができる余裕があり、一方的に奇襲をかけられる立場に居た。

 

 それがどうしたことか。

 立場が逆転するだけで、人類は窮地に立たされた。

 

 「aaAAAA!」

 

 振り回す腕は、風を切るというよりも空気を殴りつけているようで、その余波だけで暴風が巻き起こされる。

 あんなものを食らったらひとたまりもない。現に、かすっただけの住居の石壁に大きく罅が入った。

 高々と翳されてから振り下ろされるその両前足も、避けそこなった騎士の肉体を鉄鎧ごと挽肉に変えた。

 巨体の割には素早く、目も内に関わらず視野は広く、そして脳が無いくせに連携を知っている。

 

 頭を、腹を、或いは全身を治療不可な領域までぐちゃぐちゃにされ、そのまま息絶える。それはどれほど苦しいことか、考える余裕はないし考えたくもない。

 湧き上がる吐き気は不快感からか疲れからか、眩みを覚えながら遠ざかる肉体の感覚に、彼は奥歯を噛み締めて対抗した。

 

 バキリ、奥歯に罅が入り、神経に激痛が走る。

 途絶えること無く神経を傷つけ、痛みを与える原因は、その過負荷に等しい咬筋力にあった。

 火事場の馬鹿力ともいえる力が、沸騰した脳が、普段扱うには過剰すぎる力と痛みへの鈍化という形で恩恵を与える。

 眠気は意識の外にあり、見えるものは魔獣一体。

 

 視野が狭くなっていることを、彼は意識の隅で自覚した。

 交互に攻撃を繰り出しながら、決して一人に的を絞らせない。複数人で魔獣に対処するセオリーだ。

 ソレを実行する仲間たちの姿でさえ、見えていても認識できない。

 

 視野が狭まっている。だが、此処で視野を広げようと――冷静になろうとすれば、この体は使い物にならなくなる。

 

 彼は、何処かで自分の限界をうっすらと感じていた。本来、こんなに動けているのも一種の奇跡でしかないのだと、そう思った。

 ガチャガチャと擦れる鉄鎧の重みも感じない、振り回す剣は小枝のようで、むしろそれを放り出して殴りにかかりたくなるほどの激情がどこかから湧いている。

 

 彼は驚いた。一体、何故これほどの激情を抱えているのか、何処からこんなものが湧いているのかと。

 答えはすぐに分かった。自分の事だから。

 簡単なことだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――激情を抱かなければ、立つこともままならないだろう程におびえていたからだ。

 

 成程。いつもいつも臆病者だ腰抜けだなんだのと陰口を叩いてきた自分であるが、そんな不名誉なレッテルを張られてでも逃げ出したい気持ちは、今理解した。

 これは恐ろしい。奮い立っていると、そう誤魔化さなければ立つことも難しいほどに。

 ほら、体が震えている。武者震いだと思っていたが、これは恐れだったのか。

 歯は震えない。何故なら、きつくきつく食い縛っているからだ。

 

 体はもう、敵わないと、そう認めているのだ――

 

 「ああ、ああぁぁぁあ!」

 

 ――だが、()()()()()()()っ!

 

 『我らは騎士である。誇りある騎士である』

 

 ふと、そんな声が聞こえた。

 記憶の回想。場面は、騎士団に入団した時――まだまっさらな新入りだった、使命感に溢れていた時の話だ。

 入団したての彼らに、当時の団長は告げた。

 

 お前らは勇士ではなく、英雄でなく、騎士であると。

 

 『諸君らは騎士である。誇り持つ騎士である

  戦を制する勇士ではなく、時代を変える英雄ではなく、剣聖の様な希望でもない。

  だが、諸君らは騎士である。戦の要となり、時代を支え、人々の安寧を守る騎士である。

 

  貴兄ら――誇りを持て。

  己が騎士であることに、一人では何もできない弱者であることに、寄り集まれば魔獣を殺す牙であることに――!

 

  誇れっ!

  諸君らは紛れもない――()()()()()!』

 

 鮮烈な言葉だった。十年以上もたった今でも、ありありと思い返せるほどに衝撃的な言葉だった。

 当時、彼はその言葉に反感を抱いた。自身らが弱者であることを認めろと、そういっているように聞こえて。

 だが違う。あの人は、こう言っていたのだ。

 

 『我々は騎士だ――団結を持って英雄を超える、数の力だ』

 

 その意味が、今分かった。

 我々は騎士だ。決して、突出した力を持つものではない。

 だが、それ故に誰が欠けてもフォローできる。それ故に連携を取れる。

 突出した化け物にはできない、数の力を示せる――!

 

 団長、見てますか。

 俺、やっと貴方の言ってた意味が分かりました。

 

 俺は、騎士だ!

 

 口角が弓のようにしなり、思考は興奮で満たされる。

 だがその動きは絡繰りのように規則的に、連携を崩さず、数人で一つの生命のように魔獣を囲う。

 振り回される腕を避け、体制の崩れた仲間を蹴り飛ばし、その猛攻の全てを数人がかりで捌く。

 

 ――これができるようになるまで、何人死んだ?

 

 分からないし、数えてない。

 そんな余裕はない。そんな必要は無い。

 自分らは唯、動きを合わせることだけを考えればいいのだ。

 それだけの簡単なことで、魔獣に()()()――!

 

 

 

 ところで。

 

 

 

 何故、余裕の欠片もない戦闘中に、こうも長々と考え込めるのだ?

 

 

 

 気づけば、世界は無数の線に代わっていた。

 地に足がついていないことだけが分かる、心細さ以上に恐ろしい道の感覚。下っ腹が縮まり、喉がひぅ、と縮まる。

 その感覚を例えるならば、幼い頃に父にせがんで高く持ち上げられた時の様な、そんな浮遊感。

 だとしたら、今は――

 

 その思考は、唐突な衝撃に遮られた。

 先程退治していた魔獣と、それに向かう仲間たちの姿が視界に収まる。

 一歩どころではない距離で、周りの仲間たちの状況も見える。

 何故、自分はこんなところに。

 

 「ぐぼっ、が、あ……っ、がはっ、ぇ」

 

 喉に込みあがる吐瀉物のような感覚。

 首を横に向けて吐き出すと、ぴちゃぴちゃと赤黒いものが石畳を濡らした。

 それと同時に、脳をマヒさせるほど強烈な痛みが襲い掛かった。

 どこが痛いのかもわからない。指一本でも動かせばこの痛みが増しそうで、恐怖を覚える。

 

 吐き出した血の中には、内臓の破片があった。

 内臓破裂。原因は、魔物の腕の一振りがたまたま当たったから。

 こうなると、一撃で死ねなかったのは不幸というしかないだろう。むしろ中途半端に衝撃が緩和されたせいで、地獄の痛みを感じ続けなければいけないのだから。

 

 治療は不可能だ。今この場に内臓の治療ができるもの――水属性の魔法使いはいないし、居たとしてもこれほどの傷を治せるものはそうそういたものではない。

 見れば、仲間たちの連携はばらばらだ。あの一体感は嘘だったのかのように――実際、嘘だったのだろう。

 腹への一撃を食らう間際に思考が見せた、嘘のようなものだったのだろう。

 

 彼らは終始魔獣の手玉に取られていた。

 彼らの振るう刃ではその薄皮一枚を切り裂くことしか叶わず、たいしてその鎧の上からでも一撃当たってしまえば、死は確実なのだから。

 最初から、戦いになっていなかったのだ。

 屠殺のように淡々と、覆しようのない殺戮。

 

 魔獣は絶望の象徴である。

 抗いようのない、暴力の権化である。

 

 英雄でしか倒せないような――そんな化け物。

 化け物を倒せるような化け物など、剣聖のような規格外や王宮に仕える魔法使いのような例外しかおらず、当然その場には一人としていない。

 そもそもの話、魔獣は罠にかけ、十倍近くの戦力差の下でなければ対等な戦場に持ち込めない規格外である。

 それなのに、たった数人で、罠もなく対処するなど無茶もいいところで、夢見事もいいところだ。

 

 そのことを正しく理解した彼は、笑った。

 

 「げほっ、は、かは、はは、ははは」

 

 吐き出せるものもなくなったのか、意識は遠のき視界が霞み夜のような寒気に襲われる。

 先ほどまでの自分が滑稽で、勝てるなどという思い上がりがどうしようもなく笑えて。

 だから、笑った。笑うことしかできなかった。

 

 死に間際、馬鹿の一つ覚えのように無駄な抵抗を続ける仲間を見て思った。

 

 さっさと首を掻っ切るか、さもなくばその攻撃を諸に受けて死んでしまえばいい。

 そうすればさして苦しまずに死ねる。それが賢明だ。

 英雄願望を満たすような愚行をしたから、自分は今苦しんでいるのだ。

 

 そんな諦めの中。彼は信じられないものを見た。

 突然仲間の一人がどこかに向けて叫んだかと思うと、その数秒後に魔獣が倒れたのだ。

 

 ()()()()()()

 

 「……へぁ?」

 

 その訳の分からない奇跡は二連続、三連続で続き――そこに至って漸く何が起こったかを理解した。

 少年だ。目つきの悪い、黒髪に珍妙な服装の少年が、魔獣を殺したのだ。

 血が足りずに目が霞むからか、その手に握る武器は見えない。

 だが、その手で魔獣を殺したのは確かで、その証拠に彼は魔獣の返り血で真っ赤に染まっていた。

 

 「……ぁ」

 

 ――恐ろしい。

 

 魔獣よりも、それを容易く屠った少年が。

 

 そんな思いを抱きながら、死体のような騎士は真に死体に変わった。

 

 

 

 

 

 

 「――殺す」

 

 声も武器も震えている。

 恐ろしいのだろう。魔獣を、素手で殺した俺が。

 ああ、当然だ。そうだろうそうだろう。

 

 「――はは」

 

 「っ! 何が可笑しい!」

 

 笑うしかなかった。

 笑うしかないだろうが。

 だって、お前ら。戦況を維持することもままならなかったのに――手伝ってやったらこの扱いだ。

 

 笑うしかない。爆笑モノだ。

 

 「は――はははははは!」

 

 腹を抱えて、俺は笑った。

 騎士たちはずっと、怯えた顔で、「理解できない」という顔で、突っ立っていた。

 

 

 

 「はははは――は。ああ、悪い悪い。あまりに面白かったもんだからな」

 

 目尻に沸いた涙をぬぐいながら、俺は謝った。

 騎士たちの返答は無い。腰抜けが。

 

 ……で、これからどうするべきか。事情を聴けるような感じでもないし、あっちが落ち着くまで待つか――

 

 「スバルくん、此処にいたんですね」

 

 「あ、レム」

 

 横からの声に振り向くと、そこには青髪のメイドーーレムがいた。

 

 「どうしたんですか、こんなところで! ああ、もう、こんなに血だらけで!」

 

 「いやその、ちょっとな」

 

 たはは、と頭をかく。

 詰め寄ってくるレムをいなしながら、何故ここにいるのかを聞いた。

 

 「スバルくんを探していたんですよ。さ、エミリア様が探してました。魔獣がうろついて危ないので、王城まで一緒に行きましょう」

 

 「ああ、そうするよ――じゃ、騎士さん。俺はこの辺で」

 

 王城へ行くことを決めた俺は、最後に騎士たちに挨拶をした。

 

 彼らは、最後まで理解できないものを見るような目で俺を見ていた。

 俺だけを、化け物でも見るような目で、異常者を見る目で、忌み嫌うものを見る目で見ていた。

 そんな目がどこか心地良かったのは、きっとアドレナリンのせいに違いない。

 

 

 

 赤いカーペットの上に、ばらばらになった死体があった。

 

 「エ、エミリア様っ!? ……スバルくん、エミリア様が、死んでっ! 魔獣に殺されてっ!」

 

 「ああ、そっか――じゃ、やり直そう(コンテニューしよう)。結局、原因は分からずじまい、か。次は殺しつくす方向でやってみるか」

 

 「え? スバルくん? スバルく――」

 

 プツリ。

 そして世界は塵となり、黒に覆われて再構成されて。

 

 目が覚めればほら、いつも通りベットの上だ。

 エミリアもレムもいる。ラムもロズワールもその他大勢も。

 みんな、生きてる。

 

 

 

 騎士たちは理解できなかった。最後まで理解出来なかった。

 魔獣が現れた訳も、それを屠った少年の正体も、彼が誰と話していたのかも。

 何もかもが、分からなくて。噛み砕いて理解するまでの時間もなくて。

 彼らには何も分からないまま、世界は終わる。

 

 世界は終わって、やり直される。

 ただ一人だけの為に。




無能:それをする能力が無いこと。能力が足りないこと。
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