菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。   作:繭原杏(繭原安理)

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順風満帆

「……あれは、なんですか?」

 

 ソレが、次々と素手で魔獣を屠る(スバル)を見下ろすラムの感想だった。

 眼下に抱く壮大な都。それが、魔獣の蹄で踏み荒らされ、更には得体の知れない黒髪の余所者が暴れまわる。

 ラムは吐き気を催すほどの不快感を、その光景から与えられていた。

 

 「なーぁにって、スバルくんじゃーぁないかね」

 

 こともなげに、ラムの主は言って退ける。

 その横顔は眼下で行われる暴虐に、殺戮に興味が無いようで、まるで無関心に遠くを眺めていた。

 レムはその視線の先を辿り、地平線しか見えないことを確認した。何を見ているのだろうと思案したところ、この方向にある土地を思い出し――嫉妬と共に納得した。

 

 「『聖域』が心配ですか?」

 

 「いーぃや」

 

 一言。

 たった一言、否定を述べる。

 その口調は相も変わらず間延びをしていて、けれどその声音にはどこか陰鬱さがあった。

 その横顔もまた、何処か憂鬱そうに見える。

 

 ……ラムは、全てを知らされているわけではない。だから、何故ロズワールがそんな顔をするのかは分からない。

 

 分からない。

 だから知りたい。

 だから、口を開いた。

 

 「何を案じてるのですか?」

 

 返答は、ない。

 

 踏み込みすぎただろうか。ラムは自身の行動を「失敗したのだ」と思った。

 けど、それは違う。

 ラムは撤回の為に最適な言葉を探そうとする。ただ一言、無かったことにするのではない。どこか遠くを見ているその目を、自分に引き込めるような衝撃的なセリフを。

 いつも、そんな言葉は見つからない。だからいつも通り、「聞かなかったことにしてください」と返そうとして。

 

 何を思うか、その暫くの空白の後にロズワールは口を開いた。

 

 「ラム」

 

 「――はい」

 

 「ある日、君が死んだとする。そしてそれと同時に、その時点までの君を複写した存在が生まれ、君のようにふるまうとする」

 

 「……はい?」

 

 「果たしてその君は、君だと言えるのかね?」

 

 間延びの無い、異例の口調。

 それだけで質問の真剣さが分かったラムは、ああ、正に心酔しているのだろう。

 分かるからこそ、それに答えようとして悩む。

 

 一度死んだ。ならば、それは自分ではない。

 

 ――けれど、本当にそうだろうか?

 死んだ時点の自分と全く同じ――複写された存在なら、それは自身の自意識を継続していると言えないだろうか。

 つまり、それは自分だと言えるのではないのだろうか。

 

 けど、けども。

 だけど、だけれども。

 いや、しかし、そうだとしても。

 

 ラムの脳内でその問いに対する思考実験が始まり、至極当然に自己の定義へ行き当たる。

 

 “何をもってして、「(ラム)」を定義するか”

 

 ラムの生存理由は、ロズワールに仕えることで、ならばこの感情を持ち続けているのならばそれは生きているのではないか?

 いやいや、もし仮に、現時点で自分の他に全く同じ自分がいるとして。鏡写しのような自分を自分だと認められるのか?

 

 沼男(スワンプマン)という思考実験。二重存在(ドッペルゲンガー)という都市伝説。

 そして、自己の存在意義。

 

 ラムは答えの出ない問題に頭を悩ませ、結論を出す。

 

 「――私だとは言えないと、そう思います」

 

 「ほう、それは何でかね?」

 

 「もし現時点で私が此処に()()いたとして、私はもう片方の私を自分だと認められないからです」

 

 それは当然の――人として当たり前の事だった。

 何故ドッペルゲンガーが怪談として語られるのか。それは、人が「もう一人の自分」というものに対して本能的な恐怖を覚えるからだ。

 

 何故なら、不自然だから。

 自分はこの世に一人だけで、他の者は全て他人。

 なのに、もう一人いたらおかしい。自分以外は全て他人でなければいけないのだ。

 ソレを許容できる者は、狂人と言っていい。

 

 考えてみると良い。

 ある日、ある朝、君は目が覚める。

 すると隣に見覚えのある顔があるのだ。

 

 自分だ。鏡で見ているものを、左右反転したような。

 自分だ。思考も性格も、体格も特技も全く同じな、自分だ。

 

 恐怖だろう?

 狂ってる。

 

 そもそも、人は死んだ時点で精神が壊れていなければおかしいのだ。

 だって、死とはそういう事なのだから。肉体の生命活動の停止、精神の消滅。思考の停止、脳死とは、そういうことだ。

 だから、前提条件で答えを出せてしまう。

 

 “もう一人の自分もまた、「他人」である”

 

 ロズワールはその答えに頷いた。

 その答えが熟考されたものであると感じたからだ。

 そして、その答えが自身のものと同じであるからだ。

 

 「そう。例えもう一人の自分がいたとして、それは他人だ」

 

 だが。

 

 「それもまた、自分であると言い張れるような人間は、どんな存在だと思うかね?」

 

 

 

 狂人。

 或いは口先だけの法螺吹き。

 はたまた被虐性愛者、多重人格の患者。

 

 まぁ、どう考えても、そんな人物しか考えられない。

 

 「――うん、口先だけの者じゃなければ、異常者しかありえない。その通りさ」

 

 ロズワールはそれを肯定した。

 その問いが、答えが、何の意味を持つのかをラムは問い、けれどもロズワールは言葉を返さず。

 ただ、(スバル)を見つめることで返答とした。

 

 「まさか、バルスが異常者だとでも? いえ、バルスが変態なのは知っていますが――」

 

 ――そこまで狂いきれるほど、終わってるようには見えない。

 

 「そーぉこだよ、君が勘違いしてるーの、は」

 

 「勘、違い……?」

 

 「スバルくんは正気だよ。少なくとも、彼はそう思い込んでる。だぁがね、その在り方、魂の方向性は根本から狂ってるーぅんだよ」

 

 「魂、ですか」

 

 「そう、魂だ。我々には無い、魂というやつらしい」

 

 ラムは初めて聞いた単語を、噛んで含めるように口の中で転がす。

 

 「魂、たましい……それは、一体?」

 

 「……それは、少し難しい問いだーぁね」

 

 ラムは眉を跳ね上げた。自らの主が、珍しい答えを返したからだ。

 主とて人間だ。知らないことぐらいはあるだろう。けども、こう答えに詰まるのは……もしかすれば、初めてのことかもしれない。

 「答えられない」でも、「知らない」でもなく、「難しい」。

 つまり、答え自体は持っているということで。

 

 ロズワールが、ゆっくりと口を開く。

 

 「魂とは、自由、という事なのだと私は思うよ」

 

 その答えはより一層ラムの思考を繁雑にした。

 魂とは自由。この言葉に、ラムの思考は矛盾を越したのだ。

 

 ――魂は我々には無いと主は言った。

 しかし、自由ならばある。自由というのが魂であるのならば、それは既にあるのではないか?

 

 その矛盾を解消するために、ラムは前提を疑った。

 つまりは、「自由がある」ということについてだ。

 主の言葉が全て正しいとすれば、ラムたちは本質的に不自由な存在だと言える。

 そうであれば、筋が通る。

 

 考えを口に出し、ラムは思考を纏めた。

 それを聞きつけたロズワールは、出来のいい生徒をほめるように、ラムの桃色の神をクシャリと撫でつけた。

 目を細めてそれを受け入れたラムは、とたんに思考が「髪の手入れは十全だったろうか」「硬くて大きくてあったかい、安心する手だ」なんで色ぼけ始めた。

 

 手が離れると、あ、と息を漏らす。

 それを気にせず、ロズワールは口を開いた。

 

 「そう、我々は、不自由で、選択権が無い存在なのだよ」

 

 絹のような髪を所々跳ねさせたまま、ラムは空を見上げる主の、その横顔を見つめる。

 その顔は、諦めに満ちて。その口を重く閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 (スバル)が詰め所に辿り着き、広場の状況を俯瞰することになってやっと、ロズワールは口を開いた。

 

 「ラム、覚えておきなさい。“死”という概念は、“終わり”と言ーぃ換えられる」

 

 ――きっと、忘れるだろうが=ぁね

 

 それで、この話題は終わりだというようにロズワールが笑う。

 ラムもそれに従い、話題を変えた。

 

 空が青い。いい天気だ、とか。

 どこそこの果実の質が良い、とか。

 実は屋敷の執務室のワインセラーに、とっておきの物を置き忘れてきた、とか。

 

 くだらないことを、だらだらと宣った。

 その間に(スバル)は奇襲を決行し、兵士に取り囲まれ、そして城の方に逃げてきた。

 

 何故、こっちに来るのだろうか。

 ラムは疑問に思った。我々を探すためか、それとも身分を証明する物でも取りに戻ったか。

 いや、前者はともかく、後者はありえないだろう。態々王城に戻ってまで身分を証明する必要は無いのだから。

 だが前者もまた、有り得ない気がした。彼はエミリア様とレムに対しては兎も角、ラムと主に対してはあまり気にかけていないからだ。

 そして、エミリア様とレムはもういない。だから――

 

 ――そこまで考えて、思い返した。

 

 そういえば、バルスは――。

 

 ああ、そうか。

 (スバル)はエミリアかレムを探しに、王城へ戻ってきたのだろう。

 だとすると……それは、面白い事態になるのかもしれない。

 なにせ、王城には訳も分からず運ばされた()()がある。それを見た(スバル)がどんな反応を返すのかが楽しみだからだ。

 知らず知らずの内に口角が吊り上がり、それを自覚した時に、ラムは自身の頬を揉んで無表情に戻そうとした。

 

 むにむに。

 

 「……ふむ、ワインでも持ってくればよかったーぁかね」

 

 それを見たロズワールが、そう独り言ちた。

 ラムが自身の主の言葉を聞き漏らすわけもなく、当然それに反応を返す。

 

 「いえ、必要ないと思いますが……必要でしたら、取りにまいります」

 

 そもそも、何故この状況でワインを?

 そんな疑問は、口にできなくて。

 

 「いーぃや、別に要らないさ。言ってみただけだーぁよ」

 

 揶揄う様に笑う。

 それにつられて、ラムも微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 「――え?」

 

 そう零したのは、知らず知らずの内だった。

 俺は王城に走った。エミリアを保護するためだ。

 魔獣がこんなにあふれているのだから、王城にも侵入していておかしくない。

 現に、王城の入り口――正門も力づくで壊された跡があった。門番も、鉄屑との合い挽き肉になった残骸しか残っていなかった。

 だから、おかしくは無かったのだ。

 

 王城は荒れていた。レムが「――え?」なんて漏らすぐらいに、様変わりしていた。

 辺りは破片と瓦礫だらけで、絨毯はズタボロ。装飾品は殆どが打ち壊されていて、辛うじて絵画が数点無事であるだけ。壁には大きな罅とへこみが各所にあり、通路に散乱する瓦礫や破片はそこから落ちたものだと推測が付いた。

 それで、この惨状を見たところから、最悪の予想はしていた。

 その予想は、見事に的中したのだ。

 

 「そんな……エミリア様、エミリア様!」

 

 レムが思わず傍に駆け寄るが、そこで止まる。

 吐かないだけでも上出来というものだろう。

 何せ、今のエミリアは打ち壊された人形のようにばらばらになっているのだから。

 

 脳漿が零れ出て、血が水溜まりを作って舌で感じられるほどに濃い死臭を撒き散らす。

 その死体は魔獣に食われたのだろうか。どう考えても、服に隠れた分を考えても、体積が足りなかった。

 パックはどうしたのだ。こんな時に、彼はどうしてエミリアを守らなかったのだ。

 それは分からない。ただ、パックが住処のようにしていた宝石がエミリアの傍で砕けている。

 

 「スバルくん、エミリア様が!」

 

 「――ああ、分かった」

 

 成程、そういう事か。

 死に戻ることを決めて、する。

 手頃な刃物は無いから、この、宝石の破片を喉に押し付けて。

 上手く動脈を切って、俺は自殺する。

 

 「……え、スバルくん?」

 

 心配することは無いよ、レム。

 そう言おうとして、ばたりと床に倒れ込んだ。

 呻き声ともつかないセリフを吐いて、ああ、もう一度言い直すべきだと、また口を開く。

 

 すると、レムは手でそれを止めた。

 

 「分かり、ました。分かりましたよ、スバルくん。だから、スバルくんも、心配しないでください」

 

 仰向けに転がると、レムは穏やかに、涙を堪えるように笑っていた。

 大丈夫大丈夫。次は、きっと泣かせない。その笑顔に誓って、絶対に何とかする。

 次がだめならその次で。それでもだめなら次の次、次の次の次、次の次の次の……何回繰り返してでも、助ける。そう約束する。

 

 あれ、前にもこんな約束。

 

 

 

 ――おお、久しぶりな気がするな。

 

 ソレが、真っ黒な世界に対する感想だった。

 何もない。光も音も質量もないこの世界には、闇という概念しかない。

 その外面も、俺が持ち込んだ物。ここは、何処までも「無」で、寂しい所なのだと思う。

 でも、俺は此処にいると安心を覚える。実家に帰ったような、という形容を使いたくなるくらいには安心するのだ。本来の実家に帰っても安心はしないし、そもそももうないけれど。

 

 あー、なんでだろなー。

 

 そんな風に思いながら、プールで揺蕩うように体から力を抜いてリラックスする。

 しばらくすれば、意識がどこかに吸い込まれるような感覚と共に、あるはずのない光が差し込む。

 

 そして、朝が来るのだ。

 

 「……ん、戻ったか」

 

 体を起こして、目をこする。

 欠伸を一つ打って、これからの予定を考え始めて。

 とりあえず身支度を整えて、朝食の席に赴く。

 

 いつも通りの、朝が来た。

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