菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
オリキャラ警報。
(……伏線一つ貼り忘れた……っ!)
どこかの庭で、一人の少年が剣を振るっていた。
紫水晶を削りだしたような美しい髪に、整った
振り上げて、振り下ろす。振り上げて、振り切る。振り上げて、切り落とす。
一閃ごとに、着実に、少年の剣線は研ぎ澄まされていく。常人の数倍はあろう速度で「コツ」を掴んでいく少年は、正しく「天才」というものだった。
握った手からその柄の感触の違和感を感じ、振り切った後の重みから腕の使い方を、空を切る音から、腰と足の連動を。
一閃する度に、自身の拙い所を理解する。それを修正するために試行錯誤して、一閃毎に構えが変わる。直した端から、また駄目な所が見つかって、それも修正するために思考を巡らせる。
思い描くのは父の姿。父の背中。父の剣。
少年の父は、騎士という存在だった。
騎士という役を担っているのではなく、騎士という「存在」なのだ。
厳格で、恐ろしくて、巌のような手は素手でも岩を割れそうなくらいだ。
そんな父が、少年は好きだった。厳格で恐ろしいけれど、家の中では優しくて母さんには弱くて、胼胝だらけの手でぐしゃぐしゃ撫でられるのが気持ちいいのだ。
少年は父の背を見て歩き、父の愛を一身に受けて育った。
だから少年が父のような「騎士」に憧れるのは必然だ。
幼いころから木の枝を振り回し、父のような騎士を目指すのだと、そういって。
それは、つい最近に認められた。父から、剣を教わったのだ。
誕生日である。数日前の、誕生日だ。
そこで少年は父から木剣を貰い、庭で父から剣の指導を受けた。
楽しかった。疲れて、腕を震えるぐらいに苛め抜いて、流れ出る汗は大雨に降られたかの如く、吐き出す息は、釜から噴き出す蒸気のようで。そんな、途轍もない疲労感が、達成感を与えてくれた。
祝いに来てくれた親友には悪いが、この日、何よりも嬉しかったのはこのことだと、何よりも鮮明なのはこのことだと、少年は――ユリウスは、後になっても思い出す。
ユリウスが貰った木剣はどこかの職人のものではなく、どうやら素人の手作りらしい……と親友には言われた。それに気付けたのは、親友の家柄、多くの木剣――には限らず、鉄剣鉄斧鉄槍、弓に盾に鎧に兜にその他多数――の破損品が集うからである。
日頃から廃品とは言えど職人の作品というものを見続けていた親友には、少なからず物を見る目というものが宿っていて、それを抜きでも作りが荒々しいことが一目で見抜けたからだ。
刀身はささくれ立ち、皮の巻かれた柄は本当にただ巻かれただけで材質の選定すらされていない。そこらの無知な市民を捕まえても、十人が十人、素人の作品だと断言するようなありさまである。
木剣は、父の手作りであった。少年から隠す様にこそこそと、職務や家庭の団欒の合間を縫ってコツコツと、丁寧に作り上げられたものだと、ユリウスは想像がついた。あの父は、刺繍に勤しむ母を手伝おうとして刺繍針を折るほどに、不器用なのだ。
それで母に怒られ、縮こまるまでがワンセット。
何時もの光景というやつだ。
そんな父が、あの厳格な父が、わざわざ自分の為に贈り物を作ってくれた。
それに気づいて、嬉しくて。胸に込み上げる温かいものが止まらなくて、ユリウスは駆け出した。
駆けだして、父の居る書斎へ向かう。父を見つけ、ユリウスは言った。
「父さん、ありがとう」
「む……ああ」
「父さん」
「なんだ」
「僕……いや、
父は厳格な人だった。公私の分別も、分かり辛い線引きで引く人だった。
家の中では「僕」と言わせ、公の場では「私」と言わせるのは、その分別を身に着けさせようとしたためだろう。
それを理解したうえで、ユリウスは父にそう言った。
「……そうか」
父は――ユリウスの知る最も優れた騎士は重々しく頷き、そして続けた。
「明日、日の上がる頃に庭に来い。稽古をつけてやる」
父の振るう剣は美しい。まっすぐと、すっきりとした、すがすがしい剣筋なのだ。
その人柄を表しているのか、フェイントなどがあまりうまくは無いが、その代わりに小細工を押しつぶす力がある。風を巻いて振るわれる剣は、盾で防いだところで吹き飛ばされるほどに強烈だ。
唸るような風の音が、父の素振りには付き添っていた。まるで、風の精霊が彼に寵愛を与えているかのようだった。
もちろん、そんな事は無かい。精霊に愛されているのはユリウスの方で、父は精霊に見向きもされていなかった。魔法は使えるが、それを主軸にできるほど上手くは無かったのだ。
ユリウスは父と同じように剣の才があり、しかし親子でも生じうる肉体の差として、父のような益荒男には成らなかった。母の遺伝子が強く表れたのだろう。母はそれを喜んでいたが、ユリウスはそれを不満に思い、口に出し、母を泣かせて父に泣かされた。
ユリウスに、父のような剣は振るえない。それが明確に理解できたのは、十四歳の頃。父からそう告げられたからだった。
「ユリウス、お前は……向いていない」
「とう、さま……?」
ユリウスは泣いた。わんわん泣いた。それはもう、柄でもないほどに、騎士たらんと決めた子供の時から久々に。
父に努力を否定された、父に見放された。そう感じたのだ。
慌ててフォローしようとする父の言葉も聞かず、その頃既に契約を結んでいた微精霊たちの力を借りて王都を駆け回った。何気にやんちゃしていた記憶から、日々王都を巡回している父から逃げきれた。
向かった先は、親友の家である。親友も貴族であるために、それは屋敷と言った方が良い。
外観は明るい色で統一されているが、こびり付いた汚水の臭いがなかなか取れないように、その屋敷にはどこか重苦しい雰囲気が満ちていた。淀んだ、風の吹かない密室のような息苦しさが庭の草木を圧し潰していた。
けど、そんなことは関係ないと言わんばかりにユリウスはその屋敷に駆け込む。門番に挨拶をして、庭を駆け抜け、本館……ではなく離れの一室の窓辺へ向かう。
外から窓を叩いて、中に居る人に訴えかける。そこに居た誰かが疑問に思って窓を開けると、瞼を腫らしたユリウスがするりと室内に潜り込んだ。
ランプもつけていない為に、日の入りが悪い採光窓の僅かな光を光源とする室内。今にも黴が生えそうな、病的に辛気臭い部屋には、彼の親友――クストス・グアルディアがいた。
「おま……ユリウス! 何してんだよこんなところで、今日はお稽古の日じゃなかったのかぁ~?」
「……」
茶化す様に心配するクストスの声に返答もせず、ユリウスは部屋の隅で丸まる。
「……あー、まーまーもう泣くなって。貴族のお嬢様方が嘆くぞぉ? 『イケメンユリウスサマの瞼が泣き腫れた!』ってなぁ」
うっすらと聞こえる泣き声に、これは笑いごとやらおふざけではないのだろうことに気付いたのだろう。それでもふざけた空気が抜けないのは、染み付いた性というものだ。或いは、ここぞとばかりにマウントを取りたいのかもしれない。実際、意中の『お嬢様』の想い人がユリウスであると聞かされた恨みが少し混じっていた。
深く恨むほどでは無い。それを表してか、声にはいつものわざとらしい明るさが消えていなかった。その下には、親友であるユリウスが聞けば、『大丈夫か? あんま泣くなって』と翻訳されるくらいには、心配する感情が籠っている。
だが、今はそんな翻訳をする事すら煩わしく、ただ只管に外界から隔たりたかった。
何も、聞きたくなかった。
ユリウスの膝を抱える腕に、ますます力が籠る。
顔を埋めて、自分の体で自分を圧し潰す様に丸まった。
淀んだ雰囲気は、室内の辛気臭さを上回るほどに暗くなっていく。
あー。もう手の着けようがねぇ。
前髪を掴み、顔を覆い、天井を見上げ、あっさりとクストスは匙を投げた。
罵倒されたり、嫌われたり、愚痴を聞いたり受け流したり、そういうのは得意なんだ。
ただ、こういう閉じ籠ってるような奴は……少し、苦手だ。
特に場所がいけない。こいつ、俺んちがどんな所か覚えてるんだろうな? 落ち込んでる時に来たっていい方に転ぶわけもないようなところだぞ。
あー。
「あー、うー」
はぁ。
「――ユリウス」
クストスがユリウスの隣に座り、肩を寄せる。
「何があったんだ?」
視線は宙を彷徨わせ、まるで聞こうともしていない、ぼんやりとした態度だ。いつの間にか気配も薄れて、傍に居るユリウスですら、目で見なければ存在を疑うほどになる。肩を寄せ合う熱も、布ずれの音も、全てが空に溶けたようで、だから独り言を呟く様にユリウスの口が滑る。
「父上に、向いてないと、言われたんだ」
そこから、ユリウスはぽつりぽつりとこぼしていく。
自分が努力してきたこと。最近、伸び悩んでいること。父に聞いたらそう言われ、努力を否定されたような気持になったこと。
父に見放されたようで、自分が悪いんだと、でも、努力はしているのに。
確かに伸び悩んでいるのだ。それは実感しているのだ。
でも、でも――と。
ユリウスは、ぽつりぽつりとこぼした。
クストスはそれに対して何も言わず、口を挟まず、話が終わるとただ一言。
「そうか」
とだけ言って、話を終わらせた。
不思議な事に、その一言は自分を地の底へ引きずる糸を切り離したかのように、ユリウスの心は解放されていった。
それから暫くして、ユリウスはクストスに無礼を謝り、家に帰ることを決めた。
「その、悪い。迷惑をかけただろう」
「いーや、何時でも来てくれて構わんぜ。他の奴らには見せらんないだろ? イケメン若騎士様の涙とか!」
「……ふっ。私はイケメンではないさ。それに、
「おっと、これはこれは。でしたらわたくしめは目もあてられない悲惨な不細工でしょうか?
「ははは、君は相変わらず思ってもない自虐が上手いなぁ」
「……ああそうさ、半分冗談だぜ!」
ははははは、と笑いあう。
湿った部屋の空気を吹き飛ばすほどでは無くとも、その声には先ほどまで失われていた「元気」があった。
淀んだ空気にも侵されない、確かな元気がそこには湧いていた。
「――っと、もうこんな時間か。んじゃ、さっさと帰りな、ユリウス。お父様が心配してるだろうよ」
室内にはいつのまにか、赤々と火のような夕日が差し込んでいた。
クストスはユリウスに帰還を進める。仮にも騎士の子が、家に申し出もせず一晩こんな家に泊まるのは外聞が悪いと、そう判断して。
「……ああ、そうだな」
「だーいじょぶだって、お前の父さんが言葉足らずなのはいつもの事だろ? 今回もお前の早とちりかなんかだって」
そうだと、いいな。
そう思ったユリウスは、やはり、この部屋の空気に侵されずとも、影響を受けているのかもしれない。
クストスはそう思って、部屋の扉を開ける。室内に風が吹き抜けるが、独特の淀んだ空気は循環した気配がない。廊下もまた、重苦しく息苦しいのだ。
「おらっ」
「いたっ! ……何をするんだ、いきなり!」
クストスはユリウスの尻を蹴り上げ、部屋の外に誘導する。窓ではなく、扉から出た。当たり前だ。
ユリウスの抗議もどこ吹く風と、クストスは強引に彼の肩を掴み、そして離れの玄関へと押していく。
「ほれほれ、こんな辛気臭ぇ所に居るからそうネガティブなことばっか考えんだ。歩け歩け」
「ね、ねが……? いやそれにしても蹴ることは無いだろう! 蹴ることは!」
離れの外に出て、外の空気を吸って、門の外まで出て。
屋敷の空気から解放されたユリウスは、やっと人心地着いたかのように息を吐く。無意識の事だった。
それを見たクストスはこっそり苦笑いをしながら、門尾を挟んでユリウスを送り出した。
「クストス。また後日、詫びの品をもってこよう」
「ああ、んじゃ最近人気だっていうかしやあんじゃん。あそこの奴適当に買ってきてくれ」
「分かった。それと……」
「ん? なんだ?」
「……ありがとう。それだけだ。さようなら」
「ああ、どういたしまして。さようなら」
ユリウスは子供の頃から通い慣れた道を、今度はショートカットせずに歩く。
大きくなって通れなくなった裏道や、昔親切にしてもらった果物屋、家に帰る人の流れをそれて、貴族街の道を行く。
赤い空には一足早い夜を思わせる黒の輪郭。黒の鳥が点々と、隊列を取って帰っていく。
懐かしい。
ユリウスは無邪気な子供の頃の光景を、帰り道に重ねていく。
あそこの路地では服を破いて母さんに怒られた。もう流石に通れないだろう。
ああ、何時だったか、此処で転んだことがあったな。いや、転んだのはクストスだったか?
ここの果物は質が良い。一度、店主に切り分けたリンガを分けてもらったことがあったな。
いつの間にか、家についていた。
家の前には父が立っていた。その表情には怒りがなく、むしろどことなく気まずそうでさえあった。
「ただいま、父上。その……」
「ああ、お帰り、ユリウス……昼間の事は、悪かった。その、言葉が足りなかった」
ユリウスの父は、続けて言った。
昼間の言葉は、ユリウスが騎士になることを否定するわけでも、彼の努力を否定するような意味合いもないことを。
ただ自分のような体ではないのだから、自分ばかりを参考にするのは良くない。友人に掛け合って、別の剣の振り方というものを教えたいと。
そんなことを言って、口を閉ざした。
なんだ、そういうことだったのか。
けえども、昼間の脱走について父がここまで気付けるはずがない。だって鈍感なのだから。
だとすれば、母にもばれているのかもしれない。母に叱られ、小さくなった父を思い浮かべると、いつの間にか笑いが込み上げてきた。
「は、ははは。ははははは」
「む。なんだ、その笑いは」
「いや。ただ、いつも父さんは言葉が足りないなぁって。それだけだよ」
「……む……むぅ」
反論する余地もないのか。きっと母にもそうやってちくちくされたばかりなのだろう。
ひとしきり笑い終えたユリウスは、目尻に残る涙を拭いて言った。
「じゃあ、帰りましょうか。父上」
「……ああ」
夕日に照らされた影が、長く長く、二つの平行線を石畳に描いていた。
上編
【クストス・グアルディア】
フルネームはクストス・オリーゴー・グアルディア。
綴りはCustos・Origo・Guardia。
ファーストネーム、ミドルネームはラテン語なのに、何故家の名前だけスペイン語なのかというと……大した意味は無い。かっこいいから。
ラテン語で纏めようとも思ったが、作者のネーミングセンスでは無理だった。
クーストース。ラテン語で「番人・番犬・守護神」を意味する。要は「守る者」。
グアルディア。スペイン語で「番人」という意味。
オリーゴーは家柄とか血統とか、そんな意味。ラテン語。
グアルディア家は「とあるもの」を祀り、守る一族。
廃棄された武器防具を回収し、鉄屑として鍛冶屋に流したり、仕立て直したりしている。
実は王族御用達の呪術師で、戦争の際には奥の手として駆り出されることもある。だが人を呪わば穴二つ。その手はめったに用いられず、禁忌とされる。
貴族としての位は高いが、実際は鼻摘まみ者。一族として担う役割のせいである。
本作の昴がキャラ崩壊したので、原作スバルの代わりにこんな正確にしてみた……が、なんかこれじゃない感が残る。
実は家柄とか地位とか、体面を気にするタイプ。社交界では薄っぺらい外っ面を維持する執心する。
最近親友のせいで失恋した。それでも彼との仲は悪くない模様。