菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
ユリウスが目指す剣士の姿は今も変わらず、しかし彼の振るう剣は変わった。
父のような強力に期待できない彼は、自身の加護である『誘精の加護』に目を付け、魔法と剣技の両立を目指した。
ひとまず目指す到達点は、六属性全ての微精霊との契約。そして、六属性の魔法への最低限の理解だ。
とは言っても、それは簡単なことではなかった。精霊たちとの契約に頭を悩ませ、魔法の知識を頭に叩き込む。
そしていざ実践――とは行かないのだ。
魔法とは一般的に、遠距離攻撃手段とされる。『シャマク』なんかの様に、近距離で効果を発揮するものもあるが、あれではそもそも剣を振るえなくなる。
剣と魔法の融合。つまり剣を振りながら、生じた隙を魔法で埋める。或いは、剣で身を守りながら至近距離で魔法を炸裂させる。いやいや、魔法で剣の威力を底上げさせたり、剣で戦闘する傍ら仲間の支援を魔法で行うこともできる。
選択肢が多いのだ。
そう、選択肢が多い。目指すべき目標がなければ、自由度の高すぎる魔法と剣の融合は中途半端にしかなり得ない。
私はどんな騎士に成りたいのか?
父のような騎士に成りたい。子供の頃から言い続けてきた言葉で、父の剣に拘り続けてきた原因でもある。
その思いは未だ消えておらず、故にこそ迷っている。
父の剣は剛の剣だ。多少の小細工は力で押し流し、洗練された剣技には姿勢を持ってかれない程度の技術を使いながら圧し潰す。
良く言えば豪快。悪く言えば脳筋。実態は力任せ。しかし確かに蓄積された経験からの理がその剣にはあり、打ち合っていれば単なる力任せではないことが理解できる。
力だけではない。力が主力なのだ。父を慕う人物は、そこを履き違えていることが多い、というのはユリウスの言だ。可愛い弟にも愚痴った挙句、少し引かれ気味になった。
あれこれ述べたが、結局ユリウスには父のような筋骨隆々な
あぁ、神龍よ、始祖様よ! 何故私が父に似なかったのでしょう?
何故ですか? 何故ですか。何故ナゼなぜナぜ――
――思考が逸れた。話を戻そう。
父の剣は力強い剛ではあるが、その源流には「民と王を守るための騎士の剣」がある。根底には「守るための剣」であるため、これは「外敵をより早く打ち滅ぼす」ことを目的に成長した――つまり戦で育った剣術だと言える。
父が如何様な経験をしたのか。聞いてみたいところではあるが、聞こうとすると母に窘められてしまう。父の同僚に聞くのも……やめた方が良いのだろうな。母がいないときに聞いても、凄く困った様子だったし。
つまるところ、ユリウスが目指すべきは「守るべき者たちが傷つくより早く敵を滅ぼせばいい」という剣。
ならば剣も魔法も攻撃に回すべきだろう。
既に軽く二三の運用法を思いついている。
細かい氷の粒を敵に吹きかけて剣を振る。寒さで動きが鈍ればよし、目潰しに成れば首筋に剣を叩きこもう。だが本当の目的は呼吸の妨害。
シャマクの運用は……あれはどうしようもない。技量が上がれば上がるほどに使いづらくなるので、そもそも切り捨てるべきだろう。だってユリウスの本領は近接戦なのだから。
だが陰属性の魔法は有用なものが多い。上手く使えば多大な被害を敵に与えられるだろう。一人で群を滅ぼすことも可能かもしれない。噂の次代の剣聖、ラインハルトに比肩さえするかもしれない!
尚、以上の事を興奮気味に父に述べると、かなりの躊躇と共に「一応は、主を守ることを主眼にしている……のだが」という言葉を引き出してしまった。
目も顔も逸らされてしまった。本気のようだ。
……「守るべき者たちが傷つくよりも早く敵を滅ぼせばいい」というのは、勘違いだったようだ。
何にも言えない気持ちになった。
狂戦士気味な方向転換から急舵を切って、防衛を念頭に置いた剣を目指す。最近、ようやく上手く剣を振りながら魔法を扱うこともできるようになった。嬉しくなってつい微精霊たちを「私の乙女たち」と呼んでしまった。なんかしっくり来たので今後もそう扱っていこう。まずは母から女性の扱い方を学ぶべきだろうか。
基本となる魔法も大方習得し、次に手を伸ばしたのは宮廷魔法使いの方々が修める様な高等なそれ。教本自体はあるが、教えてくれるような師はいない。
はて、どうするべきかと悩んでいると、父が家庭教師を雇ってくれた。感謝します。父上。
え? 少し休め? ははは、休むほど追い込んでもいませんよ。
――ところで本当にこの方宮廷魔法使いなんですか? え? 髪色が似てるだろ? まさかそれだけで選んだんですか? しかも宮廷魔法使いの方を?
――はい。確かに私は宮廷魔法使いの方が修めるような魔法をと言いましたが――あ、失礼しました。粗茶ですがどうぞ。
――はい? はい。成程、私に興味を持たれたと……何故でしょう? ああ、加護の事ですか。
――なんと、六属性を操れるのですか? ではあなたが彼の……。
――ええ、ええ。貴方のような方でしたら文句はありませんとも。ご指導ご鞭撻よろしく致します。
そして割とスパルタな授業が始まった。
ふざけた衣装と口調に反し、豊富な知識にそれらを結び付ける知恵、砂地に水が沁み込むように分かりやすい解説。まさに一流の教師であった。半日ぶっ続けで授業を受けたこと以外は、満足だった。
数か月だけの授業だったが、得るものは多かった。これからは個人の努力だと告げられ、指導を打ち切られたときは困惑した。だが実際そうで、これ以上授業を続けても得ることのできるものは無かっただろう。
彼は教えられる基礎を悉く叩き込んでくれたのだ。
にしても、何か忘れている気が……
「――ぃ。おーい、ユリウスー。具合はどうだー?」
「……あ」
「どうしたんだ? ここ数か月顔も見せないで。骨でも折ったか?」
友人の事を、すっかり忘れていた。
月日は流れ青年になったユリウスは、無事に騎士になった。それも、近衛騎士だ。近衛騎士団に入団できたのだ。
泣いて笑って泣いてキレて笑って怒って駆け回った日々が報われたのだ。どれほどのものが涙を吞んだのか。自分が蹴落とした者たちの為にも、ユリウスは上を目指すことにした。それが彼らに対しての餞とばかりに、ユリウスはより一層鍛錬に励んだ。
勉強稽古、休憩時間には趣味のれきしや 古代魔法などに関する研究や知識集め、それが終わればまた勉強でそれで寝る。
人一倍努力した自負はあり、それを余すことなく結果につなげる才能にも恵まれていた。
故にユリウスは、いつの間にか『最優の騎士』と呼ばれるようになった。
天狗になっていたのだろうか。いや、ユリウスはプライドが高いが、それで自らを見誤るような愚か者ではなかった。
であれば、それは単に想像できなかっただけなのだろう。
自分より上の者がいると知りながら、単にそれを経験や努力の差と捉え、「努力でどうにかできる」ものと思い込んでいた。「一生足掻いたところで届かない」存在を、想像できなかっただけなのだろう。
王都で一番の騎士といえば、と聞かれれば誰もが同じ名前をこたえるだろう。その名前は、ユリウスも知っていた。
ユリウスがそう聞かれれば、間違いなく自身の父の名前を出しただろう。幾ら強かろうと、父には及ぶまいと。
そう思っていた。
剣が弾ける。否、剣先が切り飛ばされる。
鍛錬用であるために頑丈に作られたそれは、鋼の重みを感じさせない軽々しさで宙を舞い、訓練場の砂地に突き刺さる。
切り落とされたのだと、そういわれればそうであるように思えるかもしれない。だが、その切り口は元からそう作られていたかのように滑らかで、光を綺麗に跳ね返していた。
欠けた剣を握っている巨漢の男は、父だ。
息も荒く、体中に汗をにじませている。
対峙している赤毛の青年は、ラインハルト。
息一つ乱れず、それどころか微笑んですらいる。
……父上が、負けた?
父とて人間だ。負けることぐらいはありえるだろう。無敵の人間などいない。ああ、当然のことだ。現に、自分は先日父に勝った。上回ったのだ。
だが、だけれども。
片や疲労困憊で、片や余裕綽々。
青年の周囲の砂は踏み荒らされていて、でも青年の足元だけは均されたまま。
誰がどう見ても、父の完敗だった。大人と赤子が殺し合う様な実力差。遊ぶぐらいしかできないと言わんばかりの微笑は、心底から健闘を称えていた。
その身に、砂埃一つつけていないにも拘らず。
まるで、数合切り合えただけで
ああ、彼は褒め称えていた。青年は褒めていた。父は賛辞を受け取っていた。
ユリウスの最強は、この日に崩れ落ちた。
だが、まだ信じていた。ラインハルトに負けたその日まで、彼には勝てると。
努力で覆せると、信じていたのだ。
もう語る必要もないだろう。
数日……いや、数か月後だったろうか?
ラインハルトに決闘を申し出たユリウスは、話すことなく敗北した。
父と同じように、たった数合で実力を見切られ、自身の戦い方を真似され、そして上を行かれた。
ユリウスの心は折れ、「
せめて……せめて、ラインハルトが魔法を使えなかったのならば。まだユリウスは希望を持てたかもしれない。
例え魔法を使えなかろうと、彼にできないことができるという一点で、歪んだ尊厳を保てたかもしれない。
それを支えにして立ち上がり、正しい性根に戻れたの、かもしれない。
全ては
暫くは何も手に着かず、趣味の文献漁りでさえ滞る始末であった。
稽古だってまるで身が入らず、剣を振る度に自身の鍛錬の成果を実感し、だからこそ脳に刻み込まれた赤毛の剣聖との実力差をますます思い知る。
「それで、此処に来たってわけか」
「ああ、暫く此処に居させてくれ。落ち込んだ時は、此処にいるのが楽なんだ」
「そうかねぇ。引き摺られて死んじまわないと良いんだけどな」
「大丈夫さ……ああ、でも」
そこはクストスの部屋。淀んだ空気が、今は何処よりも落ち着く。
――死んでしまいたい。
そう思ったのは、気の迷いだ。
この部屋の空気が、そんなありもしない願いを抱かせたのだろう。
相当参ってるな、と思うと同時に本気でそう願えたらとも思った。
心の底から死ぬことを望めれば、きっとどんなに楽なのだろうか。
けれど、それは自身が許さない。今まで積み上げた努力と、それで培った尊厳と、蹴落としてきたすべての人々に対する敬意の為に。
気の迷いだ。
だからユリウスは自死も選ばず、けれど生きる意義も見出すことができなくなった。『最優』などと煽てられ、思いあがっていたのだろうと、そう思った。
所詮、自分の努力などあの男にとっては鼻で笑うようなものだったのだと。
ユリウスはそう思うことしかできなかった。
剣を振る。信念もなく誇りもなく、惰性のままに剣を振る。
書を捲る。字を滑る視線は、その一つ一つを拾うも脳は読み取らない。
魔法を……もう、良いだろう?
ユリウスは折れた。
最優と呼ばれるたびに、その無意味さに、馬鹿馬鹿しさに嘲笑を浮かべた。
剣を振るのは惰性だ。書なんてもう読んですらいない。精霊たちも辛うじて契約を保っていてくれるが、ああ、それもいつまでか。
こんな自分に価値はあるのか。自分ではない誰かが、この地位に就くべきではなかったのか。
戯言だ。きっと別の誰かがラインハルトと戦ったところで、それこそ赤子の手を捻る様にやすやすと下されることだろう。彼に土を着けただけ、ユリウスは優れている。
土を着けただけで。
そう、土を、着けただけ。
それだけ。
それだけなのだ。
いつの間にか世界は移ろっていた。
守るべき王族が一斉に死んだ。友人が反乱したんじゃないかと疑われて、彼の家には日夜賢人会の使者が送られていた。
程なくして誤解は解けて、事態は収まった。
かと思えば、「王選」なるものが始まった。
何だそれは。どうやら、竜暦石のお告げで次の王を玉座に着かせるために儀式であるらしいことが分かった。
そして選出される、五人の竜の巫女。一人は未だ見つからず、貴族の血筋は内二人のみ。更に言えば、一人は不吉極まりない銀髪のハーフエルフだという。
勝負はあったろうな。
ユリウスはすっかり染み付いた力のない嘲笑で、敗者を嗤う。それは、自分に対しての事だったのかもしれない。
誰が見たって、もう二人で争うのは決まったような物じゃないか。期限までにもう一人見つかればどんでん返しもあり得るが……そういえば、少数の王族が実は生き延びているという噂まであったな。
関係ない。自分には関係の無いことだ。
そうして、いつものように剣を振るっていた。
腐ったように腐り落ちたように、剣を振り下ろす。
そんな自分は、むさ苦しさにそぐわない花のような声を掛けられた。
「へー、にーさんかっこいいな。ちょっとええか?」
ちらり、目を向ける。
アナスタシア・ホーシン。
王選候補の一人。商いの申し子、成り上がりの勘違いと呼ばれた、自分と似た髪色の少女だ。
男だらけの――いや、女騎士もいるにはいるが、この汗臭い空間に染まって雄々しくなったしまった――世界で異色を放つのは、その可憐な顔立ちと才腕と、動きづらそうな服装だ。
両手で包めてしまえる大きさの美白の顔の中に夏の空を思わせる爽やかな碧眼、小さな鼻、柔らかに上気した頬にぴくぴくと震える唇。
どこから見てもこの場に似つかわしくない人物に、ユリウスは戸惑った。
「アナスタシア・ホーシン……でしたね? 何故こちらへ?」
確か今日はまだ王選関連の呼びかけなどは無かったはずだが……と悩むと、彼女はふわりと花開くように微笑んだ。
「ああ、ちゃうちゃう。王宮には用がないんや。うちが用があるのは――」
ほんわかとした雰囲気。気の抜ける声。けれど心中を見抜かれた驚きは些細な緊張を招き、その瞳に宿る剣呑さに気付かせてくれた。
「――あんたよ、ユリウス・ユークリウスはん?」
そういえば。
王選候補者たちはそれそれ一名、
ふと、思い出す。
ああそうだ。ユリウスはこの国でも有数の騎士。
だが。
「ラインハルトの方が良いのでは? 彼は未だに誰の騎士にもなっていませんが」
そうだ。
自分よりよほど優れた人材がいるのだ。
そちらに目を取られるのは自然というものだろう。
「んー、そうやねぇ。ラインハルトはんも候補にはあるんやけど……うちは、
「――っ」
唾を呑む。
唇に指をあてて思案したのも束の間、当然のことに当然の答えを返す様に告げたのは、馬鹿みたいな答えだった。
ラインハルトより、自分が良い?
はっ、目が曇ってる。こんなんじゃロクに勝ち抜けもしないだろう。
そんなことは口に出すわけもなく、むしろ思ったことを後々恥じるほど。
冗談や酔狂で指名されたのだろう。揶揄って追い返すのが一番だ。
そう思ったユリウスは、けど。
相も変わらず、鋭さを保った瞳に魅入られて。
「――分かりました」
「はぁー、よかったわぁ♪」
何故か、承諾をしていた。
何故か。考えるまでもない。自分がラインハルトよりも望まれたからだ。
例えそれが自分を引き込む口実に過ぎないとしても、それが心地よかったのだ。
ユリウスはそう考える。思い込む。思いあがらないように、思い込む。
彼が承諾したわけ? 簡単なことだ。
少女が真摯に頼んできた。ならば承諾するのは
それだけの事だ。
今の今になってもまだ捨てられていない、騎士の矜持というやつだ。
そして時は過ぎ、青年は少女に魅入り、真なる忠誠を胸の内で誓う。
【グアルディア】
グアルディア家の使命とは即ち、鎮守である。
戦争で生まれる怨念から、鍛錬で蓄積する想念。それらがより色濃く現実に影響をもたらす世界で、彼らはそれらの影響を一身に引き受ける墓場の、その番人となった。
そして、とある魔術師はソレをこう称す。即ち、
――それは、竜暦石の誘導の下にできたサンプルケース。