菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
アナスタシア様に仕え始めてから、私の日々は目まぐるしく変わった。大きく生活環境が変わったのではなく、主であるアナスタシア様に配慮した予定を組んでいると、いつの間にか以前のそれとは様変わりした予定表ができたのだ。稽古の時間は減り、その分、護衛として主に付き添う時間が増えた。もう殆ど訓練場にも足を運ばなくなり、未だそのことに少し違和感を覚えている。
短くも濃い日々、というのだろうか。単に慣れない環境に身を置く以上に、私の日常は色鮮やかになった。色鮮やかというか、むしろ極彩色だ。毒々しいというわけではないが、アナスタシア様はもう少し揶揄ってくるのをやめてほしい。いや、緊張を解す様な意図があるとは分かっているのだ……流石に自身の仕える主への信用をクストス並みにまで暴落させたくないのだ。
……ふむ、クストスか。そう、アナスタシア様は、何処かクストスと似ている。
それは雰囲気が似ているというわけではなく、むしろあの館のじめっとした空気を纏うクストスとアナスタシア様では真逆と言ってもいい。性格は二人とも螺子が外れたような明るさだが、特に人を揶揄ってくるところが似ている。主に私を。
「この二人、会わせたら案外意気投合するんじゃないか……?」
ユリウスのボソッとした呟きを拾い上げたアナスタシアは、それを脇に置かずに嬉々としてつつく。
「ん~? なになに、どしたん? ユリウスは誰と誰を引き合わせたいん? ほら、おねぇさんに言ってみぃ~?」
しまった。口に出ていたか。
反射的に口を抑えようと右手を上げ、すぐさまそれを自意識で堪える。
この状況で口を押えたら失言と受け取られてしまうからだ。無難な答えでも返す方が良いだろう。
「いえ、最近知り合った友人と随分相性がよさそうな同僚を思い出しまして。本人たちもいい歳ですし、引き合わせてみようかと……というか口よりも手を動かしてください」
「動かしてる動かしてる。ごっつ動かしてるで」
アナスタシア様が望むであろう、色恋沙汰の雰囲気を漂わせる。それに加え、暗に詮索するなと言ってみたが……この人はどうやってメモ向けずに書類を片付けているんだ?
「にしても、ふ~ん。ユリウスもそーゆうのに興味持つんやなぁ。意外やわぁ」
「ええ、興味がないわけではないのですよ」
へー、ほー、と目を輝かせて、アナスタシア様は身を乗り出した。
「で、で、ユリウスの初恋ってなんや? ウチ気に成るわぁ」
「は、初恋、ですか……」
「そうそう、初恋」
「いえ、それはその……」
「んー? 口籠ってるところが余計怪しいなぁ。ほれほれ、言ってみ? 主権限で聞き出すでぇ?」
嬉々として食いつかれ、淡く弾けて消えた初恋の話を根掘り葉掘り聞きだされた。
むふーと、満足げに息を吐かれるまで私はアナスタシア様の玩具となったのだ。望めばその手の本がいくらでも手に入るだろう大商会の主であるアナスタシア様が本気で色恋沙汰に興味を持っているわけでは無かろうが、普段見せない面程気に成ってくるのは人の当然の心理だ。追及するうちに当初の事は忘れる。
……そういえば最近、本棚に恋愛もののそれが増えてきたような気もした。やはりこういう年頃の女性は恋愛への興味が大きいのだろうか。それとも、個人的に良い仲のものができたのだろうか。クルシュ様のところのフェリックスが相手なら問題は……いや、敵陣営ということ以外に問題は無いが、まだ戦況もあやふやな内に「夫の座が開いている」というアドバンテージを手放すのはまずいのではないだろうか。
……ふむ。
先ほどまでの己の思考を振り返り、ユリウスは嘆息してこめかみを抑える。
どうやら自分は、思いのほか主に毒されているようだと。
「……はぁ」
「あれ? 珍しいなぁ。立ち疲れたたんか?」
「いえ、そういうわけではありません。昨日頂いた歴史書の内容があまりに興味深く、床に着いたのが遅かっただけです」
嘘ではない。
だがその程度で疲れを見せるような柔な体でもない。
主には言ってないが、この程度の夜更かしならいつもの事なのだ。
「そっかー……夜更かしは健康にいかんでー?」
「はい。以後気を付けます」
綺麗な礼をして、話を締め括る。
「で、ほんとは誰と誰――
「――ッ!」
不意打ちだった。
「ほら動揺した。まったくもー、ユリウスはこういうのがへたっぴやなー」
けらけらと笑うアナスタシア。その笑みに嘲笑の色は一欠片もなく、純粋に可笑しくって笑ってるように見えた。
そう、これだ。伊達に一身、素寒貧の一文無しで大商会を築き上げてきたわけではない。
歳不相応な、まるで賢人会のご歴々を相手にしているような弁舌の巧みさ。人の顔色を窺い、細かな体の異変――指先の癖や、足の組み方、大まかな体勢――から人の心を手に取るように読み取る。商才とは即ち、人の心に潜り込む巧さでもある。
……いや、正直に言おう。私は未だにこの主の器を見切れていないのだ。
「今日の内に終わらせておくべき仕事――」
「――はもう終わったよ? だから言ってみぃ?」
差し向けた指の先には、机の右側から左側に移動し終えた紙の山がある。
もう終わらせたのか、あの量を。戦慄を感じながらユリウスは悪足掻きを続ける。
「でしたら『鉄の牙』の書類を手伝ったらどうでしょう。この前彼らが書類の山に埋もれていたのを見ましたが」
「上が下の仕事とっちゃいかんよ? 何もかんも手伝ったら人間駄目になるわ。だからこれは愛の鞭……そう、
嘘だ! 絶対嘘だ!
書類の山に埋もれていた後うのは本当だ。酒場で愚痴交じりに聞かされた。だが、その内容は「アナスタシア様が管轄外の仕事を持ってきた」とか「何故か子商会孫商会の仕事を割り振られた」なんてものだ。つまり彼らが書類に苦しんでいる理由は大体がこの主の生である。ユリウスは知っているのだ。
だか、それを言ったら間違いなく「ウチ悲しいわ~。自分の騎士が主よりも部下の事信じてて悲しいわ~。これはもう、ユリウスがウチに会わせたいっていう人の事聞かなあかんわ~」なんて、悲しさを装っていつの間にか会わせようとしていることにまでされるだろう。
淑女や貴婦人と会話することには慣れている。だが根本が貴族であるユリウスにとって、交渉とは既に誰かがお膳立てしてくれたものの事だ。それしか経験したことが無い。
故にこの場で逃げ道を見つけるよりも先に、ユリウスは詰みを自覚した。
そして、しぶしぶ友人の事について話すのだ。もとより隠すようなことでもないが、あの友人の家は貴族間では不吉の象徴とされる。それこそ、銀髪やハーフエルフなどの「魔女の特徴を持つ者」より嫌うものまでいるくらいに。
だが……まぁ……それでも貴族としての血統や地位は何も貴族よりも遥かに上だ。悪影響を打ち消すぐらいの見返りはあるだろう。
淡い希望であることを自覚しながら、甘い見通しを立てる。
医薬はまだ常備していないユリウスだった。これから先常備することもないだろう。
そして時は流れ、王選最初の儀式。候補者同士の顔見せ。もちろん、アナスタシアも他の候補者たちも、各々の手段で以て互いの事は把握してるだろう。街に一歩踏み入れるだけで噂話が耳に入るくらいだ。
だが、つい最近、それも一週間近く前という直近の情報まで拾えたものは果たして何人か。最後の王選候補者は、まだ童女と言っていいほどの子供だと聞く。果たして、そのようなものに王になるだけの器があるのか。
竜暦石に選ばれたのだ。確実にあるのだろう。問題は見た目が幼いだけの女性であるか、年若くとも十分に実力を示せる天才か。後者であれば、これからの成長性に目を置かれて他の候補者たちよりも一歩リードすることとなるだろう。元浮浪児と言えど、それを打ち消すに値する可能性がある。
女性に年を聞くのは失礼だが、どうやってそこらについて知ればよいのやら。ユリウスは生まれて初めて、女性の年齢について頭を悩ませた。
最後の最後に入場した最後の王選候補者。あのラインハルトを騎士に持つ少女、フェルトの姿を見てユリウスは目を見開いた。
あったのだ。風格が。たかが貧民街で育った小娘とは思えない、風格が。
ああ、身に纏う服のせいかもしれない。礼服の着こなしも、何処が粗があるように思える。だけれど、それらを些事だと捨て置けるほどのナニカがあった。
それは何か。姿勢だ。傲岸不遜な傲慢さを漂わせ、一切委縮した様子を見せない姿だ。他の者は――ユリウスも含めて、ラインハルトと王選候補者の方々は除いて――皆、賢人会の存在に多少は委縮したり、緊張の様子を見せている。
ソレが、ただの小娘が。
生まれながらの王者の様に。
清廉な騎士の血を継ぐ貴族の様に。
一代で大商会を築き上げた商人の様に。
そこに居て当然だと、胸を張って踏み入ってきた。
ああ成程。
この娘は、確かにダークホースになり得るだけの資格がある。
きっと他の候補者に及ばない部分はあるのだろう。家柄や財力、そんなものが。
だが、それらはきっとラインハルトが補うだろう。ラインハルトが。
ライン、ハルト。
ああ、もしここに立っているのが私ではなくラインハルトだったなら。
きっとアナスタシア様の勝利は決定していただろうに。
ユリウスは小さく深呼吸をして、思考を切り替えた。
いや、そんなことは考えるべきではない。それは、わざわざ私を選んでくれたアナスタシア様への侮辱になる。
私が今専念すべきなのは、アナスタシア様のサポート。アナスタシア様の騎士で在ること。
それだけだ。
そう固く決意して、心のどこかに「ラインハルトには勝てない」という諦観を残しながらも、ユリウスは前を向いた。
顔を上げて、胸を張り。
前を、向いた。
その決意さえ忘れるほどの衝撃。
二度目にユリウスが息を呑んだ時、感じた驚愕はまさしくそれだった。
「お、もう始まってる。悪ぃ、ちょっと遅れたわ」
誰だ。この男は。
「『俺の名前は菜月昴。右も左もわからない上に天衣無縫の無一文! ヨロシク!』」
傲慢というより不遜。盗人猛々しいというよりも、恥という概念を忘れた様な、風格すらなく、けどそこにいるのが当然たという訳の分からない自信を秘めた。
あまりの礼儀の無さに、見ているこっちが恥ずかしくなるような男だった。実力はあるのかもしれない。歩きを見ればわかった。だが、それも此処にいる者の中で上位に入るほどでは、無い。
訳の分からない男だった。子の次に自分がした行動も、あまりよく覚えていない。頭が真っ白になり、理性も知性もどこへやら、だ。
気づけばユリウスは、その男を抱えて謁見室を飛び出していた。
理由は……自分でも分からない。
だから気付かなかった。
賢人会の者たちの、あの眼差しに。
それを見てさえいれば、まだ、アナスタシアと同じように危機感ぐらいは持てただろう。
そして今。
ユリウスは騎士を侮辱されたという建前で以てその男に剣を突きつけた。
殺すつもりはない。真剣を抜いたのはまずいと、心のどこかで冷静な自分が呟いた気がする。だが、冷静さなどこの男の登場で何処かへ吹っ飛んでしまったのだ。きっとそれは幻聴だろう。
実力はあるように見える。寸止めで脅してやろう。そのぐらいの気持ちだった。
ユリウスは不快だったのだ。自身がラインハルトよりも下だと、そういわれて。
事実だ。自覚してるし自認している。ユリウスはラインハルトの下位互換で劣化品だ。
だが、心に残り続けるラインハルトへのコンプレックスは、認めたところで消え去らない。それを刺激されたユリウスは、自分でも驚くほどの激情に駆られていた。驚くような理性が残っていれば、きっとそれを自覚できただろう。
大して。
■のそれを見て、内心「めんどくせーなー。どうしよう。殺すのはまずいよな。うん。殺さないようにしよう」と思っていた。
死の線を捕らえる視界を持つ■からすれば、技量何て攻撃を狙い通りに掠らせるだけあれば十分なのだ。
だが、流石に白昼堂々と人を殺すことはできない。となると、■はもう手詰まりだ。
殺しちゃダメならどうすればいいんだよと言わんばかりに、■は困っていた。
渋々といった感じで構えを取るスバルに、更にいら立ちを募らせるユリウス。
首を跳ね飛ばす軌道を描いて――勿論寸止めで振るわれた剣は、当然ユリウスが先手を取ったことを示した。
ユリウスは見誤った。
■はこの時、この攻撃を完全に殺しにかかってると、誤解していた。
彼には殺意の有無など分からない。手加減かどうかの見分けができない。
だから勘違いした。
ユリウスは思い違えた。
■は、奇襲を許されるのであればラインハルトだろうが殺せるということが理解できない。
当然だ。その身のこなしは、大したものではないのだから。
「仕方ない。殺すか」
■は殺すことを躊躇しないほどに壊れ切っていると。それに気付けない。気付く要素が無い。
人は殺人を忌避するものだ。殺人を当たり前のように選択肢に入れる様な者は、一握りもいない。
ユリウスは間違えた。
化け物に対峙するならば、仲間と装備と時間と力量と、そして自覚と覚悟が必要なのに。
化け物に対峙した自覚すらなく、剣を振り抜いて。
訓練場の空には高々と切り飛ばされた剣先が飛び、その後を追う様に赤い鮮血が舞い散った。
明日はエイプリルフール。
FGOもリゼロもチェックを怠らないようにしましょう。
『殺人は癖になる』
殺人癖。
もはや彼は、なぜ自分が死を恐れて、殺しを忌避していたのかすらわからなくなっていた。
だって死ねば解決するじゃん。
【刃の無い短剣】
グアルディア家の当主が代々受け継ぐ祭儀用の短剣。ごてごてした鍔がついている。
短剣と言いつつ、切れ味はゼロ。刺し、貫き、縫い留めることに特化した杭のような物。
グアルディア家が継承する古代魔法、陰属性の魔法家体系『呪術』の媒介。別にこれが無ければ使えないというわけではないが、他のどの媒介よりもグアルディア家の血筋に適している。
グアルディア家の家宝。その本質は『桶』。柄の中は空洞で、毒やその他の薬液を仕込むことで様々な用途に使える。
因みに、ユリウスはこのことの噂を聞いてクストスと友好を深めた。
クストスがユリウスに話した話で一番驚かれたのは、この家宝でのみ作れる料理のレシピが受け継がれているということ。一体誰がそんなものを考えたというのか。
作者も知らないので聞かないでください。
【クストス】
モデルは原作アンリ・マユ。ただし、身分差を凄く気にしたり(正確には明確な行動基準がそれしかなかった)、それ以上に友情に篤かったり、相違点はある。イケメンだが、家計のせいで疎まれてる。それさえなければ結構モテる……というか、遠目で見守られる程度には好まれてる。
幼いころから呪われた家系だのなんだのと罵倒され、家では家計の仕事に誇りを持てと知ったされ、どうしていいかわからなくなった彼の唯一の物差しが身分差。故に、府警とかには凄く厳しい。例外として、友人のユリウスやその主であるアナスタシアには多少の無礼を許している。
つまりツンデレ。