菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。   作:繭原杏(繭原安理)

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欠けたのか、埋まったのか、忘れたのか……戻ったのか


後/跡

 それを見て、■はぼりぼりと髪を掻き、言った。

 

 「あー、やっべ。殺しちまった」

 

 死んでやり直すか? いや、もう少し情報集めてからでもいいか。

 手についた血を振り払いながら、訓練場を後にする。

 

 「ま、て……」

 

 掠れた声がする。

 死に面した僅かな猶予時間それを使って口を開けたのは、流石というべき精神力だ。

 何度も死んだ記憶があるからこそそれを知る■は、それほど必死になって何を言いたいのか気になり、足を止めてその言葉に耳を傾ける。

 

 「なんだ?」

 

 ――ユリウスは、掠れる視界と薄れる意識の中で、血よりも鮮烈な「死」へ向かう最中で、湧き上がった疑問を堪えられなかった。

 開放的とすら言えるほどに綻びた思考は、何処か首裏に快楽感さえ味わいっている。

 ごぽりと、喉から咳きあがった血を吐き出し、地面にぶちまける。

 ユリウスは口角に血の泡を残したまま、口を開いた。

 

 「何故、君は……」

 

 どくどくと流れ出す血が影のように水溜まりを作る。それでもと口を開くユリウスは、一体、その為にどれほどの精神力を振り絞っているのか。■ですら感嘆するような根気で以て放たれたのは、それはつまらない問いかけだった。

 

 「なぜ、きみは――()()()()()()()()()()()()……()()()()()()?」

 

 何故君はそうも簡単に私を殺せたのか。

 つまり、躊躇いなく殺人を行えた■への疑問。

 口にしたのが罵倒でないのは、ユリウスの育ちの良さ故か。

 口にしたのが助命の嘆願でないのは、ユリウスのプライド故か。

 だったらこの問いは、死にゆくユリウスの為のものではない。いや、そうであるとも言えるのだろう。

 

 ユリウスは知りたかった。

 ただ一点。彼が、主に害を成し得るかどうかを。

 

 私怨を持っていたなら、殺される相手はユリウスだけだ。

 だが血に酔った狂人ならば、主が危ない。死に体で剣も触れないありさまだが、それでも■を足止め――さもなくば、誰かが危機を伝える時間を稼がなければならない。

 そう意気込んでいた。

 

 そして返ってきたその答えに、ユリウスは理解することができなかった。

 

 

 

 「さぁ? 殺そうとしてきたからじゃねーの?」

 

 砂場に沁み込む血が酸化してどす黒くなるころにはユリウスの意識は絶え、■もその場を去り始めた。

 狂人とは当たり前のように振舞い、知らず知らずの内に潜み、無自覚に狂っている。

 

 殺人狂いであれば分かりやすい。彼らは殺人という行為に魅せられているだけなのだから。

 そんな「殺人鬼」と呼ばれる存在を相手にすることも、騎士ならばままあった。

 だが、理由もなく、感傷もなく、傲慢なまでに当然のように、「殺されそうだから殺した」とぬかす輩は。

 ああ。

 

 正当防衛。

 その言葉は正しく存在する。

 正当な防衛。殺されそうだから応戦し、殺してしまった。

 良くあることだ。王都でも夫婦間での揉め合いから金銭トラブル、酒の勢い等で巻き起こされた殺人がいくつもあった。正当防衛も法典に記されているくらい、当たり前の言葉だった。

 当たり前だった。

 

 「殺されそうだったから殺した」。

 それは、果たして正当防衛だったのか。

 「殺せる理由があったから殺した」、としか。

 彼の耳には聞こえなかった。

 

 「――っ!」

 

 

 

 「……ん?」

 

 ■は後ろを振り返った。

 そこにはまた別の通路があった。

 まるで中庭のように四方を通路で囲まれたこの訓練場の反対側には、足を向けた先の通路と同じように柱の並んだ通路があった。

 人影は無い。

 

 「おっかしーな。足音が聞こえたって思ったんだけどな」

 

 聞き間違えだろうか?

 

 首をひねるも、事実人影は無い。

 考えてもせんの無いことだし、もし人がいたとしたらかわりに掃除をやってもらえばいいか。

 もしいるんだったら何故隠れたのか。それだけは分からないが。きっと何か事情があるんだろう。

 ともあれ、掃除を押し付けられない為に、■は足早に訓練場を去った。

 

 

 

 

 

 

 そして、■が去ったあとの訓練場に一人の男が訪れた。

 

 「……ユリウス」

 

 彼はそっと死体の頬を撫で、その瞼を慈しむように下した。

 開ききった瞳孔に感じる恐怖は無く、あるのは哀しみだけ。

 

 男は言った。

 

 「ユリウスっ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 知っていて止めなかったなら、きっと自分はユリウスを殺したのも同然。

 事実、そうなのだろう。ユリウスが死んだのは、自分が原因なのだから。

 

 「ああ。ユリウス……」

 

 胸の上で胸を組ませ、そのまましばらくじっとしていた。

 と思うと、男は立ち上がってユリウスの死体を迂回して向こう側へ向かう。

 血溜まりと死体と、そして梢から滴った露のような水滴が点々と死体の頬に残るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 ちょっと服が汚れたな。先程は気付かなかった、裾の染みを見て■はそう思った。

 エミリアに汚いと思われるだろうか。いや、きっとエミリアなら気にしないだろう。

 わざわざこれだけの事で着替える必要性も感じられず、結局着替えはしないと決められた。それもそうだ。帰の服は何着もあるわけではなく、少しの汚れくらいなら目を瞑るべきなのだから。

 

 今、エリアは何処にいるのだろう。

 何か随分と大きい広間に居たし、割と時間がかかるタイプの式典なんじゃ。

 終わるまでどこで暇つぶししてようか。というか、さっきは邪魔されたけど、今度こそラインハルトに話しかけないと。ちゃんとあの部屋にいるのは分かったし。

 てかフェルトって王選候補者だったんだな。なんで盗賊何て豆をしてたんだろうか。妨害工作か。

 

 あ、そういえば、急に最後の一人が見つかっただのなんだの聞かされた気がする。何時か。

 その最後の一人がフェルトだったのだろう。なるほど。

 

 うわの空で歩いていると、通路の向かい側から別の男……おそらく貴族であろう男が歩いてくるのが見えた。

 なんとなくそれが気に成った■だが、話しかける意味もないし、と脇を通り抜けようとする。

 

 「こんにちは……ナツキ・スバル、だったよな」

 

 男は見た目通りの若い声で資格に挨拶をした。

 何故自分の名前が知られているのかは分からないが、そうだと■は返す。

 すると男は笑みを崩さず――それはもう、微動だにしないほど崩さずに、言葉をつづけた。

 立ち止まって体をこっちに向けているところからすると、どうやら用事があるらしい。

 

 「いや、お前の事はよく聞くさ。あのロズワール伯が連れてきた新人だとか、って意味だ。知らないだろうけど、あの方は大の亜人狂いでな。亜人であるエミリア様や、お抱えメイドのフレデリカの名前は良く知られている」

 

 エミリアと同列に並べられて語られるそのメイドは一体何者なのか。

 そして屋敷では一回も見かけなかったが、実はすでに故人なのではないのだろうか。

 首をひねるも、それらしき人物と遭遇した覚えがない■には思い出すことができず、思考を放棄した。

 

 「だから新しく亜人を拾ってきた……とかならいつもの事なんだよ。だがな? ソレがどうしたことか、お前みたいな普通の奴を拾ってきたと来たもんだ。しかも、自分の領で生まれた訳でもない、経歴が実に珍妙なお前だ。実はロズワール伯の隠し子だとか、どっかの国の王族だとか、好き勝手騒がれてるぜ」

 

 成程。なんとなく察していたが、どうやらロズワールにも性的な思考、フェチズムは存在していたらしい。格好が変態的だとは思っていたものの、性癖もそれに片足突っ込んでいたようだ。

 いや、ただ亜人好きっていうなら普通なのか? でもこの国では割とおかしなことらしいし、フェチズムには分類されるのだろうか。

 そんなどうでもいいことは兎も角として。

 

 「なるほどな。そりゃ目立つわけだ。だけれど残ね――」

 

 ふと思う。

 果たして、菜月健一は素直に「残念外れだ」なんていうのだろうか、と。

 

 思う。

 菜月健一がどうだろうと、どうでもいいだろう、と。

 

 「――んだな。別にロズワールの隠し子でも王子様でもねーよ」

 

 「そりゃそうだろうな」

 

 予想していた、という様に男は頷いた。

 

 「この、大事な大事な時期に、わざわざ火種を持ち込むほど馬鹿な真似をするような、ありふれた貴族のような方じゃないしな」

 

 やっぱりロズワールが可笑しいのは共通認識だった。

 

 「ん、じゃあ、もういいだろ」

 

 「いやいやいや、もうちょっと話していこうぜ? 暇なんだ、付き合えよ」

 

 片手をポケットに突っこんだまま、斜に構えた男は「そうそう」と名乗る。

 

 「俺の名前はクストス。まっ、しがない貴族だ。家柄はあるが汚れ役を押し付けられてる」

 

 やっぱ貴族か。

 

 「『俺の名前は――」

 

 「ああ、それは良い。もう知ってる」

 

 「――なんだ、そうか?」

 

 クストスは人当たりのいい男で、何処か実家のような安心感を振りまく男だ。

 それでも、呼び止められることに対して少しだけの腹立ちを■は覚える。

 式典が終わればラインハルトの行き先が掴め無くなる。どうせ死ねばもう一回チャンスは巡ってくるが、それでおマジ陽にここで時間を潰してしまえば、また死ななければいけなくなる。

 それは面倒だ。

 

 「あー、俺エミリアに会いたいからさ」

 

 「へぇ、これはこれは。王選候補たるエミリア様に会おうと思って会えるほどの立場か。やっぱりただの客人じゃないだろ、お前。てか今は重要な儀式だか何だかの最中だったはずだぜ?」

 

 「ああ、そうだな」

 

 で、それが? と言いたげな■に、クストスはとうとう引きつりを隠せなくなる。

 

 「……今言ったところで無駄足になるだけだろ? 終わるころには解放してやるから、少し無駄話に付き合えよ。どうせ昼過ぎまで掛かるってんだし、時間はあるだろ?」

 

 「まぁ、それまでならあるな。でも、なんで終わる時間を知ってんだ?」

 

 「っ、友人が王選候補の一人に仕えてるんだよ。どれで、色々教えて貰ったってわけだ」

 

 それなら情報も確かなんだろう。

 ならばいい。

 ■は暫くだけ、クストスと無駄話に興じる。

 

 妙に人気のない廊下はメイドが通りかかることもなく、窓から差し込む陽の光と影の長さで時間を計るしかない■は、既に相当な時間が過ぎたことを自覚した。

 それもこれもクストスの相槌が上手く、きわめてどうでもいい話を至極面白そうに聞いてくれるからだ。異世界の話をしてみたのが良かったのだろうか。それとも、童話は世界を超えて親しまれるということだろうか。

 それでも話の途切れ目というのは訪れるもので、何度目かのそれの時にクストスは、ふとこういった。

 

 「おっと、もうこんな時間か。だいぶ日が傾いたな。そろそろ話も終わるんじゃねーか?」

 

 「そうか? それじゃ、言ってくるわ。じゃあな」

 

 「ああ、じゃあな」

 

 強く背中を叩かれよろめいた■は抗議の視線をクストスにぶつける。

 それを笑って流したクストスから■は視線を外し、エミリアとラインハルトがいるであろう部屋に向かう。

 

 「じゃあな」

 

 腹に衝撃を感じ、肺の空気が強制排出され、意識が鈍痛によって濁る。

 狭まっていく視界では人影すら捉えられず、腹に痛みを感じながらろれつの回らない舌で何かを呟こうとした。

 そして■は、押し寄せる睡魔のような倦怠感に負けて、意識を手放した。

 

 

 

 「――ん、ここは……」

 

 ああそうだ。ここはクストスと話したろうかだ。転がりかけた■を支えるものはおらず、背中を壁に預けてずるずると尻から落ちて、その衝撃で■は目を覚ました。

 見回せば下手人の姿はもうなく、逃げ足が速いと毒づいた。

 尻が尋常でなく痛いが、それもクストスのせいだ。今度会ったら腹パンを返そう。

 

 「しっかし、なんで腹パンされたのかね」

 

 まぁ、どうでもいいことか。

 

 「ふぅあ~ぁ……ねむ」

 

 先ほどの気絶のせいで脳が辛いのか、目が半目になる程度の眠気がする。脚も少しフラフラとしていた。

 まぁ、それでも歩行に支障はない。それよりも、なんだかとってもエミリアに会いたい気分だ。

 腹も減って来たし、レムになんか強請ろうか。なんてことを考えつつ、■は廊下を進む。

 

 「なんか寒いな」

 

 ブルリと身を竦ませる。

 

 

 

 

 

 

 絨毯に残る黒いマーブル模様は血のそれではなく、未だ湿り気と粘性を残し、蠢いているように見えるほど不気味で。

 

 寒いのは、気のせいだ。

 だって王都は「今日もいつも通りに穏やか」なのだから。

 

 ゾワリ。

 影が、蠢いた。




殺人を厭わなくなったのは忌避感が欠けるから。
殺人を好むようになるなら倫理観を失っている。

罪悪感で欠けた心が修復されれば、それは罪の意識を忘れるだろう。

元よりの非人間が真人間の分厚い皮を被ったところで、人皮は何れ腐れ落ちる。
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