菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。   作:繭原杏(繭原安理)

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これをやりたかった(歓喜)
でも少し短いです。残念。
代わりに次話は長いです。


第三章:テンカイテン王都・血濡れの四日間
閉セ。暖カイ世界ヲスクエ


 死体を引きずるような――纏う衣服すら擦り切れ、皮も肉もが土に抉られた結果の湿気すらある摩擦音。血と液と土と肉とが混ざり合った泥の生む牽引音――それに似た汚らしい水音が災害の前兆で在り、そして被災者の最後の記憶だ。

 小便の音、咀嚼の音、或いは悪魔が血を啜るような音。

 粘着質なその音を聞いたものは例外なく泥に覆い被され、有機無機の区別なく形を崩す。

 

 

 

 どこからともなく灯った赤い炎は泥を嘗め、焦がして僅かな湿気を空に還す。乾いた泥は土となり、まるで豊穣の証のように沈積する。

 空気は腐り、空は爛れ、腐汁を垂らす様に雨が降る。雨が誰かの涙だというのなら、それはきっと涙の無い死者の流した涙だろう。

 雑草一つ生えず、木の一本も立たない。瓦礫の隙間に見えるのは千切れ跳んだ人の腕で、まるで花のように天に手を伸ばして突き刺さっている。腐りかけのそれは肉が溶け落ち、半ば骨を露出していた。

 

 そこには(処刑人)の姿は無く、(処刑者)の姿だけがあった。

 貧富も男女も老若も種族も、全てが其処では平等で、全てが此処では均等だった。

 

 

 

 墓場のような大地に、参列者の姿は無い。

 その全てが死人で、見送られる側の――受け入れられる側の者なのだから。

 

 「――は、ぁあ……げほっ、ごほっ。この臭いはなんだ……!?」

 

 その中で、一人の招かれざる者(せいぞんしゃ)が息を吐く。腐臭の混じった空気を吸い込み、彼は即座に咽る。泥の中から這い出た彼は、口を手で押さえ、手にもそのぐじゅぐじゅに溶けた腐肉の様な泥がついているのを確信すると、何か不思議な力でその汚れを落とした。その不思議な力、所謂「加護」と呼ばれた力は、死臭に満ちた世界でなお所持者を生存させるために空気を浄化し始めた。常の動力源が無くなったために()()()()()()()()()()()()()()()()()()のエネルギーを使用して、澄んだ空気で呼吸を整える。

 

 彼、ラインハルトはまともに呼吸できるようになってから辺りを見回した。

 そして災害が運んだ被害を目の当たりにしたのだ。

 

 酷い有様だった。

 

 ラインハルトが覚えていた一瞬前までの光景は、緑豊かな石畳の大通りに、きれいな水の噴き出る噴水の周辺で戯れる子供たち。それを見守る保護者は仲睦まじく語り合い、巡回する騎士はそれを見て兜の下で密かに頬を綻ばせる。

 とても平和で、何事もなく、だからこそ生き辛かった日常が。

 

 それが――どうしたことか。

 

 黒い泥が覆う大地。綿で削ったような千年の風化痕の残る瓦礫に、焦がす様に泥を嘗める赤い炎。墓標のように立ち上がるのは、半融解した屍。

 耳をすませば生温い風に混じって微かに呻き声が聞こえる。違う。呻き声だけが、この凄惨な世界に吹く唯一の風なのだ。

 風が石を削り、煤が揺蕩い、雲は溶け落ちるように垂れ、大粒の雫を零した。

 

 雨が降った。

 

 溶けた鉛か、水銀か。骨が砕けそうな程に重い水滴は程なくして雨に変わる。

 押し流すような涙がその代わりに、少しだけ残っていた雲の白を吐き出して空に煤竹を残す。名残の涙で潤った大地は砕けた屍を肥料として黒々と実り、地平の先では空と地が溶けあう様に蠢いている。

 立ち上る陽炎は周囲の熱を吸っているかのように熱く、そして相対的に此処は凍えていく。時間の凍るような寒気に吐く息は白く染まり、けれど何処からか吹かれた風が煤を運んで灰に汚す。

 言葉さえ許されないような静けさには荘厳さ――一種の神聖ささえ感じさせる。まるでこの世界が神代だと錯覚するような理不尽さと、不条理さ。ラインハルトは否応なく、此処が別世界に成り果てたことを理解した。

 

 「此処は……」

 

 到底、人の栄える世界ではない。ラインハルトですら、世界の太源から引っ張り出した数々の加護が無ければ死んでいた。生命に適した大地ではないのだ。

 あれ程までに強く感じていた世界の優遇が感じられない。そのことがより一層別世界だという感覚を強め、異世界に迷い込んだような錯覚すら覚えた。

 

 「此処は、()()……なのか?」

 

 それは自身を優遇する世界の、生誕目的。

 この世界は地獄を生むために作られたのだと、彼らだけは知っていた。

 そしてこのありさまは正しく地獄に相応しく、もう一度辺りを見回した。

 

 煤色の空、汚泥の大地。彩るように咲き誇る炎の華は塵となった瓦礫を燃やす。

 この惨状はこの地を襲った如何なる悲劇をかき集めても再現できないだろう程に凄惨で、荘厳さすら含んだ超常の災害だった。

 まるで絵画のような地獄の世界に、ラインハルトは自然と他人事のような感覚になっていく。

 

 ――これは、違う。

 

 まるで絵画のような。つまり、それには()()()()()()()()()()()。肉づいているのは地面だけで、それもどこか異質な粘性を帯びて流れている。淀むような空気は、けれど死体のような腐敗臭が強調されて素の空気を覆い隠していた。

 

 此処は地獄だ。終着点だ。

 この泥は死体の集積物なのだろう。この風景は、誰かが想い描いた地獄()()なのだ。

 だが、違う。だから違う。だからこそ、違う。

 こんなものが、地獄なわけがない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう思うと、ラインハルトは剥離していく思考と共に浮き上がる思いを感じた。

 

 郷愁――畏敬――憧憬――それとも、恋慕だろうか。

 この胸を締め付ける様な感情は、短い人生の内で感じた如何なる感情とも結びつかず、だからこそ焦がれるように息を吸い込んだ。

 

 そして、表す単語を持たない思いを吐息とともに吐き出した。

 

 

 

 「あぁ――」

 

 

 

 そこは、宗教画のような地獄だった。

 

 

 

 

 

 

 いつまで呆けていたのだろうか。時計の見つからない世界では、どうやら太陽の浮き沈みに割くリソースもない様で、一向に明るくも暗くもならない。時間感覚は麻痺し、体感時間だけが時間の物差しになっていく。

 ラインハルトは我を取り戻して早々、探索を始めることにした。何をしようとも、まずは生存者を確認するべきだ。

 全員死んでいるかどうかを、確認するべきだ。

 

 ――そう、ラインハルトは()()()()()

 こうなることを。()()()()()()()()()()()

 ただ、此処までとは思っていなかっただけ。ただこれほどまでとは思っていなかっただけなのだ。

 

 

 

 唐突だが、ラインハルトは天才である。

 より正確に言うならば、優秀なスペックを与えられた凡人である。

 この世界の創造者は真の意味では天才でなく、故に「天才」の思考が理解できなかった。

 だからこの世界では天才は生まれず、居るのは「努力出来た者」と「できなかった者」のみ。極めて平等に始まる世界だった。

 少なくとも、覆しようのない格差は存在しない。貧民でも数を揃えれば魔獣を殺せるような、そんな世界なのだから。

 

 だからこそ、ラインハルトは持て余した。平等な性能を与えられた者たちの中で、唯一異常と言ってもいいほどの性能を与えられた――優遇されたからこそ。

 その肉体に反して、ラインハルトは凡人に過ぎた。感情に任せて失敗したことは数多とあり、それを基に何人も死なせていた。

 その度にラインハルトは怯え、自身の力を恐れ、しかしあっさりとそれを忘れた。

 

 慣れたのだ。受け入れたのだ。決めたのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。力を制限して()()()ことを。

 それこそ傲慢な在り方で、しかしその視点に見合うような力があったためにそれは「英雄の精神」として称えられることになった。

 

 そんな彼は、確かな意味で世界にとって特別な存在だった。この世界で僅かな、真実を知らされていた者だった。

 この悲劇が起こることを知っていて、止めなかったのだ。

 

 

 

 ラインハルトは天才である。

 しかしその精神は凡人で、その思考は余りに傲慢で。

 但し見合う力があるせいで、彼の精神は「罪」として裁かれず、「徳」として称えられた。

 即ち、「人民に忠誠を尽くす騎士」として。

 

 ――()()()()()()()、『()()()()のラインハルト。

 それが彼の正体だ。

 

 

 

 では、その魔女教とは何のために出来上がったのか。

 ラインハルトは、比較的浅い場所を見極めながら、回想していく。

 

 魔女教とは魔女を崇める宗教と言われている。

 それは正しいが、一側面的な見方でしかない。

 そもそも魔女教そのものが、「アースゲート教」というルグニカの国教から分岐した別派閥の宗教で、根底に存在する理念は同一なのだ。

 

 魔女とは即ち、生贄。

 魔女裁判――その者の善悪を問わず、見せしめの為に行われたという処刑の被害者。

 転じて全ての責と非難と苦厄を一身に受ける者であり、詰まるところは地球に存在する三大宗教の一つの聖人と大して変わらない。

 嫉妬の魔女、サテラ。彼女もまた魔女として称えられるものだ。

 だが、その役割は紛い物どころではない。全くの別物、場繋ぎの代物だ。

 

 本当の魔女が現れるまで、出来上がるまで、「魔女」という概念とその使い方を覚えさせるための、代行者。

 サテラに与えられた使命は、それである。

 

 では魔女の誕生は如何にして通達されるのか。

 簡単な話だ。今のが、それである。

 

 この、大地を飲み干すような泥の濁流と、その後に残った死臭の大地。

 これこそが魔女の産声であると、ラインハルトは確信していた。

 

 

 

 「――ここも、生命反応は無い、か。誰か一人くらい、生き残っていそうなものだけれど……」

 

 過大評価だったか、という言葉は口に出さない。

 それは騎士たるものの口にする言葉では無いからだ。

 加護を使って瓦礫の中の生命反応を確認し終えると、ラインハルトはまた別の方向へ歩き出した。

 

 こうなれば、もう国民たちは全滅であると言ってよいだろう。

 皆が皆、この泥の海に還ったのだ。林立する街路樹のような死体の並木を通り抜けるラインハルトは、頬を撫でる生暖かい空気に眉根を潜めた。

 それは僅かながらに呼気を発する死体の口臭であり、この世界に巻き起こる風の殆どがこれであると理解していたからだ。

 

 「……」

 

 歩く速度を上げたラインハルトは、ズボンの裾に跳ねる泥を気にせずに通りを駆け抜ける。

 

 

 

 目指すは広場。

 全てが始まる場所だと伝えられた、舞台へ。

 

 

 

 歩く。歩く。歩く。

 何かに突き動かされるように歩き続ける。

 熱に浮かされるように歩き続ける。

 操られるように、歩き続けた。

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