菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
――遡れば、『罪』という概念は知性と共に生まれた。
傲慢、嫉妬、暴食、虚構、略奪、近親相姦。
そして殺人。
始まりの殺人は聖書曰く、人類始祖アダムとイヴ、その子である長男カインによる弟のアベルに対するものであった。
惨殺、斬殺、撲殺、絞殺、刺殺、欧殺、毒殺、薬殺、扼殺、轢殺、爆殺、鏖殺、圧殺、焼殺、抉殺、誅殺、溺殺、射殺、銃殺。
絞首、首切り、電気椅子、鋸挽き、生き埋め、沈河簀巻き、十字架刑、薬殺刑、杭打ち、串刺し、腰斬刑、皮剥ぎ、抽腸、釜茹で、凌遅刑、石打ち刑、火刑、車輪刑、炮烙、圧死刑、四つ裂き刑、引きずり回し。
同意殺人、強盗殺人、人質殺人、殺害補助、汽車転覆等致死罪、水道毒物等混入致死罪、強制性交等致死罪、航空機破壊等致死罪、航空機墜落等致死罪。
殺害法、処刑法、罪状。ざっと上げるだけで、人々は斯様な数の悪を生み出している。
人の罪は、人類の悪性は、他者への害と自身の堕落のいずれかの形を持って現れる。
だからこそ、生を脅かすもの、その技術が一纏めに『悪』と括られるのは必然である。
その全てが、『悪』として押し付けられたのも、また必然であった。
“人の歩みとは戦争の発達に等しい”とは、誰が言ったことか。
革命の裏には犠牲があり、発達の裏には死者がある。安寧の内側には生贄が必須で、だからこそ、人は他者を蹴落とさなければ生きられない醜悪な生き物だ。
それら全て、知性から生まれ知性によって研磨されるがゆえに。
ああ、そもそもの過ちは知恵の実を食したことだ。
『知性』を持たなければ、『悪』も『正義』も思わなかった。
断言しよう。
今日まで至る人の歩みは、須らく過ちであると。
泥に足を取られ、僅かに見える石畳を基に足場を探りながらの歩行は、とてもではないが遅い歩みとなった。
目指した広場は衛兵の詰め所のある、災害時の避難場所として知らされてる場所だ。
この状況下においては避難も何も、自分以外の存在が生き残っているとは考えずらい。
それでも、騎士として、
万が一にでも生存者がいれば、保護しなければいけないだろう。
まぁ、居れば、の話だが。
「やっぱり、居ないか。常駐しているはずの衛兵も、鎧と兜だけ残して……まるで、体だけ溶け去ったように消えてるな」
泥の津波で破砕した詰め所は、それでも一部原形を留める所もあった。
半壊、といった感じが良いだろう。そこから覗き見れる内部は、まるで人気がなく。現時点で使用できる加護を使っても生命の反応をうかがい知ることは――。
「――いや、居る?」
僅かに触るような違和感。
微かであるけれども、そこに何か――恐らくは、生命が存在していることを示す反応が、返される。
「誰か、居るのか……?」
信じられない。
これほどまでの惨状で、まだ生存者がいるなんて。
だがありえない話ではないのだ。
ラインハルトが生き残れた以上、それが何かしらの加護の力によるものであれば、似たような加護を持つ者なら生存できるのだから。
例を挙げれば、『不死鳥の加護』だろうか。
一度死んだ者を蘇生させる、一度限りの加護。
このような状況で機能するのかは定かではないが、しないとも限らない。
瓦礫を掘り返し、僅かに漏れた呼気の下へ駆けつける。
其処には一人、鎧もつけずに隙間に足を挟んで呻いている。崩れた壁と落ちた天井の間で、奇跡的な隙間が生まれていた。
「大丈夫かい? 喋れるか?」
「……ぁ、ああ。ラインハルト、様」
うつろな瞳を宙に彷徨わせるように、男はラインハルトを見つめた。
外傷は見て取れない。そもそも、『不死鳥の加護』が発動したのならば万全の状態で復活するはずだ。
このように、半生半死といった状態で蘇るのは余りにおかしい。
「どうしたんだい? 君は確か、『不死鳥の加護』を持っていたね。どうして、そこまで苦しんでいるんだ?」
「ふ、し……ちょう? ああ、そうだ。『不死鳥の加護』だ。そのせいで、まだ、俺は――」
「……ん? おい、おい!」
辛うじてラインハルトを捉えていた視界は、ラインハルトとの会話の中で光が削ぎ落とされ、何かに怯えるように瞳孔が震えて広がるのを見て取れた。
「あ、あ。ああ……あ!」
喉が痙攣して、呼吸すらままならなくなったのだろう。カサついた唇を震わせながら、彼は自身の首に領の手をあてがった。そしてそのまま、首を絞める手があるかのように掻き毟り始めた。
「――っ!?」
当然、そこに手など無い。
その爪が突き立ったのは、自身の皮膚。痛痒を感じないわけではなく、むしろ「痛い痛い」と呻くように涙を零しながら、彼は掻き毟る手を止めない、止められない。
息苦しい、生き苦しい。
水面に浮きあがった魚のようにパクパクと開閉する口は、空気を咀嚼するかのように必死だ。だんだんと顔の色が青ざめてきても、ラインハルトはこの異常への対処法を思いつけなかった。
原因は分かっている。きっと、何かしらの心的な苦痛が残っているのだろう。
だが、今現在ラインハルトの中にはメンタルケアの為の加護は残っていない。それができるだろう加護は、軒並み回数切れか効力不足で役立たない。
そうこうしている間に彼は、血の流れ出る首を掻く力も手に籠らなくなり、だらりと地にそれを伏せる。
顔が地に打ち付けられなかったのは、ラインハルトが背中を支えているから。ひくひくと喉仏が痙攣しているのを見て、ラインハルトは眉根を潜めながらゆっくりとその体を地に寝かせた。
まるで毒でも食らったような症状だ。だが、毒を食らっただけならば手持ちの加護で何とかなった。病気でも同様だ。精神ケアは必要が無かった為にあまりとらなかったが、この事態を見越していればきっと取っていた。
だが、今でも精神を安らげる、安心させるための加護はいくつかある。これらを組み合わせれば、きっと延命ぐらいならできる筈だ。
そう考えたラインハルトは、早速自身の内に眠る莫大な量の加護を選別して励起し、治療に取り掛かる。
どうか、彼に救いがありますように、と救いを授けるように。
突然の強風に目を瞑り、顔を上げたのはすぐの事だった。
そして、目の前に居た
「――なんだ、これは……!?」
思考実験としての存在ではなく、見た目としての当て嵌めだ。
泥というには広すぎ、沼地と称するには固まりすぎている。そして、余りにも黒々しく、また重苦しい。
人の形をし、水面に波紋を立てながらソレは歩む。まるで人のように振舞う。
いやさ、輪郭だけ見るならばそれは人だ。紛れもない、14~5ぐらいの齢の少年のようだ。
だけれど、その矮小な躯体に対して、起こした被害は余りに甚大だった。
まず第一波。押し寄せる黒泥による蹂躙。
暗転の後、幕が落とされるように視界が開ければ、そこは地獄になっていた。
まるで彼自身の髪のような、赤々と燃え盛る大炎熱地獄。
炭になったのか、将又泥がこびり付いているのか。地に平伏したミイラの様相をした人々が、呻き声を持って合唱をする。弱弱しく、一人ならば耳を澄まさなければ聞こえないだろうその声音も、今この場では耳を劈くファンファーレだ。
その中では僅かな遺体とそれより遥かに少数の生存者が残された。
だが、足りない。其れでは足りないという様に、彼は現れた。
第二波は風のように訪れた。
第一波を乗り越えた僅かな生存者の間を、黒い煤が吹き抜けていく。
ラインハルトは当初、それを巻き上げられた死体の炭か、焼け乾いた黒泥か、または湿った木材を燃やした火の煤だと思っていた。
それは違う。たかが炭に、泥に、煤に、人を
気づけば、もう一度見渡せば、先程まで壮健に立っていた枯れ木の如き死体は、皆一様に全身から血を噴き出して崩れ落ちた。それは菜種を絞り油をとるように、死者に許された最後の余裕を搾り取るようだった。
地獄の底から、いや、最早此処が地獄であると嘆く悲鳴は何処までも悲壮だ。悲しく、苦しい。喉も張り裂け声帯が断裂して血を噴き出し、口角に血の泡が噴き出て人としてまともな音すら奏でられなくなろうとも、彼ら彼女らは何かに駆られるように悲鳴を途切れさせない。
苦悶の呻きを主旋律として、苦痛の嘆きを添えた伴奏。
オーケストラ、というには聊か……
――構わない。すぐにもう一種類、その中に増えるだろうから。
「……なんだ。何が起こっている……っ!」
ラインハルトは剣聖である。
剣聖とはこの世界で最も愛された、つまり特別に
当人が望めば如何なる加護をも授かり、存在し得るすべての力を与えられ、為しうる全ての所業を容認される。肯定される。
それは人の意思ではなく世界の意思。
故にこそ真の意味で彼の不意を打てる者は今まで居らず、そもそも存在する筈がなかった。
だが、彼は知っていた。自身と同じように特別視されている存在を。少し見ぬ間に豹変した、死の空気を鉛のように纏わりつかせた一人の少年を。
何故なら、知らされていたからだ。彼は戦うものではないが――それでも、この世界においては誰よりも優遇されるべきものだと。
たとえ死のうものなら、何度でもそれを否定されるほどに、その存在を待ち望まれた人材なのだと。知っていた。
彼が今持つ特異な能力についても、だ。
きっとこの災害の中でも、彼は生きているだろう。むしろ、この災害を引き起こした側なのかもしれない。詳細は分からないが、彼が生きている確信だけはあり、そしてラインハルトは彼と対峙する義務を課せられていた。
だからこそ加護での警戒を切らさなかった。積み上げた技術と経験での警戒も、片時も耐えさせなかった。与えられるだけでなく自身も研鑽する姿勢に、だから英雄も少しばかりの力を与えた。
それ故の偶然。
そう。
「――よう」
「――っ、君、はっ!? 誰だっ!」
聞き覚えのある声に、一瞬想起される黒髪の少年。
しかし、振り向いた先にその姿は無く、代わりに黒靄のような、それとも黒泥のような物の人形がそこに
「なんだ、お前は」
予想外と想定外と未知と疑問が混ぜ合わさり、攪乱され、普段ならし得ない「疑問を零す」という行動をする。
意識的にしたことはあれど、無意識にすることではなかったその動作に、ラインハルトは完全に驚愕に呑まれた。
思考停止故の空白、空白ゆえの疑問、疑問故の隙。
人類の悪性を煮詰めたような目の前のその存在が、その隙を見抜けないとも、見つけられないとも思えない。それだけの信頼を、ラインハルトは一瞬の邂逅において得た。
事実として、疑問を思い浮かべるだけの猶予があり、それは隙を突かれなかったことによる産物だ。自身が未だに生きていることに、安堵より先に困惑を覚える。
何故、自分はまだ
「は、ぁぁ――」
自分がその存在より優れていると、強いと、ましてや僅かばかりにでも抵抗できると、そうは思えない。
先の反射行動は偶然であり、更に言うなら奇跡のような防御。
もう二度とできないだろうことが確信できる、そんな反撃をもってして負傷を防げたのみ。
ラインハルトは本質としての格上と戦ったことは無く、それ故たった一瞬で心が折られていた。
もうラインハルトに戦意は無く、構えられた剣も取り敢えずといったもの。
そのことが分からぬ筈もなく、彼に相対した人影はニィッと笑った……様な気がした。
既に「戦闘」という選択肢は無い。「逃亡」する選択肢もない。
ただ俎板の鯉。生を諦め、だからこそ諦観に満ち、そして冷静になる猶予が生まれた。
生存しようと足掻く思考を排して、多くを占める議題が無くなった脳が手持ち無沙汰になったのだ。
そんな様だからこそ、獲れる選択があった。それは「対話」である。
「――君は、一体何なんだ?」
「さァ? さてさてさァて、俺は果たして一体全体何者なのか、とんと見当もつかぬ。目が覚めればじりじりと暑っ苦しい場所に至ってのだけはァ、理解してるがね」
周囲の泥から這い出た様なそのヒトガタは、ふざけた様に肩を竦めた。どうやら、話が通じないわけでもないようだ。
言葉が通じることを意外に感じることもなく、ラインハルトは肩の力を抜く。
ならば、少しでも生き永らえるために次の質問を――
「――カ、ハッ」
「おおっとぉ、いけねぇいけねぇ、こいつぁいけねぇ! 俺の前でそんなに隙を丸出しにしちゃあ、殺してくれって生板に上がるようなもんじゃねぇか! うっかりしっかり手が滑っちまうだろぉがいい加減にしやがれっ!!
――何てなぁ、ハハッ!」
首か腹か。
どちらが先に切られたのかは分からない。全くの同時だったような気もする。
だが、確かに致命傷を与えられたことだけは、事実として認識できた。
「――っ! っ! ――!!」
声帯が無いのだから、声は出せない。肺を動かす横隔膜がやられたのか、呼吸もできない。
当然声など出せず、悲鳴も喚声も咆哮もできない。
「ああ、ダメだダメだ。
何か、話しかけられた。
ただその声が五月蠅いわけでもなく、とてつもなく不可解なだけ。
そんな印象だけ受けて、それ以外は意識に残らない。
臓腑のそこから熱い物が込み上げるような、漏れ出すような、命が散る中で。
僕は唯、痛みに集中する。
「ああ、それは良いやり方だ。そう、流石は剣聖様ってところかね?
大事なプライドやら、世間体やら見栄やら、生存欲やらなんかは捨てちまえ。大事なものを捨てる、自分を人形に見立てて、その人形に感情移入する。それが、正しい苦痛の飲み込み方だ」
「――っ、っふ――! は、ぁ」
損傷した体が塞がる。それは加護の力でないことは、なんとなく理解できた。
長らく寄り添い、母を奪いながらも光を与えてくれた世界の祝福が、この男の前では塵ほどの役にも立たない。
そのことが信じられず、むしろ今の現実の方が夢のような、そんな夢心地。
喉を撫でると、そこには風穴など夢であったかのように滑らかな――街の女性たちが羨ましがる、いつもの肌が覆っていた。
「おうおう、分かってたわけではない、と。へぇ。へぇへぇへぇ! こいつぁ面白れぇ! 部外者の王様が何の用だ?
――どの面下げてオレの庭に来た?」
「――当然、見定める為だ」
口が勝手に動く。
誰の声だ、と思ってからいつも聞く自分の声であることに気づいた。
“流麗にして美麗、囀る小鳥のように心地良く、不敗の名将の様に響く”と謳われた、自らの声。
その声が、見知らぬ誰かに乗っ取られ、この吐き気を催す男との対話に使われている。
そう思うだけでも情けなく、屈辱で、堪らなく泣けてくる。だが、それでも。涙だけは零れない。泣いてしまえば、完全に尊厳が圧し折れる。認めてしまう。この場で、自身こそが最も格下であると。
泣きはしない。泣くことは無い。
そう心から水を汲みだすと、続けて男が口を開いた。
「おーいおいおい、泣きそうか? 泣いてんじゃねぇか!
どうしたどうしたぁ、剣聖様ぁ!? ちぃーっと化かし死人に喉貸した位で恐ろしいかぁ?」
煽っているのか。
そう怒り、奮い立ち、殴りかかりたくなるような声。
それに、同時に、何故か。
慰めの意を感じたのは、どうしてか。
いうならばその男は、「絶対の悪」。
生まれながらにして悪であり、悪であるから醜く、そして罪あり。
そう定められているように見るに堪えず、その口調はただ不快のみを掻き立てる。
けれど例えるならば、それは沼。
清水よりも温く、温みを感じている内にずぶずぶと沈み込み、やがて息もできなくなるほど落ち逝く。
そのような、泥。泥の悪意。
その男に対してラインハルトが感じたのは、まずは「嫌悪」。
――続いて、「安堵」。
何故何故何故何故。
何故、安心を覚える?
振り払おうにもその心は湧き上がって絶えず、逆に不快感の方が薄れていくばかり。
自身と対極に存在する「絶対悪」。「絶対正義」である――そうでなければならない自身が、心底から嫌悪し続けなければならないことは明白な相手に、安心を抱いている。
いや。
そう思うような安心感は、まるで母の愛のようで。
それを見抜いて、悪魔は笑う。
「ひゃはは、ああ、やっぱり。
作り物だろうが偽物だろうが、
男は愉快そうに――吐き捨てるように。
青い瞳を輝かせて、そう嗤った。
【千里眼(死)】
元は浄眼みたいに「
結果、「見えていないのに見える」という「視覚外の視認」を残したまま。本人の自覚は無い。見えている、というのも比喩。認識しているというのが正しい。
本来、この目には魔術回路は存在しないが、「自身の」強化魔術を用いて性能を強化することは可能。
彼の強化魔術は、多少特殊である。
尚、現実時間において弟の方も殺人貴として覚醒していってる模様。特に生かされることのない情報だが。
双子とはリンクする物であり、故に相互に影響を及ぼす。
彼の目はこれで尚まだ伸びしろがある。
流石はチート。強すぎて使いこなせないだけある。
あと、作中で解説する機会がなさそうだから説明。
今作主人公の家系に混じった「視る力」の発現法の一つ。
もし彼が大火災の時に記憶を失っていたら、この力は「鷹の目」に変性していた。