菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
手詰まり。
アーサーが語った通り、■■■は身に沁みついた複数通りの技を、あたかも千変万化の如く組み合わせて騙し騙しやっているに過ぎない。その技術は英雄であるアーサーどころか、名だたる魔獣を容易く屠ってきたラインハルトにすら及ばない。
怪異への対処経験ならタメを張れる? 冗談。菜月昴がしてきたのは逃走の為の持久戦で、それですら今ではもう実感を持てない過去の事。
■■■の勝機は、アーサーがそのことに気付く前に彼の死の線をなぞること。理想で言うのならば、アーサーが首を飛ばされたときに加護が発動するより早く殺さなければならなかった。
だが、それを■■■はしなかった。
油断していたのだ。慢心していたのだ。
実力が遠くかけ離れているならば、それでも良かっただろう。だが、■■■は弱者だ。戦うものとしての才能がない以上、彼の王の身に一撃入れることすら称賛されるべきことだ。故に、その報いは因果が巡るよりも早くその身に帰ってくる。
「君もっ、中々っ、しつこい――ねっ!」
三回。
この瞬きするほどの間で■■■が殺された回数だ。
切り上げ、切り下ろし、薙ぎ払われ。体は三回飛散し、その度に周囲の泥を搔き集めてどうにか量の足で立っている。体内でダイナマイトが炸裂した画像を逆戻しにしたような、そんな状況を絶え間なく体感しつつ、■■■は必死にアーサーの足止めに専念する。
まるでサンドバックにされているような状況に、しかし■■■は思考を止めて攻撃を受け続けることを許容できない。僅かにでも反撃しなくては、この場に釘付けにできないからだ。
アーサーを殺すには、どうしても踏み込まねばならない沼地の中に潜伏しつつ、足にある死の線を狙うのが上策だ。だが、その策はアーサーの手によって封じられた。
■■■はアーサーの歩みを無視できない。何故なら、彼が一瞬でも自由になれば魔力放出を織り交ぜてかっとぶことは容易に想像できていたし、その進行方向は確実に城の方向であると確信していたからだ。
城には、■■■の本体が存在している。
本体というのも正確な言い方ではないか。核。或いは、親機のような存在。重要であることに変わりは無く、だから表現の差異に意味は無い。
「お、いお、い……! 余所、見して、ん、じゃあ……ねぇ、よっ! この色男ッ!」
両手の指で数えきれないくらいに連続殺害回数が更新されたころ、■■■は一瞬だけその猛攻に隙間を作ることができた。無理に斬撃を捌く事に拘泥せず、身を捨てて一撃入れる。やったのはそれだけで、しかし泥の飛沫を伴ったそれは悪足搔きにしては中々に良い結果を引き寄せた。
その隙を逃さず、首と足を切り飛ばそうと、右と左の短剣でそれぞれ別々に切りかかる。結局それも聖剣の二閃で捌かれた。だが、一旦止まった攻勢の流れを取り戻させるわけにもいかない■■■は前のめりで両手を振るい、対するアーサーは先程の一方的な展開に持ち込めなくなる。
アーサーは■■■を殺しきれず、■■■もまた、アーサーを殺しきれない。両者ともに一撃必殺の手札を持つ勝負は、泥仕合の様相を見せてくる。だが、このままでは肉の体をエーテルに置き換えっていってるラインハルトへの「絶対殺害権」による妨害が利かなくなる――均衡が崩れる。
さて、どうするか。■■■は乾いた唇をチロリと舐め、足元の泥を蹴り上げつつ策を練る。
自身の斬撃は通じない。近接戦闘では勝てないとみていい。ならば遠距離、中距離での戦闘が次善策か。
されどこの騎士王には遠距離攻撃の手段がないというわけでは、無い。また別の、この世界本来の騎士王の情報が――彼女に器を■された――
「……っ! あぶねぇなァ」
「よそ見した方が悪いよ。戦闘中に考え事とは余裕だね」
「まぁ? そんな余裕のねぇ顔見てりゃあ、余裕も生まれるさ、あッ!」
意識の死角を突いた一撃は、しかしそれを予知されていたかのように防がれる。それを半ば予想して続けた二撃、三撃目も上手く捌かれ、死角から不意打った為に生じた軽い混乱は薄れていく。
これでは駄目だ。遠距離は――あの宝具がある限り、むしろ近距離よりも選んではならない道だ。
ならば中距離か。泥による質量攻撃は……もう一度あの風の開放でもされない限り、良い攻撃になるかもしれない。
良し、この線で行こう。
「このッ、いい加減、離れやがれッ! 野郎と絡み合う趣味はねぇんだよッ!」
「……何か策を考え付いたみたいだね。成程、距離を離すわけにはいかないようだ」
「――ッ!」
ああ、本当に面倒くさい直感だ。だけれど問題はない。
■■■は幾本もの泥の注連縄――もとい触手をうねらせ、鞭振るう様にアーサー目がけてそれを振るった。だが、単に彼本人を狙うだけでは易々と交わされる。だから工夫を一つ。
自分ごと、打ち据える。
■■■の操る体は、ここら一帯の泥の沼その元と言っても過言ではない。ならば、自身の体の一部である触手が触れた瞬間に同化し、あたかも腹を突き破る様にアーサーに泥の鞭をぶつけようとしたところで、実質的には無傷なのだ。
だが、それも少し飛び退かれるだけで易々と受け流される。■■■との体の距離が開いたおかげで、自由にその剣を触れるようになったためだ。
泥縄――このままなら、一旦離した距離もすぐに詰められてしまう。何としてでも、この距離を維持するのだと、■■■は考えた。
泥を操るのに必要なのは想像力だ。■■■ならば、ここら一帯の沼の泥を霧雨の一粒レベルで細かく操作することもできるが、それは所詮が理想値。現実ではそんな細かい制御などできる筈もなく、そもそも人体では練習しようのない「触手の操作」ができるだけでも及第点と言える適応力だ。
体を切り裂けば血飛沫の様に泥飛沫が出るのも、かなり昔のように感じるこの世界に訪れた初日のあの騒動の経験からだ。「腹を切り裂かれれば、血飛沫が出る。腸が飛び出る」。
度重なる死のイメージからそれを知ることができた■■■は、それを基に切り裂かれた体から泥飛沫を飛散させることができた。
だが、それだけでは通用しない。
泥飛沫が散るのなら、散らないように切ればいい。切り裂かれたことに築かれなければ、泥飛沫は散らない。
それを実践しているのが、この目の前のアーサーで、そしてレーザーも斯くやというほどの魔力を纏った聖剣だ。
泥の触手単体では、このように自由に剣を振れる空間があれば、一つもその身を掠らない。
此処で一つ、発想を転換しよう。
今、■■■はどうやって泥の触手を動かしているのか?
小難しいことは良く分からないし、考えるつもりもない。ただ、職種には二種類、「泥を
泥飛沫の攻撃自体は有効なのだから、これを何とか触手で行えないか。そう考えた時、閃いたのだ。
「触手を纏め上げる力」を、触手を振るっている最中に解除すれば上手い具合になるのではないか、と。
これが■■■が今していることだ。
そしてこの試み、イメージしていたのが「途中で掛けていた力を無くす」というものだった為か、「纏まる力」を無くした時点で泥自体に加え続けられていた「振るう力」まで解除され、それ以上加速しなくなった。
更に言えば、解除に手間取ったために変な位置で泥はばらけた。だが、それら全てが壁のようにアーサーに降りかかっているのを見て、■■■は試みが成功したと確信した。
確信した――と同時に、失敗をしたとも気付く。
先程、これと同じような状態に置かれたアーサーは何をしたかと、そう思いだす。
同時に自身の後ろを振り返り、
確かに、
だが忘れたはずがない。つい先ほども、遠距離戦を仕掛ける危険性として挙げた技があるではないか。こんな状況に追いやられたアーサーなら間違いなくそれを使うだろうし、発動の際の隙も、自分自身で潰してしまっている。今から泥の壁を掻き分け、アーサーの懐に飛び込んだところで、それは少なくとも宝具の起動よりも遅いのだろうということは予想できた。
更に言うならば、■■■は自身の本体を守るために、その宝具の一撃をなんとしても凌がなければいけない。
「――野郎、
誘い込まれたのは、罠にかけられたのは自分の方だ。
後悔する時間は無い。歯噛みする気持ちで両手の短剣を投げ捨て、周囲の泥を纏め上げ、自力で持ち上げることすら困難な泥の壁を構築する。
神秘など星の聖剣に遠く及ばない、質量だけが売りの壁だ。高エネルギーの本流を前にすれば、どれもこれもが一瞬で蒸発して突き抜けられてしまう。だから、■■は面積ではなく奥行きを伸ばす。
向けられたらまずい方向だけ防ぎたいのだ。その方向だけ防げるように、泥を搔き集めればいい。
その作業に集中していた■■■は、ふと胸騒ぎのする、胸糞悪くなるような光を視界の端に感じた。
意識が途切れたのは、それとほぼ同時の事だった。
――
――承認。
それは、勅諭を読み上げる官吏の如く朗々と、祝詞を唱える神官のように粛々としていた。
――
――
――
――
――
女の声だ。
流麗な女の声で、死刑宣告が読み上げられる。
「是は、世界を救う戦いである」
――
解かれた拘束は六。展開速度を最重視したために、威力は最小。
それでも――たった数十メートル程度の泥の防壁を消し飛ばすのは、容易かった。
「――
正義はこの上なく理不尽で、悪よりも悪辣と力を振るう。
「
世界が白く染まる。
正義に、染め上げられる。
灼ける様な痛みを感じながら、■■■は泥より新たな体を作る。
勿論この痛みは幻痛だが、それを受けた部位が消し飛んでなお記憶に残るほど、その一撃は激烈だった。
大地を抉り、消し飛ばすかのような光線。見れば、王城へ続く一直線には枯れた運河のような道ができており、周囲の泥もまた、蒸発して土塊に変わっている。
それで尚意識が継続している――本体が滅んでいないということは、あの背に腹を変えられない決断は正しかったのだろう。城の壁には風穴が空いたが、行ってしまえば被害はそれだけだ。この程度で済んだのは、直前まで泥の壁がそのエネルギーを無駄遣いさせ続けたからに違いない。
ああ、良かった。この手は間違っていなかった。
そして■■は、この手がもう使えないことも覚った。
先に匹敵するほど泥を搔き集めることが厳しいのもあるが、大きな原因は「壁」だ。城の、壁だ。
あれだけ泥を搔き集めても消し飛ばされ、防衛の為に築かれた城壁を貫通された。ならば、次に同じようなことをしたところで城内部の壁が同じ役割を果たすかなどは怪しく、万一光線が本体に届かなかったとしても、泥の津波でボロボロになった城は崩れ、本体を生き埋めにするだろう。現在ですら、もうぐらぐらと怪しい状態なのだから。
今現在、■■■はまだ姿を見せていない。奇襲をかけられる状況だが、それはきっと直感によって察知されるだろう。奇襲を防がれた後、どう行動するかの策は練らなければいけないが、まず専念すべきは奇襲を成功させることだ。
曰く、来ると分かっていても避けられない。其れこそが最強の奇襲であると、昔、聞いた覚えがある。
それの体現の一つが「極死・七夜」であり、正面戦闘における必殺の奇襲だ。
では、本来の奇襲――視覚外からの、対直感持ちを相手とする「極死」とは何だろうか。
考えろ。部品は既にある。後は組み立てるだけだ。
奇襲をかける。防がれた後を想定するか、防がれないように奇襲するか。
そして、それは如何なる技なら、如何に技を繋げば可能とできるか。
考えつける筈だ。戦争とは、殺人とは人の悪性であり、自身はその体現。そうであれと願った存在なのだから。
殺せる。殺せる。殺せる。
――これなら、
■■■は、泥の中で静かに、細く、長く、息を抜いた。
ラインハルト。
因果が運命を作るなら、名前はその末路を決めるのだろう。
■■■。
名を持たぬなら、その末路は不透明なのか。