菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
「終わった……のか?」
そう口から洩れて、いつの間にやら体の主導権が自分に戻ってきたことを知ることができた。どうも、あの泥男に「王様」だとか「セイバー」だとか呼ばれていたものは、僕への遠慮なんかの意味合いから体の主導権を得るのが好ましくないようだった。僅かに残った風の流れを読み解き、その誠実な人格に劣等感を覚えた。
ああ、なぜこんな人物が僕の体に宿ってしまうのか。反吐が出る。非の打ちどころのない性格に、批判するための点を探す自分に。
辺りを見渡せば、自分の歩く跡道以外は泥で満たされていた。周辺のそれは先程の光帯で蒸発したためか、乾いた土みたいになっている。その内、この道も泥で満たされるかもしれない。そう思えば、自然と足取りは早くなった。
恐怖はもうない。解放されたような安心感を感じて、胸いっぱいに空気を吸い込む。
「……っげほっ、げほ」
酷い空気だ。だけど、美味しい。自分の意思でする呼吸も、精神的な抑圧がない状態も、まったくもって最高だ。
目の前の廃城を見上げて、息を呑んだ。こんな損害が、僕以外の個人によって作り出せるなんて、という意味で。
城は崩壊していた。単に崩壊していたのではない。あの光帯に半ばを抉り取られる以前に、この地獄を生み出した泥の津波によってその基盤はグラつき、その証拠に美しかった中庭は傾いた城の壁や吹き出している水――何よりも、醜悪で劣悪で悍ましい殿がこびり付いて無残にその景観を損なっていた。
尖塔は、王族の居住域のある半ばから圧し折れており、もはや王城としての機能は殺されていた。雨を凌ぐことはできるかもしれないが、風を凌げるかどうかすら怪しい惨状だ。
「酷い有様だ」
そう呟いて、堀を飛び越え、崩れた城壁を跨ぐ。態々正門をくぐる必要はない。もう機能を成していない城壁では、全ての大穴が開かれた正門だ。
「……淀んでいるな」
此処まで来る間もそうだったが、相変わらずこの世界では風が吹かない。
辛うじて呻きのような、と息のような微風が吹くこともある。だが、それはそれ以上には激しい風の残り香にかき消される。あの「セイバー」とやらが巻き上げた尋常の物では無い風は、まだ身に纏わりついていた。
だが、歩いている道中もこれ以外の風は吹かなかった。この風の残り香も、加護の力で感じ取れる程度だ。
多くないなら、まだどこか快適な場所かもしれない。その望みに賭けて、更に進もうとした。
風が吹かなかった。
おかしいじゃないか。
――いいや、おかしくない。ほれ、風は吹いているじゃないか。あそこで風に吹かれて水面が波立ってるじゃないか。
「……泥が、波立って……」
……っ!
咄嗟に飛び退く。
だが、その選択ではほんの僅かな延命すらも得られなかった。
それで気付いたのだ。セイバーと呼ばれた者が何故引いたのか。
もう、詰んでいるのだ。抗いようがないほどに。
ラインハルトは膝を屈した。目の前の、渦を巻いて立ち上がる、城を覆うような泥の壁を見て。
――答えは初めから用意されていた。運命的なまでに、思考が其処に行き付いた。
「あァ、そうだ。なにも、この目に拘らなくたッていい。その必要はない。この目は、
喜悦に顔を歪ませ――いや、泥と同化している■■■には表情どころかそれを表す顔もないが――正答を口にする。
「ただ殺しただけじゃあ、死なない。甦る。不死鳥の加護、依怙贔屓の残滓によって、その体は無傷の状態で甦る」
そうなればどうなるか。答えは、改めて殺し直さなければいけなくなる、だ。
流石にどこかの大英雄のように死の原因に対して耐性が付くようなことは無いし、その加護自身が攻撃を防ぐこともない。だが、蘇られる回数はその十倍百倍にも及び、更に、学習できる人間ならば死の原因に対して対策をとることもできる。
ほぼ無限――いや、3546回だったか。学習のできる人間相手にその回数の殺害を及ぼせるかと問われれば、答えには窮する。なにせ、■■■には特異な能力こそあれど、それでも一流の戦士のような千刀技術は持っていないのだから。
持久戦を挑めば、何処かで襤褸が出る。だからこそ、死の線をなぞり、加護も奇跡も問答無用に屠る必要があった。この目で捉えた死ならば、問答無用で不可逆に刻み込める。
だが、何もそれだけが手段ではなかった。
■■■は魔術の専門家ではないし、根源を追い求める研究者でも、神秘を調べる学者でもない。だが、“蘇り”なんて奇跡が科学の産物でないことは確信できるし、ならば魔術――魔力を用いて行われているのだということは想像に容易い。
そして、周囲の泥は対サーヴァント用に作られたような特性、つまり魔力の簒奪を行う性質がある。
正確には少しニュアンスが違うような気もするが、大体はそういう機能だ。つまり、泥ならば加護もへったくれもなく、ラインハルトを削り殺せる。
まだアーサーが表に出てきていたら、多少はその聖剣を振るう事で抵抗できただろうし、うっかり■■■の本体をけし飛ばすこともできたかもしれない。だが、何故かは知らないが、奴は引っ込んだようだ。死の線が急に増え、それが描く文様が変化して、■■は知った。
ならば、殺せる。
出した答えは、蘇るエネルギーも枯れるほどの
単純な答えだ。
仮にラインハルトに泥の檻に対するような対処法があったとして、ならば崩れる度に膨大な泥で穴を塞げばよかった。
「
決着は、それまでの激闘に反してあっさりと決まった。
当然のように、ラインハルトの道は、命は、此処が終着点だと示された。
「……本当に、終わったのか?」
自分でやったこととはいえ、あっさりしすぎていて逆に不穏だ、と。
配乗の前には沼地ができており、人影一つも見えない。沼の底にはかつて煌びやかだった鎧と、剣と、ミンチになった肉と――
「なんだ、これは……」
――莫大な魔力。
まるで原子炉のような、という言葉を思い浮かべるのに思考する時間は要らなかった。逸れたまさしく魔力の濁流で、それが氾濫を起こすだけで周囲の泥は押し流せてしまうだろう。それほどまでの魔力が、今この瞬快、尚膨張し続けている。
アーサーの置き土産か。このまま放置しておけば、間違いなく爆発飛散して、城諸共消えてなくなるだろう。
城を壊させるわけにはいかない■■■は、泥越しにそれを持ち、そして浸食して取り込んだ。
そしてそれが何だったのか、理解した。
「これは、竜の心臓か……?」
途轍もない魔力を生み出す、幻想種の魔力炉心。何故そんなものがこんなところにあったのか。ラインハルトを殺したら出てきたのだから、彼の体に収まっていたと考えるんが自然だろう。だが、それが正しいのだとしたら。
3546回どころか、まさしく無限回生き返ることだって不可能じゃない。
■■■は、この心臓はつい先ほど出来上がったばかりなのだと仮説を立てた。
では、何故こんなものができたのか? とてもではないが、自然に生み出されるような代物ではない。如何に抑止力の存在が伺えなかろうと、そんなイレギュラーが自然発生するような世界は早々に滅ぶ。
人為的に生み出された、とするならば。では、どうやって?
「アーサーは竜の心臓を持っていたはずだ。それを移植したか? いや、だが」
サーヴァントと融合した状態のラインハルトは、きっと竜の心臓による恩恵も受け得ている。だが、それは竜の心臓を得たというわけではなく、恩恵を受け取っているだけだ。竜の心臓は変わらずアーサーの下にあり、当のアーサーも魔力を削られ始めた瞬間に現界する力を失って世界の外に消えていった、筈だ。
だというのに、なんだ、これは。
解析魔術を掛けてみることにして、面白い事実が判明した。
「レプリカみたいなものなのか、これは」
此処にある竜の心臓はアーサー・ペンドラゴンの所持するそれではなく、アーサーがラインハルトと融合している間にその性質をそっくりそのまま、鋳型に流し込まれた鉄のように瓜二つに浸食されたラインハルトの心臓だ。
本来ならそう容易くサーヴァントに体が乗っ取られる――近づくようなことは起こり得ない。しかしまぁ、学者ではない■■■は、それも起こり得るのか、と片付けた。
「これであの途中での変化にも説明がついたな。アレはつまり、心臓がアーサーのそれと融合して、同じ性質、同じ魔力を生産して、結果体が
つまりラインハルトはアーサー王の竜の心臓を模造するために作られ、その心臓に耐えうるように設計され知た。それが全て。ラインハルトに与えられた存在意義。
だが――」
だとしたら。
「――ラインハルトは、初めから、
まるで“アーサー王の竜の心臓を獲得する”為に生み出されたかのような都合の良い体質に、都合の良い展開に、都合の良い結果。それがどうにも気に掛かって、■■■は吐き捨てた。
「気に入らねぇなァ、反吐が出る。俺の抵抗も、ラインハルトの生も、全部掌の上ってか?」
なぁ、魔術師様よ。
思い浮かべたのは、名前も姿も知らない、恐らくという枕が付くが、この世界の主にして、菜月昴をこの世界に送り込んだ者。
此処まで都合の良い流れであれば、その魔術師が全て仕込んだのだと考えるのが普通。だとすれば、あの日、あの時、大出しようとしたのも必然で、あの山の麓で殺されたのも必然だったというのか。
いや、それよりも前、もしかすれば菜月家に引き取られるのも、衛宮に救われるのも――七夜に生まれるのも。
「ふざけるな――――ッッッ!!!」
ああ、それは何と腹立たしいことか。
その答えに至って、起こったように暴れ、壁の残骸や林立する死骸に当たり散らす■■■は、けれど内心滑稽に思っていた。
――全てが嘘。全てが虚無。
――全てが予定されていて、何一つ自分で選んだものではなかった。
それはつまり、自分がどのような人間であろうと、性格であろうと、災害に巻き込まれ、七夜を捨て、衛宮に共感し、菜月に絆されていた――ということ。
運命といえば聞こえは良いが、つまりは一本道を歩いていただけの事。自分の意思で選んだものなど、夕飯のメニュー一つもなく、自分の得られたものなど、十円もない。
この歳になって、自分の金でうまいぼーすら買えねぇとか。嗤えるぜ。
体は荒々しく、けれど顔はいっそ安らかに。
虚無感に満ちた答えを、きっとそうなのだろうと受け入れる。
むしろその答えが一番しっくりくるとばかりに、他の有り得る真実へ見向きもせずに。自分はこれでいいと、駄々をこねるように。
人生に意味は無く、意義もなく、全てはあらかじめ決まっていた。
「嗚呼」
受け入れる。
「ああ」
受け入れる。
「アァ――」
受け、入れ――
「――ァァァァアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!」
――それでも無性に、叫びたくなった。
掻き毟りたくなるほどに喉が痒くて、公私て声帯が潰れて血の泡を吹きそうなくらい叫び声をあげることが、気持ちよかった。
涙なんて出ない。最後に泣いたのは何時だったか。其れすらも忘れている気がした。そもそも、泣いたことなどあったのか。泣いた知識はあっても、経験を思い出せない。
ああ、何と空虚な男なんだ、と。
咽び、狂い、叫ぶ。
泣かない。
そも、自分は泣けるのだろうか。
涙とは、何だったのであろうか。
覚えていなかった。
思い出せなかった。
つまり、知らないのだろう。
人生十と余年。それだけ生きた実感がとんとなく、覚悟も、意思も、功績も失態も友情も裏切りも金言も失言も食欲も満腹感も寝具も清々しさも欲情も悪ふざけも発想も悔しさも怪我も諦めも感情も知識も経験も教訓も何もかもなんだろうがなんもかんもひっくるめて全て全部須らく――
――薄っぺらく、紙のように軽くなっていた。
無人の沼地に一人。人なのかも定かでは無い泥男。
「ぁぁ」
泣きそうな、泣いているような、少し高い掠れ声。
何を言えばいいのかもわからなく、もごつきながら、言葉を探して。
「俺は、なんなんだ」
ぽつり。
「俺は、どう在ればいいんだよ」
ひとり。
「誰か、教えてくれ――頼むから、さぁ」
ひとり言ちて。
答えは――
「ははっ」
少しだけ、ラインハルトが羨ましくなった。
――