菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
欲望を満たすための強欲か。
執着する忠義、盲目の傲慢。
塗装は剝げ落ちた。
コツ、コツ、コツ。そんな靴音が響きそうな通廊を、びちゃ、びちゃ、ぐちょ、と歩く男の姿があった。
その男は全身泥まみれで、まるで水を掛けられた泥人形のように、点々と尾を引いている。黒い土は養分をタップリ含むと言われるが、この泥は土ですら消化しきれなかった糞便の煮凝りのようにどす黒く、そこに到底
酸化しきった流血で身を固めたように、不思議と腕や足からは泥が垂れない。
「どこ、だ……どこ、に」
城内はみずぼらしい有様だった。赤いカーペットはボロボロで、壁も床もひび割れ、調度品は悉く駄目になっている。
けれど、所々に水溜まり様にあるだけで、泥自体は外のそれと比べて格段に少なかった。泥を本体とする体ゆえか。それともこの城内の特殊な力場故か。はたまた何者かの干渉か心理的な錯覚か。
■■■は、酷く気怠い体を引きずって、城を探索していた。
見覚えのある風景はない。壊し尽してしまったからだ。
歩いたことのある道でも、此処まで荒れ果ててしまえばもはや別物だ。ピンと来ない道を、カンのままに進みながら目を光らせる。
――何処だ、本体は。
■■■は遊び疲れた子供が家に帰るように、無性に、恋しく思うほどに、自身の本体を探していた。本体というよりは、本来の肉体だ。
あの災害の中心部にあった肉体が無事なのかといえば、それは確信できた。台風の目というわけではなく、首に下げていたお守りの効果に信を置いているからだ。
カンボジアの辺境、迷信の栄える神秘の吹き溜まりに、七つの塔を順繰りに巡る二柱の王がいる。火の王と水の王。彼らは人に恵みをもたらし、特に火の王の持つ三つの護符は一つ一つが世界を滅ぼすに足るものだと信じられている。
その二柱の王がカンボジアの王に送る品物こそ、お守りの中に詰めた米とゴマ。そして蝋燭である。お守りの中に入れてある米とゴマは水の王が送ったものだとされ、それは強い魔除けの力を秘めていた。其れこそ、大陸を滅ぼすほどの洪水ですら鎮めるほどに。
その神秘が何故カンボジア以外でも震えるのかといえば、それは偏にお守り本体の効力に他ならない。細かい陸地は知らないが、それは内部の神秘を減らさない保存機構が備わっているのだという。
以上の理由を持った、■■■は自身の肉体が無事であると確信した。効力が正常に発揮されたかどうかは心配ではなく、むしろ発揮されたからこそのこの城内に泥は少なく、また心成しか体調も悪いのだ。
体調が悪いのは、また、別の理由かもしれないが。
「確かこっち……いや、あっちか?」
見覚えのない通路に、迷い戸惑う。
そんな■■■に、迷子に声を掛けるのと同じように、彼は声を掛けた。
「生憎と、そっちは中庭の方面だね。やっぱり“脳無し”だと場所を把握する能まで無くなるのかな?」
男というには少し若い声だった。ゆったりと振り向けば、そこには白髪の青年がいた。変哲無く、特徴のない、白髪である点を除けば日本でも一山いくらで見つかりそうな、そんな青年だった。
のほほんとしているわけでも、戦士の覚悟を決めているでもない。
自然体。そう、自然体なのだ。通常なら慌てふためくだろう状況で、尚平常のように振舞えるのは何故か。湧き上がる自信か、それとも頭の螺子が外れているのか。
■■■はボソッと呟いた。また変な奴が増えた、と。
思えばここ最近、随分と
何だろうか。異世界の普通は、やはり日本の普通とは違うのだろうか。
「おいおいおい、変な奴ってなんだよ。酷いな。僕は極々一般の、極々々普通の、人間だ? それを捕まえて変な奴だなんて言い草だな。幾ら偉いからって許されないことはあるんだぜ?」
俯き気味の青年は、けど口調だけ陽気に語りだす。その奇妙さに■■■はしばし口を噤み、寧年のマシンガントークが始まった。
「大体、お前のような奴が差別を作って、お前のような奴が迫害を初めて、お前のような奴が戦争を産むんだ。ああ、そうだ。僕は何時だって平々凡々に生きているのに、お前のようなやつが僕の平和を崩すんだよ。
争いとかさ、嫌なんだよね、僕としては。僕はこう、平々凡々とただただひたすら穏やかで安寧とした日々を享受できればそれで十分、それ以上は望まない。平穏無事で変わらない時間と自分、それが最善。僕の手はちっぽけで力もない。僕には僕という個人、そんな私財を守るのが精いっぱいのか弱い存在なんだから。
いつもそうだ。何時だってそうだ。おこがましいとか自分で思えないのかな?
ねぇ。いつもいつもいつもいつも、平和を乱して荒らして踏み潰して、そのくせいけしゃあしゃあと『正義は我にあり』と嘯く――そんなてめぇらが大っ嫌いなんだよッ! あァそうさ、大ッ嫌いだ! 悪態が出るし、反吐も出るッ! 僕の意見を無視して、僕の権利を無視して、一方的に奪ってくんだろォそうなんだろォォオオオ!? ええッ!?
――ああ、いいさ。赦してやるよ。馬鹿は死ななきゃわからないっていうけど、僕は寛容だからね。直接その烏滸がましさを、愚かさを、理解させてやるよ分からせてやるよッ!
君は、僕からあまりにも多くの物を奪った。ああ、数えきれないくらいに、言い尽くせないくらいに。家も調度品も、土地も妻もコレクションも、全部全部ぜェんぶ、奪いやがった! 赦せない、許せないよ。
許せない――だから、君はここで死ね。死んで死んで死んで死んで、
そして、一方的な宣戦布告を、青年は■■■に叩きつけた。
「僕は魔女教大罪司教、『強欲』担当。――レグルス・コルニアス」
その瞳に、復讐の火を灯しながら。
「お前を、殺す」
純然たる殺意を、当たり前のように叩き付けた。
■■■は人の悪意の集積で在り、それ故に悪意に敏感で、悪意に詳しく、悪意に慣れ切っていた。
殺意と悪意は似て非なるものだが、その存在故にか、ぶつけられた殺意は心臓が止まりかねないくらいに兄弟ではあったが、■■■はそれを親愛な友を受け入れるように抱き込んだ。もはや、■■■は殺意に対する怯えが消えていた。
先の戦いを振り返れば、即ちこれは■■■が人という種族から解離していっている証拠となるのだろう。人間を止めてく証拠だ。
だが、それがどうした。■■■は、まるでそのことを言に留めなかった。そもそも、こんな体の者が人間であるはずがなく、人ではないというのは当然の事ではないかと。
まるで疑問の余地もなく、すんなりと受け入れた。
それでいいではないか、と。
少し、人の気持ちだったころに思いを馳せないでもないが。
さて。殺意をぶつけられて感傷を抱いた■■■は、けれど青年――コルニアスの攻撃を受ける事は無かった。
それはラインハルトと比べてあまりにも杜撰すぎる攻撃であるからであり、そして漏れ出す殺意から様々な情報を受け取れてしまうからだった。はっきり言って、■■■にはこの勝負がまるで意味の無い者だと感じていた。
そうだろう? 復讐したいのなら、奇襲でもかけて殺すべきだ。いや、■■■は殺されたくらいでは死なないので、先に本体を見つけ出し、そちらを殺した方が早いのだが――それなら、彼が行くのを止めた咆哮こそ本体があるのかもしれない。
そう思っていたのだが。
「オラァッ! ああ? 何とか言ってみろよ!」
■■■は何の反撃もできず、ただ体が消し飛ばされるに任せていた。
「これ、は……」
ある一定以上の実力者の戦い方には、その者の個性が出る。例えば、ラインハルトは背筋を堂々と伸ばし、自信に満ちた剣を振るう。自分が負けることなど万に一も考えていないような剣には、当然ながら溢れ出るほどの余裕に満ちている。
ではコルニアスといえば、此方は寧ろ子供が駄々をこねているのに近い。先程からどうやっているのかは分からないが、反撃しようとした瞬間に超速で呼び動作を抑え込まれる。主導権を握り続けようと欲張り、結果成功させている。
十数回体を吹き飛ばされる間、■■■は自身のみに起きた現象やコルニアスに起きた現象などを観察し、考察し、ある一つの仮説を立てた。
コルネアスが行っている何かは、直接的な強化ではなく、何か世界そのものに干渉する馬鹿げた代物だということは見当がついていた。それ故にか、■■■には効き目が薄く、けれど効果自体はあった。
その効果とは即ち、時間の停止。もっと言うのならば、世界との切り離しだ。
細かい理屈は省略するが、時間の止まった物体はあらゆる変化を拒む。変化とは時間に付随する現象で、変化しない物質は分子結合において何よりも強固なつながりを得る。
ならば、水だろうと空気だろうと、時間を止めればそれはどんな鉱物よりも固い壁になり、またどんな刃よりも鋭い剣にもなるだろう。
吐いた息が地雷のようになるところを見るに、ただそれだけの単純な効果ではないように見えるが、おおよその原理は間違っていない筈だ。成程、これならあのラインハルトとも渡り合えるだろうし、場合によっては勝てるかも――まぁ、多分、勝てるかもしれない。
ほぅ。■■■は、感嘆を漏らす。
褒めてやってもいい。■■が口にするなら、この一単語に尽きる。
つまりそこには余裕があるということであり、この程度はどうにでもなるということだった。
「は、手も足も出ないか? ああそうだろうよそうだろうとも! お前みっ、たいなや――」
コルニアスは唐突に言葉を止め、ごぽりと口から血の塊を吐き出す。心臓その物を吐き出したかのような有様だったが、堰を切ったようにドパドパと溢れ出る血を見ればそうではないことが分かる。
「がっ、ぁあ、ああああ゛あ゛――!!!」
激痛を感じるコルニアスの腹部は、一本の泥縄で貫かれてた。
外からは見えないが、コルニアスの体内では泥縄が内臓をしっちゃかめっちゃかになるように掻き回し、スムージーのようにしている。心臓のような血の塊を吐き出した理由がこれであり、或いはそれは本当に心臓なのかもしれなかった。
「ぐ、が、ぁ――、っ!」
コルニアスは、自身の時間を止めようとしたのだろう。これ以上の損害を出される前に、防御を固めるべきだと判断したのかもしれない。
だが、痛みと能力行使に思考のキャパシティを割いたことで彼にはわずかながらに隙が生まれ、命取りになるには十分なチャンスを最悪の相手に与えることになる。
幾ら時間を止めようと、幾ら蘇ろうと、関係なく“殺す”目。万物の死を見取る視界と彼の能力は、相性が良かった。
アーサーの如く、コルニアスにもある程度の戦闘技術があればまだ対等に戦えた。せめて、背中を刺し貫かれる前に自信と世界を切り離し、超速で動けばすぐさま殺される事は無かっただろう。
だが、それはありえない。何故なら、彼は欲張りで、攻撃のチャンスをわざわざ手放すなどできないのだから。
「ぁ」
交戦時間、一分にも満たず。
「――ぁ」
鎧袖一蹴、秒殺という言に相応しく、■■■はあっさりとコルニアスを殺した。
「……何だったんだ?」
まるで意味の分からない襲撃に、まるで意味の無い襲撃に、一人■■■は呟く。
ドクン、ドクンと高鳴る心臓だけが、答えを返した。
「――ん? これは、なんだ?」
むず痒いというか、体に何かを混ぜ込まれたような感覚。それを確かめるために自身に解析を掛けてみると、不思議な事に、見覚えのない物質が紛れ込んでいた。
それは細菌というほど微小なものであり、発生原因は前後関係を考えてもコルニウスの殺害だろう。
眉根を潜めて、その詳細を解析する。どうやら、それは魔術的なナノマシンのような物で、人工物であるらしいことは理解した。更に言えば、この細菌のような何かは遠隔通信的な機能が搭載しているらしく、一つを解析すれば他のものが存在する場所も見つかった。
その奥が集っている場所は、大きく分けて二つ。
■■■とコルニアスがいる此処と、そしてルグニカの首都であるこの街の貴族街付近。
いや、もう残骸しか残ってないのだから、正確に貴族街であるとは言えないだろう。記憶を探ってみれば別だが、そこまでする理由が無かった。
まぁ、良いか。あっけらかんと疑問を放り投げ、比較的にマシになってきた気分と共に■■■は目指していた方向へ進む。コルニアスの忠告は無視していた。
「ああ、いけません。いけません――目的地に急ごうという勤勉さ、大変素晴らしいものデスが、少しワタシの話に付き合ってもらえませんか?」
その歩みを、またしても妨げるものがいた。
「失礼。申し遅れました。ワタシ――魔女教大罪司教『怠惰』担当、ペテルギウス・ロマネコンティと申します」
うんざりと振り返る■■■が見たのは、キノコ頭で血色が悪い男。
「ええ、どうか、勤勉に参りまショウ……カ」
肉体の下に帰りたいのに、なんで姣も邪魔されなければいけないのだ。
ああ、権利の侵害だイラつく殺してしまえ――殺そう。
そう思い至るのは、極自然のように思えた。
心持つは、欲望の差。