菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。   作:繭原杏(繭原安理)

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千と十一の貢ぎ物(Saint Ursula)

 くすくすと、少女は楽しげに笑った。

 崩れかけた廃城の中で、心底楽しげに。

 

 「お前は」

 

 「名前で呼んでくださーい」

 

 灰上の如くグラつく城。いや、これは俺の体がふらついているのだろう。

 泥の津波に襲われた城の基礎の健在は不明だが、少なくとも俺の体は不具合がある。あまりに泥と解離しすぎて、足元が覚束ない。

 

 「ふふ、名乗らないと駄目ですか?」

 

 冗談のように笑う少女は、戯画的な笑みを、嘘らしく浮かべて口を開いた。

 

 「魔女教大罪司教、『嫉妬』担当。ウルスラ……って、呼ばれてます」

 

 カーテシーにて一礼。

 修道服のスカートを摘まみ上げての一礼は、優雅にも流麗だった。

 

 大口を叩く様に、その血よりも鮮やかな朱の唇を半月に歪める。

 見た目は子供で、身体能力も子供。背丈も知性も経験も、何もかもが子供でしかないこの少女の武器は、『権能』しかない。

 ペテルギウス・ロマネコンティも詳しくは知らなかったようだが、その概要は掴んでいた。

 

 猿真似。

 

 『強欲』のコルニアスが語るには、つまりそういう権能らしい。

 

 「狼さん、狼さん。そぉーんな怖い顔してないで、仲良くお話ししましょうよ。お茶会をしましょう」

 

 「はっ、良くこの状況でそんな暢気な提案ができるな。そもそも、茶葉すら残ってるか怪しい世界でか?」

 

 「んーっと、えーっと……。お茶は私の体液ですっ!」

 

 「ふざけてるのか」

 

 ■■■は顔を顰め、ウルスラの提案を却下した。

 当然の話だ。普通は、好き好んで他人の体液を啜ろうとしたりしないのだから。

 というか、それよりも。

 

 「いい加減、その呼び方を止めろ。うざったい」

 

 「えぇ、でもぉ、『男の人はみぃんな、狼なんだよ』ってカペラちゃんから教わったので! 司祭のお爺さんも、『間違いでは、ありませんな』って認めてましたよぉ!」

 

 「へぇ、じゃあその司祭の爺さんも狼さんなのか?」

 

 「へ? そんなわけないじゃないですか。だって、()()()()()()()()()()()()()?」

 

 「……ふぅん」

 

 「司祭さんは子羊ちゃんですよ! だから私が導かないと! ふふふっ! 褒めてくれてもいいんですよ!」

 

 エッヘン、とばかりに無邪気に胸を張る。無い胸を張る。

 その姿を見て、■■■は口を歪める。こいつもまた()()()()()()()()()()()類の人間だと、理解したからだ。

 

 「あ、でも、カペラちゃん、『所詮男なんて肉と皮に群がる蛆虫なんですよぉ! ぎゃはははは!』って言ってましたねぇ。狼さんは、蛆虫さんでもあるんですねっ!」

 

 イラッっと来るセリフには、全く悪意を感じることができない。その少女故の清純なイメージか、聖女服のイメージ補正か。全てが嘲りにも、真心のこもった誠意にも聞こえる。

 つかみどころのない声だった。鏡像を掴むように、手の中でひっくり返るような不快感は例えようもなく、ただ只管に不気味で。

 

 堪え切れずに、振り払うように、■■■は刃を向ける。

 

 「……もういい。どうせ目的は変わらないんだろ? じゃあ、殺し合おうか」

 

 「できますか?」

 

 間髪入れずに返答を投げかけられ、鼻白む。

 できますか、という問い。何が、と少しだけ考え、それが「殺すことに躊躇を持っているのに、殺せるのか」、「殺す理由がない相手を殺せるのか」という意味合いが籠っていると気付く。

 

 「できないわけがないだろう。俺が」

 

 「いいえ、狼さんにはできませんよ♪」

 

 図星だった。

 泥との親和が完璧だった先程までならば兎も角、あまりにも不純物を抱えすぎた今の■■■は、物理的にも、精神的にも、生温い鈍ら刀しか振るえない。人が人を意味もなく殺せないように、人間味を植え付けられた■■■は虐殺者の権利を剥ぎ取られたのだから。

 

 それでも、まだ死を見る目は残っている。順当にいけば、殺すだけなら容易い……筈だ。

 ラインハルトの「竜の心臓」は唯一の(ワンオフ)品で、ペテルギウスの幽体離脱もその種族特性によるもの。コルネウスの「停滞」はまるで意味をなさない。

 残る大罪司教の力を鑑みれば、一矢を報いることぐらいはできるだろうが……。いや、道連れに一度■■■を殺すことが関の山だ。それも、今の■■■ならばそこらの泥を搔き集めて復活することはできる。

 

 ……けれど、■■■はその手を取れない。何故なら、()()()()()からだ。理由なく殺すことは、権利なく殺すということは、名前を授かる以前――それこそきっと、魂の始原から刻まれた忌避感だ。

 理由が無くてはならない。意味が無くてはならない。できればそこに価値が生じ、更には意義を看取りたい。

 

 飢え乾く様な望みだった。

 それ以外が欠けていく■■■にとって、この望みに反することが最大の禁忌だった。

 

 ――だからこそ、殺せない。

 殺しにかかってこなければ、過剰防衛すらできない。

 

 ウルスラは、それを理解していた。

 

 「くすくす、くすくすくす。狼さんは意気地なしですねぇ。ほらほら、殺さないんですか?」

 

 間近まで近づき、ウルスラの小さな手でも■■■の胸に触れるまでの距離に居て、尚。

 ■■■は、自分が原因で「殺す」という行為に『躊躇』していた。

 

 「……ふふっ、なぁーんて、冗談ですよぉ。きゃっ、お顔が怖ーい」

 

 「いちいち癪に障る声だ」

 

 耐え切れず、■■■は毒づく。

 泥のように吐き出したそれにも動じず、ウルスラはより一層笑いを深めて――嗤いを深めて、くるくると回りだした。

 

 「えぇー、酷いですー、怖いですー……きゃははっ! なぁんて、えーっと、うーんっと……誰かさんのまねー!」

 

 伸び伸びと、野原を駆け回る子供たちのように、実に伸び伸びと振舞う。

 泥と瓦礫に塗れた城の廊下で、曇天の空から血色に色付く廊下で、場にそぐわないほど無邪気に振舞える商事xyもまた、壊れている。

 

 「殺し合いに来たんでなければ、何をしに来たんだ。お前は」

 

 その声には、疲労が滲んでいた。

 それは親和性の低い体を動かす労力を、如実に語っていた。

 

 「いやですねぇ。殺しますよ、殺されますよ、殺し合いますよぉ。でも、そ・の・ま・え・に。

 

 ――狼さん。私は聞きたいことがあるんですよ」

 

 「聞きたいこと、だと?」

 

 「ええ、ええ! そうです。聞きたいことです!」

 

 その言葉に籠った異なる空気を感じ取り、聞き返す。だが臨んだような答えは返ってこなく、ただ肯定されただけだった。

 

 「聞きたいことは本当に簡単です! 簡単すぎて、子供でも答えられるようなこと!」

 

 馬鹿にするように、安心させるように、少女は問いかけた。

 

 

“300人の乗る船と200人の乗る船が同時に故障しましたっ!

    

狼さんは一隻だけ助けることができますっ!

     

狼さんは、どちらを助けますかぁ?”

 

 「……ああ、トロッコ問題か」

 

 それは要するに、形式を変えた倫理上の問いかけだった。

 多数を生かすか、少数を生かすか。

 どちらかに家族が含まれていたら、そもそも何もしなかったらどうなるのか、そんな躊躇を挟むことなく■■■は選択できた。

 

 「――悩むまでもない」

 

 へぇ、と。

 ウルスラは喜悦に顔を歪めた。

 

 多数を生かし、少数を殺すか。

 少数を生かし、多数を殺すか。

 

 多数を生かせば、少数の中に家族がいたことにしよう。

 少数を生かせば、何の意味もなく多数が死んだと教えよう。

 

 そう思って、笑みを釣り上げると――

 

 「――()()()()()()()。これが『最適解』だ」

 

 ――予想外の答えに度肝を抜かれた。

 

 「へぁ? ……ぁっ、いえいえ。ええ、そうですかそうですか。

 えーっと、うーんっと……え、な、なんでですか?」

 

 余裕が崩れ、混乱の最中に陥ったことは自覚しているようだ。強引に冷静になろうと取り繕いながら瞳をうろつかせ、平静を取り戻す時間を稼ぐために理由を聞いた。

 ■■■はそのことを知ってか、知らずか。間髪入れずに思ったままを話す。

 

 「だって、その方が()()だろう?

 その方が幸せで、その方が良いに決まってる。

 痛いのが怖いなら、俺は痛みなく殺せる。一人一人に想いを込めて、確かに殺せる」

 

 ――だから、皆殺しが最適解だ。

 

 思えば、この何気ない答えが、■■■の一番の本音だったのかもしれない。

 これから辿る道の中で数少ない、■■■の吐露した本音。心底からそう思い、想っている。

 真摯な問いに、真意で応えた、数少ない回答だったのだろう。

 

 狂人の論理だった。ああ、狂人の論理だ。

 ■■■は狂人であった。端から、常人ではなかったのだ。

 それを知ってか知らずか、呆けているウルスラに訝し気な目を向け、ついでに少し距離を離す。

 

 本気で言っていると分かっていたから、ウルスラもまた戸惑っていた。

 戸惑ってはいた――が、持ち前の幼さで、「ウルスラ、難しいこと分かんなーい」とばかりに忘れることを決め込んだ。理解できないことは放置し、臭いものには蓋をする。人の典型的な思考放棄で、最善ではなくとも事前の対応だった。

 理解できないものを理解しようとすれば、深みに落ちる。そういう物なのだから。

 

 「あー、はいっ。分かりました分かりました。ぜぇーんぶ分かりましたっ!」

 

 あからさまに分かっていなさそうだったが、■■■は口を噤む。

 すーはーと深呼吸する姿をただ眺め、何時攻撃してくるのかと待ち侘びながら立ち呆ける。

 

 「――はーっ。……よしっ!」

 

 ガッツポーズと共に、ウルスラは純真な瞳で■■■に感想を言った。

 

 「頭おかしいですねっ!」

 

 狂ってますね、ではなかったのは、それが明らかな事だったからだ。

 元より狂ってなければ、体が泥に成り果てるなど到底受け入れられない。狂ってなかろうと強制的に狂いだす。

 

 イラっと来たかどうかは、定かではない。

 ■■■はもう、怒りとか呆れとか、そういうのを通り越して無表情になっていたからだ。真面目に対応するのに疲れた、とも言う。

 代わりに義務的な溜息を一つ吐くと、「もういいだろ」と言いながら短剣を構えた。

 

 「さぁ、殺し合おうぜ。こんな茶番はそろそろ閉めに入ろうか」

 

 腑抜けた様な(飽き飽きしたような)顔で、物騒なことを口にして。

 そんな■■に、気を取り直してウルスラは()()()

 

 「はいっ、じゃあ、やりましょうか!」

 

 可愛い笑顔で、無数の手を生やし、体を腐敗した死体のように溶かしながら、事前に獲得しておいた無数の加護(補助機能)と無敵に変じる停滞とを発動して。

 ウルスラは、残った半分の顔で笑顔を維持しながら、■■■に襲い掛かった。

 

 「えーい!」

 

 飛び上がり、覆い被さるように体で包み込もうとする。不定形かつ無敵の彼女であるならば、その攻撃は可愛らしくも凶悪な攻撃だ。肝心の死のを見る目も変異しすぎる肉体に死の線を捕らえきれない。

 絶えず変化する死の線は、確かにある程度の場所に収束している。でたらめに切りつければ、何度目かでは西欧するだろう。だが、■■■はその一撃を避けることにした。その身目の醜さ故にではなく、警戒故に。

 

 「Aーッ、kンなにカwaイいOンなno子のハGを避Kiルtkkぁ、信じラreマセんっ!」

 

 「いや、避けるだろうよそりゃ」

 

 悍ましいからではなく、まだ使われていない権能を警戒して。

 

 「確か『暴食』の……何て名前だったか?」

 

 「『geっショク』と『にッsiョく』Deスよっ! Oおカみっ、サん!」

 

 「ああ、そうだ。其れだよそれ。……過去の経験だけで戦ってる俺が、万が一にでもそんなもんをくらぅてみろ。一発で戦闘不能じゃねぇか」

 

 自らも「泥の体」なんて 似たような状況だ。ウルスラの見た目に忌避感もなく、その合成音声染みた声にも眉根一つ顰めず対応した。

 

 やはり、何処か神経が可笑しい。ウルスラはそう喜んで、話を続ける。

 

 「ソれもsouディすねぇ、え゛ッ。そreiャあ、仕方あriマせんっ!」

 

 壁のように広がるそれは、腕を広げているのだろうか。

 的が大きくなった、としか■■■は思わず、これを好機としてその懐に飛び込んだ。

 まるで恋人の腕に飛び込むように、自然に、当たり前に、何気なく。

 

 キスするように思い切って、その腹を切り裂いた。

 

 

 

 ウルスラは呆気なく死んだ。何気なく死んだ。

 

 腸は一つも零れ出ず、悲鳴も上がらず、泥人形が崩れるようにべちゃり、ぼとぼとと。

 城の床を汚しながら死んでいく。

 

 その最中、■■■は確かに幻聴を聞き取った。

 

 ――えへへっ。

 

 幻聴だと断じ、頭を振り、■■は死体を踏み越えた。

 

 泥のように泥溜まりと混ざり合う死体に、振り向きもせず。

 また一つ重くなった体を引きずって。




大義なく、正義なく、少女は愛を語る。
最後に鏡像を置き去りにして、確かなモノ()を知った。
乞われるままに壊れた聖女は少女として死ねたのだろう。
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