菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
しとしと、しとしと、と。まるで雨が降る様に静かな足音は、此処が石造りの城の中で、加えて彼女が裸足であったからだろう。
ほぼ全裸に等しい、淫靡な幼女。金糸のように美しくともアンバランスに整えられたショートヘアは、その嘲笑をより醜い方向へと搔き立てる。その風貌そのものが、一種の風刺にも見えた。
まるで芸術のような、ちっとも綺麗でなく、しかし美しい幼女。
その体の傍には、ぶよぶよと肥え太った肉塊があり。
そしてそれは、恐らく■■■の本体なのだろう。
もう前すら碌に見えない。歩いているのかさえ定かではないが、パスのようなもので繋がっている本体との回路だけが、「近づいている」ことを保証してくれている。
果たして人の形を保てているのか。瞼は重く、顔は溶け落ちそうで、息をする振りを止めたことすらとうの昔な気がする。
壁に手を突き、ずるずると、這うように進む。気を抜けば意識が抜け落ちそうで、気を抜かずとも、脳髄が引っこ抜かれそうな危うさが首筋を擽る。その恐怖だけがす居間への対処法であり、死にかけていると実感しながら前を向く。
「んぁ……?」
どん、と何かにぶつかる。それは壁の様ではあったが、どうにも触れている感触からするとこれまでのそれとは材質が異なる様だった。どちらかといえば爬虫類。そう、ドラゴンの鱗のような壁が立っていた。
何だろうか、思考を回す。
こんな壁、あっただろうか。いや、あるのかもしれないが、わざわざ別の材質で作る必要はあるのだろうか。
そんなあれこれに気を回していると、自然、足が止まって、意識も内側に向かっていく。
抱きしめられていくことに気付いたのは、思索が一段落してからだった。肉襦袢に包み込まれているような感触は、どくどくと脈打つために何処か気持ち悪かった。人肌程度に温かく、熱気が籠ってるために少し暑かった。
誰が、となると、候補はそう多くない。こんな状況下で動き回る奴らに、■■■はあまり多くの心当たりを持っていない。魔女教大罪司教。その何れかだろう。
4人殺した。
……いた。肉体を、他者を含めて自在に変化させる権能の持ち主。
確か、色欲、だったか。
頭が重い。
意識が遠い。
それでも目を開けて。
前を向く。
「ぎゃははははっ! おせぇよっ。はぁーい魔女教大罪司教、『色欲』担当のカペラちゃんでーす、カペラちゃん様でぇーす! ああ、清楚ぶった自己陶酔のメス肉を殺したところでボォーナァスタァーイム! アタクシとぉーじょー!」
色欲?
見る。
少女を見る。
眼前の少女を見る。
……色欲。
「……ふ」
「あ゛ぁっ!??」
五月蠅い少女だった。
爆音のような少女だった。
顔を顰める気力すらなく、殺そうと思えば簡単に殺されそうな状態。危機感を抱かないわけがなかったが、どういうわけかカペラは殺しに来ない。
顔を上げ、ドラゴンと化した体の一部を振り回し、何が面白いのか良く分からないが笑い、訳が分からないほどに薄っぺらい。
そう感じるのは、彼女の価値観が理解できないからか。その言動の一つ一つに意味を見出せなくて、だから薄っぺらいと捉えているのだろうか。
まぁ、どうでもいいことだ。
やはり立ち塞がる敵だ。その事に変わりがないのなら、殺せばいい。殺して上げればいい。殺してあげよう。殺さねば。殺して上げなければ。だから、殺す。
けれどそれは少し難しそうだ。
■■■は、べらべらとしゃべり続けているカペラの体を見て、そう思った。
体中の線が、踊り狂ってる。
それは絶え間ない肉体変化によるもので、「死」からは逃れられずとも「直死」からは逃れられる。なんとも賢い対策だった。体の動きが鈍い今の■■■では、その線をなぞることなどできないだろう。そもそもが短剣を持つことすらままならないのだから。
「……ぁ」
口を開こうとして、面倒になって止めた。
通してくれなんて言ったところで、通すわけがない。それが明白なら、口を動かす必要もない。
何回か線を切りつけて、運良く殺せたらそれでいい。それが無理なら……。
そうだな、いっその頃、無視して先に進んでしまおうか。本体はすぐ近い所にありそうだし、と■■■は心なしか投げやりになっていた。
「あぁ? アタクシちゃんを無視して通り抜けよぉってぇ? いやいやいや赦すわけねぇだろおい! アタクシはアタクシなりに敵対してるのです。殺そうとしてるのですよ。それを無視するってなぁ、おい、ほんっと自分勝手で傲慢で回りの事が見れねぇ奴だなぁァおい!」
騙し絵を見ているようだ。ころころと変わる口調と、膨張と萎縮を繰り返すその体を見て、目が居たくなるような眩暈を感じる。
さっきは竜だった腕が少し目を話せば角になっており、その腹にはいつのまにか淫婦の様に肉厚な唇ができて、足はいつの間にか溶けていた。人型の少女は、キメラのように無秩序に体を変え、進路を塞ぐ。これでは通り抜けるのは困難で、やはり、殺すしかない。
けれど、やっぱり殺し辛い線だ。
ぼんやりとそんなことを考えていると、胎動する肉の隙間から、僅かに向こう側が見えるのに気づいた。向こう側もやはり罅だらけで、肉塊があって――
――肉塊?
ん? と■■■は目を凝らした。その向こう側を見て、それが今なお生きていると、死の線で判断する。カペラの切り離した肉体の一部でもないことを確認して、確信に至る。
あれは、俺の本体だ。
泥まみれの世界で泥に還っていないものなど、本来は誰一人としていない筈なのだ。それほどまでに生命への害が強く、防ぎ難い毒のようなものなのだから。■■■が意識を保っているのも、運良く本体が残っているのも、偏にギリギリのところで「お守り」が功を成したからに過ぎない。ギリギリ過ぎて意識は泥に引きずられたが、それでももうすぐ体に戻れるのだ。
ソレが、
カペラの権能だろう。他者の肉体も変化させられるのなら、こんなこともできて可笑しくない。問題は、あんな体に戻って俺の意識が大丈夫なのか、だ。
■■■はニヤニヤ笑うカペラを見て、漸くその意図に気が付いた。
胎動するように、蠢動するように体を変化させながら、万が一にでも抜けられるような隙間を生む理由。先程から余裕顔で、攻撃しない理由。先程から愉快気に、心底楽しげに笑う理由。
要するに、ほぼカペラの価値が確定していたのだ。
振り返れば、此処までの道は回り込んだカペラの一部によって塞がれていた。徹底の色を見せた■■■に、カペラは一層笑みを深く刻みながら嘲笑う。
「ぃーやっと気づきましたかぁ? ええ、ええ! てめーはもう詰みなんだよ! 詰・み! ぎゃはははは! ぎゃはははははははは!! あーおっかし、馬鹿面晒して怠そうな面晒して、まぁ殺せば何とかなるだろって舐め腐って! その実殺されかけてるのは自分だってわかってどんな気持ちですかぁ!? ねぇねぇ、どんな気持ちですかってきいてんだよっ!」
腹に響く様な、過剰なまでの笑いを、■■■は聞いた。
理解できない笑い声だった。なんでそこまで笑えるのか。いっそ不思議ですらあった。一言も話してないというのに対話が成立しているというのは、少し感心する所ですらあると、この状況で思う。
そんなことを考える■■■に構わず、カペラは笑っていた。
笑い続けていた。
何が可笑しいのか。訳も分からず、笑っていた。
差し詰め肉の檻だろうか。上も下も肉は無いが、どちらも崩せば自分事生き埋めになるだろう質量を備えた石だ。壊すわけにはいかず、やはり突破口は前か後か。横しかなかった。
壁を壊し、その向こうの部屋を伝ってカペラの後ろに出る。そういう方法もあると■■■は思っていたが、今のこの重い体では回り込む前に出待ちされて終わりだろうと確信した。それでも、その案は何か良さそうで、なんとなく捨てることができなかった。
ずるずる、じゅるじゅる。肉が這いまわる。
動かないものを切るのは簡単だが、動いているものを切るのは一種の才能すら必要になってくる。慣れやどうこうの問題では無く、動いているものを切ること自体に適性が必要なのだ。
■■■は戦士では無く、暗殺者では無く、殺人鬼では無く、またその何れの才覚もない。
ただ死を見る目があったところで、これでは生かしようもない。泥の体を使い潰すつもりで魔眼を強化したところで、意味は無いだろう。見えたところで動けなければ意味が無いのだ。
結局のところ、■■■にできることなどたかが知れていて、限界が来た、というだけの話だ。もう少し早く訪れてもおかしくなかった限界は、割とすんなりと受け入れられるほど自然に訪れた。
どうするか。どうするべきか。
考えて、考えて、考えた。
ない可能性と、少ない手数を振り絞って、有り得ない選択肢を探した。
探して、考えて、探して、考えて。
そして■■■は短剣を振り上げた。
「お、もう遅いですけど漸くやる気に――」
そして、それを足元に――床に突き刺し、薙いだ。
「――なりって」
当然のように、床は割れ、砕け、裂けて。その亀裂は壁に広がり、天井を覆い、城の一角を崩れ落ちさせた。
「はぁぁあああ!? ばっかじゃねぇんですか!? これだから下半身に頭の付いたオス肉は、あーあー、低能で嫌になりますねぇ!」
崩落した床の先には続きがあり、■■■は地下通路のようなところに着地した。
いや、着地できず、少しべちょりとなったが、まぁ問題は無いだろう。
見上げるとできた穴は中々に大きい様で、その端から自身の本体が零れ落ちるように堕ちてくるのが見える。肉塊と言えども、自身の体が潰れるのは嫌だと感じた■■■は、真下まで行って受け止めることにした。
カペラは通路全体に体の体積を広げていたせいか、残っていた僅かなでっぱりに引っかかってすんなりと落ちてこなかった。それも数秒の話で、混乱のままにも権能を操作し、ちゃんと■■■を追って地下に落ちる姿勢を見せた。
だが、それを見る余裕もなく、既に■■■は自身の本体に潰されていた。肥大化させられた肉体は、総重量200㎏に届くのではないか。そう思うほどずっしると、ぶよぶよとしていた。
その肉塊の下から、血だまりのように泥が広がる。人の形を留めないそれは、風呂敷を包むように肉塊を覆い、ぐちゅぐちゅと音を立てながら、人型に
どうにかこうにか、乱暴な手段で自身の肉体を取り戻した■■■は、自身の内側に大きな異物があるという違和感に吐き気を堪えながら、カペラを見据えて立っていた。
両手に握った歪な短剣はぶらりと垂れ下がり、背をまっすぐに伸ばしてカペラを見つめる。本来、構えですらない直立姿勢をとっているのは、それが善財■■■にとってもっと主楽な姿勢だからである。
肉体は戻った。だからと言って、優勢なわけではない。けれど、肉体の中から「お守り」を探し出し、一旦口を閉じれば、泥の体も少しは動きやすくなるだろう。
もしかすれば、自力で流動する線を追えるぐらいに。
その為の時間稼ぎに、■■■は自分を大きく見せるように胸を張り、両手に短剣を構えた。
カペラ相手に。
偽り、欺き、だまして、嘲笑いうのが日常なカペラは、そんな生活を送るからこそ■■■よりも猿芝居やはったりには詳しい。■■■の思惑を読み取ったカペラは、もはや手加減も不要とばかりに、着地様拳を巨大化させつつ裏拳を飛ばしてきた。
質量とはもっとも単純な威力である。カペラの位置から■■■の位置まで。拳のみを巨大化させて届かせるのなら、その大きさは優に1mを超える。更に体重のほぼ全てを底につぎ込んだ、カペラの渾身の一撃だ。効かない筈がない。
しかし、■■■は吹き飛ばされるのみで、動きに支障があるようには見受けられない。泥の体であると言えども、その下は肉だ。か弱い衝撃でミンチになってもおかしくない、肉塊なのだ。
それを守りながら行動できたのは、カペラの動きを見てから横に飛べたのと、カペラの拳が大きすぎたからに過ぎない。衝突面積が大きければ衝撃は分散するように、まともに受ければ致命的な裏拳も、体全体で受ければ割と余裕をもって受け切れたというわけだ。
さて、それはともかくとして、着地しながらカペラを睨んだ■■■は、丁度いいタイミングで体内から「お守り」を見つけた。
しめた、とばかりにこれを取り出し、手を焼かれながら口を閉め、一先ずその辺に放り投げて置く。結界による妨害が無くなった以上、■■■の弱体は大幅に緩和され、今ならばカペラの流動する線だろうが切れるという自信があった。
病人が回復した時のような、怠る気の混じる全能感に陶酔しながら短剣を素振りする。素振りする、と見せかけ、カペラの懐に飛び込んだ。
呆気に取られたカペラを見下して、その体の小ささをしみじみと観察する。
短剣を振り下ろしながら、抱き包むように襲ってくる肉の壁――恐らくは翼を意識の炭で感じ取り、しかし自分の一撃の方が早く当たると判断して無視を決め込んだ。
優勢から一転して、ズブリと胸にナイフを突き立てられたカペラは、訳も分からぬままに死んだ。結局、一度も攻撃せず、一度も殺しにかからず。何がしたいのか分からない相手であったが、それは■■■もだった。
何だってこんなに襲われなければいけないのか。
ふっと意識が途切れる直前に、「俺は悪くないのに」という言葉を冒頭につけながらそう思った。
不定形の少女は、不定の少年に勝る道理無く。
そも、少女には既に、
ごちそうさまでした。
美味しい、お肉でしたよ。