菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。   作:繭原杏(繭原安理)

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ボス戦は続くよ、何処までも。


飢え故の

 飛び掛かられ、飛びずさる。その動作一つで、■■■は自身の体の不自由さに歯噛みする。()()()()()()()全力で後ろに飛んだつもりが、思い描いた距離の半分も飛ばず、更には軸足にしようとしていた足の踵が床に擦れ、縺れ、体勢が崩れていた。

 熱病に浮かされたように、体全体に力が入らない。入れたつもりなのに、力が使われていない。自分の体であるのに、自分の体ではないように――着ぐるみでも来ているような動き辛さを実感した。

 

 パテンカイトスは既に着地し、更に踏み込んできていた。いや、踏み込みというより飛び掛かりだ。子供が父親に甘えるような飛び掛かりからは、■■■には獲物を押さえつけ、喉笛を噛み千切ろうとする獰猛さしか感じられなかった。

 

 このままでは触れられる。そう確信すると、無理やり足を動かし、踵を吸った足でまだ飛んだ時の勢いを残す自分の足を刈る。すると、量の足が床から離れることとなり、結果尻もちをつく様に床に倒れ込む。

 無様な姿ではあるが、確かに言って、パテンカイトスの手からは逃れられた。

 

 だが、乗り越えられたのはその一手だけだ。

 この一手が如何に幸運なのかを実感するのに、さほど時間は要らなかった。

 

 尻もちをつくと同時に横に転がり、体を跳ね起こしながら反転し、パテンカイトスを霞む視界の正面に捉える。

 のろのろと起き上がる彼は、しかしクツクツと愉快気に笑っていた。それを不気味に思いながら、しかし■■■は彼を襲えなかった。

 

 「はは、あはは、あひゃひゃひゃははは!! 嗚呼、嗚呼! そうだよな。そうだよね。そうであるから、そうであるからこそ、そうなんだからこそ――」

 

 ゆらり、よろめきながら振り返る。

 知らず知らずの内に息を止め、恐怖に体を強張らせた■■では、咄嗟に距離を取ることもできない。

 だから、振り返られると同時に行われたその一撃を、諸に受け止めてしまった。

 

 「――がはっ!」

 

 「――真剣に、狩らないと、ねぇ。いけないよねぇ」

 

 延ばされた腕はパテンカイトスのもの。

 突き刺さるのはその掌底。槍のように抉られたのは、鳩尾。

 臓腑にまで届いた衝撃。それは体内に痙攣を引き起こし、または内臓をシェイクするのに十分なものだ。これが常人ならば血反吐の一つでも吐こうが、生憎と現在の■■■の体は()()()ではなかった。

 

 大本が、『色欲』の大罪司教の手によって作られた肉塊。それを泥で浸食し、元の体のように取り繕っただけで、その中身(ないぞう)は何一つ再現の為されていない状態だ。それで動けているのは、筋肉の収縮では無く泥の流動によるものであり、決して■■■が元の肉体を取り返したためではない。

 それに気付けば、多少は動きが良くなるだろう。しかし、パテンカイトスの『速さ』から逃れられるほどでは無い。

 

 パテンカイトスの動きは、一見無邪気に見えるほどに自然に行われていた。自然すぎて、当然すぎて、気付くのが遅れるほどに。

 その動きは人体の理論値。つまりは、武の研鑽の極致に至ったものの動きであることに、気付くことが遅れた。

 

 足の長さも、腕の長さも、何なら考えてから動き始めるまでの早さも■■■が上回る。

 それは体格の差であり、泥が電気信号以上に素早く指令を伝えるからだ。元が元の為に、泥自体が脳であり、神経であり、筋肉でもある。その為だ。

 しかし、これほど条件を積み上げても尚、パテンカイトスの『速さ』ははそれを踏み越える。

 足運びの鋭さ、体幹の強さ、行動の予測と空間把握能力。この積み重ねにより、パテンカイトスは『振り返り』『見て』『触れる』のではなく、『振り返りながら触れる』という動作の短縮を成した。

 幾ら一動作が短かろうと、駆ける動作が違えばその差は意味がなくなる。体格の差は、圧倒的な技量によって覆されるものだ。今回の一撃は、その証明でもある。

 

 そして、決して受けてはいけない一撃でもあった。

 

 「ああ……。ああ……っ! スバルくん。菜月スバルくん……! 教わってるよ、聞いてるよ、聞かされたよ、君の名前は――ッ! 面白いねぇ、面白いよねぇ。名前が複数あるなんて、まるで――」

 

 まずい、と■■■は危機感を抱く。

 『暴食』の権能。その全容を知ることはできなかったが、その能力は知っていた。他人の『記憶』を食べ、そしてそれを自身の血肉に溶かす。

 ……もし、それで自身の『技術』が奪われてしまったら?

 

 何度も繰り返したが、■■■には先頭の才能がない。反復練習して技を習得する……つまり努力するくらいはできるが、それは戦闘行為内においての成長が期待できないことをも指し示す。

 剣を切り結ぶ中の成長、といえば聊か物語の主人公染みているが、これは戦いに身を置く者の当然の能力だ。剣を切り合う中、或いは対を振るい、鞭でもやりでも銃でも杖でも、武器を振る中で自身の悪い所を修正する。

 より鋭く、より素早く、より多く、より重く。

 それは半ば本能染みた技能であり、だからだろうか、■■■は――いや、七夜士郎はその戦闘勘という技能の習得ができなかった。前提となる土台が、欠けていたためだ。

 

 ■■■の先頭は、全て身に染み付けた技をそれぞれ繰り出すことによって成立している。バックステップ一つとっても例外ではない。剣道のそれに、七夜のそれ。そのどちらも細部が異なる動作を使い分けながら、■■■は後退という行動を行っている。

 では、この選択肢の片方でも欠ければ――考えるまでもなかった。

 

 終わりだ。

 

 

 

 ■■■はこう考えていた。『暴食』は天敵であると。

 『魔眼』は自身の技術では無く、能力である。その為に、これが奪われる事は無いだろう。しかし、それを活用するための技術は奪うことができる。土壇場で戦闘に適応できるような才能は、■■■には無いのだから。

 だから、まずスバルとしての記憶を奪われ、そしてその記憶の中から七夜を知り、それを奪われる。■■■は、この時点でゲームオーバーだ。

 許されるのは、たった二度の失態。それも、スバルと七夜が区別されているという仮説の上に成り立つ希望だ。

 更なる希望として、この世界に来る前の記憶は奪われない、という仮説もあったが……さて。

 それは、ないだろう。確信できた。

 

 パテンカイトスの『権能』は、この世界に来るまでの記憶までも伸びると、そう確信していた。

 これは半ば()()()()()()であり、■■■は疑問を抱かずにそれを受け入れた。パテンカイトスは、七夜としての技能を奪える。

 

 呆れたことに、■■■はため息が出るほど間抜けでもある。

 自身の根幹がいつぞやの様に変質していると気付くまでかかる時間は、■■■の命を削って捻出されている。気付いたところで状況は逆転できないが、勝機が生まれる程度には状況は好転するだろう。

 この戦いの活路はそこに在ると、今はまだ誰も気づいていないが。

 

 

 

 話を戻そう。

 『暴食』の大罪司教琴、ライ・パテンカイトスは掌底を打ち付けた――言い換えれば、腹に『触れた』方の手を、自身の口元へもっていく。恐らく、それは『権能』発動の為の条件なのだろう。

 何故かいたくない腹を抱えながら、■■■はそれを見続け、しかし邪魔できない。邪魔するために割り込めば手痛い反撃を受けることが確実だからだ。だから、■■■はスバルを捨て、『捕食』のタイミングで自身の直死の一撃を与えることを決めた。

 

 七夜の体術特有の、獣染みた前屈姿勢で足のばねに力を貯め、引き締まる筋肉(という錯覚)をゆっくりと傾ける。

 拳銃で照準を合わせる為に照星(フロントサイト)照門(リアサイト)を対象との延長線上に並べるように、その頸椎は低姿勢ながらも尾骶骨から前頭骨が一直線に並ぶ。

 さながら引き締められた弓のようでもあるが、むしろ構えられた銃と呼ぶ方がその雰囲気に相応しかった。

 

 息を吐き、脳は残された酸素を最大限に供給され、短時間の意識の鋭敏化を果たす。俗にゾーンなどと呼ばれる忘我状態に陥った■■■は、自然と軋む視界を明瞭にするために『強化』を目に掛ける。それを呼び水に急増する痛みも、今は意識の外だった。

 

 徐々に、徐々に、1cm、2cmと縮む口と手の距離。顔からはみ出そうなその嗤いに、首筋の後ろが粟立ちながら、けれど体は弾む。

 

 残り3cm、2cm。もはや口元は手で覆われて見えなくなった時において、まだその笑みは見え隠れする。

 撓んだ脚部はそのエネルギーを開放するように、クラウチングスタートを思わせる弾け方でその体を撃ち出す。

 

 残り1cm。

 ■■■はその指を揃え、手刀としてパテンカイトスの死の線を狙う。

 決着は間近だ。

 

 

 

 ……さて、此処まで長々と綴って何だったが、一つ謝ろう。すまなかった、と。

 そしてもう一つ。ここまで語ってきた戦況の考察は、そのほぼ全てが無意味に帰したために、記憶から消し去ってもかまわないと言わざるを得ない。

 

 

 

ペロリ。

 パテンカイトスは掌を嘗め、その『捕食』の隙を晒す。

 跳ねだされた勢いのまま■■■はその隙に飛び込み、そして呆気なく撃沈した。

 

 手刀は狙いが逸れ、死の線からずれた胸にぶつかる。その機械のような、応用性が利かないながらもずば抜けた正確性は、まるで奪われたかのように消え去っていた。

 

 パテンカイトスは奪った記憶の名前を宣言する。それはメニューの注文というには遅すぎ、食した前菜の復唱をするようですらある。いや、実際、彼にとってはオスなのだろう。

 それこそがこれからの調理において欠かしてはならない下拵えで、これから先の味を決定づけるスパイスだと知っているから。

 

 「()()()()

 

 「……は。――っ! ぁあ!?」

 

 一瞬、その名前の意味を理解できなかった。しかし、記録を辿るように自分の記憶を思い返せば、それが自身の戦闘能力の根幹となっていた記憶であると知ることができ、そして絶望する。

 

 どういうことなのか。

 何故、パテンカイトスはその名前を知っているのか。

 

 「なっ、なんで、お前が」

 

 「そりゃあ、教えられたからさ! 僕たちはね、特別なんだ。優遇されてるんだよ」

 

 ああ、別に、『傲慢』みたいな話じゃなくてね。

 

 その声も、■■■にはどこか遠く、異国の言葉みたいに耳へ入ってこなかった。

 

 「大罪司教の存在意義は、君という器の完成にある」

 

 自慢げに話し彼は、他人事のように語りだした。彼もその大罪司教であるというのに、まるで勝負は既に終わったとでもいう様に、敗者へ冥土の土産を渡すように。

 最も、饅頭やカステラなんて()()()()土産ではないことは明白だったが。

 そんなものは、例え土産であろうと彼自身が平らげてしまうからだ――というのは、ちょっとした冗句である。

 

 「『傲慢』は君に心臓を、『強欲』はこの世界の鍵を、『怠惰』は人間の見本を、『嫉妬』は君の在るべき姿を、『色欲』は()()()体を与えるために、元から、死ぬために生み出されていた」

 

 聞こえない、聞こえない。

 呆然自失とした■■■は、その言葉を聞き流す。

 

 「『憤怒』は最終試験というか、耐久テストみたいなもの……っていってたかなぁ。まぁ、いいや」

 

 パテンカイトスは笑う。耳まで裂かれた嗤いをより深く刻んで、そのままの顔で自身の特別である由縁を語る。

 

 「その点で、『暴食』だけは例外なのさ。だって、そう――僕らはいわば、君の予備だから」

 

 それは至極当然な、重大な計画に挑むならだれもがとるだろう、予備案(バックアッププラン)

 ゲームの中での科学者は、オープニングで声帯兵器の暴走などで無残に散るが、現実ではそういうことが起こらないよう無数の安全措置を執り行う様に。

 ではこの場合――一つの世界をまるまる犠牲にしかねない計画の要となるスバルを殺すという予備案は、一体どんな事態を想定したのか。

 それは、スバルが不協力的だった場合や、或いは彼自身の石で計画が遂行できなる場合への備えだ。要に意思があるのならば、計画の舵先はその意志によって左右されかねない、ということだ。

 

 「『暴食』の権能は情報の略奪、人生の強奪――つまり、資格の剝奪」

 

 では、(スバル)が反乱を起こした場合、どうすればよいのか。

 

 「スバルくん。君の能力を食べ、そして計画の代案になることが、『暴食』の存在意義なんだよ」

 

 だから、君はもう必要ない。ここで安らかに死んでよ。

 そう言う様に、パテンカイトスは笑う、哂う、嗤う。

 嘲り、嗤う。

 

 「あはっ、あはは、はははははハハひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!」

 

 高笑いに呼応するように、■■■は手を握りしめる。

 『死に戻り』なんて特別扱いは、もう機能する意味がないと、そういう意味も込められていたことに、■■■は気付かない。だが、察することはできた。

 

 心を覆う暗雲。沁み込むような絶望。

 反撃の手段は、何処に。

 

 

 

 ――その腹に。




 くっ、はははははっ!
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