菜月スバルに直死の魔眼とか色々組み込んでみた。 作:繭原杏(繭原安理)
いやー、難産だった。
あ。誤字報告ありがとうございました!
「で、君は何を落ち込んでいるんだい?」
「は?」
いきなり何を言い出してるのだろうか。
「先程から見るに、君は犯罪者のようには見えないし、密偵というには目立ちすぎる。それに、明らかに落ち込んでるように見えるからね」
「俺は元からこういうやつだぞ?」
「僕の目には、そうは見えないけどね?」
「……知りもしない相手の事を、よくそんな知った風に言えるな」
「そうかい? 割と分かったつもりでいるんだけどね」
キザったらしく笑ったそいつは、でも確かに俺の事を理解していた。
だからだろうか。こんな俺のことを見透かされて、それでも悪い気持ちにならなかった。そんなこいつだからこそ、俺は口を開いたのかもしれない。
「例えばの話だ」
その言葉を紡ぐ間に、話すことを整理する。
そしてその内に答えを理解し、何故自身があそこまでとち狂えたのかも理解した。
「――――――ああ、俺は唯、期待していたんだと思う」
「俺は空っぽな人間だ。誰が何と言おうと、俺はこんな自分が苦手でたまらなかった。
「でも別に嫌いなわけじゃないんだ。空っぽでも、それでも何かするという意思は尊いものだと。たとえそれが意地を張るだけの行為だとしても、それでも俺は誇らしかったんだ。
「でも所詮はそれだけ。俺は何をしても俺のままで、空っぽであることに変わりはなかった。
「親父の様になりたかった。周囲の期待に応えたかった。そう突っ走っていた俺は、たぶん、自分というものが無かったんだと思う。
「だから何かが欲しかった。それが手に入るなら死んでもいいと思える、そんな何かが。
「それを手に入れるまで死ぬことはできなかった。空っぽのまま更に空虚になることが、どうしようもなく恐ろしかった。
「それで、それを見つけることができたんだ。まるで予定調和の様に。有り得なさ過ぎて、
「自分が英雄になった気がした。手に入れた以上はもう、死んでも怖くないと言えた。
「実際死んでも彼女の事を思えば怖くなかった。怖いのは唯、彼女を救えない、彼女の期待に応えられない事ぐらいだ。
「……いや、言い直そう。多分、彼女はこっちの事を知らない。だから、期待なんてする筈がない。
「そうだな……何て言おうか。
「ああ、これが良い。そう、「彼女の役に立ちたい」、というのが、俺の行動原理となった。
「それこそが、空っぽな俺の手に入れた、初めての想いなんだ。
「これこそが、俺が
「だからどんな苦しみにも耐えられた。
「――――――知ってるか? 二枚目。
「人間ってのはどんな地獄でも、光さえあれば笑えるんだぜ?
「ああ、そうさ。それは所詮。こっちが勝手に抱いた期待だった。手前が一番嫌いな行為を、手前がしたんだ。笑えて来るよな?
「ん? ああ、訳が分からないか。そうさ、それでいい。分かるわけないし、これだけは分からせるつもりもない。
「これは単なる、俺の独白なんだ。
「別に不思議な事じゃない。
「彼女は俺を知らない。それは当然で、だから初対面な風にされるくらいなら問題なかった。
「だけどたった一つだけ、どうしても呑み込めないことがあった。
「子供みたいな理由さ。偽名だよ。
「たった一度の邂逅で、「名前を教えてくれ」なんて言って本名を教えてくれる方がどうにかしてる。そこまで信用するような奴は、居るわけがない。
「でも、なぜかそれがとてつもなく堪えた。
「これまでの想いが嘘になったみたいで、確かに向けていたはずの想いの行き所を見失って。
「俺は、再び空っぽになった。
「――――――これはただそれだけの話だ。抽象的過ぎて悪いが、俺の事情に関してこれ以上言うことはねぇ」
まあ、異世界から来たなんて言っても信じないだろうにな。
そう心の中で呟いて、そっと苦笑する。
何を考えているんだか。さっき折れたばっかなのに、また誰かに信じられようとあがいてる。
「信じられる」って、そこまで特別な事だったか?
いや、きっと彼女から受け取れなかった
あれだ。今日はラーメン食べる気なのに、家に残ってるのは素麺だけで、なんか違う?って気分になった感じなんだろう。だからそれをラーメンの器にでも入れて、気分だけでも味わいたいんだろう。そんな感じだ。
……余計訳が分からなくなったな。
「ああ、あまり詳しいことは分からないけど、君が苦しんでいるのだろうことは分かったよ」
「そうか? 案外吹っ切れてるもんだぜ?」
「人に話すと心が軽くなるっていうじゃないか」
「……ああ、そうだな。確かに軽くなったな」
「そうか、それは良かった」
いつの間にか先程まで心に乗っかっていた重しが軽くなったように思う。
でも、それだけだ。行き所の無い熱意が、それがまだ、どろどろと腹の底に溜まっている。
どうなのだろうか。俺は何処にこの熱意を向けたいのだろうか。
俺はまだ、何かを求めている。
でも、それに至る術を、俺は知らない。
「じゃあ、良かったついでに一つ。市民を守る騎士として、一つ助言をしよう」
そう言って、そいつは子供を見守る親の様に、見ているだけで安心できる笑みを浮かべてこう言った。
「求め続けるんだ。そうすればきっと、その道の果てに手に入れることができる」
そう放たれた言葉は、これまで掛けられた言葉で一番、心に染みた。
そう、か。そうか。
「は、ははは」
別に、今信頼されなくてもいい。
それでもあの時に見た光は嘘じゃなかった。あの時に憧れたものは、嘘じゃなかったんだから。
だから俺は、ただ歩き続ければいいんだ。
エミリアに認められる。その時まで。
そんな、簡単な事だった。
何故気づかなかったのだろうか。
「――――――っよし! 菜月スバル、復活! ありがとな!えーと、そういや名前は?」
心の重しは取り除かれ、そしてこの熱意は向けるべき行き場を見つけた。
ならば後は突っ走るのみ。石にぶつかって砕けるも、流星の如く屑となって燃え尽きるも俺次第だ。
今はただ、無心で向かおう。それこそ今の俺にできる唯一の事なのだから。
「……ははは、ずいぶんと元気が良いね。それが素か。そっちの方が良いよ。ああ、僕の名前はラインハルト。【剣聖】だ」
「剣聖? ははっ、カッコいい称号だなぁ! いいなぁ、俺もなんかそういうカッコいいの欲しい!」
「っ! そ、そうかい? 貰ってるこっちも、何かと苦労があるんだけれど……」
「あれだろ、有名税ってやつだろ? 良く分かんねぇけど。まあ、何か悩み事があったら俺が聞いてやるよ。今日みたいに、次は俺が。そんで笑ってやる」
「笑うのか……」
「ああ、スマイルスマイル! 笑ってた方が人生楽しいぞー? 具体的には三文以上の徳があると思う! 凄いだろ?早起き以上に得だぜ!?」
「ははっ、早起き以上か。いつもしてるから実感がわかないなぁ」
「嘘だろ優等生かよ!? なら偶に二度寝してみな? すっげぇ気持ち良いから! やっぱ休日の二度寝は至福だよな!」
そんなこんなで雑談を交わし、やがて交代に来た衛兵にラインハルトが何事かを話すと、腕につけられた重い腕輪を外されて釈放された。
「なんだ? もういいのか? 何なら一晩牢屋でただ飯食らってやろうと思ったのによ」
「いやいや、囚人食もお金がかかってるんだ。その割に凄く不味いんだけど」
「うへぇ、不味いのか! そりゃあやだな!……じゃ、これで」
「ああ、さようなら、スバル」
「さようなら、ラインハルト」
そう言って俺は歩き出す。
街にはもう夜の帳が落ち、遥か地平線の向こうに夕焼けの残滓が残るのみだ。
透き通った宝石のようなグラデーションのそれも美しいが、それを見ているわけにもいかない。
目指すは、盗品蔵。
もう遅いかもしれないけど、きっと、間に合うはずだ。
だって、それが俺の憧れた――――――
「へっきしゅん! うう、なんか寒いなぁ。なんだ此処。夜めちゃくちゃ冷えるじゃねぇーの。こんなん知ってたならラインハルトも言ってくれればいいのに」
そうボヤキながら、夜の昏い道を行く。
どことなく不吉に感じるのは、見慣れた(というほど長くいないが)街が夜となって、また違う一面を見せているからだろうか。
白銀の月が空に昇り、街灯の無い石畳の道を照らす。
吐いた
いや待て。
改めて手の内に息を吐く。吐いて出た息は白く、間違いなく口内と気温の大きすぎる差に体積を縮めた水蒸気のそれで、それは純然たる化学で説明ができるそれで、つまり有り得ないくらい外が寒いということ。
「ど、どういうことだ? いくら何でも冷えすぎじゃないか?」
しんと静まり返った街の中。いや、静かすぎる。
まるで雪原に居るような、あまりにも寒い空気が音の振動すら包み込んで静寂の内に消えていくような空気。或いは、怪物の腹の中にいるような、もう手遅れの危機感。
今更ながら異常を認識し、そして今度は新たな異変に気付く。
「雪?おいおい、砂漠かよ。こんな温度差の中、異世界人はどう暮らしてるってんだ? 馬車引いてたトカゲとか、変温動物が簡単に死にそうだけど?」
空から降ってきた白い小さな綿なようなそれは、紛れもなく雪。手に触れた瞬間に溶ける、儚い氷の粉。
なんだなんだなんだ――――――? 何が起こっている!?
そう思った時にはもう遅く、何かにつられるように見た盗品蔵の方向で、氷の花が咲いていた。
さっきまでは無かったと断言できる、巨大な氷の山。そして、その上に居座る月の光を受けて輝く銀狼。
何だあれは? 有り得ない神秘の量を感じて膝が震える。有り得ない。あんな存在、もはや幻想種じゃないか!?
そして銀狼が天高く遠吠えをし、視界が白く染まる。
スバルが覚えていたのは、そこまでだった。
白く染まった街並みは、まるで時間凍結をしたように氷の中で朽ちずあり続ける。
永久凍土のそれすら生温い氷に覆われた街で、銀狼は一人の男と対峙していた。
彼らは何事か言葉を交わすと、やがて剣と爪を振りかざし、打ち合った。
片や、星の息吹を束ねたような、希望の光。片や、死すら凍える冷気を放つ、何処までも厳格な幻想の爪。
二つの神秘がぶつかり合い、そして世界に刻まれることのない戦争が起こった。
そして白く覆われた世界が、再び瞼の裏のような闇に覆われる。
もう慣れてしまった死の狭間の時間。遠くに見える銀髪の彼女の正体も、今ではもう気に成らない。
あれ?銀髪?
少女を見て、先程の銀狼を思い返すが、既に意識は薄れ消え去る。
再び目を覚ました時、目の前には山盛りの赤い果実があった。
「よう、兄ちゃん。リンガはいるかい?」
「いや、お生憎様、今は一文無しなんだ」
「はっ!冷やかしならお断りだ。あっち行け」
しっしっと追い払われ、再び路地裏へ。
あのゴロツキが出てくる前に、考えをまとめる。
今、自分のしたいこととは何だ?
それは、あの少女と仲良くなりたい。お近づきになりたい。最初の様に、傍に居たい。
なら、まず何をする?
最初の週をなぞる。
それでは、彼女は再び死んでしまう。
それはダメだ。
なら、どうする?
最初の週をなぞりつつ、あの殺人鬼を撃退する。
そして、この三つ巴の状況を、彼女の方に崩す。
そのためには何が必要だ?
一週目ではなかった、別の要素を。
あの殺人鬼には勝てない。魔術で強化しても、あの動きは追えない。
あの巨人には勝てない。あの図体の大きさだと、此方の体力が先に切れる。
フェルトには勝てない。あの素早さに追いつけても、精々掠り傷を何処かにつけるだけ。線をなぞる事さえ、出来やしない。
思い上がるな。菜月スバル。
お前は最弱だ。お前は弱い。
知っている。いつでもそうだった。これまでが可笑しかったんだ。
あるべき力関係に戻っただけ。しかし、あの時になかったものがここにある。
それは、この心に燃え盛る信念。必ずやり遂げるという、意思。
それならばもう、負ける気はしないな。ああ、これが勝利フラグというやつだ。
勝てないなら戦わなければいい。
戦わなくてはいけないなら、別のやつをぶつけよう。
まずはこの週、「一戦もしない」という縛りを付けてみよう。
あのゴロツキ三人にも、力を振るわず何とかする。
いわば練習。いわば予行演習。
誰があの殺人鬼に勝てるのかは分からないが、少なくともこの手段なら勝てると、根拠もなしに確信している。
いざとなれば、剣聖だとか強そうな称号を名乗ったラインハルトにでも押し付けよう。うん、それが良い。
これが物語である以上、打開策は必ずあるはずなのだから。
ならば恐れる事は無い。
考えるは目先の事に非ず。殺人鬼を撃退したらどうするかだ。
三つ巴はまだ残るかもしれない。彼女が徽章を手に入れたら、他のに勢力から襲われるかもしれない。
まあ、その時はその時だ。
俺は、彼女の笑顔の為に動こう。
その為ならば世界だって敵に回して見せよう。
今は言葉ばかりだが、必ずいつか現実にして見せる。
しかし、まあ、私欲が無いわけではないんだ。
彼女は誠実そうだし、何か報酬を要求してみいいのではないのだろうか。
そうだな、あわよくば、名前を教えてほしい。
彼女の口から、最初の時のように。
今度は、本名を。
「――――――っし!目的は決まった。道も大体おっけー」
ならば後はなぞるだけの事。
「よう、兄ちゃん。随分良いモン持ってんじゃねーか。一寸金分けてくれぇか?なぁに、有り金全部でいいぜ?」
「ああ、言っとくが断るなんて言ったら……分かるよな?」
「安心しろよ、ちょーっとばかし恵むだけだろう?へへ、そんだけだよ。俺たち友達だろ?」
路地裏の奥から出てきた彼らのセリフは、今のスバルにとっては福音のように聞こえた。
『俺は、再び空っぽになった』
再び。
これは、菜月昴が、菜月スバルになる前の事。
菜月昴の、虚ろな独白。
【月に吠える銀狼】
損害請求は精霊議会にお問い合わせください。
尚、高台に存在する盗品蔵で起こったこの一戦において、胃を痛める文官は存在しない。
痛める存在が、そもそもいないのだから。
彼らの神秘の濃さは、現代からすると異常なもので、しかしこの世界では異常成りえない。
彼らは■■■の■■の下、■■■■■■存在なのだから。
この世界は――――――