【ケース12:イーハトーヴォ物語のBGMは作業用BGMに丁度いいと思うの】
彼は今、夢の中に居ました。
そう意識出来たのは、草と花で編まれた月桂冠を頭に乗せた、記憶の中にある緑色の長髪の女性が居ることに気づいたからです。
景色は緑が青々と茂った草原。けれども彼女と自分との間には、濃い霧のようなものが仕切りのように発生していて、歩を進めようともまるで霧から道が生えてくるかのように、霧の向こう側へはちっとも近づけません。
「明晰夢の中の感覚って嫌だよなー……これで勢いよく動いたり叫んだりすると起きるし。えぇと、極力動かないように、叫ばないようにして、と。───もし。もし、お嬢さん、この博光になにか御用なのですかい?」
なにかを喋っているのですが、その声がこちらに届かないもどかしさ。けれど相手には彼の言葉が届いているようで、女性は少し悲しそうな顔をしております。
「じゃあジェスチャーだ! 身振り手振りで伝えるんだ!」
訴えてみますが、女性は“エッ!?”という顔をすると、ワタワタと慌て始めました。
けれども懸命に手を振り体を振り、何かを訴えようとします。
「なになに……? 1、道化、暖簾、ジュワッ、目、死、モーロク、ニッ、食べさせて、クレーン───奇面組じゃねーか! なにを伝えたいんだコノヤロー!!」
詳しくは“一堂家の連中は、飯もろくに食べさせてくれん”です。そしてそんな動きは一切していません。
女性は首を横にぶんぶん振って否定します。モブ提督さんはその様子を見て、グウウ……ムムウ……と唸りました。
らちが明かんともう一度近づくために歩いてみるのですが、やはりちっとも距離は縮まりません。その感覚は、エスカレーターを逆走してみたクソガキャアの頃の記憶によく似ている、と彼は感じました。
「だったら紙とかないの!? なにか書いて見せるんだ!」
女性はそれだとばかりに表情を明るくします。やがて彼女が紙のようなものを取り出し、文字を書くと───ンバッとそれを頭上に掲げて見せてきます。
「タッピーツ……」
けれど達筆ということがわかったのみで、なんと書いてあるのかが彼には解りません。
「日本語! ドゥーユー・ニホンゴ!! スピーク!? えぇっと英語ってなんだっけグムムー!!」
ちなみに相手はアメリカ人ではありません。精霊です。そもそも日本語は通じています。
「はっ! そうだなにかを書いてもらったならこちらも誠意を以って応えねばならんな! でも紙がねー!」
都合よく紙でもないものかと、「オヘンジ!? ドゥーユーオヘンジ!?」と言いながら紙を探すモブさん。明晰夢なのにちっとも都合よくいきません。
「な、ならば肉体言語で~~~っ!! トタァーーーッ!!」
結局は体を使って文字を作るように、彼は動きました。
一応上がったレベルの分は身体能力が向上しているらしく、しかもそれが夢にまで通用するというんだから、ほんのちょっぴりウキウキです。
そうして彼は己の肉体全体で、一文字ずつを表現しました。自分の声は相手に聞こえているということをすっかり忘れています。当然精霊さんも困惑しきりです。
「ホハッ! テハッ! ムンアーーーッ!!」
レ・イ・クの文字が完成しました。
………………精霊は激しく困惑しました。
けれど俯き何かを考えたのち、ハッと何かに気づき、植物を操りだしたのです。
「ヌァンーーーッ!」
それを見た彼は、ギロチン・キングに速攻を仕掛けられたロビンマスクのように謎の声をあげました。
なぜなら、彼の視界にはニョキニョキと伸びる木の枝を操り、文字を作る女性の姿があったからです。
「オ、オオ~~~ッ、な、なんということだ~~~っ、ノレさんが来る前に事態が解決してしまった~~~っ!」
枝葉が表現するところによると、彼女は自然の精霊であるドリアードらしく、彼の舞いに呼ばれてやってきたのだそうです。
けれども世界が違うために深い干渉が出来ず、呼ばれたからきたのにいきなり罵倒を飛ばされてショックを受けたとか。
「あ、はい、あの……すいませんでした」
これにはさすがのモブさんも大後悔時代到来。
けれども、彼女の慣れてますからという感じの笑みに、ハテと首を傾げます。
「ところであのー、差し出がましいようなのですがそのー」
『?』
「村がやべぇから自然の恵み、ください」
『………』
ド直球でした。けれど、ただド直球というだけではありません。
「代わりにこの博光に出来ることならばなんでもいたそう! 博光平然と嘘つくけど誓いだけは守るといいなぁ!」
ただのクズでした。だというのに精霊である彼女はやさしく微笑むと、軽く頷いてくれます。
「わあ、俺ただのクズだ。腹の探り合いとかするだけ無駄な相手ってのがわかってしまった。えーと、ドリ……あの。ドリアードって大木から枝の手足とかが生えてる感じのアレじゃありませんでしたっけ?」
『!?』
“あ、やべぇ、これ地雷だ”と、彼は発言の直後に理解しました。
その証拠に彼の視線の先では頬をぷくっと膨らませた女性が、木々を操って“それはトレントです! なんてことを言うんですか!!”と大激怒。……怒ってるんですよね? なんともまあ可愛らしい激怒でございました。
「す、すまんこってす、なんというか博光ったら、自分に正直というか、疑問に思ったならば突撃してみなければもったいない精神の持ち主でありまして。なのであのー……失礼ついでにもひとつ訊きたいのですが」
『………』
片方の頬をぷっくり膨らませたまま、じとりと彼を睨む精霊様。モブさんは“あら可愛い”などと思いつつも、気になったことを真っ直ぐにぶつけます。
「村長さんに、降臨の舞いは自分ともっとも関係のある精霊やら妖精やらを呼び出すって聞いたけど、俺とアナタの関係ってなんなの?」
『───』
訊ねられ、彼女はポムと頬を染めました。軽い瞬間沸騰というものです。それを目の当たりにした彼は、内心“ヒィ!? いきなり顔が赤くなった!? 相当リキんでなきゃ無理だぜあんなの! ヤツめ……俺を殺る気だ!”と盛大に誤解を抱いています。
けれども自分の命に執着が無くなって久しい彼は、“まあべつにそれでもいいミャオー!”と笑顔で返しました。女性はそんな笑顔を見て、余計にポポポと頬を桜色に染めると、俯き、ぽしょぽしょと何かを呟くのですが……もちろんそんな言葉は届きません。……そんな時です。
『ぬぅっぐ、ぅうう……!! どうなっている……! たかが妖精だか精霊だかの夢への干渉に、これほどの労力を使うなど……!!』
とうとうと言いますか、ノレさんが空間を押し退けるようにしてやってきたのです。その表情は疲れきっており、空中からモブさんを見下ろす疲れた顔が、割りに合わんと語っておりました。
「ぉっせーよノレさんォッッセェーェエヨ!!」
『やかましい……! これでも急いだくらいだ……! 堕ちたとはいえ元天使の私をこうまで疲労させるとは、いったいどんな相手なのだ、その緑色の女というのは』
ふん、と鼻を鳴らして、草原をねめまわす。どうせトレントあたりだろう、まったく、とばかりです。
するとどうでしょう、なにやら濃い霧の先で顔を赤く染めて俯く女性が。
風もないのにふわりと舞う純白と純緑が混ざった羽衣と、人とは思えぬ容姿……そして目立つは緑の長い髪と、その頭に飾られるように乗っている……月桂冠。
ノレさんは思いました。あ、やべぇ、これトレントどころじゃねぇ、と。
*ネタバレ=精霊とモブとの恋なんて無い