ボケ者どもの理想村(ムラビディア)   作:凍傷(ぜろくろ)

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同穴(どうけつ)のムジーナ - その青春 -

【ケース16:同じ穴の狢】

 

 さて、場所は借りている空き家の横。そこに設置したオンボロの椅子に座っての会話です。

 

「で、だが。提督の夢の中で、なにに会えばそんな……入るのにも出るのにも苦労するような、面倒なことになるんだ?」

『……あのクソザコ主が舞うことで呼べたのが、何故か大精霊ドリアード様だった』

「ドリ……って、あの? ファンタジー漫画とかでも大樹の精霊ってやつによく選ばれてる精霊、だったか……?」

『漫画というものがなにかは知らんが、まあ間違いではないのだろう。貴様らの知識内でのドリアード様がどんな存在かも知らんが、少なくともこの世界の精霊ではなかった。格が違う。気をしっかり持たねば跪き頭を垂れてしまうほどの力を感じた……!』

「……お前がそんなに怯えるほど、なのか……」

「で、中井出が空気読まんで罵倒して、テメーが殴って顔面が陥没したと」

『ああ、それで合っている』

「「やっぱりかー……!!」」

 

 想像の域を出ないのに、実際にやってみろと言われてもまず出来ないことを平気でやる貧弱一般人に、二人はあいたー……とばかりに頭を抱えます。

 そして思わず訊ねてみれば、急にヘコんだゴムボールがパンッと戻るように顔面が元に戻った彼を見て、ドリアードはびっくりしたらしいです。

 

『そもそもなんなんだあの男は! 顔が元に戻った途端に“オイラワンタン! さ、僕のお顔をお食べよ!”とか言い出したぞ!?』

「混乱してたんだろ」

「オウヨそりゃ間違い無く混乱してたんYO」

『混乱していれば悪魔に頭部を差し出す人間種なぞ聞いたこともないんだが!?』

「まぁよまぁよ。ほィで? なしてテメーは夢ン中から出るだけで苦労してたん?」

『………』

「……シフ?」

「ノレっち?」

 

 シフと言われ、ノレっちと言われ、けれど特に言葉を返すでもなく、ノレさんはごくりと唾を飲み込むと、やがて口を開きます。

 

『あの男には言うな。───なんでも、大精霊ドリアードは別の時間軸のあの男と恋仲らしい』

「ブホッシュおいおいノレさん大丈夫?(頭が)」

『なんの迷いもなく人の頭を疑うな!! 大丈夫もなにも、あのドリアード様自身が私に言ったのだ! 私とて何度も訊き返したわ! 訊き返しすぎて攻撃されるほど訊き返したわ!! 危うく死にかけたんだぞ!?』

「…………マジで?」

「提督を好きになるとか……───」

『死にかけようとも耳を疑ったが、事実らしい。お陰で回復するまで時間がかかり、脱出するにも時間がかかった』

「………」

「………」

「……フフッ?」

「……くっふふ」

「本気なら、見る目あるよな」

「オウヨ、ずーっと一緒だった麻衣香ネーサンしかわからんかったのに、きちんと好きになるってこたぁ結構長い時間一緒に居たってことだべな。OK信じよう」

『正気か? あの男だぞ?』

「おー、アタイらも一緒にアホやってなけりゃ気付けんかったよ。あいつの愛情、めちゃんこ重いけどね、受け取れるやつかりゃすりゃあハチャメチャにありがてぇのよ。それこそ、自分の過去がものめっさ面倒で重くて鬱陶しいって思っとるヤツほどね」

「女はどうか知らんが、なんだかんだ、近くに居る男は気づけば騒いでるんだよ。んでだ。シフ~? お前ってさ、普段からそうやって騒いだりするヤツだったのか?」

 

 普段はしないような、ニシシとばかりの笑みをこぼし、シフを指差し笑うモミアゲさん。そんな態度に眉を“~”(波の字)に曲げて、『そんなわけがなかろう』と返します。

 

「じゃ、それが答えでいいんだよ。仕出かすことにいちいちツッコミは入れたくなるけどな、不思議と退屈だけはしないんだ」

「その上できっちり対価っつーんかね。相手をからかえば普通に殴られるし、嫌う努力よか好きになる努力から始めるし。まあよ、ともかくアレよ」

「そう、アレだな」

「「いちいち重くないんだよ、あいつ」」

『愛が重いと言われたばかりだが!?』

「ホホ……ヤツと係わって得られるのが愛だけじゃと思っとるんなら甘ェェェェゼ?」

「そうそう。そりゃあ考えが甘いってもんだ」

 

 考えが甘い。その言葉を聞いて、ノレさんは待ったをかけるように質問をします。

 

『なに……? ではなにが得られる』

「え?」

「え? なにって」

「………」

「………」

「え……? あの、え……? なんか得られると思っとるん?」

「や、提督だぞ? お前本当に頭大丈夫か?」

 

 そうしたら頭を疑われました。

 

『待てコラ貴様らァ!! まっ……なにぃ!? そんな結論に行き着く流れではなかったろう!?』

「得るとかそんなんじゃねーのよ。得られんから重くねーんだべ?」

「まあ……一体感は得られるよな。味方してもすぐに掌返してクズがクズが言い出すから、べつに仲間意識がどうとかって話でもないんだが」

『待て待て待て! それも仲間意識の内のひとつなんじゃないのか!!』

「キョホホ……愚かめ。アタイらは相手が味方だと信じた刹那に背後から襲う極悪非道の修羅よ。それを仲間意識などと……ノリと勢いさえありゃあ提督として敬いながらもカーフブランディングだってキメられるんだぜアタイらはYOォオ?」

『貴様らそれでよく今まで一緒に居られたな!? というか誰が愚かだ! だっ……愚かめ!? おろっ……どんな言葉だ!? 愚かの権化なのか私は!』

 

 そういう遠慮無用の自分たちで居たかった、遠慮を無くした集団こそが原中迷惑部だったので仕方がありません。

 なによりこの世界に来て、アンリミテッドリヴァイヴァーの効果により命への執着が無くなってしまったのも、それを増長させる原因になっており、直接の原因は“モブさんがURのスキルレベルを上げまくったこと”にありました。

 スキルレベルが上がり、“三人の命のリヴァイヴが可能”の段階から、範囲と許容人数が増え、村人全員分のリヴァイヴが可能になった代わりに、さらに余計に命への執着がなくなっていたのです。そもそも無くなる魂への執着は“自分だけ”ではなく、効果が出ている全員分という説明だったのを、彼らはとっくに忘れていました。それほどどうでもよくなっているのです。

 では何故村を復興させようとするのか。……“村を”滅ぼしたくないからです。住んでいる村人の命とか割とどうでもよくなっています。

 

「コココ……! 我ら原中……!」

「産まれた日は誰もが違えど……!」

「「死ぬ時は裏切りの明日より一歩先へ……!」」

『殺しておいて血も涙もないな!? ……な、なぜドリアード様はそんな存在を……!? というか、聞けば余計に惹かれる理由がわからんのだが!?』

「「冗談でも馬鹿ノリでも本気でもなんでも、友達で仲間で家族ってだけで許し合える。……そんだけで十分なんだよ、俺達は」」

『…………』

 

 真顔のあとの、笑いをこらえた声調で二人は言います。

 許されるからいいのか、などと訊ねてみますが、二人はそれに、今度こそ笑って返します。

 

「人外のバケモノがさ、怖がられるでもなく嫉妬されるのでもなく、“すげぇ”って言ってもらえるんだよ」

「馬鹿そうに見えて、その実マジモンの馬鹿じゃけんどもさ? あいつにゃあいつのえーところとかめちゃんこあんのよ」

『……不思議と、別に深く知りたいとも思えんな』

「それでえーよ。むしろ気にせず馬鹿な行動に付き合える自分になりゃ、それでおーけーね?」

「なんでここで俺に訊くのかわからんが、いいと思うぞ?」

「……キョホホ」

「だから……! いちいち人の“わからんが”に反応してニヤニヤするなよ……!」

「あ、ところでノレっち? 結局そのドリャードさんたらマジで中井出ンこと好きなん?」

『? いいや、これっぽっちもだそうだが? あの方が好いているのは自分の世界の“中井出博光”という存在だ。こちらの主についでのやさしさを振舞う余裕はあろうが、そこに一切の愛はないと断言していた』

「おっしゃあナイス中井出!」

「だよな! 提督といったらそうじゃないとな!」

『……私が言うのもなんだが、貴様ら本当に友達甲斐もないクズだな』

「「つまりそれこそ原ソウル。常識だけでは語れない」」

 

 原ソウル。原沢南中学校迷惑部に順応し、クズどもの仲間入りを無事果たせた者のみが抱ける原中魂のことを指します。

 ようするに誰に疑われようと馬鹿にされようと、自分たちが信ずるものに邁進出来る信条を貫ける魂のことです。多くの場合は通常の常識では語れない物事ばかりですが。

 そうして話に落着がついた時、丁度話の中心になっていたモブさんが戻ってきたのです。

 

「なんかみんな賑やかそうだねぇウフフ。僕も混ぜておくれよ」

「んにゃ、話なら終わったけん、それよか加護を得てからどぎゃんするか決めっべ」

「………」

「そこで明らかに仲間はずれにされた少年みたいな顔しないでくれよ提督……」

「話ってーのも中井出ンこと話してただけじゃきん、べつに聞いても嬉しくなかろーモン」

「え? 僕のこと? そ、そう? そうなんだ。いやぁまいったなぁそんな居ない間に話題の中心になってたなんて。恥ずかしいけど……へへっ、僕はとても良い友達を得たもんだウフフ」

『貴様がドリアード様にこれっぽっちも愛されていないという話をしていたのだが?』

「てめぇら最低だこのクズどもが!!」

なんだとてめぇこのクズが!!

「はーいはいはい、また脱線するからいい加減話を進めような……!」

「なんだよ! 僕の最低具合がどうでもいいっていうのかこのクズが!!」

「心底どうでもいいわこのクズが!!」

なんだとてめぇこのクズが!!

「なんでそこで彰利がツッコムんだよ!!」

『いいから話を進めろクズどもが!』

「「「なんだとてめぇこのクズが!!」」」

『誰がクズだ貴様らぁあああああああっ!!』

 

 ずうっと静かであった寂れた村、老村。

 そこは現在とてもやかましく、今日も元気に老人達に呆れられておりました……が、その呆れには今までになかった笑みも含まれておりました。

 ようやく一歩あたり進めたような気もする異界の空の下。

 今日も老村は賑やか───もといやかましかったのでした。

 

 ……そしてノレさんは、もはや手遅れなくらいに染まっていると思われます。

 気づいていてそれを言わない異界の三人は、天に伸ばした手をデチーンと不器用に叩き合わせることで、成功を喜び合ったのでした。


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