ボケ者どもの理想村(ムラビディア)   作:凍傷(ぜろくろ)

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少年の心のままで

【ケース21:よろしく、うぬにチューニング病】

 

 ある川の傍にて、全裸の男とトンガリさんと、モミアゲが美麗な男が対峙しておりました。

 一方の二人はごくりと息を飲みつつ一人を見つめ、見つめられる一人は余裕の笑みをこぼしながらその手で輪を作り───

 

「暗き闇より来たれ……漆黒に選ばれし我が宝具」

 

 ───なにやらその輪から黒い衣服やじゃらじゃらとしたアクセサリーを創造して、包帯をせっせと腕に巻くのでした。

 

「……あ、あのー……悠介?」

「晦? おい……?」

「……アレ?」

「いやあの、え? つ、晦? 晦~? お前それを……エッ?」

「え、や、着ちゃうの? つけちゃうの? いやダーリンアータ、それちょっと……え?」

「エ?」

「ア、アー……」

「あ、そこでそんなポーズを……、あー……、アー……」

「…………?」

「…………、」

「バハハハハハハハハハハ!!」

「ブワァアアアーーハハハハハ!! ウハハハハハハ!!」

 

 そして、爆笑です。

 ちらりと困惑顔で互いを見て、確認するようにこくりと頷いてしまえば、もはや耐えられませんでした。一瞬間の抜けた、いやらしい意味ではなく鼻の下が伸びた猿ような真顔になったと思いきや、次の瞬間には口から笑いが爆発していたのです。

 何故って、普段は冷静に、周囲の騒ぎを後ろで見守る大人チックな苦労人さんが、少しわくわくした顔でアクセサリや包帯やらを身に付けていくのです。

 そして装備が完了するや、片目をカッコイイポーズを取りつつ片手で隠し、キメゼリフなども言って、マントをヴァスァーと翻したりしているのです。

 ……冷静沈着で、騒ぎを外から見てて、騒ぎの当事者のくせにちっとも痛い目を見ないクールキャラとか居ますよね。そんなキャラが漫画等の中ではかなり嫌いだった二人にとって、彼のこの行動は大変新鮮なものでした。

 もちろん苦労人として振り回されているのを知っている二人ですから、彼に対して不満的感情があるわけではなかったのですが、いざこんな状況になってみれば……やはり笑ってしまうものなのです。

 いろいろな人物がしっぺ返しやら報復やらを受ける中、なんか仕方ねぇなぁみたいな顔で見物しているような存在は、ここにはおりません。居るのは闇の炎に抱かせて消しそうなムーブをしている、でも中途半端に闇系能力を持っていたりする少年でした。

 

「YO! 中井出! 中井出!? なぼっふぉ! よぼっほ! ヨッ……ヨゥヨゥヨゥメェーン! これっ……これってさ!? 意識の方じゃどぎゃんなっとっとね!? キミちゃんと視界は良好じゃった!?」

「一部は思い出せなかったりしたけど、景色は見えてたし声も聞こえてたぞ! つまり───……つまっ、ぼほっ! ぼほーほほほホハハハハハ!! ウハハハハハハ!」

 

 笑い転げる二人。そんな彼らを見て、漆黒に染まった彼は静かにフッ……と笑います。

 

「我が漆黒を前に涙をこぼし、許しを請うか。……人とは必ず心に闇を飼う存在。大なり小なりそれを抱き生きている。その闇が巨大であればあるほど、我はお前らを親しく想い、慈しもう。何故なら───《バサァッ!》我は漆黒の権化! そう……《バッババッ!》我こそが!《ビシィッ!》闇そのものだからだ!《ビッシィーーーン!!》」

 

 不敵な笑みからやさしい笑み。次いで悪い顔ののち、支配者フェイス。

 それからマントを翻してカッコイイポーズののち、なんかナナメなポーズ。それらを奇妙なタイミングでビシビシと取っていく彼の姿に、二人は涙をこぼしながら地面に這い蹲っていました。詳しく言うなら笑いすぎて呼吸困難中です。

 

「ゴゴッ……ゴゴゴゴンゲッ……! “漆黒のゴンゲ”……! 土くれのフーケみたいな異名でゴンゲッ……ゴゴッホホゴボホハハハハハハ! ふぶふははははあはははははは!!」

「やべぇぇへっ……! うぃみゃっ……今、めちゃくちゃカメラほしいっ……! ケータイじゃなくて、きちっとしたカメッ、カメラがぼほふっ! ダ、ダーリンがエッホ! だだダーリンがダダァアボボホハハハハハ!! だだだめだバハハハハハウハハハハハハ!! あひゃぁーっははははは! あ、あー! あーははははははは!!」

「いやお前っ……庇ってもらっといてそこまで笑ぶふぉぉっ! ひ、ひくひょうらめらっ……わらっ、わらうらっ……! さふがにつごもいにわるひっ……ひぶっ……ひっ……ぶふっふふぼははははは!! あははははははは!!」

「ひやっ……あたっ……あたいだってわかっとんのじゃけどっ……! これはさすがに、付き合い長けりゃ長いだけ耐えるの無理っつーか……! ん、んぐっ……ノ、ノー! 親友としてここはやらなきゃなんねー場面! 救ってもらった借りは返すぜ悠介ェ!!」

 

 歯を食い縛って、自分で自分の腿をスボン越しに強くつねりながら、彼はキッと親友を睨み付けました。

 その先には、笑いを堪えながらも“漆黒”になにかを進言する一人の猛者の姿が───!

 そしてそれを聞いた漆黒のモミアゲは、その場で再びマントを翻したりポーズを取ったりを始めたのです。

 

「強者が弱者を虐げない! 合衆ゥウウウ国ニッポンポン!! 歴史の針を戻す愚を! 私はオカオカ犯さない!!」

「このタコォオオオオッ!!」

「《バゴシャア!!》ギャアーーーッ!!」

 

 速攻でモブさんが殴られました。

 裸族の彼が、ザムゥ~と荒野を滑った歴史的瞬間でした。

 

「ななな殴ったねアンタ! ガンスでさえブリーフだったのに、裸な俺を殴ったね!?」

「珍遊記なんて懐かしいモンの話なんざしてねィェーッ!! えーから服着ろ服! あと中二病にかかったばっかの純情ボーイモードの悠介に滅多なコト吹き込むでねぇだよ!!」

「フンッ……お前はそうやって守ってるつもりで、いつだってあいつを一人ぼっちにさせてたのさっ……!」

「なしてここで恋愛漫画とかでありそげなセリフ吐いとーと!?」

 

 そして裸のままです。殴られ、流れる血をグイと手の甲で拭いつつ言う彼は、言ってみたかったセリフを言えた、とあからさまに上機嫌なフェイスをしておりました。

 

「てーかなんで頬殴られたのに頭から血ィ出とんの!?」

「フッ……URのオプション能力、その名も“少女漫画出血”さ───!!」

 

 はい。あの伝説の、頭か口の端からしか血を出さない謎出血です。

 そしてこの状況に心の底から意味がありません。なので「《ドスッ!》ベン!」殴られました。

 

「オーイテテ……で、どうするこの状況。さすがに笑いの波は過ぎたけど」

「いざ村を繁栄へと……! なんて時にこれじゃもんねぇ……」

「とりあえず強い衝撃で正気に戻るのは、僕で実証済みだけど……どうする?」

「殴っべ」

「んだ」

 

 殴りました。容赦なく。冷静沈着キャラ? 当事者なのに外側から物事を見ているばかりの傷つかないキャラ? そんなものは知りません。

 

「《バゴシャア!》ぶぼほっ!?《ボゴシャア!》あぼふっ!?」

 

 まるで往復ビンタをするように、左から右からとそれぞれがテンポをずらして殴りました。するとどうでしょう、ハッとした様子で頬を押さえ、次に自分の服装やアクセサリを見下ろすモミアゲさん。

 

「いってて……! た、たすかった、すまん……ていうかこの服……」

「ホホッ……キミが自分で創造したんじゃぜ……?」

「よく………………似合ってるぜ? 晦一等兵……」

 

 しっかりと殴っておいて、二人は自愛に満ちた表情で漆黒のモミアゲを見つめました。慈愛ではありません、自愛です。私欲に満ち満ちております。

 きっとこれから赤面する姿を見れると思ったからです。

 しかしとんでもない、赤面は赤面でも、彼は似合っていると言われてどこか嬉しそうに、「……いいなこれ」と呟いたのです。

 

「……やっぱダーリン、無自覚中二病症候群じゃったわ」

「え、え? それって悪いことなのか? いや、考えてみれば俺、家では作務衣とかそういうのばっか着てたから、こういうの初めてで……!」

「うわっ! めっちゃピュアな瞳! これ中二とかじゃなくて新しい物に興奮するオノヴォリーさんだよ!」

「ダーリン……有るもので我慢、とか言わずに、きちんと好きな服とか買えって、アタイあれほど言っとったのに……」

「い、いやっ……神社だってあんなところにあるから、金にそうそう余裕があったわけでもないし、俺ばっかり贅沢とかしてられないだろ……。でも、そうか、創造って能力があるなら、創ればよかったんだよな……あ、いや、ここに来るまで、鳩しか出せないって思ってたんだから、そりゃ無理か」

「………」

「………」

 

 先ほどまで盛大に笑っていた二人が、なにやら罪悪感に揺さぶられます。

 けれど楽しかったことは事実なので、“後悔だけはすまい───!”と明日を夢見る物語の主人公のように無駄にキリッとすると、一人は学生服のまま、一人は全裸のまま歩き出したのでした。

 

「ていうかいいからテメーは服着んしゃい!」

「バカヤロー! その服が何処にあるかわからねーから困ってんだろーがーーーっ!!」

「ヌヌ~~~ッ! ダーリソ! ダーリソー!! なにか創造とか出来ねー!? さすがに裸族が一緒だとおじーさま方が驚愕しきり大決定YO!」

「っと、そうだな。あー……」

「ていうかキミもそのじゃらじゃらとしたアクセサリーなんとかならんの!?」

「えっ……だ、だめか? 捨てるのももったいない気がして」

「OH……こげなところでもったいないオヴァケの出現を確認……。そもそもキミね、そげな格好で村さ戻ってどぎゃんするつもりなん? それで舞うん?」

「ぐっく……! そ、そうだな……もったいないけど、これ…………は、どうすりゃいいんだ? 捨てるのはまずいよな」

「外してどこぞに置いとくとか?」

「しかないか……」

 

 どこか残念そうにしながらも、彼は初めて身に付けた漆黒系装備を外していきます。

 

「あ、悠介悠介、いろいろ想像して創造するのも面倒じゃろーし、アタイのイメージ創造して? 中井出用の装備、イメージしとくから」

「っと、そか、助かる」

 

 そのついでとばかりに創造したあるものをモブさんに渡すと、モブさんは歴戦の勇者のようなシヴく、ヌンッ……とした顔になるのです。

 

「いや晦お前これ……」

 

 どちゃりと渡されたそれらは、明らかに薄い木工系のもの。軽量で、なるほど、片手でもひょいと渡せる作りでした。

 余所見をしていても衣服の手触りとかはないので、おかしいなとは思ったものの、相手がモブさんだから安心して渡したモミアゲさんでしたが、

 

「? よく見てなかったけどどうかしたか? 着れるものじゃなかった───と、か……」

 

 改めて、モブさんに渡した創造物を見てみれば、続く言葉が崩れ落ちました。

 何故って、そこには銀色に染められた……木工なのかアルミなのか、ともかく軽量の、けれどやけにツヤツヤした……い、衣服? が、あったからです。

 

「ほれ中井出中井出! アタイが投げるから、それを空中で身に付けながら“ヒョオォオ~~~ッ!”って言うのYO!」

「ロビンアーマーじゃねぇか! お前これ裸の人間に贈る衣服としてあまりにも残酷だろ!」

「うるせー! 裸なくせに目の前に自分の鎧が落ちてても無視して全裸で歩いたロビンマスクのダイヤモンドよりも一段階もろいハートを見習えコノヤロー!」

「ひ、一息でなんてことを! ていうかそれ見習ったらただの全裸の変態紳士じゃねぇか! ストーンヘンジがあった草原から街中の服屋までアゴケツ全裸で歩いた紳士の気持ちなんて計り知れるわけねーだろクズが!! せめてパンツ部分だけでも履いていきゃよかったのに!」

「それは彼が超人紳士だったからだ。人を超えた紳士が人間と同じ感性なわけがあんめーよ」

「だからその時ドロップアウトして人間だったんだよ!」

「バカヤロー! ドロップアウトしたての人間が超人思考からそうそう抜け出せるわけねーべョ!」

「アッ……そ、そうか~~~~~~っ!」

「……提督、考えずに創造して悪かったけど、騒ぐ前に一応でもいいからそれ着てくれ……」

「う、うん」

 

 真面目にツッコまれてみれば、やっぱり素直に恥ずかしかったのか、少年の心を忘れぬ素直な返事で彼は頷きました。

 そうして着ようと思ったロビンアーマーですが、トンガリさんがひょいと奪うとわざわざ離れた位置に立って、それを投げようとしているのです。

 笑顔です。笑顔で「ほいじゃあいくぞーっ!」なんて、大好きなキャッチボールを大好きな父親とせんとする少年のように言っています。

 

「……今、俺とはまったく無関係のテリーマンに確かな殺意を覚えた」

「なんで鎧をバッグごと手渡ししてやらなかったんだろうな……テリー」

 

 そうして投げられた鎧の全てを空中で強引に身に付けるまで、彼は全裸だったといいます。

 「断ってでも強引に奪う選択肢とか、俺が別に創るって方向では考えなかったのか?」と、のちに訊ねたモミアゲさんでしたが、コケまくってボロボロになったロビンアーマーに身を包んだ彼は、「キン肉マン好きにとって、あれは試練だったのよきっと」とピュアな瞳で返されたそうです。

 本来の目的からは逸れに逸れまくっているというのに、男子高校生らはとても楽しそうでした。

 

 なお、ロビン姿で村に戻った彼は、老人達に「ヒィイ王国の兵士じゃーーーっ! な、なんという……! せっかく精霊様が降りてくださったのに、また奪いに……!」と怯えられたため、素直にモミアゲさんに衣服を創造してもらったそうです。


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