【ケース22:最弱有敗のベヒんもス】
それは、三人の馬鹿者の行動を一度じ~っくりと離れて見てみた彼の一言。
『……貴様ら、本気でこの村を発展させる気があるのか』
なんともごもっともな発言だったといいます。
「ホホ……相変わらず愚かよねぇノレっちってば」
「やれやれまったくだぜノレ公。お前本当にわかってない」
彼の言葉に、一人はトッホォゥと溜め息を吐きつつ肩を竦め、一人はありもしない学帽を被りなおすような動作をしつつ、やれやれと息を吐きます。
もう一人であるモミアゲさんは、また始まったよ……と疲れた顔でノレさんを見つめました。勘弁してくれとその目が語っています。
「あんねぇノレっち? そりゃあね? 異世界転移や転生ものっつーたら、転移または転生者一人であーだこーださっさととっとと状況一変させて、キャアスゴーイとか言われるYO? けどYO、だってYOォオ? 考えてもみんしゃい? そげに都合よく、村や街や人々に対しての有益能力ばっかそやつが持ってるわけねーベョ」
「そうだぞ悪魔この野郎。村を発展させるにしたって、村の状況を立て直すにしたって、じゃあこの村に対する最適な行動ってなんなんじゃいって話だろ。個人の意見で俺SUGEEEEってやったって、それってその転生者か転移者にとってのありがたい村なだけで、実際そこに住む村人にすりゃあ急速に変化した順応し辛い場所じゃねーか」
「なして今まで普通に住んでた場所で、“ア、いきなり発展させるからそれに順応しろよ? だってそうじゃなきゃ俺が住みづらいから”みたいな状況に追い遣られなきゃならんの? 普通逆じゃべ? 住まわせてもらってる分際でな~にを偉そうに」
『それらの言葉、とりあえず貴様らにだけは言われたくないと思うぞ』
「なんだとてめぇ! アタイらがいつ偉そうにしたっつーんじゃい!」
「それは学問に対する侮辱以外のなにものでもないぞクラースくん!」
『今だ今! 今こそ偉そうだろうが馬鹿者めらが! というかいつ私が学問を侮辱し……クラースくん!? 誰だ!』
……さて。
本日もやかましい彼らは、今日も村の皆様に癒しの月操力と創造の焚き出しを齎し、大した変化もない日々を迎えておりました。
『ここ数日、貴様らの行動をじっくり眺めてみて思ったのだ……。貴様らは本当に無駄が多い』
「へー」
「ふーん」
『真面目に聞け! なんだ貴様らその態度は!』
「いや……だってさぁキミ、たまたま特殊能力があるだけの人間に、いったいなに求めとんの?」
「多少の異能力がある程度の一介の人間一人一人に、そんな大層な異世界改変なんか出来るわけないだろうが……現実見ろよ」
『あっ……悪魔に向かってなんてことを! 人に姿を見せるのが稀な存在に対して現実説く馬鹿など初めて見たわ! 貴様ら精霊やら悪魔やらをその目で見て、これっぽっちも現実離れを起こさないとかどういう精神しとんのだ!』
「ぶほっしゅ……! キミねぇ、そげな、人と大して変わらん姿で“精霊です悪魔です”言っといて、現実離れがどーとかブホホホホ」
「なぁ……ノレよぅ。お前こそ現実見ようぜ……? 現代社会に生きる高校生なんぞに超人的行動なんて求めるもんじゃねーよ。相手が超人高校生でレヴォルじゃーんな存在ならまだしも、俺達、特に俺は凡人もいーとこの矮小なる存在ぞ?」
『自己評価の粗末さがひどいな貴様! もっ……もう少し自分を良く見せようとかそういう努力をしてみせろ! なにかあるだろう貴様!』
「ほう……あるというのか、この博光に。ならば言ってみろ」
『エッ!? ……………』
「………」
「………」
『………』
「「それみたことかこのクズが!!」」
『待てコラ貴様らぁ!! それはいくらなんでも貴様らが言うべきことではないだろう! むしろ貴様らがそいつのいいところを言うべきなのではないのか!? そもそもの本人! それからその友人!』
「ホッホッホ、現実見とれば中井出になんもねーのは解りきった事実じゃぜ?」
「無知とは悲しいものよな……この博光になにかを期待するなど……」
『………』
「やめろ。やめてくれシフ、そこで悲しそうに俺を見ないでくれ」
いつも通りでした。
焚き出しをモグゥリと咀嚼しつつ、スープを飲めばズズゥと独特の音がなる穏やかな朝。
三人は地道に、あくまで地道に地盤を固めつつ、自然の加護を増やす努力をしていました。
「まずYO? このー……自然の加護? っつーのが逃げ出さんように、テイルズなファンタジア方式で村全体にバリアーを張ったの」
「俺はその時、多少上がったステイトに物を言わせて畑を耕してたぜ。かつては存在しなかった能力で異世界に貢献する……これって一応俺SUGEE?」
「せやね、“あれ? 俺ってちょっぴりSUGEくね? (そうでもありません)”って感じではあったぜきっと」
「おお……初めて俺SUGEEしてしまった……!」
『規模小さいな貴様のSUGOさ! はっ……畑を耕しただけ!? しかも極一部の畑しか耕されてなさそうなんだが!?』
「……多少ステイトが上がった程度の凡人になに完璧さ求めてんだよ……」
「やめろよノレっち……。それ……イジメ、じゃぜ……?」
『貴様らはいちいち向上した能力への期待値が低すぎるんだ!! もう少しなにかを仕出かそうとは思わないのか!?』
「村を立て直して行こうっていう最大のSHIDEKASHI」
「ノレっちよぅ……まず一つ一つやってこーぜ? なにをそんな異世界転生した主人公みたいに急いでんのよ……」
「ハハハハァ~ン? お前さてはあれだろー。SUGOさの片鱗を見せたら、なんか見せ続けなきゃいけない、みたいな強迫観念に動かされちゃうタイプのアレだろー」
「あの生き方ってモノスンゲー窮屈だと思うのよね……なして現代社会の窮屈さとかを味わって、社蓄としての苦労から解放されたがってたのに、自分から窮屈になりにいくのか……」
『………』
「だからやめろ……そこで俺を見るのはやめてくれ、シフ」
頻りに、こいつらどうなってんだ、的な目でモミアゲさんを見るノレさんは、それはもう疲れ切っておりました。
異世界からやってくるコーコーセーなる者は、いつだって夢や希望、野望や欲望に塗れているものなのですが、この二人のなんとも普通なこと。
抱いている欲望野望の思想レベルが低すぎて、悪魔としては頭痛レベルの厄介者達でした。
「あ、ところで村長、これから村を立て直していくにあたって、こうであって欲しい、とかそういうのってある?」
「いやいや……あのままではもう終わっていた村じゃ。ワシら老人は、自分たちの“住み方”さえ否定されないのであれば、どんなものにも順応するだけじゃよ」
「逞しい……」
「逞しいな……」
「あら逞しい……!」
村に生きる長の強さを目の当たりにした三人は、わざわざ一呼吸ずつに逞しいを口にしました
けれどもノレさんは、そんな村長さんの意見とは逆に、少々嫌な予感を感じ取っていたりもします。こいつら相手に、いくら野望のようなものが薄いからといって、そんなことを言ってしまって平気なのか、と。
「ヌームム……ほいじゃあどぎゃんすっべかのう」
「まずはお前らがなにかを降ろすべきじゃないか? 俺はたまたま精霊で、自然の加護とか得られたけどさ、そういう加護があと二つ分得られるかもなら、やっとくべきだと思うよ俺」
「まあ、俺も提督の意見に賛成だ。実際、その……す、SUGEE? っていうのが出来たとして、俺達三人じゃあ限界なんてあっという間に来るだろ。異世界に来て強敵と戦いたい願望があるわけでもない、とりあえずは衣食住の問題を安定化させようって話だろ? 今の段階って」
「おうせやね。したっけアタイも様々な舞いをやってみんことには状況動きそーにねーね。妖精だとか精霊だとかじゃねー、悪魔でもねー、ってことは……アタイ的に言えば死神の舞いを極上に」
「じゃあ晦一等兵はドラゴン的な舞いだな。前から思ってたけど、晦ってなんか物語の主人公とかたまーにやってそーなところあるし」
「あ、それアタイも思った。主人公っつーたらなんでかドラゴンだし、やってみてはどぎゃん?」
「なんなんだよそのよくわからん考え方……ド、ドラゴンの、舞い? どんなだよそれ」
「そりゃオメー、波動拳撃ったり昇竜拳放ったり」
「それリュウはリュウでも路上格闘家だろ」
「ノー駄目ダーリン! そこはストリートファイターってちゃんと言ってやりんさい!」
「まあともかく、そういう気持ちを抱いて舞ってみろって話だろ。この世界って“まっさかぁ♪”が“
「ドラゴ……龍の舞いか」
少し考えて、彼は焚き出しの場から立ち上がり、少しその場から離れてみます。そこで龍の像を創造、龍を意識して舞ってみると、力強く、けれどどこかにやさしさを帯びたような気配を感じさせる紫色の光が、彼の体から龍の像へと流れていきました。
「エッ!? いきなりビンゴ!? ダ、ダーリン……!? てめぇ、いったい……!?」
「晦一等兵の人生に最も近しい存在が龍!? 貴様、いったい……!?」
「雰囲気出して驚いてるところ悪いけど俺も相当驚いてるからな!? どどどどうするんだこれ! 龍!? 俺と最も関連性が!? ちょっと待てどうすればそうなるんだ!?」
「「よし! まずは手の甲に竜の紋章があるかどうか調べるんだ!」」
「ねぇよ!! あるわけねぇだろうがたわけ!」
「「なんだとてめぇこのクズが!!」」
ノレさんは思いました。こんなことになっても本当に平常運転だなぁこのクズども……と。
そんな静かな頭痛を感じているノレさんの視線の先で、龍の加護? が宿った龍の像の瞳部分が、赤黒く光ります。
『……我は龍の息吹を運ぶ者……。汝、龍の加護を欲するのであれば、己の純粋なる願いを届けるがいい』
そして、なんということでしょう、その像の口がメキキと動き、声を発したのです。
「キェエエエエアアアア!! シャッ……シャベッタァアアアアッ!!」
「お、落ち着くのだ彰利一等兵! 原中生徒はうろたえるっ!!」
「だめじゃねーのそれ!」
「バカヤロー! 平凡一般市民として花丸万点だろーが!!」
「アッ、そういやそうだった! アタイ万点!」
「おうさ俺も万点! というわけで……」
「オウヨ! というわけで! ───なにそれスゲェ! エ!? どぎゃんして口とか動いて目ェとか光っとんの!?」
「関心持つとこそこじゃないだろたわけ! いや俺も正直どうなってるのか気にはなるがっ……!」
「バカモン晦一等兵! それよりもどうやって喉を震わせているのか疑問に思うのだ! 声帯どこ!? すげぇ!」
「そこでもねぇよたわけ!!」
ノレさんはより一層に遠い目をしたまま、龍の加護の前でたそがれました。
龍の加護をこの目で見ることが出来るとは、という思いとは別に、ああ……こいつら本当に自由で馬鹿だなぁと。
「じゃあ真摯なる願いとか言ってみろよー! “そこでもない”なら出来るだろ晦ー!」
「えっ!?」
「そうだぜー! できるよなー!」
「ちょっ……ちょっと待て! なんでそこでいきなりイジメっ子の押し付けみたいな状況に進むんだ!?」
「え? な、なんでって……なんとなく?」
「や、やめろよぅダーリソ、そんなアタイたちでも解らんことを急に言い出すの……」
「ほんとノリと勢いばっかだなお前ら! ああでも純粋な願い……!? 真摯な願い……!? って言われたってな……!」
「えーのよダーリソ、龍の加護のご降臨は叶ったのYO、ここはダーリソが本当に願うことを口にしてみれば、きっと龍の加護代表の人も納得してくれるぜ?」
「龍の加護代表の人!? 人なのかこれ!」
「いや知らんけど」
「晦一等兵! ツッコミはいいから願いだ願い! 龍の加護に願う貴様の“純粋”を、今こそ見せてやるのだ!」
「だからそんなこと言われたって急に自分と関連があるとか願いがとか、そんなの浮かぶわけないだろ! だったら提督がやってみてくれよ!」
「エッ!? ───任せたまえよ」
「「切り替えほんと速いなオイ!!」」
叫んでいたと思えば急にキリッと大真面目。
ズシャアと自信満々に歩を踏み出した彼は、モミアゲさんに代わって像の前に立ち、流れるような所作で跪くと、両手を組んで祈りを捧げました。
そう……彼が願う、龍への願い。龍へ届けたい、それが叶うと良いなという想いを、存分に。
すると急に大きな稲妻のような音が鳴り、晴天だった空が曇天へと変わり、その雲が稲妻とともに割れ、そこから巨大な漆黒の龍が現れるではありませんか……!
「オッ……オォオオオオオオオオオッ!?」
「りゅっ……えぇええええええっ!? 龍っていうかあれなんかもうドラゴンっ……えぇええええっ!?」
『ななななにぃいいいいいいっ!? この馬鹿者のことだからどうせ散々失敗してボロクソにけなされるものだと……!』
どさくさ紛れに大変失礼だけど本当のことを言うノレさんを余所に、巨大な龍は雷雲を切り裂き、遠くの空から弧を描くようにしてこの大地のスレスレを撫でるようにして飛翔。浮き上がると風を吹き飛ばすように翼を広げ、空中で止まります。
「デッ……デデデッ、デデデデデケエェエエエエッ!?」
「龍っ……ドラゴッ……えっ……ど、どどどどどうする!? ていうかなに願ったんだ提督! なにをどうすればこんなっ……」
混乱する二人を前に、願った本人はうっすらと笑みを浮かべるばかり。
立ち上がると一歩を下がり、もう一度跪くようにして礼をします。
『我が名は真龍王バハムート……。汝の真摯なる願いを受け、召喚に応じた……』
「「───」」
『───』
そしてそんな自己紹介を受け取ると、トンガリさん、モミアゲさん、ノレさんはビシィと固まるのでした。
「バハッ……バハムル!? バハムルゥウウウッ!? テンメ中井出マジでなに願ったん!? どうすりゃD&Dとかスクウェア系やってなけりゃあなかなか“バハムル=龍”に辿り付けないような状況に持っていったん!?」
「え? どうやりゃって……“今年こそ、とっくりが揃いますように”って心の底から願っただけだけど」
「提督!? ふざけてる場合じゃなくて!!」
「いやいやほんとだって、とっくりが───」
「とっくり願って真龍王っていうのが出てくるかよ真面目にしてくれお願いだから!」
「バカヤロー! 龍でとっくりって言ったらバハムートに決まってるだろーが!!」
「聞いたこともないわたわけ!! あ、彰利!? ないよな!? 冗談だよなこれ!」
「え? いや、なんか理由聞いたらアタイスッキリ。とっくりじゃしょーがあんめーよ、これ常識だぜダーリソ」
「本当なのか!? ほんっ……え!?
とっくりはとっくりです。とっくりが揃いそうになる時、物語は始まるのです。