【ケース23:トクホのドクターペッパーが欲しい人】
ともあれ召喚したからにはなにかをせねばと、跪いたまま彼は告げます。
「真龍王殿、ようこそおいでくださった。わたくし、平凡一般市民にしてクソザコゴミムシの中井出博光と申します」
『うむ。汝の真摯な想い、確かにその像を介して届いた。残念ながら想いだけで、内容までは解らぬ我を許してほしい』
「トンデモナイ! おいでくだすっただけでありがたいことです」
『ふむ……時に召喚者よ。なにも会いたいだけが故に想いをぶつけたわけではなかろう。我になにを願う。何を望む』
「ハッ。見ての通り、この村は王国の搾取により命の灯火を日々散らしている状態。どうかこの地を守護するため、これなる者と契約してほしいのです」
『これなる……? ほほう』
「っ……」
威圧と威厳となんかよくわからない存在感と、今にも吹き飛ばされそうなほどの風圧の中、モミアゲさんは自分を見る真龍王を見上げます。
家系の都合で幽霊などはよくよく見たこともあった彼でしたが、こんな状況は初めてです。むしろこの提督はどうしてこんなにすらすら会話出来るのかとツッコミたいところです。
『なるほど、龍の加護を得たのは貴様であったか。召喚者はそやつ、加護はそやつ、役割を分けてまで儀式を成功させたと。……ふふっ、いや。たった二人でこの真龍王に想いを届けてみせたと驚くべきだな。人も、まだまだ捨てたものではない』
コルルル……と重苦しい微笑を響かせる龍を前に、モミアゲさんは息を飲み、モブさんは唾を飲み、トンガリさんは───
「あれ? アタイは?」
役割の中に自分が居ないことに困惑しておりました。
『黙っていろ貴様は……!!』
「だってYOノレっち! ……アッ」
「……? な、なんだその目は。顔は! やめろ! 馴れ馴れしく腕を回してくるな!」
仲間はずれが嫌だった彼でしたが、ノレさんもそうであることを認識すると、ポピーザぱフォーマーのポピーのあのニヤケ面をしてノレさんの首に腕を回しました。そしてわざわざ顔を覗くようにしてニィイコォオオと微笑みかけてくるのです。真実うざったらしいです。
『いいだろう、どうやら貴様は龍と深い関わりがあるらしい。呼ばれた時点で契約をするつもりではあったが、心も下衆に傾いているわけでもないとくる。気に入った。では契約のための触媒を用意してもらおう』
「しょ、触、媒……?」
威圧に飲まれないように腹に力を込めながら、どうにかモミアゲさんが返します。
触媒、と言われても。その像ではだめなのか? と言わんばかりに。
『その像は既に加護が埋め込まれている。我と契約するのであれば別の───そうだな。龍である我でも美しいと思える何かを用意してもらおう』
「では彼のモミアゲで」
『いいだろう』
「「『いいのかよ!!』」」
美しいもの、を即答で返したモブさんと、あまりにあっさりとした了承に、モミアゲさんはもちろん、トンガリさんもノレさんも大驚愕。
言っている間にモミアゲさんのモミアゲがゴカァアアアと輝きを秘め、そこへ近づいても見上げるほどの巨体のバハムートが、ズキュウウウンと己の体を霧状にしながら消えていくではありませんか。
その姿を見て、モブ提督さんはハッとして両手をバッと翳しました。ご丁寧にモミアゲさんの隣に立った上で。
「まっ……魔封波じゃーーーっ!!」
「アッ! ずっけぇぞ中井出この野郎! アタイもアタイも!」
巨体が吸い込まれるようにモミアゲへと消えていく中、モブさんとトンガリさんがすかさず取った行動は、なんと魔を封じる奥義の構えでした。
モミアゲさんはさすがに絶叫。大きさにして10m以上。浮遊島だと言われれば頷けるほどの巨大な龍が、自分のモミアゲに消えていくのですから当然です。いっそ、自分が押し潰されるのでは、なんて錯覚さえ覚える勢いだったのに、それらはモミアゲに消えていくのですから。
やがて風が奏でる音が消えてゆくと、モミアゲへと消える巨体も全て消え。黒い髪の中、モミアゲの部分だけが紫を煮詰めた深い深い紫色になった彼だけが、呆然と空を見上げたまま残されました。
「お……お、ぉおお……ハッ!? おおおや、やったな晦一等兵! 龍の王さえ認める美麗なモミアゲだ! なんか、ええぇっと……や、やったな!」
「オ、オウヨ! これでダーリンもクラスチェンジYO!! バハムルっていやぁFF1だとクラスチェンジ用の龍だったし!」
「ていうか……」
「お、おほお……!」
二人はモミアゲさんのモミアゲを見て、ごくりと喉を鳴らします。
なにせ今まででも美しいと感じていたモミアゲが、さらに存在感を増したような……なんだかそんな感じがするのです。
先ほどまで上空の景色を埋めんとしていた龍の王の威圧が、モミアゲから放たれている……そう言えばなんというかそのー……伝わるのでしょうか。
「ば、馬鹿な……! モミアゲだけでこれだけの威圧を……!」
「これもあの少年の……! セインの力なのか……!」
「誰だよ」
「え? 知らん」
「特に意味などないです」
「……ていうかな、あのな、二人とも」
「おお、どした?」
「なんじゃらほいダーリソ」
「……威圧感、あるよな? 俺の髪から」
「そだな、めっちゃあるな」
「オウヨ、もうモミアゲ様って敬称で呼ばなきゃならんくらいには感じておるYO」
「……それ、俺超至近距離でずーっと受けてるわけだが」
「アッ……!」
「ア、アアーーーッ!!」
「「じゃ、行こう」」
「待てこらぁっ!! どっ……どうするんだこれ! こんなの一日かからずストレスで胃に穴が空くぞ!?」
「やったな晦一等兵! 世界初だ!!」
「これっぽっちも嬉しくないんだが!?」
「つーても契約したの悠介じゃし、威圧を押さえてェ~ンって命令かお願いかしてみれば?」
「あっ……そ、そうだな、そういえばそうだ、契約、したんだもんな。よし、ん───」
モミアゲさんが目を閉じて集中します。きっとモミアゲに宿るバハムルに、威圧感を解いてくれとお願いしているのでしょう。
そんな彼をよそに、モブ提督さんとトンガリさんは小さく話し合います。
「そういや僕思ったんだ」
「なになに中井出」
「龍の王がここに居るよね? 加護ごときが願いを受け取る力を持ってるなら、龍本体なら願いとか叶えられちゃったりするのかなぁって」
「オー、GODにお願いを届けるみたく? そりゃちょほいと興味あるかも」
「うむ。というわけで───“龍の王様お願いです。トクホのドクターペッパーを世に解き放ってください”。“それがダメならオールゼロのドクターペッパーでもいいんです”」
「そういやサイダーのゼロはあっても、お医者さんペッパーにはトクホとかゼロってなかったよなぁ……デカビタシリーズでさえゼロ出たのに」
「人が状況なんとかしようって時になんでドクターペッパーの話してるんだよお前らは!」
「ぼ、僕の勝手だろ!」
「そうよダーリソ! 人は選ぶけど好きな人にゃあたまらんのよお医者さんペッパーってば!」
「……あのな。ゼロカロリードクターペッパー、あるからな?」
「エ?」
「…………え?」
「あっ……ハハハハァ~ン? どうせ外国産だってオチだろぉお~~っ」
「いや、国産。ドクターペッパーダイエットって名前だ」
「「なに!? マジかテメー!!」」
「いや……それより威圧感をなんとかするのを手伝ってくれないか? 願ってみてもどうにも届いてないみたいで───」
「バカヤロー! そんなことよりドクターペッパーだ!」
「そうYO悠介! お前こんな時になに言ってんだ! なにっ……なに言ってんだよ! 頭おかしくなっちまったのか!? 今はそんなことよりお医者さんペッパーっしょが!」
「バカヤローもなに言ってんだもこっちのセリフだ馬鹿野郎!!」
「なんだとてめぇ!」
「このクズが!!」
「この場合どっちがクズだ! いいからちょっと手伝ってくれ!」
「ちぇーっ、貸しひとつだかんな一等兵この野郎ー」
「まったくダーリンったらわがままなんだからぁー」
「こんなんで貸し作りたくもないわ! なんでドクターペッパーと天秤にかけられてるんだよ俺の胃!」
『………』
もはやツッコんで巻き込まれるのも嫌なノレさんは、静かにたそがれ、思うのみです。
……話、進まねぇ。