ボケ者どもの理想村(ムラビディア)   作:凍傷(ぜろくろ)

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『売られる仔牛に転生したら実は最強でした』……ないな、うん。

【ケース08:ドナドナドナドナドナドナドナ! ドナータレナータ!】

 

「よし、じゃあ田圃は晦一等兵に任せるとして。俺達は畑でも耕すか」

「汗水たらしてエン・ヤコラだぁね。そういや中井出、えんやこらってどういう意味だっけ」

ぬ、ぬう……エンヤコラ……

「し、知っているのかライデン」

う、うむ……で、伝説の話だとお、思っていたが、よ、よもやじ、実在するとは……

「……男塾ってどもりすぎよね。つーか再現せんでもえーからさっさとお言い」

 

 ◆エンヤコラ

 古くは掛け声として知られる“えい!”から発生した言葉。

 えい! やあ! が合わさり“えいやあ!”⇒“えいや!”となる。

 しかし“えいや”は地味に喉に負担をかけるため、喉への力も腕や足に飛ばすため、負担をかけない“えんや”に発展した。

 では“こら”はなんなのかというと、実際は“えんやこら”、というよりは“えんやこらや”や“えんやこりゃ”などが使われている場合が多い。

 民謡などでは特に“こらや”と言われているものが多いらしい。

 でもなんで“こら”なのかはやっぱり謎である。

 古くからコラは叱る際に力がこもるので、そのための掛け声になったのではないかと実しやかにささやかれている。

 じゃあなんで“こらや”なのかは、場所によっては“えんやらや”だったりするので掛け声ってそんなもんだよ、力が入って合図になりゃあ、「ゥエクスペクトッ・パットゥォルォッンナァーンムッ!!」でも全然いいわけです。

 *神冥書房刊:『エンヤ婆がJ・ガイルを叱る時はコラと怒ったそうである。まあ嘘だが』より

 

「ところで彰利、なんか今雷電の発音が毒霧吐きそうなSNKプロレスラーチックに聞こえたんだけど」

「毒霧じゃなく豆知識吐き出せっつー配慮YO」

「なるほど豆知識」

 

 納得したところでそれぞれの行動が始まります。

 しばらくは行動に没頭するため、準備運動をしたり鍬の持ち方を確かめたり、やがて腕を動かして自然と触れ合ってゆくのです。

 シャコッ、ザゾッ、ゴギッ、ジャコッ、ザクザク……

 石混じりの土に鍬が入ると鳴る独特の音を耳に、今日も蒼空の下、少年たちは動きます。

 

「彰利彰利ぃ、いーから聞けってばよぉ!」

「なんだよもー、さっきからうるせーなぁ」

「俺今考えたんだけどよォ。みんなが知っていて当然のことをふかーく考えるってことはよー、心をほんのちょっぴりだけど豊かにすることに繋がるからよおー」

 

 トンガリさんが土仕事をしていると、クワを持ったモブさんが声をかけてきます。

 さっきからとは言いますが、話題を振ったのは畑仕事をしてからは初めてだったりします。なにせ先ほどの“豆知識”が頭から離れなかったもので、くだらない話でも豆知識っぽくしてみたくなったのです。

 

「……ドナドナってあるだろ? あれってさあ、いかにもカワイソ~な感じに歌ってるよなあー? けどさー、あれって結局市場に売られていくってだけで、仔牛がどうなるか! なんてことはこれっぽっちも語ってねぇわけよー!」

「ホ? ホー……あ、そういやそうじゃね」

「で、俺は思うわけよ! 市場に持っていく前に解体するわけでもなし! 肉になっているわけでもなしッ! じゃあただ仔牛として売られるだけで、なんでカワイソーって決めつけるのか! 仔牛を買う人が牧場主だったら、べつにそこまで不幸だなんて思わんよなあー? “牧場始めようと思うんですけど仔牛もなにも居ないんですッッ!”なんて言うならよぉ~、べつに買われることにいいも悪いもねーよなぁ~っ? 大体よぉ、なんで仔牛なのかも考えるべきだろー? 食用にするってんなら仔牛である必要なんてないわけだ。他にも食用に出来る生き物だっているわけなんだからよおー。牛・豚・鳥ィィーッ」

「オウヨ、そりゃそーだ」

「一方でじゃあなにが悪いかっつーとよおー、やっぱ曲調っつーの? あれが良くねぇって思うわけよ俺はさー。もっと元気な曲調で、売られていく仔牛を題材に歌ってみりゃあさー、“あ、やべぇ、これ仔牛絶対楽しく暮らせるわ買われた先でッ! ギャハッ!”って感じになるわけよぉ! 大体売られるから悲しいとか、そんなのは決めつけていいことでもないだろー? 異世界ものとかでさー、奴隷が買われた先でなにがあるよ。なんかやたらとちやほやされるとか綺麗になるとかそういうのばっかじゃあねーか」

「じゃけんども食用になる可能性だってあるわけっしょ?」

「ばっかそこだよそこ! そこなんだよなあ~~~っ! ほら。………………悲しそうな瞳で見てるだろぉ? 歌詞でそう出てるよなぁー? 異世界もので売られた奴隷が悲しそうな瞳で見てると、後で待ってるのは何よって話だよ! 俺達異世界に居るんだぜー? はいどうぞ!」

「どんでん返し……じゃね。このお子はこっからキツイ奴隷人生を送るんじゃろうなぁ~って思わせといて、買ってくれた主人公とかからめっちゃ甘やかされる、とかそげな定番!」

「そーだそれだよ! つまり結論ッ! ドナドナは曲調がアレだからカワイソーに聞こえる! 仔牛乗せた荷馬車がゴトゴト市場に向かってるからなんだってんだってこと! 可愛いってんならよぉー、いいんじゃあねえの~~~っ? 可愛い上に悲しそうな瞳で見てる! こりゃ異世界なら幸福フラグってやつだろーがぁ! どーだ俺が考えたこの意見!!」

「……なんか言われてみればそげな気がしてきた。でもスゲー時間の無駄してるってのもよーくわかったわい」

「しょーがねぇだろ俺ほんとやること少ないんだから! ほんのちょっぴりだけグイード・ミスタっぽく語ってみたかったんだよ!」

 

 けれども確実に、自然の加護が聖域のバリアで満たされつつあるこの場では、動けば動くほど、働けば働くほど地味に筋力は上がっておりました。

 たとえ今が激烈クソザコ一般人だとしても、一ヶ月もすればただのクソザコあたりにはなれるかもしれません。

 

「しかしさあ、人で目指せる究極系ってどんなのだろうね。俺みたいな凡人より凡人してる博光が目指して辿り着ける理想形とかって」

「そりゃオメー……」

「………」

「……誰?」

「そこは嘘でも範馬勇次郎とか言ってほしかった……」

「才能ねーのに範馬とか無理じゃべよテメー。刃牙の名前が範馬勇三郎って名付けられるくらいに奇跡的じゃぜ?」

「勇一郎、勇次郎と来て、なんで刃牙だったんだろうなぁ。まあ才能あっても範馬は無理か。普通に考えりゃ、サムワン海王レベルにも勝てないのが現実だもんなぁ」

「そゆこと。究極系っつーても到れるレベルなんざタカが知れてるってやつじゃよ?」

「FUUUM……そうなるとさ、ドリアードと一緒に居るらしい俺って、どんな感じなんだろ」

「オッ、そりゃ確かに気になる。ドリャードが好きになるほどじゃて、なんぞか琴線に触れるなにかがあったやもじゃけんども、それ以外にもなにかがあったに違いねー。つーわけで眠らせるからちと訊いてきて?」

「エ? いや、もう警戒とかされてるわけでもないんだから、ノレさんに訊いてみれば───アーーーッ!!」

 

 問答無用で能力で眠らされました。

 しかもここは畑だったので、耕し途中の畑へと顔面からザムゥ~と倒れます。

 

「ゲゲェしまった! せっかく耕したのに!」

 

 そしてまったく心配されない彼もまた、いつも通りでした。

 さて、そんな状態でも眠りを続行する彼はといえば───夢の中。そう、夢の中におりました。

 足元にゆわりゆわりとドライアイスの煙のようにうごめく霧があるそこを、夢であると確信したままその場に居ました。

 さて、そんな夢の先に、当然のように美しい女性、ドリアードが居るわけですが───

 

合衆国ニッポン!!

『!?』

 

 まずは挨拶として、マントを広げるようなポーズとともにそう叫びました。もちろん相手にはなんの真似だかわからないわけですが。

 

「えーと、ドリアードさーん? 実は今日は貴様に訊きたいことがございましてー」

『!? !?』

 

 さっきの合衆国ニッポンになんの意味が!? と困惑しているのをいいことに、彼は話を進めます。

 

「えっとさ、そっちの僕ってどのくらい強いの? 人間の限界とかってよく知らねーけど、やっぱりバハムルとか居るんだったらそっちの方が強いよね?」

『………』

 

 あっさりと首を横に振られます。思わず「エッ!?」と戸惑いを口にしてしまいますが、すぐに口の端からよだれを垂らし、それを拭いながら「ははぁん俺を騙すための嘘に違いねー。そーだそういうことにしとこー」と心臓をドキドキ高鳴らせました。

 

「じゃあそのー……精霊様よりは弱いよね? 世界最強の精霊様とか居たら、それより」

『………』

 

 再び首を振られます。

 

「ウフフ……嬢、自分の想い人を最強だと思いてー気持ちは解らんでもねーけど嘘はよくないよ?」

『!?』

 

 嘘じゃありません本当ですとばかりに身振り手振りをしますが、彼はよだれを垂らしながら「うそくせー、な~んかうそくせー」と決して信じようとしません。

 何故って自分なのです、そんなに強いわけがありません。自分が未来において辿る道があるとして、世界最強になるだなんて誰が信じましょう。

 そんなことを信じたらどうせ勇者みたいな生き方を強要されて、散々利用された挙句に一人寂しく死ぬのです。そーに違いねーのです。

 だから彼は信じません。“ラリってんじゃねーよタコ! バーカ半べそフケヅラ!”とか言い出しそうな雰囲気です。

 そんな彼に誠心誠意強さを伝えようとするのですが、どうにもこうにも声が聞こえません。

 ますますよだれをこぼして「うそくせー、な~んかうそくせー」とニヤニヤする彼に、ついに顔を真っ赤にして涙をこぼした大精霊様は自然を操り、彼をボコボコにするのでした。

 

ぎょよわぇあよぉあおがァアアアアアアアッ!!

 

 容赦無しです。

 伸びた葉の数々が剣のように彼を斬り、伸びたツタが鞭のように彼を打ち、伸びたタケノコが彼の黄金をゴチャアと強打すると、たまらず彼はアォオオオオと絶叫しますが、次いで地面から超速度で生えた巨木が彼を空へとカチ上げると、その勢いのままに彼は目覚めたのです。


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