【ケース09:なんで勇者って剣なんだろう。モンキースパナの勇者とかダメなのかな】
「おひゃあいっ!?」
ビビグゥッと跳ねる体と、激痛を覚えている体。
耕された畑の横に寝かされていたらしい彼は、ドキドキ高鳴る心臓を鎮めるように胸に手を当てて、「フゥー夢か」と安堵の息を吐きます。
「YO中井出、話はついたかね?」
「うむ。夢見ただけで終わった」
「ホイ? 話は?」
「ドリアードが出てくる夢を見た」
「………」
「………」
「中井出YOォ……ボッコボコにされて男として悔しいんはまぁ解るから、話進めンべ」
「………」
友のそんな言葉に、彼はホロリと涙したのだそうです。
「えっとね? ドリアードがね? 夢の中であっちの僕が世界最強だなんて嘘つくんだ。だから僕、うそくせー、な~んかうそくせーって必死になって否定しまくったら、なんか自然操って僕をボコボコにしてきたんだ」
「……そりゃドリャードが悪ィイーよ。中井出が最強とかすぐバレる嘘で期待持たせようとか激烈外道にもほどがあるゼ?」
「だよね!? 僕悪くないよね!?」
「オウヨ! 今回ばっかりは中井出は悪くねーべョそりゃあ! ダーリンちょっとダァーリン! ちょほいと聞いておくんなまっしまし! ドリャードさんたらヒデェーのYO!」
こんな悲しい事実を親友にも知ってもらおうと、トンガリさんは田圃の準備をしているモミアゲさんに向けて声を張り上げます。
けれどもモミアゲさんは大忙しです。なにせ張った田圃の水にて、ホウネンエビとカブトエビが孵るか否かの実験中なのです。
「っと、どうしたー!? こっちはちとホウネンエビとカブトエビの卵が孵るかの実験中なんだがー!」
「自然の精霊さんに物申してーのYO! ドリャードさんたら、あっちの世界じゃ中井出が全生命体の中で最強だーとかぬかしょっとよ!? いくらアタイらがそういう方向にまだまだ無知じゃからってこりゃヒデーべョ!」
「あー……彰利よぅ。その、向こうの提督ってドリアードの恋人なんだろ? 恋人が一番強いんだって思うことくらい許してやったらいいんじゃないか?」
「そりゃアタイも思ったけんどもね!? それを理由に中井出が夢ン中でボコボコにされたらしーのYO!」
「提督の否定の仕方がクズすぎたとかじゃなく?」
「ホ? ただ“うそくせー、な~んかうそくせー”って否定し続けただけらしいぜ?」
「言っちゃなんだけど、ムキになってる女子供に対して、それって相当キツい否定だと思うぞ? だからってボコボコにするのはどうかと思うが」
「むぐっ。確かに子供にやるにしちゃあヒデェかもしれねーけどさ? でも精霊様アタイらよりモノスンゲェ生きとんのよ?」
「それなんだよな……ああ、うん。じゃあもし、もしで考えてみよう。あっちの提督が奇跡的に最強だったら?」
「おいおい悠介頭大丈夫?」
「お前やべぇよ晦……相手俺だぜ? 強いわけねぇだろ」
「あんたはもうちょっと、ほんのちょっぴりでもいいから自信持とうな提督!」
もしもさえ在り得ないくらいに雑魚認定されているのですから仕方ありません。
しかし何度も深呼吸を繰り返すと、じゃあ、と前提を変えてみます。
「じゃあ、うん。僕が奇跡的につえー世界があったとして、だよ?」
「オウヨ」
「ああ」
「……ドリアードみたいに“ワテクシの恋人強い”とか自慢したい?」
「ネーワ」
「いやだから待て待て待て! また前提がおかしくなってるから! そもそも自慢されたのか!? 訊かれたから答えただけじゃなくて!?」
「………」
「………」
「………」
ドスゴスガスゴスガス……! モミアゲさんとトンガリさんの陣内流柔術先勢拳“
「いてっ! いててっ! なんだようやめろよぅ!!」
「ほいじゃ、中井出が平行世界最強だったとして、どげな人生歩むんじゃろね?」
「きっと今とそう変わらない人生だと思うな僕。だって僕だもの」
「……まあ、提督だしなぁ。ところでなんだってそんな話になったんだ?」
「人が目指せる究極系の話をしてたんだ僕ら。ファンタジーで頑張ればクソザコ博光な僕でも範馬博光郎になれるかなって」
「語呂悪いな……誰だよ博光郎」
「とりあえず中井出はYO? もうちょい武器っぽい武器かスキルでも手に入れなきゃ強者への道はねーと思うぜ?」
「武器とスキルかー……」
「得意な武器とかってありそうか? 使ってみたい武器、とか」
「えっ!? ぼ、僕かいっ!? えへへ僕はねーウフフ」
「おっほっほ、もったいぶらずに言えって中井出この野郎」
「でもしっかりそういうのがあるっていいことだよな。むしろなんで今までそれを求めなかったんだって話だけど───もしかして手に入りづらいものとかなのか?」
先ほどまで鉄菱でドスゴス殴られていた彼は、今度はうりうり~、と肘で軽く押されるように促されながら、けれども少年の心を忘れぬ目を輝かせ、やがて言うのでした。
「僕、鈍器が欲しいんだっ……!」
……そして沈黙が訪れたのです。
「剣と魔法の世界に降りて目を輝かせながら求める武器が鈍器って……」
「フツー男ってやつァ~剣とか求めねーかね? 聖剣ヴァヴィヴェヴァヴェヴォーとか」
「ちょっと待て彰利。……なんだその凄まじい名前の剣」
「ホ? やぁねェダーリソ、聖剣とか伝説関連の武器っつーたらなんか知らんけどヴァ行の文字が入るもんっしょ?」
「そんな行、聞いたこともないんだが」
「異世界やラノベ界には何故か存在するんじゃよ。ちなみに中井出が欲スィー鈍器ってどげなもん? やっぱハンマー?」
「え? そんなの聖剣に決まってるじゃないか」
「はいちょっと待とうね中井出この野郎。……聖剣で、なして鈍器? ───ハッ!?」
「うむ! さすがは彰利一等兵! その通りである! というわけで、それまでに鈍器系のスキルとか欲しいんだ。どうだろう」
「ええねええね! そりゃあアタイもぜひとも手伝いてー!」
「お、おい? どういうことだ?」
「おっほっほ、ダーリンもちぃと考えればわかるって。ちょほいとまだ発想を向ける方向が整ってねーだけYO。えっとね? ゴニョゴーニョ・ゴ・ゴニョリ・ゴニョリータ」
「……そうなのか!?」
「そうそう! よくあることYO! じゃからまずは中井出に鈍器系スキルを覚えさせんのYO! 激しくYO!!」
「よ、よし! なんか想像してみたら面白くなってきた! 提督、俺にも手伝わせてくれ!」
「ンもォちろんさァ☆」
こうして、彼らは再び、どうせくだらないであろう目的のために立ち上がったのでした。
「よし! ではこれよりミッション:中井出博光
「「サーイェッサー!!」」
「心の準備も出来ておるか!」
「「サーイェッサー!!」」
「決して諦めずに立ち向かう覚悟は出来ているか!」
「「サーイェッサー!!」」
「うむよし! では各員胸に覚悟を叩き込んだ上、ミッション開始とする! イェア・ゲッドラァック! ライク・ファイクミー!!」
しっかりと大号令をして、「「Sir! YesSir!!」」と叫んだのちに。
……。
ドントコ・トココト・スッコロコンコン・トトンッ♪
ドントコ・トココト・スッコロコンコン・トトンッ♪
「ウガレビ・サレツズォ・ラヴェルズェ・ホヴァッ……!」
「ウガレビ・サレツズォ・ラヴェルズェ・ホヴァッ……!」
「……で、大号令してから急に部族っぽい太鼓を出してくれ、なんて……どうしたんだ?」
「ウホレヒ!」
「ウホレヒ!」
「ウホレヒじゃないだろたわけども」
「おかしなことを訊くなぁ晦一等兵。これからすることが上手くいくようにって、GODに祈りを捧げているんじゃあないか」
「どこの部族の神だよ!」
「いや、何処とも知れねーGODョ? なにせアタイらが即興で作ったリズムじゃし。なんか奏でときゃあどこぞの妖精でもGODでも来てくれるやもデショ? なにせ踊っただけで精霊だのが訪れる世界じゃけぇ」
そんな理由で、二人はリズムよく足の間に置いた太鼓のようなものを叩きます。どこぞの部族が両手でポコポコ叩いてそうなアレです。男ならば一度は叩いてみたいものですよね。
と、そんなことをしていると、なにやらその場に人ではない反応がありました。
「ぬ、ぬうこの気配はッ!」
『……なにやら心地よい音が聞こえる』
「ノレっちじゃねぇかよ!!」
『うん? なんだ貴様らか。なにやら耳障りもよく心の落ち着く音を聞いたと思えば……なんだ? また悪魔召喚でもしているのか。なるほど、これならば相当な高位悪魔も誘われてくるだろう』
「…………!」
「…………!!」
どうやら二人は本気でGODに祈りを捧げていたようで、まさか悪魔の太鼓判付きで“高位悪魔を召喚出来る”と言われるとは思いもしませんでした。
「そうだ《どーーーん!》」
「提督! 会話の前後が微妙に噛み合わさってないからとりあえず胸張ってみるのやめろ!」
「そ、そんなことないやい! 僕悪魔呼ぼうとしてたんだもん! 今にきっと、ノレさん以外の高貴なる悪魔がやってくるもん!」
『……ほね? なにやら心地よい音が聞こえた気がしたけど気の所為ほね?』
「死神来てるじゃねぇかよ!!」
「ぼぼぼ僕GODって言っただけだもん! 死んでるGODじゃないなんて言ってないもん!!」
とりあえずモブさんへのツッコミもそこそこに、状況を説明してノレさんとナムさんには戻ってもらうのでした。
そうして一息つくと、モミアゲさんはじとりとモブさんを見て、思わずダハァと溜め息を吐いてしまいます。
「よーするに提督と彰利は、どんな加護を持ってようと基本的に悪側のものを引き寄せるセンスしかないわけだな……」
「ケッ、まるで自分はそーじゃねぇみてぇな言い方しやがってよォオ~~~ッ」
「どォオオォ~~~せ自分でやってみたら悪魔とか招くんだZEこのモミアゲ野郎めがYOォオ~~~ッ」
「お前らほんといちいち人を悪者にしたがるなまったくもぉおお……!! じゃあわかった、その太鼓使って祈りを捧げればいいんだな?」
「オウヨ!」
「あ、ちなみに晦」
「ん、お、どした提督」
「亜人とか神とかなにかしらが降りたら高い確率で女だから気をつけろ」
「真顔で何を言うかと思えば!!」
「オォやべぇ、アタイとしたことがその可能性を忘れとったYO……! お、オーケーだ悠介、早速祈りを捧げてみてくれ。その間、アタイはこの間悠介に創造してもらった塩を煎っておくから。月醒力と月聖力と月清力と月鳴力をふんだんに込めた超・清めの荒塩じゃぜ? ……っと、まあ月然力・火と一緒に使えばす~ぐ出来るんじゃけどね。ほれ、どぎゃん?」
「へーこれが。触った感じはふつーに塩だな。おお熱い。……粗塩? だっけ? 目が粗い、とかの」
「んや、荒塩。こう……荒れる、って書く方の」
「強そうだけど清められなさそうじゃない?」
「じゃーじょーぶじゃーじょーぶ。バキのガイアみたいに砂投げの要領で投げれば、大体の悪霊とかは滅ぼせるぜ?」
「悪魔は?」
「悪魔にゃやったことねーねぇ」
「グムー、そうか」
ふむと頷いた彼は、そんな荒塩を持ってとことこと歩きます。
そして先ほど帰されたノレさんを発見すると、
「…………あ、ちょっとノレさんノレさーん」
と元気に声をかけるのです。
それに気づいたノレさんは、振り向き、浮きつつ近寄ってきます。
『ぬ? なんだ貴様』
「砂かけばばー!」
『《バサー!》ぶわっ!? 何をする貴様ァアーッ!!』
「《バゴォッシャア!》ギャアアアアァァァ……!!」
いきなり熱々の塩を投げかけられたノレさんは、それはもう大激怒しました。
顔面をすこぶる殴られたモブさんはドゴシャベキャゴキャズザァーアアアと地面を転がり滑るほどの勢いで飛び、少し痙攣したのち動かなくなりました。
「いやノレっち……なにもそげな力の限り殴らんでも……」
『やかましい! 先ほどまでいい気分だったというのに今度はなんだ! 塩!? 塩を投げたのか悪魔に対して!』
「オウヨ、投げてたね、中井出が」
「さりげなく用意したのは自分だってことぼかしつつ提督に丸投げしたなオイ……」
「でも投げたの中井出じゃし」
「まあ、質問の答えにはなってるよな、投げたし、投げたの提督だし」
そうして落着をつけると、三人は今度はモブさんを話題に話を広げていきます。
そういえばいつかの日、中井出がYO~、なんて言葉から始まって、中学時代の話題を中心に。
それはそれは懐かしくも楽しい話題であり、時にノレさんからツッコミが入り、思い出となれば楽しいばかりの日々にモミアゲさんが声を出して笑い、トンガリさんが様々を思い出しながら語っていきました。
……そんな風に話し合う三人から離れた位置で、件のモブさんはディオの膝蹴りをくらったダニーのように、倒れたままピクピクと痙攣しておりましたとさ。