【ケース13:ムラーベィトを目指して】
そうして、転移初日から続いた戦のための訓練を初級中級上級とこなしつつ、蔵書を借りては読みを繰り返して知識と経験を積み続けました。
「フハハハハハ……! 身体が軽い! もはや恐れるものは無し!」
「Sì、指輪の媒体だけでブースト・アシスト系は無詠唱で同時に発動できるようになった」
「なにそれずっこい! 妹がずっこい!」
「絆も人のこと言えない。もう無意識に加速とか硬化とか使えてる」
「どうせMP自動回復するなら、漫画とかに倣って常中は基本でしょうともさ!」
思考の回転も運動能力も元々高かったことも手伝って、勇者と賢者というジョブ効果も手伝って、飲み込みも早く成長も早いので、とても順調といえます。
黒髪清楚系と見せかけて元気っ子な彼女は、妹とともに修練場を駆けます。勇者はともかく賢者ってこんなんだっけ……と思うほどの速度で駆けております。
「青い空の下でー!」
「絆、長剣を紐で繋げてヌンチャクみたいにするのは危険」
「模造剣だから大丈夫! うーん、でもそろそろ剣閃とか、技みたいなのが欲しいよね。剣閃と言ったら、棒状のものを逆手に持ってアバンストラッシュでしょう」
「Sì.少年よ、傘の準備は十分か───!」
「でもスタイリッシュなDMC攻撃にも憧れはある絆です。こう、相手を空にかちあげて、空中で華麗にコンボ! とかね」
「空中で敵を切り刻むだけの間、浮いている必要がある」
「無茶だよねー……あ、風属性解放出来たんだから、空気を蹴るとかそれくらいできないかな」
「シックウトウセイ?」
「全身のバネを利用してーとか、敵を切り刻みながら出来るわけないでしょ。なので普通に魔法系統で」
「Nn……」
武具使用鍛錬では、武具を使用した行動にプラスワンを想定した立ち会回り作りをしてみたり。
「出来た……出来たぁーーーっ!! おおおなにもない空間を蹴れる! ほんのちょっぴりだけど滞空時間を延ばせる! これを無意識に連続して出来るようになれば───!」
「魔法精製は思考の回転がキモ。“出来るわけがない”は、ファンタジーにおいての世界をつまらなくする合言葉」
「おお、いい言葉!」
「昔、なにかで見た。内容は覚えてない」
魔法鍛錬では、妹が開発した“空気を蹴る魔法”で滞空時間を延ばすことに成功しました。空に立つ、なんてことを目指したわけでもないので十分だと彼女らは笑います。
そうして上級もそろそろ終わりかなぁなどと思っていた時に、厄介ごとというのはやってくるものなのでしょう。
……。
結果として他の生徒らが中級に上がる前に上級に上がる目的は達成して、上級もその調子で余裕で……とはいきませんでしたが吸収してゆき、この調子ならば早い内にとんずら出来そうだ、と考えた彼女らはしかし───
「あ。美鳩、私“明日か明後日には出られるかも……”とか思っちゃった。ごめん、今すぐ城出よう」
「Sì」
ある日の自室にて、即座に城を出ることを決意しました。
“この調子なら明日には……”だの“近い内に……”だのは、その翌日か近い内に自分たちにとって都合の悪いことが起きるフラグというものです。
しめしめとそれを感じ取ったからには、すぐに出なければ後悔します。
「しばらくはお風呂も無ければ、食事もモンステウになりそうな旅になるかなぁ……はぁ。まあ、アイテムボックスの食材とかがそのまま保存されてるし、それで食い繋ぐのが理想的かな。とりあえずムラーベィトってところに行くのが最初の目標ってことで」
「Sì,
「まあそれは私もだけどね。よっしゃあそれじゃあ即行動! 我らが姉妹の行く着く末に、我と御身と栄えあれ!」
「なんならムラーベィトを見つけてそこに土着する。帰る手段が魔王討伐かどうかもわからないのに、それに身を任せるなんてとても危うい」
「レベル上げにも興味があるお年頃! 勇者って職業には微塵も興味はないけど、剣と魔法の世界なら剣も魔法も試してみたいしねー! ふわははははー! 絆は! 絆はたぎっておりますぞー!」
「絆は少し声を抑えるべき。外に誰が居るとも限らない」
「防音魔法かけてるくせに?」
「魔法も完璧じゃない。相手が無効化魔法かそういう魔導具をもっていないとも限らない」
「あっとと、そりゃそうだね」
出ることは確定です。けれども支度金などはありません。
おそらくは出発の際に最低限のものは用意されるのでしょうが、それを待つ理由はありません。
何故って、想定できる範囲でもろくなことが起こらなそうなのに、こういう場合は無理難題を吹っ掛けられるものだと理解しているからです。
デヴ王が果たして金などくれるだろうか。武具などをくれるものだろうか。それを考えると、双子は溜め息を吐きつつ、妹が調べたことを実行して金を手に入れる他なさそうなのです。
「くっ……髪は女の命だというのに……!」
「いっそ短くするのもありといえばあり。けど、美鳩は絆にこんな形で短くなってほしかったわけじゃない」
「大丈夫だ妹よ。命には代えられません」
諦観の溜め息ひとつ。妹に、自慢の長く綺麗な髪をばっさりと切ってもらい、それを束ねて紙に包み、アイテムボックスに仕舞います。
それから短くなってしまったそれを魔法で整えると、サイドテールの無いほぼ妹と同じ髪型の姉の完成です。
鏡の前に立ち、「これで半眼になればほぼ美鳩だねー……うはは、実に双子だー」などと笑っております。
「これを売って支度金にして、旅に出よう。国のものを持っていくと、あとでどうのこうのとやかましい」
「ん、賛成。はぁー……まさか自分の髪を売ることになろうとは……トホホイ」
「強く生きよう」
「だね。よしっ、じゃあ───」
「ん、早速」
二人は元の喫茶店の制服に着替えると、静かに逃走しました。どうやってと訊かれれば、窓を開けて普通にそこから。
空気を蹴れるならと、なんの問題もなくいけました。
逃走防止のために、高い位置の部屋をあてがわれた生徒たちでしたが、それに対処出来れば逃走などしたい放題です。
ただしこんな月夜の晩です、誰が窓を開けて景色を眺めているとも限らないので、きちんと姿を景色と同化させる魔法をかけた上での逃走でした。
「で」
「ん。で」
国のものだからという理由で、二人はしっかりと装備していたものは見張りのいない門前に置いてとんずらしました。
地面に降りるまでは魔法を発動している必要があったので、指輪などをつけている必要があったからです。
けれどもこれで魔法は使えないことになります。発動媒体がないのです。
なのでまずは髪を売れる場所を探す必要がありますが、夜に開いている店など酒場や宿屋くらいなものです。お金もないので、泊まるだとか食事を摂るとかそういう行動は不可能でした。
「じゃ、予定通り城下町以外の場所まで逃げて、それから~……」
「Sì,髪を売ってお金にする。魔法媒体はそのあと」
「OK」
そうと決まればと、姉は妹を横抱きにして駆けます。魔法がなければ姉と同じ速度では走れない妹なので、これが一番効率がいいのです。
そうして駆けて駆けて、門番もだらけて酒を飲んでいる城下町の入り口を抜けると、そのままの勢いで冒険の世界へと旅立ったのでした。
……。
その日、少女たちは森を抜け舗装された道を抜け、遠く離れた野原で夜を明かしました。どれだけ鍛錬を積もうと眠気には勝てません。
一応交代で見張りをしつつ片方が眠るという方法を取りましたが、誰かが追ってくる、などといったこともなく朝を迎えました。
この世界には蚊も少ないのか居ないのか、眠っている人の耳元であの不快な音を奏でることもありません。
「さってと、それじゃあ行きますか」
「Sì」
正直ぐっすりと休むことは出来ませんでしたが、いずれは慣れるのでしょう。
二人はぐうっと伸びをしたあとに歩き出し───
『ピギー!』
「「あ」」
───女主人公伝統の初期モンステウ、ホーンラビットと出会うのでした。
「フレッシュミート!!」
『《ゾブシャア!!》ピギャーーーッ!!』
そして一切の躊躇もありませんでした。森を抜ける際に手に入れておいた、太い木の枝で兎を狩って、アイテムボックスの買い物袋から買っておいたセラミック果物ナイフを取り出して、処理をいたします。血抜きは迅速に。
捌き終わればアイテムボックスに便利に収納。二人は頷いてから川を探して、その傍で朝食を開始したのでした。
「ホーンラビットの角。……鑑定の結果、薬の材料になることが判明。他はモンステウ素材の武器になる程度」
「ほほう興味深い……」
簡単なサバイバル知識で火を熾してそれを囲み、兎肉を洗うのと一緒に川で獲った魚を焼きます。
勇者スキルと鍛えた能力は裏切りませんでした。素手で捕獲する、なんてことは出来ませんでしたが、今はそれより朝食です。
「塩とか欲しいよね。贅沢な話だけど」
「まったくもって同意。醤油も、マヨネーズも」
「異世界転移してきた料理趣味の子ってすごいよねー。普通マヨネーズ作る? 美味しいのは知ってても作り方なんて知らないんじゃないかなぁ」
「そうでもない。料理ページなんかを知っている人なら、手作りマヨネーズで作る簡単な一品、というもので、大体は作り方まで知っているもの」
「むう。私はママに教えてもらったくちだからそんなページなぞ知りません」
「もちろん美鳩も。ただしページは知らなくとも、いつかの日に生まれたあの味を、マヨネーズと名付けた鬼の名を知っている」
「あ、そうかそれがあった! 買い物袋には~……ギャー! 卵がない! お酢も油も、なんなら胡椒も塩もケチャップもマヨネーズもあるのに!」
「仕方ない。卵は工房にいけば腐るほどあった」
「あーうん、あの喫茶店で卵が無いなんて普通考えないもんねー……」
「………」
「………」
「……塩?」
「え? うん塩」
「……ケチャップ? マヨネーズ?」
「? うん」
「………」
「………はっ!?」
「……馬鹿?」
「言わんといて!」
人は、知らない場所に来るとまず知っているものを探すか、無いとわかればそこで手に入れられるものでの代用を求めるとか言われているとかいないとかです。
彼女らはもうすっかりこの世界に馴染んでいたため、調味料のことなど買い物袋の内容から度外視しておりました。
改めてガサゴソとアイテムボックスから取り出してみれば、あるわあるわのテーブル胡椒などの瓶タイプの調味料。
「……むしろこれ売った方がお金になる気がしてきたんだけど。うう、私の髪ぃい……!」
「自ら選択肢を狭めていた……これは盲点」
「ま、まあ髪はまた伸びるから、と希望的な前向き感で諦めるとして。胡椒とか塩は高いかもしれないからね、大事に大事に取って置こう。……これで創造者~とか居たら私もう泣いていい」
「No.それはむしろ喜ぶところ。創造者の大体はイメージが武器。実物が有ると無いのとでは話が違う。実物見せる代わりに交渉に持ち込めれば、対価が貰える」
「おお! そういえばそうだった! じゃあまずは───」
「ん、まずは───」
紅茶とコーヒーが欲しい。姉妹はそう伝え合い、居るかもわからない創造者に希望を託すのでした。
こうして、どこぞのモミアゲさんの知らない場所で、女性と出会ったために友人二人に“それみたことかこの主人公めが!”と言われる可能性が、ジワジワと滲み出てきたのでした。