【ケース14:魔道具店のおばばさま】
ヘルネスト王国の城下町から逃れ、三日が経っていました。
二人はモンステウからのドロップアイテム、使用回数が限られている魔法媒体の指輪、“古ぼけた指輪”で浄化魔法を駆使しつつ体や衣服を清潔に保ち、旅を続ける中で町を発見。そこで早速門番さんに話を聞くと、魔法道具屋へと進みました。
「はいいらっしゃい。今日はどんな御用だい、お嬢ちゃんら」
「髪を売りたいのデェス……。この絆の魂を……」
「ほほう? 髪の買い取りにゃあ大事なことだから答えてもらうが、あんた処女かい?」
「偽りなく処女です」
「同じくこの美鳩も」
「や、あんたにゃ訊いてないよ」
「Mi dispiace……」
「? まあよくわからんけど、魔法や魔道具に使う髪ってのはね、清いままってのが大前提なんだよ。経験済みの女の髪ってのはなんでか魔力の通りが悪い」
魔法道具屋のおばさまに、「どれ、髪見せてみな」と言われて、姉はアイテムボックスから髪入りの紙を取り出し、渡します。
おばさまはそれを丁寧に開くと、それに自分の魔力を通してみて、笑顔を弾けさせます。
「こりゃあ上等だ! あんた随分と長い間恋をしていたね!? 恋をし続けた女の髪はそりゃあ極上の魔力媒体になる! ちょっと待ってな、他に売られても困るから色付けて買ってやるよ!」
そしてそれだけ言うと、おもちゃを買ってもらった子供のようにウキウキした様子を隠しもせず、店の奥へと引っ込んでいきます。
対して、経験がどうとか恋をしているだとかを大声で言われた姉は、顔を真っ赤にして目には涙を浮かべ、俯いておりました。
相手が髪を買ってくれる相手でなければ、
「ぃよいっしょぉっ! ちょいと待っとくんな。どの属性に適性があるかも調べて、そっちでまで良質だったらもっと色つけさせてもらうからねっ!」
おばさまはなにか魔道具っぽいものを持ってきました。見た目は少し禍々しいスキャナーのような形です。
「こいつはね、モノに宿る属性を色で反応させるものさ。地属性なら茶色、水属性なら青って感じでね。地から無まで順々に調べられるようになっているから、それぞれの色に光ればそれだけの適正があるってわけさ」
ほほう、と双子がシゲシゲ魔道具を見る中、おばさまは髪の毛の束を置くと、上から魔力の光を当てて待ちます。
「さぁあってまずは……地、水、火、風……おいおいどんだけ優秀なんだいあんたの髪は」
魔力の光が何度も色を変えていくと、おばさまの顔がだらしなく緩んでいくのがわかります。嬉しくて仕方がない、といった様子です。
「雷、光、闇……あとは元素と……! よしっ! 来いっ! 来るんだよ無属性! ───……ぃよぉおおしっ!! なんだいなんだい全属性の適正があるじゃないか! こりゃあ極上だよぉっ!! あんたっ! ちょいとあんたっ! うちと定期契約を結ぶ気はないかいっ!? 髪が伸びたらまた持ってきてくれるだけでいいんだっ! そしたら同じとはいかないまでも、いい値段で買い取らせてもらうよっ!」
「まずおいくらかをお聞かせ願えますか?」
「おっととそりゃそうだ。そうだねぇええ……」
おばさまが長い袖をバッと振るうと、そこからジャキィンと
桁はどんどんと上がる一方で、おばさまはこんな客を逃してたまるものかと大出血サービスのつもりで金額を上げていきます。
「ほらっ! これでどーだい!」
「あ、その前に質問を。魔力媒体になるとのことでしたが、これを使った発動媒体を作ることは可能で……?」
「あったりまえだろう! なにを言ってんだい! それを作らないでどうやって儲けろってんだい!」
「じゃあもひとつ質問。買い取り価格が同じ値段じゃないのはどうしてなのか」
「恋をし続けた髪と、恋をしているかわからない状態の髪だ、その違いはどうしても出るもんだよ。だから生えてきても同じ質かどうかの保証がないんじゃこっちも博打は出来ないのさ」
「……OH」
妙に納得がいきました。
「……ちなみにこれで何個の発動媒体が作成可能……?」
「んん? そうさねぇ……これだけの量なら低級ならそれこそ髪の数と長さとで見ても、百個以上は作れるさね」
「ひゃっ……!?」
「上級だったら十数個だね。最上級ともなると一つか二つってところさ。ああ、もちろん他に材料も必要だから、これだけで作れるわけでもないんだがね」
「Nn……最上級の発動媒体、お値段はいかほど……?」
「提示している金額より高いよ。言ったろう? 他にも材料が必要だし、なにより精製難度が高いんだ。作れば必ず完成するわけでもないし、品質が約束されているわけでもない。だからこれだけの量があっても、店の者としちゃあ最上級二個作るよりは上級十数個の方が儲けはデカかったりするのさ」
「おお……商人魂」
「それで? どーすんだい? 売ってくれるのかくれないのか」
「言うだけならタダ流奥義、もう一声」
「なんだい、まだよこせってかい? は~ん……そうさねぇ。嬢ちゃん、そう、そっちの右から髪の毛飛び出てる半眼嬢ちゃん」
「……飛び出っ───!? ……むうう……!」
「よぅしみーちゃん落ち着こう! 言うだけならタダが通用するのは相手も同じ! OK!?」
「むぐぐ……! すぃ……Sì……!」
口を波線にして、じと眼でおばさまを見る妹さん。対するおばさまはけらけらと笑い、「あたしに口で勝とうなんざ十年早いよ」と仰います。
「ま、軽い質問があるだけさ。あんた、魔法の発動媒体の質問をするってことは魔法使いかなんかだろう? しかもその顔。おたくら双子だね? こっちの子からは髪を買おう。で、あんたにはちぃっとばかり血を貰いたいんだが、どうだい?」
「血……? Nn……用途に、寄る」
「材料が必要って言ったろう。本来なら髪を持ってきた本人の血がいいんだが、自分が使うわけでもないのに血まで渡すのは嫌だろうしね。だったら発動媒体に興味があるあんたから貰えないかねぇって、そういうことだよ。双子なら血の相性もいいだろうしねぇ」
「ム? 髪の毛と血って、そんなもん?」
「Sì。髪の毛は血で出来てるって考えていい。血の巡りがいいところに毛が生えるのはそういうこと。主成分はたんぱく質らしいけど」
「あ、なんか納得。じゃあハゲな男の人はたんぱく質をしっかり摂って、頭の血流をよくすれば……?」
「あっはっはっはっは! そうだねぇ、女なんかはそれでいいが、男どもは大変だろうねぇ! なにせサカればす~ぐたんぱく質を削っちまう!」
「………」
「………」
「はぁん? おやおや嬢ちゃんたち、顔が真っ赤だよ? そっち方面には詳しいんかね? まぁ、魔術なんかを齧ってりゃあいずれは知ることさね、難しいことでもない。魔法魔術魔導の一歩は、くだらないことでも魔法的に考えることさ。分解して分析してわかることなんて山ほどだ。そして、そんなくだらないことでも分析してみりゃ面白いことがわかったりする。髪の重要性もそうして見つけられたもんさ」
「…………Va bene.髪と、血を出す。お金と発動媒体を幾つか用意してほしい」
「よっしゃ買ったぁっ! そして売らせてもらうよっ! 媒体はいくつ欲しいんだいっ!?」
「絆の髪と美鳩の血で作った媒体を、指輪で10と杖で2、水晶2と護符を10、タリスマンを1。等級はどこまでだったら売却額と購入額とで調整出来る?」
「まためんどっちぃ質問してくれるねぇ。だがいい質問でもある。あんたの血とそっちの子の髪で作る媒体だ、当然他の媒体よりも馴染むし扱い易いだろうさ。しかしその数となるとねぇ……」
「……こうなったら絆がハゲになるしか」
「ちょっと待とうね妹この野郎」
同じ髪の長さの現在、何を言っているのやらと妹の首にソッと腕を回します。
「
「ちなみにおばば様。王国の城とかで使ってる指輪とかの等級ってどんなでしょう」
「使う人に寄るねぇ。どんな奴が使うものか、とかはわかるかい?」
「えーと……死地に追いやってもまあ適当にやるだろう的な、現在の王が渡すならどうせこれだろうなーとか思う品です」
「そりゃ低級だろうさ。あいつはケチだからねぇ」
「お知り合いで?」
「そりゃそうさ、あいつに魔法発動媒体を売ったのはこのあたしだからねぇ。やっすいものをたくさんよこせ~とか急に買い付けてきたのさ。こっちは儲かったけど、いったいなにに使ったんだか」
「………」
「………」
双子は、二人して「うわー……」と小さくこぼしました。けれどもあれが低級とわかると、中級、最高でも上級でいいのかもと普通に思えます。