【ケース25:ブランド、と書いて思い出すものってなに? アイスブランド? それともブランドもののなにか? それとも……ルイズフランソワーズルブランドラヴァリエール?(一息でどうぞ)】
ガポポ……ゴポポ……水中を掻き分けるたび、耳を水が撫でるとあの独特の音がモミアゲさんの鼓膜に届きます。
彼はトランクス王子のまま静かに、けれどたしかに潜水して、水底の剣を目指していました。
(───あれは……)
なかなかに深いそこを潜っていく過程、陽の光がよく届くことと浄化作用が強すぎるために透き通りすぎている水の透明度のお陰で、水底まではっきり見えるそこには、台座もなにもないただの水底に刺さりっぱなしの剣がありました。
こういう時って台座っぽいのに刺さっているもんじゃないのか、なんて言いたくなる気持ちはありましたが、じゃあどんな理由でここは水に沈んだんだかと考えるとどうでもよくなります。友人の二人ならば“きっとひぐらしがないたに違いねー”とか言いそうです。
とりあえず潜る過程で創造した重りを手に、浮力に逆らいつつ静かに息を吐きながら潜ります。肺に空気がありすぎては潜れるものも潜れません。
そうして、トッ……と水底の岩の感触を足で感じると、改めて岩の地面に刺さっている剣を見やります。
コケや藻さえ生まれないほどの浄化作用のお陰か、ぬるりという感触もないごつごつした岩の感触が素足に伝わると、モミアゲさんはむしろその浄化能力に感心しました。
(で……これが抜けるかどうか、だけど)
剣は錆ひとつなくそこにあります。おそらくはそれも浄化作用のお陰でしょう。錆が生まれる原因を浄化によって排除しているのです。そんな剣の柄をぎぅ、と握って、彼は少し心をわくわくさせます。岩に刺さった剣を抜く───まるで勇者選定の儀式のようではありませんか。
けれど……なんということでしょう。剣はモミアゲさんが触れた途端に綺麗であった色を変え、じわじわと
(オ、アッ……!?)
驚き、ごぼりと少しの酸素を吐き出しながら手を離してしまうと、鈍色が元の色に戻っていきます。
(こりゃあ……)
いよいよもってわくわくさんです。選ばれし勇者でなければ抜けない、それこそ伝説の聖剣……!
モミアゲさんは知らず頬を綻ばせて、もしや手順があるのかも、もしや儀式が必要か? もしやどこぞに仕掛けがあって、それを解除してからでなくては……!? などなど、様々を考えては試そうとして……呼吸が限界になりました───が、溢れ出る好奇心と、自身の命への執着の軽さが天秤で測られます。
『ギレラレ~~~ッ、命よりも剣だーーーっ、欲望のままに剣を欲するのだ~~~っ!』
『黙れゴミ屑。いいか、命だ。無駄に命を散らすものではない』
『好き放題言いやがってーーーっ! これはサタン様の』
『ハワーーーッ!!』
『《ドゴォ!!》ゲギョーーーッ!?』
よくある天使と悪魔の囁きだったのですが、喋っている最中だった悪魔が天使に蹴られた時点で、悪魔を優先することにしました。この天使さん、悪魔より悪魔してる。素直にそう思った結果でした。
なので、命の限りに探求&実験。不思議と息が苦しくなって、ミチミチと喉や頬のあたりに妙な圧迫感を感じても、死ぬことも苦しいことも怖くはないのです。
(なるほど。提督が、死のうがどうしようが突っ走れるわけだ)
恐らくURのレベルが上げられたことで、より一層に死への恐怖が消えたのでしょう。彼はむしろどんな感じで死は訪れるのだろうと、いっそのこと楽しむような気持で剣を調べ続けて……やすらかに溺死しました。
そして直後にその場に復活です。
「
思わず声に出して感心すると、予め“酸素供給状態万全”で復活したにも関わらず、大量の酸素を吐き出してしまいます。アホです。普段真面目そうな人ほど、ポカやらかすと大ポカになっちゃったりするアレですね。
(~っ……とにかく調査……! 仕掛け~……仕掛けは……ヴ)
死にました。───そして復活しました。
(とりあえず、よくある酸素を吐き出すドロップ飴かなんかでも……よし創造っ)
創造したそれを口に含んでみます。───そして死にました。酸素濃度が強すぎたようです。
(だああくそっ! 焦るな俺焦るなぁああっ!!)
ならばアレです。先端がクソ長いシュノーケルを創造してみました。それを口につけて、先端は水面まで届けとばかりに調整してみます。
(ん、ん、んー……お、おお、酸素が来tぶっはぁっ!?)
最初こそスコースコーと息をしていたモミアゲさんでしたが、口の中になにかが入った感触とともに吐き出してみれば、何故だか蜘蛛や砂が吐き出されました。
何事か!? と思う必要もなく、陸で待っているクソバカ二人組を思ってとてもとても殴りたくなったそうです。
(どうせあれだろお前ら! ジョジョ3部のカメオへの仕打ちを思い出したとかああいう方向だろまったくもぉおおおっ!!)
小便ではなかっただけマシではありますが、泉の中心あたりで作業をしているシュノーケル目掛けて器用に蜘蛛を投げ入れるとか勘弁してほしい。そんな友人らの不必要な器用さに、少し泣きが入りました。
(ていうかシフにでも頼めば水底の調査くらい楽に出来たんじゃないか……!?)
本末転倒です。恐らく二人に話せば冒険心が死んでる、お前それでも主人公かよこのドスコイカーンがと言われることでしょう。ドスコイカーン関係ねぇです。
少し考えてみれば予想がつくことだったので、彼はゴヴォォリと溜め息を吐き出して作業に戻りつつ死にました。
(よし落ち着こう)
モミアゲ強い子元気な子。とりあえず死ぬのは慣れました。慣れたくないけれどまあいいこんな状況だし。そもそもこれ死ぬこと前提じゃなきゃ調べていられません。酸素量的な意味で相当絶妙な位置にあるのです、この水底の剣が。
なのでまた引っ張ってみるのですが抜けません。柄の突起などに触れたり、魔力を込めて抜くようなイメージを働かせてみるのですが、抜けません。
触っていく内にどんどんと鈍色になるそれを、どれだけ力を入れても抜けないそれを、彼は───
「………」
彼は───
「…………」
彼───
(縄が出ます。弾けろ)
縄を創造しました。しっかりとしてどっしりとした注連縄タイプの縄です。
それでぐるりぐるりと聖剣を縛り───
(……そういやなんで刺さってる聖剣って鞘とは別に保管してあるんだろ)
意味あんのかそれ。じゃあ剣も鞘と一緒に別のところに保管しとけよなんで刺すんだよもう。そんな素直な気持ちを心に抱き、彼は水面までを戻ったのでした。
「ぶはっ、はぁ、はぁっ……彰利、提督ー、悪い、これ引っ張って───」
ばしゃりばしゃりと水の所為で重く感じる体を陸に上がらせ、歩きながら縄を引きずります。そんな彼の視界に映り込んだ、友人達の姿は、それはもう……
「マサランガ スクリット ブラックウィドーズ」
「マサランガ スクリット ブラックウィドーズ」
奇妙の一言につきました。なにやら草むらをがさごそと掻き分けては謎の言葉を口にしているのです。やがて一匹の小さな蜘蛛を発見すると、再び「マサランガスクリットブラックウィドーズ」と唱え始め、泉がある方へと向き直り……水面にあったはずのシュノーケルが無くなっていることに気づくと、ぴたりと行動を止めたのです。
「……彰利~? 提督~? その蜘蛛……どうするつもりだったんだぁ……?」
「マサランガーーーッ!!」
「うおおっ!?」
なんと彼らは取り繕う様子すら見せず、蜘蛛を投げてきました。これにはモミアゲさんも大変驚き───勢いある行動を取ろうとする前準備としてスゥッと息を吸った瞬間、嗅ぎ慣れない香りにぴたりと停止すると、ぴょーいと飛んで行った蜘蛛をそのままに匂いの発生源……焚火を見つめたのでした。