0人目のアイ 作:迫真将棋部志望者
この物語はフィクションであり現実とも原作とも世界線が違うのでもちろん棋界や棋戦に関する設定の違いはミスではなく仕様なので初投稿です。
小さな銀の野獣に睨まれている清滝プロは、自分の命の危機に気づいていないのか、俺に話しかけてきた。
「帝くん。打ち歩詰めを知った今なら、どう指す?」
『十五手前5五角で十九手詰めです』
「十五手前の同金にかえて5五角以下十九手詰めです」
「……いや、これはホンモノやな。八王子帝くん、ゆうたな。将棋のプロになる気はあるか?」
プロ?
(プロってなろうと思ってなれるもんなの?)
頭に浮かぶのはプロ野球選手だ。甲子園で優勝とかしてドラフトに選ばれないとやきうのお兄ちゃん(真)にはなれないイメージがある。
『実力的には現にプロを下したのですから問題ないでしょうが、マスターはまだ三歳ですからね。将来に向けて、ということではありませんか?』
(そんな三歳児がいるか! いたわ)
まあでもプロってことはお金もらえるのか。企業戦士にならなくていいのは楽そうではあるが。
(お前はどうしたい?)
『ワタシに聞かないでください』
(いや、お前に聞くよ。将棋指すのはお前なんだから)
『…………』
(そうか、そんなにやってみたいのか)
『……は?そんなこと言ってないが。幻聴でも聞こえているのでは? 病院に行くことをお勧めしますよ』
(ここ病院ですー。毎日診察受けてますー)
じゃなくて。
なんだかんだ言って俺の体のこととかめっちゃ気にしてるアイが、プロという俺の人生を左右しかねない選択に関して、即否定ではなく無言を選んだということは。
そういうことだ。
口ではさんざんクソゲーだのなんだの言ってたくせに、清滝プロとの一戦は、それほどまでに楽しかったらしい。
『一生に関わる選択です。安易に決めない方がいいかと愚考しますが』
(お前は楽しい。俺は金がもらえる。そこになんの違いもありゃしねぇだろうが!)
『違うのだ! いや、ほんとに違いますよね。は?いきなり何を言ってるんですか?』
(マジレスやめて)
と、冗談はおいといて。
「ま、なれるならなりたいですね。将棋のプロ。いや、制度とかはよくわかってないんですけど、強い人と戦えるなら」
アイと俺のために。
あとお金ほしい。
「そうか……うん。明石くん」
「主治医としての見立ては、少なくとも一年間。一年間は例の発熱が発生しなければ大丈夫だと思います。もちろん、環境の変化で体調を崩すようであれば、すぐにやめさせるべきですが」
「それならもしかすると、小学生プロどころか未就学児プロが生まれるかもしれんな。最近は体調も安定してきとるんやろ?」
「ええ、驚くほどに。原因が不明なことは心残りですが」
えっそんな急な話?
結局その日は具体的な話などはなにもなく、お開きとなった。
そして、後日談というか、今回のオチ。
俺と清滝プロとの対局の翌日、空銀子は単身病院を抜け出し、清滝プロの自宅に突撃し、彼を頃そうとしたらしい。
ぅゎょぅι゛ょっょぃ。
聞くところによれば、被疑者は清滝プロに対し「わたしがころすんだったのに! わたしがころすんだ! しね!」などと殺意溢れる供述をしており……。
こわいなーとづまりすとこ。
しかもその後清滝プロ相手に将棋で挑みかかったそうだ。将棋を凶器かなにかと勘違いしてらっしゃる?
そのうち血塗れの駒とダイイングメッセージの棋譜が札人現場から発見されるかもしれない。
それから、俺の両親と空銀子の両親(なんで?)、清滝プロ、明石先生の話し合いの場が持たれた。
俺の両親は、体に問題なく健康に育つのならという条件付きで、俺のやりたいことを応援する、と言ってくれた。清滝プロが熱心に両親を説得してくれたのも大きいだろう。
マジで出来た人たちである。今のところ病院やらで迷惑しかかけてないので早く恩返しできたらなと思う所存。
そんなこんなで俺は清滝プロに弟子入りして内弟子になった。まあ弟子入りと言ってもまだ書類上とかでそういう関係になったわけではないので、個人的に丁稚奉公してるみたいなもんだ。
そしておまけとして、なんか空銀子がついてきた。なんで?
妹弟子というよりは呪いの装備だ。
あれこれ前も同じこと考えた気がするな。マジで装備枠ひとつ埋まってる?
んで、半年くらい経って、俺の病気がすっかりナリを潜めたことで、アマチュアの将棋大会に出ることになった。
まあ病気っていうかアイの成長と俺の体が成長したからってだけだとは思うんだが。
大阪会場の予選を突破し、64名からなる本戦に出場。
予選が六月で、本戦が九月。東京のおしゃんてぃーなホテルで決勝戦だ。
勿論勝った。テレビカメラとか結構入ってて、わりと緊張したが、まあ考えるのは俺の仕事じゃないから気楽なもんだ。俺は駒の指し間違いと手が震えないか心配してた。インタビューとかもアイの言葉を代弁したただけだしな。指してるのがアイなんだからインタビューもアイがやるのは当然だろ。アイ、どうにかしろ(無責任)
ちなみに参加した大会の正式名は全日本アマチュア名人戦。
つまりは八王子アマ名人となったわけだ。
そして年が明けて二月。
アマ名人になり受験資格が発生したので、俺は関西将棋会館で新進棋士奨励会の三段編入試験を受けた。そこで六勝したので試験は合格、八王子三段になった。
ちなみに本来なら奨励会の級位者入会試験を受けて徐々に級位を上げて三段にまでなるのが普通らしいが、級位者入会試験は毎年八月にしかやってないから一年間待つことになるし、入会料十万円、月の会費も一万円となかなかお金がかかるので、だったら省略できるところはしてしまおうというわけだ。
清滝師匠は本当は俺に普通のルートに進んでほしかったようだが、なんやかんやあって説得した。「確かに虐殺になってまうか……」とかなんとか納得してくれた。
虐札ってなんだ?俺はあの野獣とは違うぞ!
奨励会の三段編入試験の制定は作中時期じゃまだ行われていないからこの物語はフィクションだってはっきりわかんだね。