0人目のアイ 作:迫真将棋部志望者
本作に登場する久保プロは実在しないし、別に「さばきのアーティスト」とか「粘りのアーティスト」とか呼ばれてないし、上半身に対して下半身が貧弱すぎるので初投稿です。
さて、五歳児とはいえプロなので仕事がある。
とはいえ連盟も色々配慮はしてくれているようで、正直なところ拍子抜けだ。
五歳児といえば野原しんのすけ。彼くらいのスペックは期待されてるものかと思っていたんだゾ。
割り当てられてるの、幼稚園児にもできるような仕事で、笑っちゃうんすよね。
まぁ肉体年齢はその通りだからむしろ連盟職員さんが有能なんだが。
そして久しぶりに大きな仕事が回ってきた。
今日のお仕事は二十六歳にしてタイトル挑戦という新進気鋭の生石プロと現玉将のタイトル保持者である久保プロの対局の大盤解説者。
連盟でやっている対局を、大きな盤と駒を使ってお客さんに分かりやすく解説するのだ。
普通は男女ペアでやるみたいだが、俺への配慮なのか、相方はベテランもベテラン、月光聖市プロである。
現役のA級棋士で名人位を獲得したこともある正真正銘のトッププロだ。御年三十八歳。
しかも二十代のころに病気のせいで失明してなおこれだというのだから鬼才との評価を得ているらしい。ソースは2ちゃんねるの将棋板。
「月光先生。今日はよろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。八王子四段」
(イケメンだなあ)
若すぎる年齢でプロになった俺に対しての隔意も態度からは窺えない。
『マスターの方がイケメンですよ』
(俺はむしろプリティフェイスだろ。まだ五歳児だぞ)
『池沼メンタルの略ですよ』
(泣くよ?)
あんま否定できないの悔しいねんな。
まあ内輪でのみ通じる冗談で言ってるのはわかってるけど。
「鞨鼓林先生もよろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします、八王子四段」
目が見えない月光プロの代わりに大盤の駒を動かす役は鞨鼓林すゞ女流四段。御年五十五歳。俺へのフォローも兼ねてということなのか、こちらもなかなかのベテランだ。
というかこれ俺要らなくね。
『何をおっしゃる。マスターこそが本日の主役でしょうに』
(主役っつーか客寄せパンダ?)
今日の大盤解説は関西将棋会館で行われる。で、勿論無料ではない。お客さんは入場料を払って見に来ているし、俺にはお給金が発生する。だから、というわけではないがやるからにはちゃんとお金に見あった働きをしなければ。
しかもニュースでわりと報道された俺が解説をやると聞いてか、立ち見も発生するほどの大入りなのである。
――とまぁ、そんな風に意気込んだものの、仕事自体はなにも問題なくスムーズに進んでいった。いや、問題がないということはうまく行ったということだからそれでいいんだが。
(初めてだしそれなりに緊張してたんだがな)
『まあマスターは別に人見知りでも口下手でもありませんしね。余計なことさえ言わなければ無難にそつなくこなせるでしょう』
(余計なことってなんだ余計なことって)
お客さんも好意的だし月光プロは的確な解説を、鞨鼓林女流四段は丁寧にフォローしてくれるし、しゃべる内容はアイが手伝ってくれている。指示棒を使っても大盤の上の方まで届かないため、踏み台に乗っていることだけちょっと恥ずかしいが、まぁ仕方ないね。
そんなこんなで対局も進み、中盤を越えてやや混沌としてきている。
そして、ここで生石プロから鋭い一手が出た。いわゆる勝負手と言われるような、局面が大きく変わる手だ。
月光プロは顎に手を当てて感心したような声を上げた。
「うーん、この一手は激痛ですね……パッと見、受けが無さそうですが……」
「これはまた、惚れ惚れするような鋭い捌きですね」
二人が零した言葉にお客さんも大盛り上がりである。
なんとなくお客さんの反応を見て気づいたが、どうも人気があるのは若手の振り飛車党である生石プロのようで、久保プロを応援してるお客さんはあまりいない。
俺は好きなんだけどな、久保プロ。棋士とは思えないボディービルダーのようなムキムキの上半身をピッチピチのスーツに包んで正座してる姿は、いまにもボタンが弾き飛ばないか見ててハラハラする。ちなみになぜか下半身はあまり鍛えていないような見た目であることも高ポイントである。多分足の筋肉つけすぎると正座が辛くなるからだな間違いない。
『いえ、大悪手ですよこれ。次に
俺がどうでもいいことを考えていると、唐突なアイの言葉で現実に引き戻された。
マジ?俺には9六桂はただ捨てにしか見えないんだが。てか三十三って長くない?
「これははっきり生石六段の勝勢ですかね。八王子四段はどう見ますか?」
(あー、これ言っていいのか?面子潰したことになったりしない?)
『大丈夫では。この程度で潰れる面子もないでしょう』
不安だ……だがまあ、アイが言う以上詰んでるんだし、ここで気づいたのに言わないのは不自然か。
「あーいえ、詰んでますね、これ」
「詰みですか。確かに生石六段はかなり指しやすくなるとは思いますが……」
「そっちではなく生石プロの玉に詰みがあります」
『手順言いますね。△9六桂▲7七玉△8八銀▲6八玉△7七香……』
「ええと、後手9六桂以下先手7七玉……」
アイの言うまま手順を口にしていく。
鞨鼓林さんは怪訝そうに大盤の駒を動かし……さすがトッププロ。すぐに月光プロが大きくうなずいた。
詰みがあると知らされれば、三十手超の詰み手順でも瞬時に見つけてしまうらしい。
「驚きました……確かに詰んでいます。持ち駒までぴったりの三十三手詰めですね」
「『王様がぬるぬる逃げますけど変化手順も△7九銀成に▲同金は△同飛成▲同玉△8八銀▲6九玉に△6八香が気持ちいい捨て駒ですね』」
月光プロは頷いて感心しているし、お客さんもざわざわしてる。ちらほら称賛の声も聞こえてくる。
(おーアイ、褒められてるぞ)
『ワタシならこんな局面になる前に詰ましますけどね』
(可愛くないなあ)
声に喜色が滲んでるの指摘したい……指摘したくない?
段位とか棋譜とかは適当なのでクレームは受け付けません。
Q:段位とか棋譜ってなんなんですか?
A:ぜんぜんわからない。俺たちは雰囲気で小説を書いている