0人目のアイ   作:迫真将棋部志望者

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帝くんはお口専門なので初投稿です。


決着と

 

 

詰み手筋が披露され、盤上がその通りに進行している。

大盤解説会場は一種異様な雰囲気だった。

 

「ありゃ……」

 

しかし、そのまま終わることはなかった。盤面に変化が起こり、お客さんもざわざわしている。

鞨鼓林さんから後手の久保プロの手が月光プロに伝えられる。

 

(先手)7九香車に(後手)同銀成ですか」

 

先ほどアイが読んだ手とは違う手順。

俺の頭の中でアイがつぶやくのと、月光プロがその言葉を発したのは同時だった。

 

 

『詰みを逃しましたね』

「詰みませんね」

 

 

「そうですね、詰みを逃しました」

 

 

俺には判断できん。なのでアイの言葉を伝えるだけだ。

 

 

「▲同金△同飛成▲同玉に△4九竜ときて、ここで▲6八玉で逃げられます。もう捕まりません」

 

 

(マジ? ぱっと見△6七香とかで詰みそうだけど)

 

『▲同玉△7八銀▲7七玉で危なそうに見えますが詰みはありませんよ』

 

 

「△6七香でも▲同玉△7八銀▲7七玉で危なそうに見えますが詰みはありません」

 

 

(うーんそうなのか……あれ。てことはこれ、逆転?)

 

『はい。逃がした上にこれで後手の持ち駒が金二枚と歩が三枚です。詰みましたね。手順は……』

 

(ちょい待ちちょい待ち! えっと)

 

 

「えーと、そしてこれ逆に後手が詰みましたね。次に▲4二飛から△6二金▲同成桂△同銀▲8三銀△同玉▲9三金△同桂▲同歩成△同玉▲9五香…………」

 

 

(長い長い! これマジで詰んでるの?)

 

『もちろん。一直線ですよ』

 

 

「これは……9七の歩が邪魔して合駒が」

 

「▲9五香に対して歩で受けられないので9四に桂合いになりますが、そこで手に入れる桂で6四からの玉逃げを仕留められますね。▲4二飛に対しての△6二金での合駒も他に駒がないとはいえ辛い。結果的には寄せのミスで大逆転ですか」

 

 

複雑すぎて頭おかしなるで。

これもうわかんねぇな。

 

 

「……なるほど。△9四桂からはまっすぐ追い詰めるだけですね。▲同香△同玉▲9五歩△同玉▲8六銀△9四玉▲9五香△8三玉▲9二角に△7三玉は、▲6五桂△6四玉▲5六桂△5五玉▲4六金で詰み。桂が足りている。4二飛の効きもいい」

 

「▲9二角に△8二玉なら▲8三金で終わりです。△7一玉には▲8一角成△同玉▲9二香成で詰みですね」

 

 

呪文を唱える俺も大変だし、忙しなく大盤の駒を動かす鞨鼓林さんも大変だし、情報量でぶん殴られるお客さんも大変だ。

この中で唯一アイの思考についていけている盲目の月光プロ凄すぎでは?

 

 

(ってか、解説なんだからお客さんほったらかしはまずいでしょ)

 

『む、分かりました。ではわかりやすく解説いたしますのでスピーカーになってください』

 

(おかのした)

 

 

そこからはもう完全に俺はアイの口になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔を見てみたい。

光を失ってから、そう思ったのは初めてだった。

 

病気で失明するまでは普通に見えていたから、今でも対局者の、プロ棋士の顔は覚えている。もう十年ほども経ち、老けた人もいるだろうけれど、想像はできる。

新しく四段となりプロ入りした子だって、奨励会で頑張っているときに見かけていたから、顔はわかる。

女流棋士だって、ほとんどの人と顔を合わせたことくらいはあった。

 

だから私は、対局するとき、会話をするとき――相手の顔を思い浮かべるまでもなく、その人の顔が浮かぶ。あるいは、将棋を見に来てくれるお客さんのように初めて話す人だって、声の調子なんかでなんとなく顔は想像できる。

 

「月光先生。今日はよろしくお願いします」

 

光の速さでプロになった彼、八王子帝を除いては。

 

(のっぺらぼうのよう、と言ったらさすがに失礼かな)

 

彼の顔は、声を聞いても想像できなかった。墨で黒く塗りつぶされたように、なぜか。

 

 

大盤解説を頼まれたのは驚いた。

失明してからは、そういった仕事を割り当てられることもなかったし、自分からやりたいと望むこともなかった。自分でも、人前で何かをするよりは自宅で詰将棋でも作っている方が楽しかったから、ありがたかったけれど。

 

八王子四段の補佐をしてほしいと聞いて納得した。

私なら八王子四段になにか不慮の事態が起こっても単独で解説は問題ないし、目の見えない私の補助という形で自然に一人人員を追加できる。女流棋士の中でもベテランの鞨鼓林女流四段が私の補助――あるいは聞き手役になるとのことだった。

 

 

連盟も金の卵の八王子四段のことは大事にしたいようで、いつもの大盤解説から考えるとすこし過剰なほどに打ち合わせを行った。

いや、これは勘ぐり過ぎか。単に解説が初めての、僅か五歳の少年に配慮しただけだろう。

 

そう、五歳。彼はまだ五歳なのだ。

 

私が五歳の頃は――ちょうど初めて将棋に出会った頃だったか。

時代が変わった、というよりは彼が特異なだけだろうけれど。

 

 

しかし、話してみて驚いたが、八王子四段はまったく五歳児らしからぬ少年だった。言葉遣いや話す内容、場の雰囲気を読む力。

目が見えないせいもあるかもしれないが、少なくとも私は彼と話していて、自分と同年代の男性と話している気分になった。

皆が口裏を合わせて私を騙そうとしているのではないか、などと突拍子もないことを考えてしまうほどには。

 

 

そして、大盤解説が始まってからはその思いはより顕著になった。

 

彼はまず、まったく物怖じしなかった。

 

過去に類を見ないほどに会場に詰めかけたお客さんは普段より広いスペースを用意していたのに収容しきれず立ち見の人も多い。

史上最年少のプロの話題性は凄まじい。

 

ちなみに失明してから初めてこういった場に立つ私を見に来たと言ってくれるファンもいた。なかなかイベントに出てくれないから追っかけるのが難しい、と嬉しいことも。

その子がまだ十歳くらいの小学生の女の子だったことには驚いたけれど。

 

ともかく、それだけの人を前に様子は特に変わりなかった。

 

さらに、会話も上手だった。

 

大盤解説はひたすら対局の解説だけをするわけではなく、棋士の裏話だったりを会話のネタとして提供したりもする。

特に今回は注目の八王子四段が解説するとあって、対局者の久保くんと生石くんほどではないけれど、彼に関する質問にやや比重を傾けた。

 

それを彼は時に真面目に、時にユーモラスに、お客さんを飽きさせない話術でもって回答していった。

やや言葉が少ないと自認する身では、見習わなくてはと思うほど。

 

そして何より。

彼の読みの速さと精度は人間離れしていた。

 

お客さんと会話をし、私と雑談をし、そんな中で一手指された次の瞬間には、すでにその手の評価を下す。

そしてその評価が、読めば読むほど、局面が進むほど、正確であると思い知らされる。

 

とはいえ、序盤、中盤はその速さに私もついていくことができていた。

 

完全に突き放されたのは、生石くんの勝負手。

 

それを私は一目見て「好手」と評価した。

久保くんに受けがなく、局面が傾く手。

 

それを彼は一目見て「悪手」と評価した。

攻め気に逸り、自玉の詰みを見逃す手。

 

言われてみれば、言われるがまま詰み筋を追えば、生石くんが勝負手として捌いた角の利きが自玉の詰みを消していた。

角を捌いたことで、確かに詰んでいる。長手数で難解だが、言われれば確かに――詰んでいる。

 

 

その後、久保くんは八王子四段が読んだ通りの手を放った。

しかし、私にはそれが詰みを読んだが故のものではなく、ただ生石くんの勝負手の激痛から逃れるために強引にあがいているだけであることが分かった。

単に、王を追い詰める手順が、それであっただけのこと。

 

案の定、久保くんは一手間違い。そのまま盤面はひっくり返った。

いや、彼らにしてみればそれは盤面がひっくり返ったのではなく、悪あがきが終わっただけのことなのだ。生石くんも久保くんも、詰みがあったことには気づいていないだろう。

 

 

大盤解説の終了後、私は八王子四段に声をかけた。

 

「八王子四段。見事な読みでしたね。大盤解説お疲れさまでした」

 

「こちらこそお疲れさまでした。今日はありがとうございました」

 

そして。

 

「月光プロも噂に勝る読みでした。ぜひ対局したいですね」

 

その時初めて、私は彼の顔がぼんやりと見えた。

 

笑う、口元だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






月光プロのファンの小4女児はこのあと中学生1年生で女流棋士になりますが、実は月光お兄さんはこの子を産まれたときに抱いたことがあります。

月光お兄さんもロリコンだった……?
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