この素晴らしい世界で茶屋ルートを! 作:空を泳いで仙郷に到り竜の涙を強奪する変態
九郎は人々で賑わう「葦名」の光景が好きだ。
黙々と食事を口に運ぶ老紳士、あれが美味しいこれが好きだと笑い合う家族、昼間から酒を注文しては酔っ払う冒険者。
故郷葦名の人々とは見た目も生き方も違う人々。けれど食事の賑わいはどこも同じで、九郎は厨房から眺めるこの光景が好きだった。
「九郎殿。新たな注文が来ていますよ」
「ああ、ありがとうお米殿。さっそくこしらえるとしよう」
九郎が笑って対応すると、お米ちゃんは紅葉のように赤く可愛らしい笑みを咲かせる。厨房の手前でやり取りする少年少女。それを「葦名」の客はほっこりと眺めていた。
厨房に立った九郎は手慣れた動きで注文の品を作る。厨房は九郎の戦場だ。お客人をあまり待たせるわけにはいかないので手間はかけられないが、精一杯のことをする。
「できたぞ、お米殿! 配膳を頼む!」
「はい! 任せてください!」
できあがったら配膳はお米ちゃんの出番だ。可愛らしい笑顔と丁寧な所作で料理を運ぶ彼女は美しい。巷で人気があるというのも頷ける話である。
できる用意を片付ける合間にそれを片目で見ながら、そういえば客の反応が一番良いのは狼の時だなと九郎は思い出す。
お米ちゃんと比べて狼は無愛想だ。背も高いし笑顔でいるわけでもない。けれど愛想はないが不思議と憎めぬ姿に、客はみな狼の給仕を微笑ましく見守る。
ちなみに一番人気がないのがなぜかエマ殿である。物腰柔らかであるし相応に魅力的であるのだが、なぜか冒険者たちが一気に大人しくなるのだ。エマ殿が個人で開いている施術院で何かあったのだろうか。
「……九郎様」
「おお! 狼よ、早かったな!」
九郎がせっせと働いていると、いつの間にか狼の姿があった。朝方依頼を受けに出かけたはずだが、もう終わらせてきたのだろうか。九郎がそう思っていると、狼は当たり前のように膝をつく。
「……受けた依頼を正午前に片付けた手前、帰って参りました。何かお手伝いできますか?」
「うむ。お主の労をねぎらってやりたいが、見ての通りの混雑じゃ。お米殿と一緒に給仕に回ってくれぬか?」
「御意」
既にそのつもりだったのか、身奇麗にしていた狼は給仕に立つ。途端騒がしくなる客の歓声に、九郎は花が咲くように笑うのだった。
「はい、これでクエストの依頼は完了です。良い知らせを楽しみにしてくださいね、九郎様」
「ありがとう、ルナ殿。それではまた!」
「失礼いたします、ルナ殿」
受付嬢のルナに手を振って九郎とお米ちゃんは冒険者ギルドを後にした。
今日は「葦名」の休日だ。といってもだらだらと家で休むわけにもいかない。休日とはいえ、やるべき事はあるのだ。
「クエストの依頼、郵便屋さんへの手紙のお届け、不足していた物品の買い出し……用事はあらかた片付きましたね、九郎殿」
「うむ。あとは新しい魔道具の仕入れをすれば良いな。ウィズ魔法商店へ行くとしよう」
「はい!」
お米ちゃんとたわいない話をしながら二人はウィズ魔法商店へ向かう。行き交う人々で賑わうアクセルの大通り。見知った顔の店主や住人は歩く二人に一声かけていく。
「こんにちは、九郎様! お米ちゃん! 今日も良い天気ね!」
「おっ! 九郎様、活きの良い柿が手に入ったんだ! お米ちゃんと一緒にどうだい!」
「九郎さまー! お米ちゃーん! 一緒にあそぼー!」
集まってくる子供たちに九郎たちは笑顔で対応する。残念そうな顔をする子供たちに日持ちする菓子を渡すとぱあっと喜んで手を振って走っていった。
「子供は風の子よな。元気であるのが一番良い」
「はい、私もそう思います。……ところで、九郎殿は小さな子からも様と呼ばれているのですね」
「ああ……呼び捨てで良いと最初はいうておったのだが、皆が「九郎様は九郎様です!」と熱弁するものだから、つい押されてしまってな……やはり変か?」
「いいえ。九郎殿は九郎殿ですから。どのような呼び方でも、私は好ましいと思います」
ぽりぽりと気恥ずかしそうに頬をかく九郎にお米ちゃんはクスリと微笑む。そうしているうちに二人はウィズ魔法商店に到着した。
「こんにちは、ウィズ殿。以前頼んだ魔道具を買いに参ったぞ」
「お邪魔します、ウィズ殿」
チリンチリンと鳴るドアを開けて二人は入店する。しかしウィズの姿はどこにもなかった。
「おや……? もしや留守にされておるのか?」
「それにしては鍵もかけず、不用心なように思いますが……」
様々なポーションや魔道具の並ぶ店内を見渡しながら二人はウィズを探す。店の奥に進むと、カウンターの向こう側になにやら大きなものが転がっているのが見えた。
それはうつ伏せに倒れたウィズだった。
「ウィズ殿!?」
「どうなされたのですか!?」
二人は慌ててカウンターを超えてウィズに駆け寄る。仰向けに優しく返して九郎が顔を覗き込むと、ウィズは小さく呻いた。
「……ご、ごはん……お腹空きましたぁ〜……」
「……」
「……」
とたん、可愛らしく鳴るウィズの腹の虫。顔を見合わせた九郎とお米ちゃんは、安堵の混じった苦笑を交わした。
「お二人とも、どうもありがとうございます! ご飯まで頂いてしまって……!」
「いやいや、それほどのことでもない。いつも世話になっている身であるしな。ウィズ殿が無事で良かったよ」
ぺこぺこと頭を下げるウィズに九郎はそう話しながら手振りでやめるように促した。お腹いっぱいになっても血色の良くない貧乏店主は申し訳なさそうな顔をする。
「ええと、それで何の御用でしょうか……?」
「ウィズ殿に頼んだ魔道具を買いに参ったのだ。ひょっとして、まだ用意できておらぬか?」
「いえ、そんな事はありませんよ! さっそくお持ちしますね!」
手慣れた動きで奥に消えていったウィズは、木箱を持って戻ってくる。蓋を開けると中には複雑な構成の魔道具が入っていた。
「こちらが今王都で話題の「コーヒーメーカー」になります! あまり慣れない方でもお手頃価格でプロ顔負けのコーヒーが淹れられると大変人気の商品なんですよ!」
「うむ、注文の通りだ、ウィズ殿。しかし弦一郎殿でも手に入れられなかった品をよく仕入れられたものだな」
「実はお友達のあく……ごほんごほん、共同経営者の方に「顧客を手放したくなくばこの商品を仕入れるが吉」と以前手紙で言われまして! 九郎様にはいつもお世話になっていますから、人気が出る前に一つ入荷していたんです!」
「ほう、そうなのか。先見の明がある方なのだな。しかしウィズ殿の店に共同経営者がいるとは初めて聞いた」
「確かに、お会いしたことはありませんね。いずれご挨拶したいものです」
「それは……できれば止めておいたほうがよろしいかと……」
「「?」」
顔をそむけるウィズに二人は首をかしげる。美人で有名な貧乏店主は両手を振ってごまかして、売買の契約に移った。するとウィズが思い出したように話を始める。
「ああ、そうでした! 実は九郎様におすすめの商品があるんですよ! 綺麗な水がいくらでも湧き出る魔道具があるんです! 元々湖の水質浄化用の魔道具なので大きな部屋が必要で、ちょっとした川くらいの水がずっと出てきますけどお茶屋を経営している九郎様には是非おすすめの商品ですよ!」
「いや、それは……」
「相すみませぬが、結構です。またの機会をお待ちしていますね」
苦い笑顔で遠慮する九郎の横で、お米ちゃんがにっこり笑顔でばっさり切り捨てる。「そんな〜」とウィズは涙目で落ち込んだ。
売買を終えた二人はウィズにお米を譲って魔法商店をあとにした。壺いっぱいにお米を貰ったウィズは「これで一年は生きていけます!」と泣いて喜んでいた。
「平和、ですね。九郎殿」
「ああ。平和だな、お米殿」
「葦名」への帰り道を歩きながら、二人は感慨深く呟く。どちらともなしに手を繋いで、竜胤の御子と変若の御子は「葦名」へと帰るのだった。
山なし谷なし落ちなし……これが、二次創作の姿か……?
ギャグを捨て、名ばかりのほのぼのを書き、ただ投稿する……
生
き
恥